ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第三章 薄紅模様~うすべにもよう~

第十九話

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 髪の毛は、恨み言を吐きながらなおも執拗に和泉を攻撃してくる。そのたびに、薄緑の光がチラつく。

 紅音がいることを確信した途端、明らかに陽の動きが鈍るのが和泉にはわかった。祓うべき対象から、何か手立てを探そうとすればそれは迷いになる。反撃できず、とにかく攻撃をいなすことしかできなくなっている。

「陽、一旦ひいて世羅と合流しよう」
「けど……!」
「紅音さんなんでしょ、あれ。だったら、斬れないんじゃないの!?
 私は、やれないよ。」

 偽善なのかもしれないと陽は思った。紅音が和泉と二人きりになって何を言ったか大体は想像できる。きっと心無いことを言われたのだろうと。それでも、和泉は何も躊躇せずできないと言った。

 自分は、迷ったのに。
 取り込まれたのが一般人ならともかく、紅音もまた陰陽師だ。このまま放置して被害が拡大するくらいならいっそ一思いにやってしまった方がいい。理屈も理由もわかる。しかしそれは出来ない。

 ここで迷っては行けないと判断し、一旦殿しんがりを白い鳥に任せ、2人はその場を離れた。隠れるところはいくらでもあるのだが、そこかしこに人間たちは倒れているし、物陰に怯えながら隠れている者もいる。

 一方で、迷わず《やれない》と宣言した和泉は、一気に悪くなってしまった状況にいたたまれない気持ちになる。
 戦闘経験も、紅音との付き合いも、陽の方が遥かに長いに決まってるのに、それをできないと断言してしまったことを少し後悔していた。仲間が妖怪に操られるなんてきっとよくある事。そうした時に最前の判断を下すことなど当たり前かもしれない。動きが鈍って見えたのもひょっとしたら気のせいだったのかもしれない。
 陽は俯いたまま、何も言わなかった。
 怒らせて、しまったかもしれない。
 でも、和泉を庇う姿勢でいてくれるのは気のせいではなかった。

「ああ、いたいた。」

 適当に入った店舗の物陰に潜んでいたところに、世羅がやってきた。
 その表情も声色も優しく穏やかで、和泉は張り詰めた気持ちが少し落ち着くのがわかった。

「世羅、状況は?」
「ひどいよどこも。髪の毛が見つけた人間を手当たり次第に襲ってる。命までは奪ってなさそうだけど時間の問題かも。
 陰陽連には連絡したからじきに増援は来るはずだよ。」
「あの髪の毛の本体らしきやつの中に、紅音がいる。捕まったのか意図的なのか、わかんねえけど。」
「……意図的、というか。自業自得なんじゃないのあのコは。」

 世羅の声は優しいはずなのに固くて冷たかった。突き放すような物言いに、陽が睨み返すのがわかる。しかし世羅は、睨む陽には目もくれずその視線を和泉の方に移した。

「でも和泉ちゃん、君もそう思うでしょ?」

 紅音が和泉のことをどう思っているのか、世羅も気づいている。あんな態度を取られればこの状況は自業自得と思うのが普通なのかもしれない。

「紅音さんが私の事よく思ってないのわかる、けど。でも、だったら尚更止めないと。
 私へぶつけてくるなら、私が対処するけど。無関係の人がこれだけ巻き込まれてること、多分、今の紅音さんは理解出来てない。
 陰陽師やってるなら、人間を巻き込んじゃいけないこと、絶対分かってくれると思う。止めさせなきゃ。こんな状況は絶対、紅音さんの本意じゃない。」
「じゃ、どうやって助ける?
 本体見てないからなんとも言えないけど。あのコだけを、無事に助けられる確証はある?増援が来るまでやり過ごす方が賢いと思うよ。」

