8 / 104
第一章 彼誰時~かはたれとき~
第四話
しおりを挟む
陽が目を開ければそこは、暗い世界だった。
水面が揺れるどこまでも果てのない、色のない暗い世界。
水面とはいっても、足裏が浸る程度。進むのに支障はない。
そこかしこに、物言わぬ骸が転がっている。
ヒトだけかと思えば、妖らしきものもある。首だけのもの、腕だけのもの、なにかわからないくらいの肉塊。臓物。血。骨。
布やら武器やらも落ちている。どう見ても今の現代では着ないような着物や、折れた刀なんかもある。
しかし、今は気にしている余裕は陽にはない。せめて踏みつけないようにだけ配慮し、慎重に避けつつもただ進む。
方角も方向も、下手をすれば上下すらもなんだかよくわからない世界だったが、ただこっちだと直感のままに、まっすぐに進んだ。
奥に、うずくまる少女の姿がある。
姿格好は、和泉にそっくりだった。おそらくこれが、和泉の精神なのだろう。
しかしその少女には、あの、無数の蜘蛛の糸が絡みついている。穢れを孕んだあの嫌な糸束。
そして、息がつまるほどに重苦しいくらいの【思念】が、その場にいる思念体の状態の陽にも伝わってきた。
シ ニ タ イ
「これは…」
シニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイ
コロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ
キエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイ
希死念慮。
彼女の、死にたいと願う心に反応して蜘蛛の糸がまるで生きているかのように蠢く。
そういえば、自分を殺せだの、もういいだの、なんだのさんざん言っていたことを思い返す。脅しに怯えたり、反発するしたりすることなく、受け入れるような諦念の根源。
植え付けられたか、もともとそう感じてしまうほどの何かがあったのかまではわからないが、死にたい感情に反応して追ってくる術がかけられていたことがわかる。逃げても結界を張っても、撒けない理由をここに見た。
なにせ心に作用する力。喋ることを制限することはできても、思うことを制限するのは難しい。
だったら陽が、やることは一つだった。和泉に生きたいと思わせる。希死念慮さえなくなれば、術は解ける。糸は絡んでこない。
陽は、和泉にそっくりの少女にゆっくり近づき、腰を下ろした。
絡んでいる蜘蛛の糸を少しずつはらいのけてやる。陽自身も思念体のはずなのに、蜘蛛の糸はさっき攻撃が当たった時のように痛みを感じた。
あまり悠長にしていられないことは、火を見るよりも明らかだ。目線を合わせるように、声をかける。
「なあ。お前、死にたいなんて嘘だろ。」
「嘘じゃない、誰も私のことなんて助けられないから。もう、死にたい。」
「じゃあ、助けられたら死ななくていいんだな。」
少女は、息をのんだ。見上げた顔は、和泉と同じ顔。路地裏で会った時の泣きそうに歪んだ空色の瞳。
「お前が犀破とか呼んだあいつがいなきゃ、死ぬ必要ないんだろ。
だったらオレがやってやるよ。今までだってそうしてきた、オレらにとったらいつものことだからな。」
妖怪を倒す。いつものことだった。今までもこれからも。
「できるわけない!!そうやって、今まで…みんな、みんな、そう言ってたのに、結局死んでった!!」
その弱そうな体からは想像できないくらいの叫びが、空間に響く。救ってくれないことへの怒りではなく、諦めた悲しみの叫び声。水面が震え、空間が震え、彼女の精神自体が泣いている。
そこらにある骸は、少女の言うみんなだろうか。
今まで、彼女に手を差し伸べた人たち。その人たちが皆、奴に殺されたと直感するのに時間はかからない。
「だったらなおさら生きろ。そいつらが、お前を守ったんなら、そいつらの思いを汲んでやれよ。」
「うるさい!!助けてなんて頼んでない、頼んでないのに、勝手に……!
