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「すみません」
すると今、正に戦いというには余りにも一方的な戦闘を唖然とした表情で見つめる店主に、ハット帽の男は視界へ入るよう手を振りながら声をかけた。背後では今もお客さんが楽し気に呑んでいるような何事もないといった様子で。
そんな声に表情はそのまま店主は視線を男へ。
「僕はビールで。彼女にはスコッチをロックのシングルで」
「え?」
この状況で平然と注文をする男に対し店主は抜けた声を零した。
「ビールとスコッチのロックをシングルで。スコッチは終わった後に出してあげて下さい。僕はもちろん今で」
「……は、はい」
意味が分からない、店主の表情は依然とそう語っていたが訳が分からないからこそなのか、プログラムをこなすロボットのように注文を受けるとまずはビールを入れ始めた。
その最中も店内では人が宙を飛び、体の一部が空を舞っては血液が所構わず芸術的ともとれる模様を描いていた。
一方で同じ場所に居ながら全く別の空間に存在しているかのように、カウンターでは今正に冷えたビールがグラスへと注がれいく。
「どうぞ」
その言葉と共に男の前にグラスを運ぶ手は微かに震えていた。だがそれよりも頬を赤らめるように表面を曇らせたグラスは魅力的で、その白い泡と黄金色のバランスは食欲にも似た感覚を内に溢れさせる。
「ぎゃぁぁあ! 俺の脚がぁぁぁ」
そんな叫び声の中、男はグラスを手に取ると一口……二口と連続でビールを喉へと流し込んでいった。そして「あぁ~」と小さく歓喜の声を漏らしながらグラスをテーブルへ。
直後、両脚のない一人がジュークボックスへ背中から突っ込むと丁度終わりを迎えていた曲の最後を締め括った。さっきまでの騒がしさがまた嘘のように静まり返った店内に響くブーツの足音は真っすぐカウンターへ近づいていく。
「忘れ者ですよ。空切《くうせつ》さん」
顔はビールへ向けたまま男が呟くように言うと足音は止まり、空切と呼ばれた女性は顔を横へ。
「あぁ。そうだったわね」
再び歩き出した空切はまるでモデルが舞台で歩いているかのように美しくかつ魅惑的な脚運びで歩を進めていくと、一番最初に蹴り飛ばしたあの大柄な男の元へ。だが血溜まりに座り込む男は生きているのかすら疑問だった。
生死は関係ない、しかし空切はそう言うように刀を振り上げる。そして壁に新たな模様を足すとボーリングの玉を落とすような重い音が一度、店内へと響き渡った。
その後、キュイっと踵を返した空切は血払いをしながらテーブルに置いてあった鞘を手に取り男性の元へ。刀はそのまま、背中から太腿にかけ蠱惑的な曲線を連続で描きながら前屈みとなった空切は男性の首へ横から両腕を回した。
「こんなんじゃぜんっぜん満足出来ないわ。――ねぇ、ラウル」
今にも頬に口付けをしてしまいそうな距離で不満を零す空切。最後は耳元で誘惑するように――だがラウルは笑みを浮かべるだけで全く動じている様子はない。
「そのようですね。少々、噂話に味が付きすぎてたようで」
「その割には図分と薄味だったわよ?」
「あなたのお眼鏡に適う相手を見つけるのは中々に苦労が必要なので」
「そう? でもここにいるじゃない。良い男が一人」
空切はそう言ってラウルの顔を覗き込んだ。
「それはどうも。ですが、そろそろお戻りになってもらわないと」
「やぁーねぇ。こんなんじゃただ働きじゃない」
「申し訳ありませんが。でもあまり長居し過ぎると本当にただ働きになってしまいますよ」
「分かったわよ。――それじゃあね」
最後に笑みを一つ浮かべ、空切は刀を鞘へと納めた。
その瞬間、彼女は気を失ったように顔を俯かせラウルへと少し凭れかかる。
それから一秒か二秒。ひと間を置きそっと顔は上がり始めた。
先程までの妖艶な笑みは消え、曇った鏡のように感情の読み取れない無表情がラウルの横顔を見つめる。突然、見知らぬ場所へほっぽり出されたとでも言うように無言のまま停止し続ける女性。
だが無言のまま動き出すと男性から離れ隣の席に座った。刀を横に置き、ボタンを閉じ、ネクタイを締める。丁度そのタイミングで出されたグラスの中で前もって注文していたスコッチがカランと氷を転がした。
女性はグラスへ手を伸ばすとそのまま大きく一口。
「想像以上に小物だったみたいですね。彼女は不満だったようで」
「なら出てこなければいい」
グラスを片手に抑揚の無い声は呟くようだった。それは先程までとは打って変わり別人を疑う程。もし同一人物なら早急に女優として活躍した方がいいのかもしれない。
「それを伝えるのはご自分でお願いしたいものですね」
その言葉に女性はグラスを手にラウルへ無表情の顔を向けた。何も言わなかったが視線が代弁しているのだろう。顔を合わせたラウルは微笑みを浮かべて返した。
結局、何も言わず顔を戻すと女性は前を向きグラスを口元へ。残りを一気に飲み時干した。
そしてグラスを置いた女性は刀を手に取りながら立ち上がりそのままドアへと歩き出す。その姿を少し眺めラウルもビールを飲み干すとポケットからお札を一枚取り出しテーブルへ。
「おつりは取っておいて下さい。ご馳走様でした」
会釈を一つし、先に店を出た女性を追った。
すると今、正に戦いというには余りにも一方的な戦闘を唖然とした表情で見つめる店主に、ハット帽の男は視界へ入るよう手を振りながら声をかけた。背後では今もお客さんが楽し気に呑んでいるような何事もないといった様子で。
そんな声に表情はそのまま店主は視線を男へ。
「僕はビールで。彼女にはスコッチをロックのシングルで」
「え?」
この状況で平然と注文をする男に対し店主は抜けた声を零した。
「ビールとスコッチのロックをシングルで。スコッチは終わった後に出してあげて下さい。僕はもちろん今で」
「……は、はい」
意味が分からない、店主の表情は依然とそう語っていたが訳が分からないからこそなのか、プログラムをこなすロボットのように注文を受けるとまずはビールを入れ始めた。
その最中も店内では人が宙を飛び、体の一部が空を舞っては血液が所構わず芸術的ともとれる模様を描いていた。
一方で同じ場所に居ながら全く別の空間に存在しているかのように、カウンターでは今正に冷えたビールがグラスへと注がれいく。
「どうぞ」
その言葉と共に男の前にグラスを運ぶ手は微かに震えていた。だがそれよりも頬を赤らめるように表面を曇らせたグラスは魅力的で、その白い泡と黄金色のバランスは食欲にも似た感覚を内に溢れさせる。
「ぎゃぁぁあ! 俺の脚がぁぁぁ」
そんな叫び声の中、男はグラスを手に取ると一口……二口と連続でビールを喉へと流し込んでいった。そして「あぁ~」と小さく歓喜の声を漏らしながらグラスをテーブルへ。
直後、両脚のない一人がジュークボックスへ背中から突っ込むと丁度終わりを迎えていた曲の最後を締め括った。さっきまでの騒がしさがまた嘘のように静まり返った店内に響くブーツの足音は真っすぐカウンターへ近づいていく。
「忘れ者ですよ。空切《くうせつ》さん」
顔はビールへ向けたまま男が呟くように言うと足音は止まり、空切と呼ばれた女性は顔を横へ。
「あぁ。そうだったわね」
再び歩き出した空切はまるでモデルが舞台で歩いているかのように美しくかつ魅惑的な脚運びで歩を進めていくと、一番最初に蹴り飛ばしたあの大柄な男の元へ。だが血溜まりに座り込む男は生きているのかすら疑問だった。
生死は関係ない、しかし空切はそう言うように刀を振り上げる。そして壁に新たな模様を足すとボーリングの玉を落とすような重い音が一度、店内へと響き渡った。
その後、キュイっと踵を返した空切は血払いをしながらテーブルに置いてあった鞘を手に取り男性の元へ。刀はそのまま、背中から太腿にかけ蠱惑的な曲線を連続で描きながら前屈みとなった空切は男性の首へ横から両腕を回した。
「こんなんじゃぜんっぜん満足出来ないわ。――ねぇ、ラウル」
今にも頬に口付けをしてしまいそうな距離で不満を零す空切。最後は耳元で誘惑するように――だがラウルは笑みを浮かべるだけで全く動じている様子はない。
「そのようですね。少々、噂話に味が付きすぎてたようで」
「その割には図分と薄味だったわよ?」
「あなたのお眼鏡に適う相手を見つけるのは中々に苦労が必要なので」
「そう? でもここにいるじゃない。良い男が一人」
空切はそう言ってラウルの顔を覗き込んだ。
「それはどうも。ですが、そろそろお戻りになってもらわないと」
「やぁーねぇ。こんなんじゃただ働きじゃない」
「申し訳ありませんが。でもあまり長居し過ぎると本当にただ働きになってしまいますよ」
「分かったわよ。――それじゃあね」
最後に笑みを一つ浮かべ、空切は刀を鞘へと納めた。
その瞬間、彼女は気を失ったように顔を俯かせラウルへと少し凭れかかる。
それから一秒か二秒。ひと間を置きそっと顔は上がり始めた。
先程までの妖艶な笑みは消え、曇った鏡のように感情の読み取れない無表情がラウルの横顔を見つめる。突然、見知らぬ場所へほっぽり出されたとでも言うように無言のまま停止し続ける女性。
だが無言のまま動き出すと男性から離れ隣の席に座った。刀を横に置き、ボタンを閉じ、ネクタイを締める。丁度そのタイミングで出されたグラスの中で前もって注文していたスコッチがカランと氷を転がした。
女性はグラスへ手を伸ばすとそのまま大きく一口。
「想像以上に小物だったみたいですね。彼女は不満だったようで」
「なら出てこなければいい」
グラスを片手に抑揚の無い声は呟くようだった。それは先程までとは打って変わり別人を疑う程。もし同一人物なら早急に女優として活躍した方がいいのかもしれない。
「それを伝えるのはご自分でお願いしたいものですね」
その言葉に女性はグラスを手にラウルへ無表情の顔を向けた。何も言わなかったが視線が代弁しているのだろう。顔を合わせたラウルは微笑みを浮かべて返した。
結局、何も言わず顔を戻すと女性は前を向きグラスを口元へ。残りを一気に飲み時干した。
そしてグラスを置いた女性は刀を手に取りながら立ち上がりそのままドアへと歩き出す。その姿を少し眺めラウルもビールを飲み干すとポケットからお札を一枚取り出しテーブルへ。
「おつりは取っておいて下さい。ご馳走様でした」
会釈を一つし、先に店を出た女性を追った。
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