ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第六章 鏡花水月~きょうかすいげつ~

第五十四話

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 やってくることを今か今かと待ち望んでいた長い夏休みは、気づけば盆に差し掛かっていた。
 明日は陽の両親も寿子ひさこの家にやってくる。

 口うるせえのがくるからだるい、と陽は言っているが内心楽しみにしている雰囲気を隠せていない。和泉を除いた他三人は気づいているが、ちゃちゃを入れれば拗ねるのでにしておいてある。

「古い井戸ぉ?」
「そう!昨日かくれんぼしてた時に見つけたの。こんなに遊んでるのにさ、この神社まだ知らないとこあるんだね!」
「井戸ならあそこにあるじゃんよ。」

 陽がいつも使う井戸を指さす。そういうと思ったと紅音は首を横に振る。

「ちっがうわよ、見つけたって言ってんでしょ~!ね、行ってみようよ!!ちょっと薄暗くて不気味なんだけどさあ、肝試しだと思って!!ね??」
「や、やめようよ肝試しとか……!」
「なんで?別に夜やろうってわけじゃねえし大丈夫だろ。」
「陸は怖いんならやめとけば?」
「い、行くよ!みんなで行けば平気だし。でもいくら暑いからってそんな方法よりかき氷食べたほうが涼しくなると思うけどなあ。」

 やはり行きたくないであろう陸が、悠河をちらちらと見やる。それを聞いた和泉が紅音の服の裾をひっぱる。

「かき、氷って?」
「おいしいよ!あまくて頭がキーンってするの!あたしメロンがいい!」
「めろん……?」
「氷を砕いたやつに、シロップがかかってんの。メロンはそのシロップの種類。」

 全然説明になってない紅音に、追加で教えてくれたのは意外にも陽だった。紅音はうんうんとうなずいている。陸も。その様子を見て、和泉はかき氷にがぜん興味がわく。淡いブルーの瞳が輝きを帯びる。それこそ、かき氷にかかった、ブルーハワイのシロップのように。

「おいしいんだ?」
「じゃ、今日のおやつに食おうぜ、かき氷。井戸見てからだったらいいだろ、悠河。」

 話がすっかり逸れてご立腹の悠河は、陽の言葉に納得した様子を見せる。かき氷は食べたい欲があるようだ。

 そんな話をしながら、秘密基地からそれほど遠くない竹薮の中。笹の葉がざあざあと風に揺られる音の中、古びた井戸が異様な雰囲気で鎮座している。苔むして、井戸の石もところどころ欠けている。
 井戸の上には、まるで蓋をするように平べったい石がおいてあり、その石には1枚の御札が貼られている。
 その御札もまた風雨に晒されていたせいかボロボロで、すっかり赤茶けている。おそらく朱色で書かれていた文字もすっかり色素が抜け落ちて、何が書かれているかも読めない。
 その異様な雰囲気は、とても子供の遊び場と呼べる空気では無かった。

「妖怪が封印されてたりして。」
「やめなよ、危ないって。」
「大丈夫だろ。それに、陽と紅音の父さん母さんの仕事なんだろ?俺らも練習だよ練習。」

 悠河がそう言って井戸に近づき、触ろうとするが、その悠河を止めたのは和泉だった。悠河の腕をしっかり掴んで言う。

「……やめた方がいいよ、その井戸。戻ろう。あっちで遊ぼうよ。」
「……っ!」

 あの隠れんぼの一件から、悠河が表立って和泉をいじめたりからかったりすることはしなくなった。でも、悠河の中にはなんだコイツという感情は渦巻いたまま。
 雰囲気が悪くなるから、皆が怒るから。そんな理由で自分の中のぐるぐる回る感情を押し殺しているに過ぎなかった。

「へーきだって、ちょっと見るだけ。紅音も来いよ。」
「なんか御札?みたいなのが貼ってあるね。中どうなってるのかな。」

 そもそも井戸の話をしてきた紅音も興味津々だった。しかし、この井戸に興味を示すのは悠河と紅音の2人だけだった。いつものように、乗っかってくるはずの陽は、険しい表情を見せる。

「オレらが寄ってたかったって、封印の真似事すらできねえよ。やめようぜ。」

 陽の静止に、悠河の中で何かがぷつんと切れた。

「なんで、陽までそっち側なんだよ。」
「そっちとかじゃなくて、悠河……!」
「なんでだよ!!」

 悠河が叫んだ、背後。ガタン、ゴトンと石がズレる重い音がした。
 一番近くにいた悠河が振り返る。触ってはいないはずだが、その石に貼られていた御札が弱々しく剥がれて、パラパラと分解して消えた。