偽善で手を差し伸べて、勝手に死んで。
いつも、一人残されて。
もうそんな思いしたくない。もう、いいから。もういらない。」
「だったらなんでオレの手をとったんだよ。」
泣きながらうつむく少女の肩に、左手を置いた。
少女はその手を引きはがそうとするが、陽はその手をどかそうとはしない。
「なんで、さっき怪我したオレを助けたんだよ。
少しでも、オレに望みを見出したんじゃないのかよ!
オレならなんとかできるかもしれないって、思ったんじゃないのかよ!」
口では拒絶していた。ただあの目は、生きることを諦めた目ではなかった。まだ死んでない。身体も、心も。
「頼んでないだ!?だったら殺せなんて頼むなよ!」
陽の手を放そうとする少女の手の力が、少しゆるむ。
「本当にどうでもいいなら、そもそも逃げねえはずだ。逃げてきたんだろ、それは!
お前が死にたいって思うような現状を変えようとしてたんじゃねえのか。
死にたいって思っちまうような状況を、何とか変えようと思ってんじゃねえのか。」
「ち、が……!」
「オレには、お前の”死にたい”は”生きたい”にしか聞こえねえよ!」
少女の否定の言葉は強くは続かない。少女の抵抗の力も。
陽は、肩に置いたその手を放して、少女の手をつかんでへたり込んだ姿勢から立たせようと引っ張る。少女は、我に返ったかのように、踏ん張って陽に抵抗する。だがその力も、たいして強い拒絶ではなかった。
「中途半端な覚悟で、オレに命、背負わせんな!
自分の命くらい自分で背負え!!」
今度はもう、少女は抵抗しなかった。
少女に絡みついていた糸が、まるで解けるように消えていく。周囲に合った骸も、よくわからない肉塊も、何もかもが崩れるようにして消えてなくなっていく。
果てしなく暗かった世界は、まるで永い夜が明けるように、視界が眩しいくらいに明るくなる。
和泉にかけられていた術が、解けた。
水面が揺れるどこまでも果てのない、色のない暗い世界。
水面とはいっても、足裏が浸る程度。進むのに支障はない。
そこかしこに、物言わぬ骸が転がっている。
ヒトだけかと思えば、妖らしきものもある。首だけのもの、腕だけのもの、なにかわからないくらいの肉塊。臓物。血。骨。
布やら武器やらも落ちている。どう見ても今の現代では着ないような着物や、折れた刀なんかもある。
しかし、今は気にしている余裕は陽にはない。せめて踏みつけないようにだけ配慮し、慎重に避けつつもただ進む。
方角も方向も、下手をすれば上下すらもなんだかよくわからない世界だったが、ただこっちだと直感のままに、まっすぐに進んだ。
奥に、うずくまる少女の姿がある。
姿格好は、和泉にそっくりだった。おそらくこれが、和泉の精神なのだろう。
しかしその少女には、あの、無数の蜘蛛の糸が絡みついている。穢れを孕んだあの嫌な糸束。
そして、息がつまるほどに重苦しいくらいの【思念】が、その場にいる思念体の状態の陽にも伝わってきた。
シ ニ タ イ
「これは…」
シニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイ
コロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ
キエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイキエタイ
希死念慮。
彼女の、死にたいと願う心に反応して蜘蛛の糸がまるで生きているかのように蠢く。
そういえば、自分を殺せだの、もういいだの、なんだのさんざん言っていたことを思い返す。脅しに怯えたり、反発するしたりすることなく、受け入れるような諦念の根源。
植え付けられたか、もともとそう感じてしまうほどの何かがあったのかまではわからないが、死にたい感情に反応して追ってくる術がかけられていたことがわかる。逃げても結界を張っても、撒けない理由をここに見た。
なにせ心に作用する力。喋ることを制限することはできても、思うことを制限するのは難しい。
だったら陽が、やることは一つだった。和泉に生きたいと思わせる。希死念慮さえなくなれば、術は解ける。糸は絡んでこない。
陽は、和泉にそっくりの少女にゆっくり近づき、腰を下ろした。
絡んでいる蜘蛛の糸を少しずつはらいのけてやる。陽自身も思念体のはずなのに、蜘蛛の糸はさっき攻撃が当たった時のように痛みを感じた。