 優しい、冷たい声。責めるような口調ではない。やれるのかやれないのか、あくまで冷静な事実確認に聞こえた。

「どこまで妖怪と融合されちゃってるか、わからないけど…あの髪の毛だけが穢れているなら浄化すれば大丈夫だとは、思う。」

 世羅の言う通り、確証はなかった。できるはず、という根拠もない和泉自身の意識のみ。この意識が経験値なのかなんなのかすらもわからない。

「あの妖怪、何かわかるか?世羅。」
「さあ、その辺にいたのを見た感じでは、夜叉か髪鬼あたりじゃない?」

 その妖怪に心当たりがあるのか、陽は舌打ちをする。面倒な相手なのだろう。

「斬ってもあんまきいてないしな。有効だったとしても、紅音ごと、斬りかねねえし。。」

 事は一刻を争うのに、今の打開策がない。本体を相手していてもあちこちに湧いている髪の毛が無作為に人を襲っている。陽も世羅も、守れる範囲は限界がある。入り組んだフロア、階層が連なるこのショッピングモール丸ごと全てに対処するには、時間も人手も足らなさすぎる。

「あの髪の毛の気配はもうわかった、このショッピングモールごと、全体を浄化すれば消せると思う。世羅、結界張ってくれたんだよね?」
「そうだけど……なにしろ広いからねあんまり強度は期待できないよ。」
「強度はそこまでなくていい、と思う。ここまでが範囲って気配が分かれば。やれる。」

 誰も死なせたくない、ただそれだけ。

 買い物して見て回ったから、ショッピングモール中の間取りはだいたい分かる。端は世羅が張ってくれた結界。この内部を全て、浄化する。
 陽の怪我を治した時とは比べ物にならないけれど。広くて大きいだけ、要領は同じだ。

「援護はするよ。」

 陽も世羅も、辺りを警戒しつつも見守るようにそばに居てくれた。

 潜んでいた店内を出て、吹き抜けになっているエリアに立つ。ちょうどエスカレーターのある付近で1階から4階までが視界に入る位置だ。
 大きく息を吸い、集中する。ゆったり、力強くそれでいてしなやかに身体を動かしていく。

 手を足を、動かしていく和泉を陽は近くで見つめた。

 和泉の動きは、まるで巫女が舞を舞うような荘厳で清浄な雰囲気を醸し出す。陽が初めて和泉の前に姿を現した兎歩うほと、よく似ている。
 兎歩うほもまた、穢れを祓うことはできるが、あれの浄化範囲はかなり限られる。狭い場所での大量討伐に限られる上、詠唱と歩みに時間がかかるため、広範囲にも混戦状態には向かない。

 しかし和泉のこれは、桁が違うとすぐわかった。景色は日常なのに、まるで山奥の閉ざされた社の境内のような、聖域にいるかのような錯覚に囚われる。

 和泉は、この動きを知っていたと直感する。

 誰に教えられたのか、それとも知っていたのか、考えるよりも体が動いている。記憶を無くす前はきっと、こうゆうことをしていたのだろうと思った。

 景色が淡く白く光る。霞んだ気色が元に色に戻る頃には、髪の毛は霧散するように消えていった。そこらにいたあの嫌な気配が消えると共に、浄化されていなくなる。

 白い光に包まれていた和泉は、まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちそうになる。
 近くに控えていた式神の鳥が背中でふんわりと支えてくれたおかげでそのまま倒れ込むことは無かった。

「和泉!」

 なにかとてつもない力を使っていたことは陽にも分かった。その代償なのか反動なのか、駆け寄って支え起こすが返事はない。
 それでも呼吸はしているので、ただ意識を失っているだけのように見えた。顔色も悪くは無い、おそらく無事。

 少し先には、すっかり元の姿の紅音もまた倒れていたが、彼女も意識がないだけで怪我はなさそうだった。
 陽はよかった、と心底安堵の息をついた。巻き込まれた人間の数は多いものの、この分なら怪我人だけで、命を落とした者まではいなさそうだ。なんとかなった。
 なんだかんだ言いながら、世羅は紅音の方を抱えてくれている。

「何、その目。
 生かしておけたんなら話を聞かなきゃなんだし、無下にはしないよ。先に陰陽連に戻るね、和泉ちゃんのこと頼んだよ」

 辺りに轟音が響くのは、世羅が踵を返したその直後だった。
 どこかで何かが爆発するような、崩れるような大きな音と同時に、建物が揺れた。

 2階の突き当たり、ぽっかりと穴が空いて外の光が差し込む。外からとてつもない力でショッピングモールの壁が破壊された。

 凶暴的な悪意が、まだそこにはあった。
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