 かろうじて繋がっていたなにかの力が失われた気配。

 井戸に封じられていたであろう、 よからぬ何か。
 長く振り乱した黒い髪、黒とも青とも言えないどす黒い肌、女に見えるソレは、人のなりをしているようで、していない。
 その切れ長の瞳が、近くの悠河に狙いを定めるのは必然だった。
 分かっているのに、悠河は恐怖で動けずただ歯をかちかちならすことしか出来なかった。
 子供でもわかる本能的な恐怖に、動けない。

 ただ一人、和泉を除いては。

「悠河!!」

 地面にへたりこんだままの悠河を押しのけ、割って入る。その小さな手で地面に触れるとまるで生き物のように、地面が迫り上がる。土も草も石ころもそのまま壁となる。川で水を操った時と同じように。
 しかしただそびえるだけの土壁は、妖怪にとって何のダメージも与えられていなければ、一瞬の虚をついたのみで、さして障害にもなっていない。
 妖怪はすぐに回り込んで、狙いを和泉に変える。

「足、早いんでしょ!立って!逃げて!」

 和泉の悲鳴に近い声で、悠河はようやくなんとか動き出す。とは言ってもまともに立って歩けず、なんとか距離を取って陽たちの方へ転げていく。
 涙と泥でぐしゃぐしゃになった悠河を引っ張りながら、陽もまた、我に返る。逃げた方がいいのは分かってる。

 見れば、妖怪は和泉を井戸に引きずり込むではなく、まるで獲物を絞め殺す蛇のように、その身体にまとわりついている。怪我を負わせている訳では無い。なのに、そんなに大きな声が出せたのかと言うくらいの、和泉の泣き声ともとれる叫びが辺りに響く。

 何か、よくないことがされていると陽が認識するのと、叫ぶのは同時だった。

「離せ!!」

 足元にあった石や木をむちゃくちゃに投げつける。妖怪が鬱陶しそうな顔を向けるだけで、陽は全身血の気が引いていくのがわかった。
 最早、髪なのか妖怪の体の一部なのかもよく分からない黒い何かが、陽を狙う。

 そこそこ自信のある動体視力で避けられたのは最初だけだった。あっという間に動きを見切られてしまい、近くにあった木に吹っ飛ばされる。矢継ぎ早に地面にも叩きつけられる。

「……ッ!」
「陽!!」

 紅音の悲鳴が遠くに聞こえる。手や足だけじゃない、全身が痛い。なのに、頭の中はぐるぐる動いていて、ああ、紅音の声で誰か来てくれないかなどと期待してしまう。

 なんでも、できる気でいた。家でも、学校でも、秘密基地でも。やりたいことはやりたいだけやったし、できると思っていた。世界の中心だった。ただその世界はあまりにも小さすぎた。

 急に現れた女の子は、まともに話しもしないし、貸してやったゲームどころか、トランプも知らない。鬼ごっこもできない。なんで両親が目をかけるのか意味がわからない。特に、母の傍にぴったりとひっつく和泉を見ているとイライラした。事故で記憶が無いのだと事情はわかっても、ムカついた。それと同じくらいに、そんなことでイライラする自分にもムカついていた。

 両親が、陽に託したのは、陽ならできると信じてくれていたからなのも、本当は分かっていた。
 けれど。

 守れてない。約束。

 約束どころじゃない。このままじゃ、友達みんなが殺される。視界がじんわりと歪んでいく。嫌だと思っても現実を跳ね返す力が自分にないことが、わかって、ただ拳を握りしめるしかできない。その時だった。

こう 炎渦えんか

 決して大きくは無いがはっきりと聴こえた、低いその声。

「父、さん……!」

 そこにいるはずのない、嵩哉たかやの存在は幻ではなかった。地面に倒れ伏す陽を一瞬だけ見やると、すぐに眼前の妖怪へ視線を移す。

「陽、走って逃げられるか?」

 怒るでもなく、心配するでもなく、諭すような落ち着いた声音。陽に安心感を与えるにはそれだけで充分だった。

「……できる。」
「頼むぞ。」
「アイツは……!?」

 まだ、和泉が。

 そう言いかけて陽は、己の父の双眸が細められたのを目にする。
 嵩哉たかやは陰陽部門のトップだ。陰陽連の中でも強いことは子供ながらによくわかってる。こんな妖怪くらい訳ないし、和泉のことも絶対助けてくれる。頼むまでもない。