あまり悠長にしていられないことは、火を見るよりも明らかだ。目線を合わせるように、声をかける。
「なあ。お前、死にたいなんて嘘だろ。」
「嘘じゃない、誰も私のことなんて助けられないから。もう、死にたい。」
「じゃあ、助けられたら死ななくていいんだな。」
少女は、息をのんだ。見上げた顔は、和泉と同じ顔。路地裏で会った時の泣きそうに歪んだ空色の瞳。
「お前が犀破とか呼んだあいつがいなきゃ、死ぬ必要ないんだろ。
だったらオレがやってやるよ。今までだってそうしてきた、オレらにとったらいつものことだからな。」
妖怪を倒す。いつものことだった。今までもこれからも。
「できるわけない!!そうやって、今まで…みんな、みんな、そう言ってたのに、結局死んでった!!」
その弱そうな体からは想像できないくらいの叫びが、空間に響く。救ってくれないことへの怒りではなく、諦めた悲しみの叫び声。水面が震え、空間が震え、彼女の精神自体が泣いている。
そこらにある骸は、少女の言うみんなだろうか。
今まで、彼女に手を差し伸べた人たち。その人たちが皆、奴に殺されたと直感するのに時間はかからない。
「だったらなおさら生きろ。そいつらが、お前を守ったんなら、そいつらの思いを汲んでやれよ。」
「うるさい!!助けてなんて頼んでない、頼んでないのに、勝手に……!
偽善で手を差し伸べて、勝手に死んで。
いつも、一人残されて。
もうそんな思いしたくない。もう、いいから。もういらない。」
「だったらなんでオレの手をとったんだよ。」
泣きながらうつむく少女の肩に、左手を置いた。
少女はその手を引きはがそうとするが、陽はその手をどかそうとはしない。
「なんで、さっき怪我したオレを助けたんだよ。
少しでも、オレに望みを見出したんじゃないのかよ!
オレならなんとかできるかもしれないって、思ったんじゃないのかよ!」
口では拒絶していた。ただあの目は、生きることを諦めた目ではなかった。まだ死んでない。身体も、心も。
「頼んでないだ!?だったら殺せなんて頼むなよ!」
陽の手を放そうとする少女の手の力が、少しゆるむ。
「本当にどうでもいいなら、そもそも逃げねえはずだ。逃げてきたんだろ、それは!
お前が死にたいって思うような現状を変えようとしてたんじゃねえのか。
死にたいって思っちまうような状況を、何とか変えようと思ってんじゃねえのか。」
「ち、が……!」
「オレには、お前の”死にたい”は”生きたい”にしか聞こえねえよ!」
少女の否定の言葉は強くは続かない。少女の抵抗の力も。
陽は、肩に置いたその手を放して、少女の手をつかんでへたり込んだ姿勢から立たせようと引っ張る。少女は、我に返ったかのように、踏ん張って陽に抵抗する。だがその力も、たいして強い拒絶ではなかった。
「中途半端な覚悟で、オレに命、背負わせんな!
自分の命くらい自分で背負え!!」
今度はもう、少女は抵抗しなかった。
少女に絡みついていた糸が、まるで解けるように消えていく。周囲に合った骸も、よくわからない肉塊も、何もかもが崩れるようにして消えてなくなっていく。
果てしなく暗かった世界は、まるで永い夜が明けるように、視界が眩しいくらいに明るくなる。
和泉にかけられていた術が、解けた。
22
あなたにおすすめの小説
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います
あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。
化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。
所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。
親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。
そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。
実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。
おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。
そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる