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第九章 火光待宵~かぎろいまつよい~
第八十八話
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その声音とその表情で、いつもの、陽だと分かる。二人の道が、別れてしまう前と変わらない。
暖かい、ひだまりのような、温もり。あの冷たい視線でも、敵意を孕んだ殺意もない。ぎゅっと陽の服を掴んだ和泉に呼応するように、頭にぽんぽんと手が当てられる。この暖かさも、同じ。嘘じゃない。
「よ、う……!」
ある程度は想定していたのか、向き合う形となった犀破に驚きの表情はない。暗い瞳が殺意に燃えている。
「これだけ犠牲にして、ようやく、か?よく陰陽師共が承知したな。それで貴様に帰る場所があるのか。
そこの細切れも、あっちの消し炭も、全部貴様に起因する咎だろう。」
「誰が細切れで、誰が消し炭だって?誰も死んでねえよ。そんだけ脚があっても脳みそ足りてねえの?」
「なに…?」
そう、和泉にもそれはわかっていた。だってあの焦げた人の身体は。
「すごいでしょ、僕の人形たち。まさか、アンタにもここまで効くとは思ってなかったけど。
ストーカー気質の土蜘蛛さん?」
どさりと音がして、銀の狐が下り立つ。声の主はその背中にまたがる緑の瞳を自信満々に光らせるテン…陸だった。
そして、周囲を見遣れば、ちょうど犀破を取り囲むように。悠河も、白斗も、玄蕃も、世羅も妖狐の姿のまま、己の足でしっかりと立っている。幻でも人形でもなく、本来の姿で。
それぞれが怪我はしていてその出血や傷で痛々しい様ではあるもののが、いずれも致命傷に至るものではない。
まだ戦える。そしてこの采配を仕組んだ、陽が当然のように言い放つ。
「全部が幻だと効きづらいけど、現実の中に混ぜ込んだ幻に気づくのは至難だよな?」
陸の人形、凛の幻、そしてそこに織りまぜる本人たちの動き。現実の中に虚構を混ぜて判断を鈍らせた。全員の方位の外は、まだ陽の放った火が燃え盛る。
「闇雲にオレが火をぶっぱなしてたと思うか?お前を閉じ込めるための檻だよ。」
「だったらなんだと?結局お前も、やっていることは変わらない。
矮小な寿命しか持たん人間の分際で、自己満足の優しさを与えて勝手にいなくなる。
その度に、瀬莉がどれだけ傷つけられたか貴様らにわかるか?それとも、どうせ消すのならどれだけ傷つけても構わないと、そう言いたいのか。」
「変わらなくねえよ。今ここで、終わらせる。」
和泉の肩に置かれた陽の手が、ぐっと強くなった。
「お前のことも、こいつのことも、陰陽連も、全部もう終わらせる。」
「御託を並べるな。お前が?笑わせる。
仲間が無事だったからなんだ。
俺の口車に乗せられて呪詛をかけておいた事実は消えない。お前の存在は、瀬莉を苦しめる未来は変わらない。」
「そうだな、お前の誘いに載ったふりをして、かけた呪詛。あれ、本当はなんの呪いだったと思う?
