ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第ニ章 水天彷彿~すいてんほうふつ~

第八話

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「なんか、あまりよくわからなかったね。」

 男性宅を後にした3人の中で一番最初に口を開いたのは和泉だった。
 正直、収穫と言えば水のようなものが女性を飲み込んでさらっていったこと。水のようなものは男性の過去を写したことくらいだった。

「まあ人間にしては割に見てた方なんじゃねえの。わかんねえときはほんとうになんもわかんねえよ。記憶がねえとか、思い出したくないとかで。」

 実際にこうゆうものを見た、という事実だけでも結構な収穫らしい。そんなものなのかと和泉が思っているうちに、3人は聞いていたマンションについたが案の定インターホンを押しても誰も出てこなかった。

「世羅、このあとビルのオーナーにも話つけてあるから、少し聞いてきてくれ。水関連で思い当たることないか。被害者がどこで攫われたかとか。
 オレは和泉と先に例のビル行って見てくる、日暮れ前には来いよ。」
「了解。和泉ちゃんのこといじめないでよ?」

 世羅の揶揄う声を陽は無視していた。
 和泉が陽と2人きりになるのは初めて会ったあのときだけだったから少し身が強ばるものの、陽は何もしなかったし、男性宅からものの数分移動して例のビルに着くまで何も喋らなかった。
 辺りも似たようなビルや通りが多く、和泉だけ取り残されたら迷ってしまいそうだと感じる。夕暮れの人の街並みは、行き交う人たちがどこか忙しなく感じた。

 8階建てのそのビルはエントランスフロアに警備員がおり、中に入ろうとする人は警備員にカードのようなものを見せていた。

「たぶん、入館証だか社員証だか見せないと入れないんだろうな。ビルに出入りするやつが行方不明だなんだって騒ぎにもなってるしそりゃそうか。」
「陽なら、強行突破くらいできるんじゃないの?」
「お前意外と物騒なこと言うのな。オレらの存在は一般人には基本的に秘匿事項だよ。
 今、中でどうこう起きてるならともかく、なるべく騒ぎは起こしたくねえんだよ。」
「秘匿?でも、さっきの男の人とか、あと行方不明の女性とかも助けたらどうするの?陽たち陰陽師のことも、妖怪のことも……その、見ちゃったわけだよね。」
「そのへんは、対応する部署があるんだよ。人の記憶を多少いじるくらい。あとは壊した建物や物品の修理とかな。あんまり派手にやらねえようにはしてるけど。オレや世羅ができるのは出来ても人間の気を失わせることくらいだ。
 怪異の事態を収拾する専門がいるから、そのへんは心配しなくていい。」

 記憶をいじる。陽の放った言葉にぴくっと和泉が反応したのを陽は見逃さなかったものの、それについて特に言及はしなかった。

「あとでそいつらにも見てもらうつもりだけどよ。
 これまで生きてきた記憶を全部消す、なんて芸当はそうそうできることじゃない。お前の記憶がないことと陰陽連は、関係ねえよ。。」
「ごめん、疑ってるわけじゃない……んだけど、ちょっと気になったんだ、人間でもそうゆうことできるんだなって。
 力だけで言えば、陽も、そうだけど。その……すごく、強いから。」
「最近は、力が使える人間はだいぶ減ってきてる。実際、妖怪の数も減ってるからな。それこそ陰陽連には戦えない陰陽師だっているよ。
 陰陽連も一時期と比べたら随分弱くなったらしいし。陰陽師が少ないってことはそれだけ平和でいいことなんじゃねえのとは思うけど。」

 少ないはずの陰陽師という存在。和泉の中に湧き出るほんの小さな疑問。

「じゃあ、なんで……陽は戦ってるの。」

 なんとなく、踏み入ってはいけないような気がして答えてくれないと和泉は思った。

「両親が殺された。オレが7歳とかそれくらいのときに。だから、復讐。」

 復讐。そんな二言で済まされるような感情じゃない、そう和泉は感じるものの、あえてそれ以上は聞かなかった。代わりに。

「教えてくれてありがとう。」
「こんなことの礼は言うのかよ。」

 最初会った時。助けてくれたことのお礼がすぐ言えてなかったことは、和泉もしこりのように残っていた。あの時は、とにかく早く逃げてほしくて。でもそれは礼を言えなかったことの言い訳にしかならない。

「こんなことって言っても。踏み込んでほしくなかったことでしょ、軽々しく言いたくないことだと思った。
 でも、教えてくれた。私のお願いを聞いてくれた。だから、ありがとう。」
「……妖怪退治なんかしてんだ。親が死んだだの、友達が死んだだの、よくあることだよ。」
「よくあるとか、ないとかじゃなくて。
 私を、最初に術で縛った時の表情とか、凛や犀破を見た表情。あれは、嫌いとか憎いとかそうゆう類じゃなかった。絶対に許せない深い憎悪。大好きな人たちをいっぺんに奪われたら、辛いにきまってる。
 私は、何も覚えてないけど、でも、それで分かろうとしないのは違うと思うから。」

 陽は、それ以上何も言わなかった。
 それでも、どこか自嘲気味だった表情がすこし和らいで見えた。

 結局、普通にはビルの中に入れないので、陽と和泉はビル周辺を歩き回った。
 会話はほとんどないけれど、張り詰めたような、陽の拒絶するような背中はそこにはもうない かった。
 陽が時折札を出しては何かやっていたので、結界やら罠をしかけていたのだろう。あまり目立たない位置に、緑色の札を貼り付けたりしている。邪魔にならないよう、和泉はただ黙って傍についていた。

 そうこうしているうち、ビルのオーナーからの話を聞き終えた世羅とも合流する。
 20時を回れば警備員も帰り、非常時に備えたシステムに切り替わるだけらしい。今日はシステムを切っておいてもらえるようで、20時以降ビルには入れるとのことだ。

「あのビルのオーナーに聞いたんだけどね、もともとビルを立てる場所に古い井戸があったみたい。
 息抜きはしたらしいけど、施行の遅れとかなんとかで、きちんとしたお祓いがされた形跡がなかった。酷い話だよね、そんなに手間なことでもないだろうに。」
「けどこのビルが建ったのなんてかなり前だろ。昨日今日の話じゃねえ。
 仮にそのお祓いをしてない井戸が原因だとして、なんで今更こんなことになってる。」
「そこを調べるのが仕事でしょ、どう?中見て何かわかった?」
「警備員がいて中には入れなかった。外観だけならいたって普通のビル。妖気も感じねえし、やっぱもう少し夜更けてからだな。」
「これ以上被害者が増えても面倒だね、人質は少ない方がいいし、今夜にでも終わらせよう。」

 被害者が生きているとは限らなかったが、陽も世羅もあえてそこまで言わなかった。いつも通りの仕事ならまだしも、不確定な要素を言って、変に不安にさせないほうがいい。

「不安と言えばね、たまたまビルのオーナーのとこで話を聞いていたら、会えたんだ。さっきの男性の言ってた同僚の女性のご家族に。そこで、林って名前に心当たりがないか聞いたんだけど、女性の学生時代のクラスメイトだったみたい。友達とかじゃないらしいけど…まあ少なくとも面識はあったわけだ。
 男性の話でもそうだったけど、どういうわけか対象の人間の過去を見せてくるみたいだね。」

 世羅が聞いてきてくれた方が収穫があったようだ。
「わざわざそんな面倒なことするくらいだから、命が狙いじゃねえのは確定だな。回りくどくてうざってえけど」
「でも、生きてるならまだ良かったんじゃない。なんとか、助けてあげないと」

 遺体を返すよりも生きてる人を救う方がよほどいいに決まってる。そんな思いでいるのが伝わったのか、和泉の目を見て、世羅が続けた。

「行方不明になってるのはいずれも女性。年齢や職業なんかはてんでバラバラ。」
「ビルのどこでいなくなったとかまでは?」
「オーナーが把握してる範囲だと、エレベーター内、手洗い場が多いみたい。あとは階段の踊り場、オフィスの中もあるから場所も正直絞り込めなさそうだね。水のある場所ってわけでもなさそう。」
「行ってみたらなんかあるかもしんねえし、一度見といたほうがいいな。
「そうだね、狙われる理由がどういう理由かは知らないけれど、女性が狙われてるんなら私がいったほうがいいと思うんだけど、それでいいよね」
「ま、そうだな。和泉つかうのはリスクがでかすぎる。」

 陽がそう言った後、ばつが悪そうな顔で和泉を見た。

「……お前が使えないって意味じゃねえよ。」
「私が一番足でまといなのは分かってるから大丈夫。ごめんなさい、迷惑かけて。」

 現状足手まとい。昨日陽に言われたことを、言い返したつもりではなかったものの、やはり事実として乗しかかる。

「和泉ちゃんのこと、迷惑とは思ってないよ。
 だいたいいつもどっちかが囮になって陽が撃破するのが定番なんだけどね。女のフリしてるとこれがけっこううまくいくんだよね。だから今回はなおさら僕が適任ってこと。」

 世羅がウインクする。その表情はやはり、男とわかっていても女性の表情そのものだった。
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