Peach Flows

佐武ろく

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序章:現代桃太郎

【拾弐】AOF10

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 ルチアーノから情報を掴んだと連絡をもらった桃は蘭玲と共にエリアLにある彼のお店Arodiへと向かった。
 Arodiの前では黒塗りの高級車が場違いのように停まっており、二人が近づくとゆっくり後部座席の窓が下がり始める。
 車内にいたのはハット帽にロングコートを羽織ったルチアーノだった。

「とりあえず乗れ。話は移動しながらだ」

 言われた通り車に乗り込みルチアーノ、蘭玲、桃の順で座ると車は緩やかに発進した。

「最近ここいらで急に羽振りがよくなった奴がいるらしくてな。どこかの組織に入ったわけでもないただのごろつきがだ」
「それは話を聞く価値はありそうですね。どうやって大金を手に入れたのか」
「ここ最近はある酒場で毎日飲んでいるらしい」
「これでこの事件も終わらせられるといいですが」

『ぐぅぅぅ~』

 すると車内へ突如として響き渡った腹の虫の鳴き声。しかもそれはタイミングを見計らったように会話後の静けさの中で見事に鳴った。もしかすると主人の空腹を知らせようと腹の虫が一番静かなタイミングを狙ったのかもしれない。
 その甲斐あってか桃とルチアーノの視線はその主人へと向いた。

「すみません」

 後部座席内の注目を一手に引き受けてしまった蘭玲は顔を赤らめ少し恥ずかしそうに頭に手をやりながら一言謝った。

「ったく」

 そんな彼女にルチアーノは仕方ないと言わんばかりに目の前のシートを叩き「おい、アレを出せ」と助手席の部下を呼んだ。
 何も言わず手渡されたのは、まるで大金でも入っていそうな見た目のバッグ一つ。
 それを受け取ったルチアーノは膝に乗せファスナーを引く。
 だが中に入っていたのは、今の蘭玲にとってはお金よりも価値のある物――大量の駄菓子だった。

「ほら、好きなだけ食え」
「わー! 良いですか!」

 大量の駄菓子にバッグを覗き込む蘭玲の双眸が輝く。

「いざって時に力がでなくても困るからな」
「ありがとうございます!」

 ルチアーノからバッグごと渡された蘭玲は早速手を突っ込みその駄菓子を食べ始める。
 その表情は美味しそうで幸せに満ち溢れていた。

「相変わらずお菓子好きなんですね」

 そんな蘭玲ごと駄菓子を見ながら懐古的な笑みを浮かべる桃。それはまるですっかり大人になったある日、掃除中に出てきた卒業アルバムを開くような感情だった。

「悪いかよ」
「まさか。でもちゃんとご飯も食べないとダメですよ」
「チッ!」

 揶揄う桃に対しルチアーノは不機嫌そうに舌打ちを返す。
 それから蘭玲の駄菓子を食べる音がBGMと化した車は数十分間走り続けたのちに停車した。
 部下が開けたドアから降りた三人の前には小汚い酒場が建っていた。

「ここだ」
「蘭玲。あなたはここで逃走などのもしもの時に備えていてください」
「はい」

 食べかけのお菓子片手に敬礼をする蘭玲。

「お前らは裏を見張っておけ」

 ルチアーノの指示に部下二人は一度頷きすぐにお店の裏へ行くため歩き出した。

「では行きますか。穏便に済ませましょうね。ルチアーノ」
「は? 人を喧嘩っ早いみたいに言んじゃねぇ」
「既に少し怒ってますよ」
「お前が言うと全部が腹立つ」

 そう投げつけるように言うとルチアーノは先に歩き出し、その後を追って少しニヤついた表情の桃が続く。
 酒場に入るとルチアーノは少人数のお客で微かに賑わう店内を見渡した。

「あそこだ」

 彼の指差す先では先の尖がった鼻と耳に緑色の肌、ずる賢そうな顔の生物が見窄らしい格好でジョッキのビールをゴクゴクと飲んでいた。既に酔っぱらっているのか鼻先は微かに赤い。

「ゴブリンですか」

 真っすぐそのゴブリンのテーブルまで行くと正面にルチアーノ、隣の席に桃が勝手に腰を下ろす。

「なんだお前ら」

 ゴブリンはあまり綺麗とは言えない声で露骨に面倒臭そうな態度だった。

「どうも」
「最近随分と羽振りがいいみたいだが大金でも稼いだか?」
「どうだかな」

 突っぱねるように言うとゴブリンは酒を呷る。

「このような場所で大金を稼ぐとなれば随分と優秀な方かと思いましてね。それも組織ではなく個人ともなると」
「まずは何者か名乗るのが礼儀ってやつじゃないのか? 随分と良い身なりしてるが……」

 言葉を止めたゴブリンは二人の服装を見て何やらピンときたようだった。
 変面のように一変し片方の口角がぐわんっと上がる。

「お前らどっかの組織のもんか? どこだ? ん? チェルチッロか? ベルベーダか? まさか、花形組じゃないだろうな? へっへっへ。そうか。俺らの噂を聞きつけたのか」

 彼の中には明るい未来が見えているのか先ほどまでの面倒臭そうな表情から打って変わり、明るいものへと変わっていた。
 それが勘違いだとも気づかずに。

「そのうち分かりますよ」

 だがその状況を利用しようと考えた桃は完全に否定するわけではなく濁すことで相手の勘違いを誘った。

「それで? どれぐらい稼いだんだ?」
「へっへっへ。そりゃあ、たんまりだ。しかもこれからもっと搾り取る予定だ」

 これからが楽しみだと言うように更に笑い声を零し、ゴブリンは口元でジョッキを大きく傾けた。

「搾り取るって誰からだ? ここら辺のやつじゃ搾り取るものがねーからな。組織とも考えにくい。盗むならまだしもな」
「そうだ。ここのやつらじゃない」

 するとゴブリンは得意気な笑みを見せ、焦らすように再び酒を飲むと少し前のめりになり小声で話し始めた。

「外のやつだ。それもかなりの金持ちヤローでな。俺らにある娘の誘拐を依頼してきたんだが、そいつの身柄はこっちにあるからな。言う通り作戦を実行してほしければもっと金をよこせってことで搾り取ってるところだ」

 桃とルチアーノはビンゴと言わんばかりに思わず流し目で目を合わせる。
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