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出会い
しおりを挟むそう答えた彼はお弁当から何ももらえないことを察して、向き合っていた体を戻した。
私の二段下で、彼も私と同じ方向を眺めている。
「オオカミって」
彼は返事をしなかった。
オオカミは、みんなから怖がられている存在だと噂に聞いたことがある。
入学当初、先輩と喧嘩し、その仲裁に入った先生をも怪我をさせた。
その事件は学校中に広まり、それ以降彼に関わろうとする人間はいなかった。
私も彼の存在自体は知っていたが、顔と名前が一致していなかったためすぐに彼がオオカミとは気が付かなかったのだ。
「いつもここで弁当食ってんの?」
彼が目を合わせずに言う。
「そうだけど」
「へぇ」
自分から聞いたくせに興味がなさそうに答える。
何も会話することなく、お弁当を食べる私と、黙って座っているオオカミ。
私が食べ終わり、お弁当を片付けてしまうといよいよやることがなくなった。
食べることで会話をシャットアウトしていたが、そうもいかなくなり、気まずさに耐えられず口を開いてしまった。
「何しに来たの」
少し問い詰める口調になってしまうのは長年の癖なのかもしれない。
「別に。何しに来たってわけじゃない。」
こっちを見ずに冷たく答えられた。
ただ単に一人になれる場所を探して来たら、たまたま私と出会っただけなのだろうか。それとも他の意図があるのか。
「赤ずきんに近づきたいとかそういうこと?」
彼に負けず冷たく言い放つと、彼がこっちを向いた。
「赤ずきん?」
「あんたも赤ずきんに近づきたいから、その糸口として私に関わってきたんでしょ」
あの赤ずきんと生まれたときから一緒にいる私には、そのような経験が数えきれないほどあった。彼女に直接近づくことができない人間が私を足掛かりとしてくる。
そして一番たちが悪いのは、その目的をうまく隠し、さも私に興味があるかのように近づいてくる人間だ。
『黒ずきんちゃん、君は赤ずきんちゃんには無い魅力があるね。』
『僕は君の方が好きだよ。』
大抵そんな人間は一週間ほどで赤ずきんに近づき、私の存在を忘れ去ってしまう。
初めてオオカミと向かい合ってみると、階段の段差で少しだけ彼の方が目線が下だったが、そこにはひるんでしまうような威圧感があった。つり目がちの瞳からは彼の心情を読み取ることはできない。
「お前が黒ずきんか。」
彼はそこまで驚いた様子はなくそう言った。
「別にお前が誰でもいい。俺、他人に興味ないから」
「そう」
そしてまた沈黙が流れる。
彼は対して気まずそうな表情もせず、また前を向き、ただ黙って窓から見える空を眺めていた。
次の日。お昼の時間に行くと、そこには先客がいた。言わずもがなオオカミである。
私と目が合うも特に反応は無し。
昨日と違う点と言えば、彼が購買で買ってきたパンをくわえていることである。
「今日もいるの」
冷たく聞くとパンを食べながら彼が答えた。
「この場所意外と気に入った」
「あっそ」
そう言いながら、昨日と同じ、二段上から彼の背中を見る形になる。
お弁当を開けると今日も卵焼きは入っていた。
「今日も卵焼き入ってんじゃん」
ちょうど食べようとした瞬間に彼は振り返りそう言った。
「何で食べようとしたタイミングで気が付くの?」
「何か感じた。」
「その卵焼きセンサーは他のことに生かしたほうがいい」
「そうだな」
そう言って、彼はふっと笑った。
初めて彼の笑った顔を見たが、黙っているとつり目がちで威圧感のある目元が少しだけいたずらっぽい目に変わる。
オオカミは自分で買ってきたパンをもぐもぐと食べ、私はお弁当を黙って食べていた。静けさは昨日と変わらないはずなのに、昨日ほどの気まずさはなかった。
「それなにパン」
「チョココロネ」
単に気になったことを聞いただけの一問一答。
会話は全く弾まなかった。私も彼も話を続けるような人間ではないことは分かり切っている。
「てか、赤ずきんってお前の兄妹なんだな」
私がお弁当を食べ終わるかの時に彼から唐突な話題が飛んできた。
彼から赤ずきんの名前が出たことに驚いたが、答えを求めた聞き方ではなかったので、特に肯定も否定もしない。
「同じように育ってきても性格ってあんなに変わるんだなって」
彼はいつもの無表情でそう言った。
「私が一番思ってる」
私が言うと、彼はまたふっと笑った。
「俺はお前の方がタイプだけどな」
驚きで反応できず、目を見開いたものの、彼は前を向いているためどんな表情をしているのか分からない。
「ああいう太陽みたいなやつより、お前みたいな陰のタイプの方が接しやすいってことな」
そう言いながらオオカミはこっちを向いた。その顔には特に変化がないものの、瞳の中には少しだけいたずらっ子の色が混ざっていた。
異常な速度でビートを刻む心臓を落ち着かせ、見開いていた目を見られないように意味もなく自分の左側の床を見つめた。
「照れてんの」
「うるさい」
彼はふはっと笑い、それ以上は何も言わなかった。
「また明日」
階段を下りていく彼の表情には先ほどのようないたずら心は全く浮かんでおらず、通常時の威圧感のある顔に戻っていた。
明日の予定に関しては、ゆっくりと曖昧に首を縦に振るのみで特に声を発することもない。
そうして彼がいなくなった階段で一人大きく深呼吸をする。
真っ黒な心に少しだけ明るい色が落ちてくる感覚がする。
しかしそれを外から見ている自分が責めるようにささやいてくる。
その明るい気持ちは嘘だと。今までだって同じ思いをしたじゃないかと。
浮足立つ気持ちは重りで抑えて、落ちてきた明るい色は周りの黒で埋め尽くす。
その方が楽に生きられると知っている。
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