Peach Flows

佐武ろく

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序章:現代桃太郎

【拾陸】AOF12

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 酒場を出た桃とルチアーノ、その部下は車に戻る前に外で待機していた蘭玲と合流した。

「中で何かあったんですか?」

 銃声が外まで聞こえたのだろう蘭玲はそう問いかけてきたもののあまり心配そうではなかった。それは桃への信頼が厚い証拠なのかもしれない。

「えぇ。でも大丈夫ですよ」

 桃が特に何事も無かったかのように答えると蘭玲を加えた四人は再び車に乗り込む。
 そして先ほどのゴブリンから聞き出した廃ビルに向かい走り出した。廃ビルへは車で移動したため二十分もかからずに到着。

「手ー貸すか?」
「いえ。大丈夫ですよ。あなたも暇じゃないでしょうから」
「そう言うと思った。ちゃんとどうなったか教えろよ。もちろん俺の店でな」
「ちゃっかりしてますね。ですが分かりました。事件が解決したらあなたの店でお話します」
「いい話を期待してるぞ」
「それは私に言われても困ります。ですがとりあえずここまでありがとうございました」

 お礼を言った桃と彼に続いた蘭玲が車から降りると車は走り去って行った。
 エリアLの出入口付近から随分と離れたこの場所は、ネオン輝く出入口付近と違い人も少なく賑わいもない。辺りにはビルや家などが建っていたが、どれもボロボロで中には完全に崩壊している建物も少なくなかった。到底、誰かが住んでるようにも見えない廃屋や廃ビルばかり。
 そして桃と蘭玲の前にも他と同じくボロボロの廃れたビルがひとつ。

「ここですかぁ?」

 蘭玲が不安そうな声を出したのも理解出来る程その廃ビルからは、人の気配を感じられなかった。原型が何階建てだったのかすら見当もつかないほど崩壊していたが五階までが辛うじてその形状を保っていた。

「ガセネタでなければここですね」
「あの子見つかるといいですね」
「そうですね。これで終わればいいのですが」

 そして桃と蘭玲はそこへこの事件の解決を願いながら足を踏み入れた。
 中は外見から想像できるほどボロボロ。床や天井に穴が開いた通路、天井が崩れ入れない部屋、壁が壊れ隣と繋がった部屋など兎に角ボロボロでどの部屋でもデスクや椅子などが荒れたい放題だった。

「以前はオフィスなどに使われていたんですかね。以前とはいってもいつかは分かりませんが」
「本当にこんなところに人がいるんですか?」
「どうでしょうか。ですが今、人気が無さそうと感じたということは隠れ家にはもってこいですね。もっとも隠れているならですが」

 それから一部屋ずつ一階、二階、三階と順に確認していくが、人っ子一人その気配すら感じられなかった。
 そんな状況が続き、四階に上がる頃には桃も心のどこかでは誰もいないのかもしれないと僅かに覚悟のようなものをし始める。だが最後の一部屋まで分からないと言う希望も彼の中には依然と存在し、ただの廃墟と化したビルの各部屋を只管に確認していった。
 そしてついに最後の部屋を覗こうとしたその時。先頭を歩いていた桃は後ろの蘭玲へ止まれと手で指示を出す。その後に振り返り、立てた人差し指を口の前にやり沈黙を指示。
 それに対し蘭玲は静かに頷く。

「話声が聞こえた気がしますので静かに様子を見ましょう」

 蘭玲の耳元で出来る限り静かに囁き声で理由を伝えた。
 それには頷き返す蘭玲。
 意思疎通をした桃は音を立てないよう細心の注意を払いながらこっそりと部屋へと近づき、中を覗いた。
 そこは長方形型の少し広めな部屋でコンクリートの太い柱が一本あり、壁際には瓦礫やデスク・紙やファイルなど様々なゴミが散らばっている。数枚だけが窓としての役割を果たしていたが残りはただの枠と化しており、天井に開いた大穴からは陽の光が降り注いでいた。
 そしてその奥には五つの影。桃は部屋に誰かが居ることを確認すると一度顔を引っ込める。

「恐らく彼らですね」
「どうしますか?」
「話の通じる相手だと信じてとりあえず行きましょう。ですが警戒はしておいてくださいね」

 あまり期待の籠っていない声で締めくくられた作戦会議の後、二人は堂々とその部屋の中へと足を踏み入れた。
 そんな二人の足音にすぐさま反応し集まった五体分の視線。その五体はそれぞれ違う姿形をした御伽だった。
 口周りに髭を生やし筋骨隆々な上半身をさらけ出した普通の人に見えるが下半身が馬の前足となった――ミテュロス。
 耳が尖りソフトモヒカンのように毛先が上を向いたふさふさの白髪。それともみあげから繋がった同じく白色のふさふさ顎髭。全身は真っ赤に染まり額から太い一本角を生やし、下顎からは牙が生えている――ヌンジェ。
 やせ細った暗い紫色の体に長い舌と伸び放題の手足の爪、毛の類は一本も無くふんどしのようなものだけを身に付けた四つん這いの――赤滑。
 大きな一つ目の付いた大頭からは直接手足が生え、手は三本指、足は二本指でそれぞれに熊のように鋭いツメが生えた――駄々螺《だだら》。
 禿げた頭に顎はつるつるだが、もみあげと繋がった口髭。普通の目に加えておでこに二つの目を持って着物を着た、四目。
 そしてミテュロスの傍には両刃大斧が四目の傍には金砕棒が置いてあった。
 そんな彼らとは一定の距離を空け立ち止まった桃と蘭玲に腕を組んだミテュロスが代表するように口を開く。

「誰だ?」
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