新米魔王の征服譚~クズ勇者から世界を救え~

佐武ろく

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 そしてぺぺが先頭の老人前で足を止めると、村人の数人は怯えた表情のまま後ずさる。

「ど、どなた様でしょうか?」

 他の村人同様に怯えた様子ではあったが、装いだけは何とか堂々としていた老人は勇気を振り絞るように尋ねた。

「我輩は魔王ヌバラディール・ペペ。これよりこの村は我がモノとする」
「で、ですがこの村にはもう差し出せる物などなにもありません」
「そんな物要らぬ」

 老人の言葉を一刀両断するように一言そう言うと、老人だけでなく村人達も驚きを隠せず少しざわつき始める。

「ではこのように小さな村をどうしてて……」

 当然ともいうべき疑問を老人は呟くように口にした。

「その代わり誰か一人を吾輩の僕として差し出せ。そうすれば貴様らはもうあれに従う必要はない」

 ペペはアレで後方の屍を軽くしゃくる。
 だがそれは即答できるほど簡単な事ではないことは明らかで、村人は再びざわつき始めた。

「なに。我輩の僕と言っても必要な時に我が手足となり戦うだけだ」
「ですがわしらに戦うことなど到底無理です。ここはしがない村。毎日の生活の為、畑を耕すだけ」

 老人は顔を俯かせると力なく顔を振った。

「その為に我輩の力を与えてやる」

 その言葉に顔を上げると一度後ろを振り向き、再びペペを見上げた。

「――少し村の者と話し合いをしてもよろしいでしょうか?」
「さっさと済ませろ」

 許可を貰った老人は会釈をすると振り返り村人と円を作って話し合いを始めた。
 一方、ペペは魔王の間にあるのと同じ王座を魔力で作り出しそれに堂々と腰掛ける。
 そして暫く話し合いが終わるのを待っていると老人がペペの前へと戻ってきた。

「分かりました。これから先もあの者共に食料を奪われ続ければ、いずれわしら自身の分すら無くなってしまいます。それを避けることが出来るのならわしらは喜んで魔王様に従いましょう」
「では誰が我が僕となる?」
「それは誰でも良いのですよね?」
「構わん」
「ではその役目は――このわしが承ります」

 表情にも声にも出さなかったがペペは心中で呆気に取られていた。

「(えっ? いやぁ、誰でもいいとは言ったけど……。えぇ~。おじいちゃん魔力を貰ったとしても戦える? ――でもまぁでも試しだしいいかなぁ)」
「魔王様?」

 何も言わず停止したようなペペに小首を傾げる老人。

「よかろう」
「ペペ様!?」

 すると耳元まで近づいて来たアルバニアが若干の焦りと共に小声で話し始めた。

「ご無礼を承知で発言させていただきますが、もう少し戦力になりそうな者がよろしいかと」

 それに対しペペも小声で返す。

「僕もそう思ったけど試しだからいいかなって。それにほら――あの人の目、やる気に満ち溢れてるんだよね」

 ぺぺと共にアルバニアが老人へ目を向けてみると、闘志の炎が燃え盛った彼の双眸と目が合った。その表情はさながらやる気と意欲に満ち溢れた新兵。

「あれを見てたら断りづらいし」
「――ペペ様がそう仰るのでしたら……。出来過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

 渋々といった様子も拭いきれなかったがアルバニアは耳元から離れ深く頭を下げると王座の斜後へと戻った。

「ではその者よ。我が前に跪け」
「はい」

 心配そうに見守る村人を背に老人はペペの前に片膝を着く。

「これより貴様は我輩の剣となって敵を打ち砕き。盾となって我輩を守り。我輩の為に戦い、我輩の僕となるのだ。それで本当に良いのだな?」
「はい。サイスト村村長、このゴーガン・G・グルゾニフは、魔王ヌバラディール・ペペ様の僕として全力でお仕えさせて頂きます」
「(名前カッコよッ! 厳つッ!)」

 グルゾニフの意志を受け取ったペペは片手を差し出すように彼の頭へ手伸ばす。ペペの手がグルゾニフの頭に触れると、その手は魔力に包まれ始めた。
 そして手から頭へ魔力が伝わっていくと、更に頭先から徐々に体を包み込み始める。その速度は速く、瞬く間にペペの魔力がグルゾニフを包み込んだ。
 するとグルゾニフは突然倒れ、その場で藻掻き苦しみ出した。その姿に恐怖で顔を強張せる村人。更に体を乗っ取られたのかのようにのた打ち回り苦しみ続けるグルゾニフは聞くだけで苦し気な呻き声を上げ始めた。
 その時、彼の背中へ内側から皮膚を破り翼が外へと飛び出す。その後、二本の角と尖鋭な尻尾が同時に生え、彼の体は見る見る変貌を遂げていった。
 そして最後に体を包み込んでいた魔力が滲むように体へ沁み込んでいくと、皮膚の色が人のそれではなくなり、さっきまでが嘘のようにグルゾニフは落ち着きを取り戻した。鴉のように真っ黒な翼に牛のような角と悪魔のような尻尾。
 すると姿形がもう人間のそれではなくなったグルゾニフは倒れていた地面から突如、姿を消した。かと思えば翼を羽搏かせ上空から緩慢と降下しては、ひらり舞い落ちる一本の羽のようにそっとペペの前へ着地し跪く。

「この体の奥底から湧き出る力……。これが魔力というものなんですね!」

 すっかり活力が満ち溢れ目に見えて元気になったグルゾニフ。
 そんな彼の姿を見ながら魔力を感じていたペペは成功したことに胸を撫で下ろす。

「魔王様! この溢れて止まらぬ力ぁ! 今なら何でも出来る気がしますぞ!」

 自分の両腕を見つめながらグルゾニフは不敵な笑みを浮かべた。

「――今なら一晩中でも畑を耕すことが出来ますぞ!」

 立ち上がりながらそう叫ぶとグルゾニフは畑へと走り出す。
 その後ろ姿をペペは何も言わず呆気にとられた村人と見送った。

「うむ。どうやらやり方はこれでいいようだな」
「あのような者があれだけの魔力を有することが出来るとは……。流石はペペ様。恐れ入りました」
「思ったよりは良い感じかな。でもこれでどうするか分かったし、取り敢えず城に帰ろうか。アルバニアあれだけ渡しといて」
「かしこまりました」

 会釈をしたアルバニアは近くの村人に近づくと紙袋を一つ手渡した。

「これをあの者に読んでおくように言いなさい。一文字残らず暗記する程によ」
「わ、分かりました」

 アルバニアから紙袋を受け取った村人は彼女がペペの所へ戻る為に振り返ると、その紙袋を開け中身を確認した。中に入っていたのは一冊の本。タイトルは『初めての魔力』。

「お待たせいたしました」
「あの人は……」

 王座を消し立ち上がったペペは畑仕事を元気一杯にこなすグルゾニフを一見する。

「まぁそのままでいいか。魔力に関してはちゃんとまとめたんだよね?」
「はい。全てまとめ本にしておきました」
「じゃあほっといても大丈夫か。帰ろうか」
「分かりました」

 そしてアルバニアとルシフェルを連れサイスト村を後にしようとしたペペだったが、一歩目を踏み出しそのまま足を止めた。

「アルバニア」
「はい。何でしょうか?」
「これも片付けといてよ」

 ぺぺが指差していたのは最初にアルバニアが倒した騎士の屍。

「かしこまりました」

 返事をしたアルバニアは隊長と同じように転がる屍を燃やし尽くし灰にした。

「ありがとう。よし。それじゃあ帰ろうか」

 そして三人は魔王城へと戻って行った。
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