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そんなこと言えない

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 我慢しなきゃ…
 わがまま言って困らせたらダメだ…

 目の前のに「ボクは大丈夫、気にしないで」と笑顔を作って言っている。

 おれが笑顔を向けている、白い光の向こうのの姿はよく見えない。

 別のの声が聞こえてくる。

 「がまんせんでええ。カズ坊は、もっとわがまま言ってゆーてええんや」

 ……誰?

 反響するように声だけが響いたが、やはり姿は見えない。

 なんだか懐かしさに胸が締め付けられる。

 ますます白い光が強くなり、おれ自身もその強い光に飲み込まれ、光以外の全てが消える。

 …………。

 あれ? 今、何か…?

 胸のあたりが痛むような気がして、軽くさすってみるが、何があったか全く思い出せない。

 更に白い光が強さを増して、胸の痛みさえも全て消し去った。

 …………。

 そうだ! 王都へ行かないと!

 ハッと、自分のやるべきことを思い出した。




 目を開けると、白いフワフワしたものが目に映った。
 腕に触れている部分がフワサラで気持ちよく、思わず手で捕まえてキュッと握り込んだ。

「目が覚めたか?」

 …ん?

 頭上から声が落ちてきたので顎を上げて見上げると、赤と金の混じり合った美しい夜明け色の双眸が目に入る。

「あっ…!」

 ファリに抱かれたまま、気持ち良くてついぐっすりと眠り込んでしまっていたようだ。

 じゃあ、手で握っているのは…

「わっ! 尻尾! 寝ぼけて掴ん……! ごめん! 痛くなかったか?」

 慌てて手を離して謝る。

「謝らなくていい。痛くもない」

 そうは言われても、ファリの胸で眠りこけた上に尻尾まで掴んでしまって、何だかんだと申し訳なく、もう一度謝ってしまう。

 そんなおれを、尻尾でサラリ、サラリ、と撫でるようにして、「気にするようなことではない」と言ってファリが微笑んでくれる。

 うっ、尻尾、気持ちいい! 何というご褒美!

 尻尾で優しく撫でられる気持ちの良さに後ろ髪を引かれながらも、ファリの膝から降りる。

「おれ、結構長く寝てた?」

 あまりに深く、眠っていたみたいで、時間の感覚がまるでない。

「いや、ほんの1時間程度だ」

 両腕を上げ、うーん、と声を出しながら体を伸ばす。

「良かった。一晩眠りこけたかと思ったよ」

「良く眠れたようだな」

 ファリも立ち上がって衣服に付いた土を払った。

「少し早いが、昼食を取って、午後から訓練の続きをしよう。昼は手っ取り早くカズアキが保存してくれている分で済まそうか」

 ファリから保存食である干し肉の作り方なども習ったけれど、おれのアイテムボックスに入れておけば、焼きたての肉も焼きたてのままに保存することができるのが分かってからは、そのままアイテムボックスに入れて保存している。
 おかげで食事の準備にかかる手間と時間を大幅に減らすことができ、その分の時間も訓練に当てることが出来ている。

 ファリは、このアイテムボックスの存在にもとても驚き、ファリ以外の人には絶対に見せてはいけないと忠告をしてくれた。

 ファリの持っている袋にも、見た目以上の荷物を収納できる特性が付与されてはいるが、本来の容量の10倍の量の物が入れられるだけで、時間の経過も止められないらしい。
 その袋でさえ、貴重で高価なものなのだそうだ。

 おれのアイテムボックスは、空間に直接物を仕舞える上に、入れられる容量の上限がわからないくらいに収納できてしまう。

 今も50センチから3メートルサイズの魔獣肉が6体分くらいと、大量のコエリアやマドアリ、町へ行った時の資金源として目に付いた時にファリと採取しておいた薬草類、いつでもどこでも野営の準備ができるようにと拾い集めた程よい焚き木なんかまで収納しているが、今のところ限界はきていない。

 試してみたところ、生物は入れられないが、火のついた枝なども入れることが出来、焚き火の時の火種として重宝している。

 そんなワケで、悪い奴に捕まって利用されたりするのを防ぐ為、人には見せないようにと、ファリが忠告してくれたのだ。


 昼食用の肉と癒しの水を出し、ファリにも渡してからモソモソと食べ始める。

 ファリにどう切り出そう…

 無理を言ってレベル上げを手伝って貰っているのに、たった1週間訓練しただけで、もうやめて森を出たいと言わなければならないのだ。

 自分でも呆れるくらいに不誠実すぎて悲しくなってくる…

 優しいファリもさすがに呆れ返るに違いない。

 どうせもうすぐ別れないといけないのだから、どう思われたって構わない…、なんて割り切れないよ…

「カズアキ、何を考えている?」

 いつのまにか傍に来ていたファリに驚いて、俯いていた顔を上げた。

「ほとんど食べていないようだが…」

 手に持っている昼食用の肉は、ほんのひと口ふた口手をつけただけで、ほぼ残ったままだ。

「…寝起きだからかな? あんまり食欲なくて。また後で食べるよ」

 食べかけの肉を、他の肉とは分けてアイテムボックスにしまう。

 心配そうに見ているファリの視線が居た堪れない。

「あ、あのさ、ファリ…」

 言いかけるが、続きが口から出て来ない。
 ファリは無理に促すことなく、続きを待ってくれている。

「その…」

 ファリの目が失望に染まるのを想像すると勇気がしぼむ。

 いっそ、本当のことを話してしまおうか…

 巻き込まれて異世界に転移させられて、失敗すると死んでしまうクエストを強制されているって…

 だけど、そんなバカな話、誰が信じる?
 もし元の世界で知り合ったばかりの人がそんな話をしても、おれは信じられないと思う。
 何アホな事言ってんだ?
 って、相手がふざけて言っているとしか思わないはずだ。

 証明しようにも、クエストの画面はおれにしか見えないし…

 そうだ! あれだ! 乙女ゲーム自体を見せれば!

 …って、ダメだ。ゲームなんてこの世界の住人にはわからない。
 現に『ゲーム』って単語を口にした時、ファリには通じていなかった。

 このディスクの中にこの世界があって、ファリはこのゲームの世界の住人で、今はおれもこの中に居るんだよ…

 …って、そんな事言い出したら、ますます頭のおかしいヤツって思われるだろ!

 ディスク自体を見せずに、ブックレットだけを見せて、ここは本の中の世界だと言えば…?

 それもやっぱりダメだ。
 それをファリが信用してくれたとして…

『ハーレム学園 どきどき♡サバイバル ~乙女の本気モード~』

 本のタイトルを聞かれた時に、この名前を言える?

 自分の生きている世界が、こんなふざけた名前の世界だと知ったら、おれだったらショックを受けて寝込む。

 題名だけ伏せるとか…?

 それでも、やっぱり自分の世界が異世界の本の中の世界だって聞いていい気持ちになるはずがない。



 色々考えているうちに、だんだんと自分の考えに違和感を覚えてきた。

 おれ、認識、間違ってるんじゃないのかな?

 この異世界に来て、ファリと接して暮らしている間、ここが虚構の世界だとは到底思えなかった。
 おれには現実以外の何物にも思えなくて。

 この世界は、乙女ゲームの中の世界なんかじゃないんじゃないか?

 条件に合った異世界の乙女達を連れてくる為に、何者かがんじゃないか?
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