最終的には命を奪うもんだよ、有体にいえば、呪い殺す呪いだ。」
「これは傑作だな、口では守るだの愛するだの、人間の好きそうなことだ、所詮自己満足、自己保身に過ぎない陳腐な感情!」
和泉にかけた呪詛は、その命を奪うものだった。それを聞いた犀破がなおも顔を歪め、高らかに笑う。けれど陽は、そんな犀破を冷めた目で見ていた。
まるでそこをついてくるのが、分かっていたかのように。
「誰が今すぐ殺すっつったよ。こんな猿芝居うった意味ねえだろうがそれじゃ。」
「な、に……?」
「オレがかけたのは、“70年後”に、死ぬ呪いだよ。」
はじめて、犀破の表情に動揺が見て取れた。
「こいつはもう、今から数えれば人間とほぼ同じ寿命で死ぬ。
さすがにこれだけ長いスパンの呪詛ってなると多少の前後はあるけどな、実際にやったことはねえから。
でも、もう何百年も何千年も生きられる体にはなってねえ、たとえ斎王に任じても、何かの術が施されても、上書きされねえように、呪った。そうゆう呪いをかけた。」
和泉の中でまた、熱いものがこみあげる。
ああ。そうか、このひとはやっぱり。
全てを、取りにいったんだと、確信する。
「ちょっと反動が強いよな。オレが、そばにいると、発作が起こる程度の反動が。」
まだ、和泉の身体は呪詛の痛みを訴える。でも、それは呪詛が間違いなく効いていることの証。
犀破の動きが、僅かに鈍る。それは、唯一愛したものを奪われる焦燥。その形相に、再度憎悪を浮かべながらも確実に、焦りが出ている。放たれる蜘蛛の糸の速度が、精度が落ちている。和泉を抱えたままの陽が避けられるくらいには。
「誰かのために動けるってのは美徳なんだろうよ、けど結果がこれだろ。
…必ずオレが見送る。そうゆう、オレの独りよがりな呪いだ。オレが勝手にはじめて、勝手に終わらせるんだよ。誰のせいでもないし、させない。
オレは欲張りだから全部とるんだよ。」
「生憎と、貴様らより長生きなものでな。人間を根絶やしにした後にじっくりどうするか考えればいい。」
「呪詛は、術者が死んでも解けることはねえからな。今更オレを倒したって無駄。まあ倒される気もねえんだけど。」
もしも先に陽が死んでしまっても、その呪いは、消えない。消えることなく、必ず和泉を連れていく。何百年と生かされてきた呪われた体は、その呪詛の穢れをもって斎王の資格を失い、無為に生かされることのない、本来の人のものへと変容させた。
長い長い、気が遠くなるような年月を生きてきたこの体。生かされたモノ。
誰かに愛され先立たれ、記憶を消して、ただ人間のために装置のように生かされて。もうわずかなことすら覚えていない、最初のひとは、自分と同じくもう何がしたかったのかすらわからない穢れ切った存在になり果てた。その感情を分けてもなお、ただ普通に生きたかった自分の願いだけが残った哀れな存在。
それが、終わる。終わらせてくれる。
守るだけじゃなくて、人として生かす道を、用意してくれた。
「陽……ありが、とう……!」
相変わらず体中は痛いし苦しいけれど、それよりも。陽が、傍にいてくれることの安堵があまりにも大きい。信じていた気持ちは、間違っていなかった。初めて会った時から、このひとはいつも。
暗くてずっと、変わらなかった辛い世界から、和泉を引きずり出してくれる。いつだって、明るいところへ導いてくれる。
「まだ終わってねえよ、全員で帰るぞ。
水の行 転じて、垂氷」
犀破の頭上へ、水の塊、それが降り注ぐ瞬間に畳みかける言霊で一気に氷塊へと変容する。それが終わらぬうちにまた畳みかける。
「火の行 炎爆」
冷え切ったそこへ一気に火力が叩き込まれてその爆風が何倍にも跳ね上がる。これで倒せるとは思っていない、一時的に犀破からの攻撃を無効化するためのもの。
その隙をついて、陽は抱えていた和泉を、世羅に渡す。陽の腕をぐっと掴んでいた和泉の手は、名残惜しそうに離される。世羅は、信じられないものを見るような目で陽を見ていた。
「細かいことはあとで話す。…和泉を頼む。」
