ときはの代 外伝 永久図騙(とわずがたり)

naccchi

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第一話:虹始見

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 虹始見にじはじめてあらわる

 ■■■■■

 元弘三年/正慶二年 四月(1333年5月)

「帝が?本当に?」
「ええ、どうも新田とかいう武人を連れて本格的に鎌倉を攻めるらしいわよ。」
「怖いわねぇ、前回はそれで失敗なされてご配流されたというのに。次こそお命が危ういのでは。」
「六波羅探題だけでは抑えがきかないみたいよ。そもそも東国の武家ごときが、帝を配流なさるなんて罰当たり……罷り通るわけがないのよ。」
「そもそも、執権とやらは元々源氏の家臣のようなものなのでしょう?それを我が物顔で政治を動かすだなんて、図々しいにも程があるわよねえ。」
「隠岐島を出られる際も、風向きが変わって追っ手を振り切られたとのこと。やはり神仏は後醍醐帝のお味方なのよ。」
「じゃあ後醍醐帝が鎌倉を討伐したら、武家も終わるのかしら。そうなったら今の帝はどうなされるの?」
「さあ……?」

 うわさ話に花を咲かせる女房達。そのうちの一人が、通りすがった公達の一人を目にとめる。その様子を見た別の女房が、その視界を扇で隠すような動作をする。

「あら、見たら都合の悪い御仁かしら。」
「いいえそんなことわないけれど……あれが、蘆君あしのきみよ。」
「顔はお美しいのに、ねえ。」
「お顔だけではありませんわ。歌も楽器も大変な腕前らしいですわよ。」
「それだけ凄くても、あの足では……ねえ?」
「あの美貌も才も、あの足と引き換えに妖と取引しただなんて話もあるらしいわよ……。」

 女房の視線は、彼の足下へ注がれる。直衣で隠れてはいるが、その足に異常があることは左手に付いている杖と、その歩き方で一目瞭然なのである。

 その視線と、言葉。たちばな道雅みちまさには、慣れたものであった。慣れてはいるが、気分の良くなるものでもないのでさっさと通り過ぎようとした時、俄に女房たちが色めき立つ。
 要因は、道雅の兄清雅きよまさ。美丈夫と聞こえ名高い彼は、そんな女房達にも愛想笑いをほどほどに振りまいて、道雅の元へとやってくる。

道雅みちまさ。探したぞ。なんだなんだ、相変わらず地味な格好で。こないだ送った着物があったろう。俺のお古で悪いが今みたいな年寄りくさいものよりいくらか華やかだぞ。」

 道雅みちまさの齢はまだ十八。若い盛りである。にも関わらず、茶渋の地味な衣装はずっと前から変わらない。兄はそんな弟の世捨て人のよう格好に以前からやきもきしているのだが、とうの弟は取り付く島もない。

「結構です。
 着るものに困るほど困窮もしていませんし。私は、これくらいがちょうどいいんですよ。」
「……まあ、そんな世間話はさておいて。今少しいいか?」
「ええ、まあ。……話なら別の場所でお願いできますか?ここは些か喧しすぎる。」

 底冷えするような視線をちらと女房たちに向けると、彼女らはそそくさとその場を後にしていく。そんな態度の弟を見た清雅きよまさはからからと笑った。

「まあまあ、女房たちの噂話というのも存外侮れないぞ?」
「侮っていないから、申し上げたのです。兄上。」

 道雅みちまさの切れ長の深い黒の瞳が、兄清雅きよまさを鋭く見据えた。対して、弟道雅みちまさのその視線と態度に慣れきった兄はまた、朗らかに笑う。そんな、兄弟のいつものやりとり。人が居なくなったらば良い、と道雅みちまさは聴く姿勢を示した。

「それで、なにか用向きが?言っておきますけど、いつもの縁組の話でしたら聞く気はありませんが。」
「先制してくるなぁ。」
「何度も申し上げておりますでしょう。私は、どなたも娶る気はないと。こんな足が不自由な者の所に誰が好き好んで妻になろうなど、誰が思いますか。
 それに……子が生まれれば、また家には遺恨が生まれかねない。」
「私はな、お前にも幸せになってもらいたいんだ。元はと言えばその足も私のせいのようなものなのだから。」

 道雅みちまさの左足は思うように動かない。幼少の頃に怪我を負って以降、感覚がない。形も大きく歪んでいる。跡目争いを危惧した、清雅きよまさの乳母が、まだ幼い道雅みちまさの左足に火鉢を叩きつけたせいだった。橘の家は奈良時代から続く由緒正しき古代四家の一つ。だが、分家と庶流が混在し本当に自分自身が橘の流れをくむ血を持っているのか、道雅みちまさは半信半疑だった。もとい、愚かな行為をしでかした乳母を筆頭に何人かは、本気で自分たちが正しい家柄の者だと信じてやまないようだったが。

