人形島(にんぎょうじま)

隅田川一

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人形島

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 稲荷千太郎は、香川県の高松港にいた。奥島までのフェリーを待っていたのだ。奥島は、香川県に属しているが、距離的には岡山県からの方が近い。本来は岡山からでも行けるべきであったが奥島へ行く人員が極めて少ないため、香川県からしか行くことが出来ない。そのため、稲荷千太郎は一旦、香川県に入らなければならず、高松港で一人、奥島行きのフェリーを待っていた。

 稲荷千太郎が、待ち合いの椅子に座っていると、一人の老婆が話しかけてきた。

 「あんた。この辺りの人ではないね」

 稲荷千太郎は座ったまま、老婆を見上げた。

 「はい。東京から来ました」

 「ほお。東京から。どこへ行きますか」

 「奥島へ行きます」

 「奥島?けったいな島に行くんだね」

 「けったい?」

 「観光地でもないのに、何しに行きますか?」

 「妙案寺に行きます」

 「妙案寺?人形寺に行きますか?」

 「そう言われているようですね」

 「そう。昔からそう言われている。ちなみに、奥島は、そのおかげで人形島と呼ばれるようになった」

 稲荷千太郎は、老婆の明朗な会話に感心した。

 「ところで、お婆さんは奥島の人ですか?」

 「あぁ。そうだよ。あんたと同じさ。フェリーを待っている」

 「そ、そうでしたか」

 「ちなみに私は早乙女ヨネと言います」

 「えっ、早乙女さん?」

 老婆は、稲荷千太郎の表情を見て不思議に思った。

 「実は、妙案寺に行きますが、早乙女さんのお宅にも行く用事があるのですよ」

 「えっ、家に?」

 「はい」

 稲荷千太郎は、ニコニコと微笑んだ。

 「あんた誰だい?」

 「私ですか?私は探偵です」

 「探偵?何でまた探偵が・・・」

 「大した用事ではないです」

 「何か妙だね。ところであんたの名前は?」

 「稲荷千太郎と申します」

 「稲荷?」

 「はい」

 「あのお稲荷さんの稲荷かい?」

 「はい。お稲荷さんの稲荷です」

 「変な名字だね」

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