たったそれだけの短い言葉。陽が、必ず守ろうとしたものを、絶対に託せる相手に、全幅の信頼を寄せる相手へ。世羅が何かを言う前に、陽は世羅に託した和泉から距離を取り、犀破へと向き直る。
「終わらせるための詰めに、最後はお前だ犀破。長かったんだろうな、ほんとに。オレなんかが想像もつかねえつらい。同情はするよ。
終わらせる覚悟が無かったんだろ、お前も、滋葵も、依織も、今までの奴ら全員。」
大切なものを喪うことがどれほど怖いか。それは陽にも分かる。それを守るために、もがいてきた成れの果てがかくも歪んでしまったのも。
「理解るけどそれ以上に。
こんなクソッタレな世界に置き去りにする方が、よっぽど残酷なんじゃねえの。」
「黙れ」
先程玄蕃や悠河たちを切り刻んだが如く、鋭利な脚が、さらに増える。八本どころではない。まるで針の筵。
「そういや、これ返すわ。人間のオレにほいほい貸しやがって怪しいとは思ったけど、使っててわかるっつの。
…どうせダミーなんだろ。」
左手に持っていた黒い刀…破敵剣。
陽の行が付与されたそれもまた、陽が手を払う仕草で爆発し、ガキンと嫌な音が周囲に響く。滋葵を祓った時も、同じ音がした。妙な違和感を感じつつも、今は目前の犀破に意識を集中させる。当然、これでも仕留められるとは思っていない。
「調子に乗るなよ、人間。」
黒が、周囲に張り巡らされていく。それがとてつもない穢れを纏った糸。それらが陽たちに当たる前に、世羅と凜の炎が糸の動きを阻む、だが、糸の量は減らないしその動きも速度を増す。さながらあたれば即死のレーザーのように、鎮守の森一体に凶悪に張り巡らされる。
「せいぜい身を挺して瀬莉を守れよ。」
縦横無尽に伸びたその蜘蛛の糸。穢れを孕んだまま、一か所が燃え上がる。それを見て、白斗、玄蕃がすかさず水の行を当てたかと思うと、別方面の糸から蔦状の何かがその水を押し返す。それに留まらず、蔦は火に焼かれ火が勢いを増す。
「重ねるどころじゃねえってか、コイツ…!全部の行を……!」
全員が自身を守ることに集中して、攻撃に転じれない。陽のフォロー回るべく動いた悠河も行く手を阻まれる。
糸から、木、火、土、金、水のみならず、風が巻き上げ、雷までもが轟く。どれが結界を貫通して身体に当たっているかは最早分からない。考えてみれば当然だった、犀破は元々、斎王を守護する者。陽がすべての行に適正があったのと同じで、彼もまた適正があったか、はたまたこの長い年月で皮肉にも培われたか。それが今、穢れを孕んで憎悪となって襲い来る。
「反則でしょ、こんなの」
「ルールも反則もないわよ、喋ってないで集中なさい。」
陸の死角から迫る糸を、凛が斬る。同様に悠河の死角は世羅が守ったている。
対して、単身で糸を迎撃する陽は、不思議なくらいに消耗がなかった。自身でも結界を展開しているものの、おそらく護身剣の加護らしきものが発動している。
ついこの間まで、鞘から抜ける気配の全くなかったその刀が。
「主を選別する刀とか、贅沢だよな。」
激しい金属音が響く。護身剣の刀身と、犀破の蜘蛛の脚のぶつかり合う音。刀が折れないように、いなしながら。
そして、そんな陽と、犀破が肉薄する瞬間を陸が視界に捕える。
「凛、この糸突破して上に出られる?」
「無傷は無理ね。」
「死なないならやって。…これで決める。」
背中にまたがる小さなテンの姿でしかない陸は、まるで命令するような強い語気だった。
「レディに跨って言うことじゃないと思うけど。…委ねるわよ。」
信じるとは言わない。凛の念押しに、陸はハッキリと頷いた。
暖かい、ひだまりのような、温もり。あの冷たい視線でも、敵意を孕んだ殺意もない。ぎゅっと陽の服を掴んだ和泉に呼応するように、頭にぽんぽんと手が当てられる。この暖かさも、同じ。嘘じゃない。
「よ、う……!」
ある程度は想定していたのか、向き合う形となった犀破に驚きの表情はない。暗い瞳が殺意に燃えている。