「あれは兄上のせいではありません。
 むしろ感謝していますよ。この足のおかげで、人がいかに取り繕った存在か、すぐに分かるのですから。故に、私は娶らないのです。ひとり気ままにやっていけてるだけで充分なのですから。」

 足が不自由でありながら、食うに困らぬ要職につけているのが、兄のお陰であることを知っている。それだけで道雅は充分なのだと思っていた。

「ならば感謝している私に一つ、頼まれてくれ。ある方の面倒を見てやって欲しい。」
「その方はどういった……勿論、男性なんですよね?」
「いや?数え十五の姫だ。」
「娶りませんよ。それに、姫ならばどこぞに嫁がせたらいいでしょう。下人のほとんどいない私のところに来て、わざわざ不便を強いるなど、可哀想ではありませんか。」
「娶らずとも良い。今はうちで預かっているのだが、若葉わかばがどうも嫉妬していていかん。子が生まれたばかりだからな、あれも神経をとがらせているんだよ。
 行くあてがないのだ、うちにいても若葉わかばが辛く当たる一方で、いたたまれなくなったのか強いられているのかわからんが、私がやらんでいいと言っているのに下女のようなことをしている。」

 清雅きよまさの北の方、若葉まかば。その名が出て道雅みちまさは顔を歪めた。器量よいと評判の姫であるが、道雅みたまさに辛くあたる。理由は、道雅みちまさの足が醜いから。
 初めて会った時その足を見るなり嫌悪感を顕にした。醜い、おぞましい、化け物だと口汚く罵った。若葉わかばは陰陽師である安倍家の遠縁らしいのだが、人並外れて見鬼の才に秀でている。
 当然、道雅みちまさの怪我は妖には何ら関係の無いものなのだが、何かと騒ぎ立てる若葉わかばの声が広まる方が早かった。合わない、と思う相手とは接しないに限ると、兄の家を訪れることは近頃はめっきり少ない。故に何か用向きがあればこうして清雅きよまさの方から声をかけてくる。
 そんな主張の強い若葉わかばが気に入らないと判断した女性。さぞ肩身が狭い思いをしているだろうと僅かに同情の心が芽生える。

「その姫は、他所へ嫁げないほどの訳ありなのですか。」
「いいや?気立ての良い素直な良い姫よ。ただ、見た目や性格よりもその実情というか。
 少し話が飛ぶが、先の後醍醐帝……幕府から配流に処されていたろう。どうやら流刑地の隠岐島から脱出したらしくてな……軍勢を引き連れて鎌倉へ向かっているらしい。」

 清雅きよまさの真剣な表情、そして着物の袖で口元を隠すような言動に、道雅みちまさは耳をそばだてる。あくまで噂、であるが大きな声で話す内容でないことは察しがつく。

「ああ、女房たちが話してましたね。かなり強烈な方とは聞き及んでいましたが、まさか隠岐島から脱出されるとは。どこまでも型破りな。」
「長らく続いた幕府もさすがに、潮時やもしれん。」

 鎌倉幕府。もとは源頼朝がうちたてた武家政権だったが、源の血は三代で潰え、その後は源氏の臣下であった北条がその権力をほしいままにしている。時代を経るにつれてその権力はしりすぼんでいき、異国より敵が攻めてきた事件をきっかけに一気にその力は衰えた。その回復の兆しが見えぬまま、此度の帝の行動である。

「そこで、だ、その預かっている姫はな、母方が北条ゆかりの者らしくてな。このまま鎌倉にいると巻き添えを食うかもしれんのだ。」
「ならば、一族郎党処罰対象でしょう。中途半端な同情で我々が匿えば、こちらに火の粉がかかる。北の方様も、それを危惧しておられるのでは。」

 若葉わかばは難ありだが、馬鹿ではない。あれでいて、嫁いだ家を護る意思はある。故に厄介なのではあるが、余計な火種を抱える危うさは理解できる。

「母方はそうでも、父方を辿ると、天皇家があるらしくてな。おいそれと手出しできんのだよ。
 何、ほとぼりが冷めたらそれなりの嫁ぎ先を見繕うつもりだ。それまで頼む!この通り。引き受けてくれたら今後一切、お前に縁談は持ち込まないと約束しよう。」

 根負けしたのは、道雅みちまさの方だった。なんだかんだと言い訳をつけて、その女人を気に入らせようとしている魂胆が透けて見えたが、そんな気はさらさらなかった。

 少なくとも、今、この時は。
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