「走れ、早く!」

 もつれるように、転げ落ちるように、子供たちは森を出る。ほうぼうのていで、神社の境内まで来ると、そこには寿子ひさこが待っていた。

「怪我は?大丈夫?」

 いつも温和な祖母の、険しい表情と切羽詰まった声。子供らを引き寄せるその手は優しいことのちぐはぐさが、状況を物語っていた。
 ようやく安心を認識した紅音がよりいっそう泣き喚き、ずっと堪えるようにしていたであろう陸も、堰を切ったように泣き始めた。

「誰も、怪我はしてない。でも、和泉がヤバいかも。父さんが、何とかしてくれると思うけど!」
「また強がり言って。あんた怪我してるじゃないか。早く、おいで。」

 正直いって、陽が一番怪我している。アドレナリンでどうにか動いている可能性もあるので、寿子ひさこは真っ先に陽の手当をした。不幸中の幸いで、骨も折れていないし外傷もなかった。妖怪に叩かれた部分は青痣になってきた。結果論でいえば、いつもより激しめに遊んできたといっても変わらない程度の怪我だった。

 数時間と経たないうちに、嵩哉たかやは戻ってきた。世羅と共に、和泉も連れて。和泉も怪我はなかったようだが、意識がなく奥の部屋で寝ている。怪我なく戻ってきた和泉を見て、悠河と陸がまた泣きだした。悠河は泣きながら嵩哉たかやにしきりに謝る。
 嵩哉たかやは、そんな悠河の頭を優しく撫でながら視線の高さまで屈んで言った。

「たくさん間違えてたくさん学べばいい。
 でも、きちんとこの子に、謝れるようにはなろうな。」

 まだ泣きながらこくこくと頷く悠河を、陽は見ていた。ばんそうこうを貼られたところを、爪でいじっていたら横から寿子ひさこがその手を叩く。傷つける意志のない祖母の手は、暖かい。


 ***


 散々に泣き疲れた子供たちが寝付くのは早かった。夜が更けていくまえだが、大人だけの時間になる。
 一足先に仕事を終えた嵩哉たかやが、寿子の家に来てみれば、いつもは穏やかなはずの神社から尋常ではない妖気を感じる。慌てて駆けつけてみれば、妖怪が子供たちを襲っていたところだった。嵩哉たかやからしてみれば、訳が分からない。しかしそれは、寿子ひさことて同じことだった。

「大した妖怪ではなかったから。世羅だけでも対処できなかった?」
「……助けに入ろうとは、思ったよ。けど、僕の炎であの子を傷つけそうだったから。」
斎王さいおうの力が、あるのに?」 

 世羅が嵩哉たかやを睨む。

「治るからって、怪我させていい理由にはならないよ。」
「悪い。そういうつもりはなかった。」

 子供たちには驚異でも、嵩哉たかやからしてみれば、あっけないことこの上ない。井戸の傍に封印の札が落ちているところを見ると、イタズラかなにかの弾みで札が取れてしまったことは想像出来る。ただ、その封印が違和感しかないのだ。
 本来、封印というのは、倒すことが出来ない、もしくは倒すことが非常に難しいからこそ行う手段である。陰陽連に属する者の実家の近くの鎮守の森で、対して強くもない妖怪を封印しておく理由が考えられない。

神社カンドリさんに封印の井戸があるなんて話、この方一切聞いたことは無いよ。あればさっさとなんとかしてる。」
「やはり、意図的……か。」

 好奇心の塊である子供の前に封印された何かを置くなど、と言っているようなものだ。

「狙いは子供たちか、あるいは。」

 斎王さいおう

 貴重な浄化と治癒の力。
 これまで陰陽連がひた隠しにしてきた存在とはいえ、その力が稀有である以上、当然利用価値は大いにある。
 とはいえ、ただの野良妖怪がピンポイントで和泉を狙うとは考えにくい。わざわざ封印の井戸を設置した、悪意のある何者かの存在を、嵩哉たかやだけでなく、寿子ひさこ、世羅も認識する。
 確定では無いが、限りなく高い可能性として。

 とはいえ思い描いても行動には移せない。嵩哉たかやは、まだ陰陽連にいる結実ゆいに連絡を取ることにした。
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