「これだけ犠牲にして、ようやく、か?よく陰陽師共が承知したな。それで貴様に帰る場所があるのか。
そこの細切れも、あっちの消し炭も、全部貴様に起因する咎だろう。」
「誰が細切れで、誰が消し炭だって?誰も死んでねえよ。そんだけ脚があっても脳みそ足りてねえの?」
「なに…?」
そう、和泉にもそれはわかっていた。だってあの焦げた人の身体は。
「すごいでしょ、僕の人形たち。まさか、アンタにもここまで効くとは思ってなかったけど。
ストーカー気質の土蜘蛛さん?」
どさりと音がして、銀の狐が下り立つ。声の主はその背中にまたがる緑の瞳を自信満々に光らせるテン…陸だった。
そして、周囲を見遣れば、ちょうど犀破を取り囲むように。悠河も、白斗も、玄蕃も、世羅も妖狐の姿のまま、己の足でしっかりと立っている。幻でも人形でもなく、本来の姿で。
それぞれが怪我はしていてその出血や傷で痛々しい様ではあるもののが、いずれも致命傷に至るものではない。
まだ戦える。そしてこの采配を仕組んだ、陽が当然のように言い放つ。
「全部が幻だと効きづらいけど、現実の中に混ぜ込んだ幻に気づくのは至難だよな?」
陸の人形、凛の幻、そしてそこに織りまぜる本人たちの動き。現実の中に虚構を混ぜて判断を鈍らせた。全員の方位の外は、まだ陽の放った火が燃え盛る。
「闇雲にオレが火をぶっぱなしてたと思うか?お前を閉じ込めるための檻だよ。」
「だったらなんだと?結局お前も、やっていることは変わらない。
矮小な寿命しか持たん人間の分際で、自己満足の優しさを与えて勝手にいなくなる。
その度に、瀬莉がどれだけ傷つけられたか貴様らにわかるか?それとも、どうせ消すのならどれだけ傷つけても構わないと、そう言いたいのか。」
「変わらなくねえよ。今ここで、終わらせる。」
和泉の肩に置かれた陽の手が、ぐっと強くなった。
「お前のことも、こいつのことも、陰陽連も、全部もう終わらせる。」
「御託を並べるな。お前が?笑わせる。
仲間が無事だったからなんだ。
俺の口車に乗せられて呪詛をかけておいた事実は消えない。お前の存在は、瀬莉を苦しめる未来は変わらない。」
「そうだな、お前の誘いに載ったふりをして、かけた呪詛。あれ、本当はなんの呪いだったと思う?
最終的には命を奪うもんだよ、有体にいえば、呪い殺す呪いだ。」
「これは傑作だな、口では守るだの愛するだの、人間の好きそうなことだ、所詮自己満足、自己保身に過ぎない陳腐な感情!」
和泉にかけた呪詛は、その命を奪うものだった。それを聞いた犀破がなおも顔を歪め、高らかに笑う。けれど陽は、そんな犀破を冷めた目で見ていた。
まるでそこをついてくるのが、分かっていたかのように。
「誰が今すぐ殺すっつったよ。こんな猿芝居うった意味ねえだろうがそれじゃ。」
「な、に……?」
「オレがかけたのは、“70年後”に、死ぬ呪いだよ。」
はじめて、犀破の表情に動揺が見て取れた。
「こいつはもう、今から数えれば人間とほぼ同じ寿命で死ぬ。
さすがにこれだけ長いスパンの呪詛ってなると多少の前後はあるけどな、実際にやったことはねえから。
でも、もう何百年も何千年も生きられる体にはなってねえ、たとえ斎王に任じても、何かの術が施されても、上書きされねえように、呪った。そうゆう呪いをかけた。」
和泉の中でまた、熱いものがこみあげる。
ああ。そうか、このひとはやっぱり。
全てを、取りにいったんだと、確信する。
「ちょっと反動が強いよな。オレが、そばにいると、発作が起こる程度の反動が。」
まだ、和泉の身体は呪詛の痛みを訴える。でも、それは呪詛が間違いなく効いていることの証。
犀破の動きが、僅かに鈍る。それは、唯一愛したものを奪われる焦燥。その形相に、再度憎悪を浮かべながらも確実に、焦りが出ている。放たれる蜘蛛の糸の速度が、精度が落ちている。和泉を抱えたままの陽が避けられるくらいには。
「誰かのために動けるってのは美徳なんだろうよ、けど結果がこれだろ。
…必ずオレが見送る。そうゆう、オレの独りよがりな呪いだ。オレが勝手にはじめて、勝手に終わらせるんだよ。誰のせいでもないし、させない。
オレは欲張りだから全部とるんだよ。」
「生憎と、貴様らより長生きなものでな。人間を根絶やしにした後にじっくりどうするか考えればいい。」
「呪詛は、術者が死んでも解けることはねえからな。今更オレを倒したって無駄。まあ倒される気もねえんだけど。」
もしも先に陽が死んでしまっても、その呪いは、消えない。消えることなく、必ず和泉を連れていく。何百年と生かされてきた呪われた体は、その呪詛の穢れをもって斎王の資格を失い、無為に生かされることのない、本来の人のものへと変容させた。
長い長い、気が遠くなるような年月を生きてきたこの体。生かされたモノ。
誰かに愛され先立たれ、記憶を消して、ただ人間のために装置のように生かされて。もうわずかなことすら覚えていない、最初のひとは、自分と同じくもう何がしたかったのかすらわからない穢れ切った存在になり果てた。その感情を分けてもなお、ただ普通に生きたかった自分の願いだけが残った哀れな存在。
それが、終わる。終わらせてくれる。
守るだけじゃなくて、人として生かす道を、用意してくれた。
「陽……ありが、とう……!」
相変わらず体中は痛いし苦しいけれど、それよりも。陽が、傍にいてくれることの安堵があまりにも大きい。信じていた気持ちは、間違っていなかった。初めて会った時から、このひとはいつも。
暗くてずっと、変わらなかった辛い世界から、和泉を引きずり出してくれる。いつだって、明るいところへ導いてくれる。
「まだ終わってねえよ、全員で帰るぞ。
水の行 転じて、垂氷」
犀破の頭上へ、水の塊、それが降り注ぐ瞬間に畳みかける言霊で一気に氷塊へと変容する。それが終わらぬうちにまた畳みかける。
「火の行 炎爆」
冷え切ったそこへ一気に火力が叩き込まれてその爆風が何倍にも跳ね上がる。これで倒せるとは思っていない、一時的に犀破からの攻撃を無効化するためのもの。
その隙をついて、陽は抱えていた和泉を、世羅に渡す。陽の腕をぐっと掴んでいた和泉の手は、名残惜しそうに離される。世羅は、信じられないものを見るような目で陽を見ていた。
「細かいことはあとで話す。…和泉を頼む。」
たったそれだけの短い言葉。陽が、必ず守ろうとしたものを、絶対に託せる相手に、全幅の信頼を寄せる相手へ。世羅が何かを言う前に、陽は世羅に託した和泉から距離を取り、犀破へと向き直る。
「終わらせるための詰めに、最後はお前だ犀破。長かったんだろうな、ほんとに。オレなんかが想像もつかねえつらい。同情はするよ。
終わらせる覚悟が無かったんだろ、お前も、滋葵も、依織も、今までの奴ら全員。」
大切なものを喪うことがどれほど怖いか。それは陽にも分かる。それを守るために、もがいてきた成れの果てがかくも歪んでしまったのも。
「理解るけどそれ以上に。
こんなクソッタレな世界に置き去りにする方が、よっぽど残酷なんじゃねえの。」
「黙れ」
先程玄蕃や悠河たちを切り刻んだが如く、鋭利な脚が、さらに増える。八本どころではない。まるで針の筵。
「そういや、これ返すわ。人間のオレにほいほい貸しやがって怪しいとは思ったけど、使っててわかるっつの。
…どうせダミーなんだろ。」
左手に持っていた黒い刀…破敵剣。
陽の行が付与されたそれもまた、陽が手を払う仕草で爆発し、ガキンと嫌な音が周囲に響く。滋葵を祓った時も、同じ音がした。妙な違和感を感じつつも、今は目前の犀破に意識を集中させる。当然、これでも仕留められるとは思っていない。
「調子に乗るなよ、人間。」
黒が、周囲に張り巡らされていく。それがとてつもない穢れを纏った糸。それらが陽たちに当たる前に、世羅と凜の炎が糸の動きを阻む、だが、糸の量は減らないしその動きも速度を増す。さながらあたれば即死のレーザーのように、鎮守の森一体に凶悪に張り巡らされる。
「せいぜい身を挺して瀬莉を守れよ。」
縦横無尽に伸びたその蜘蛛の糸。穢れを孕んだまま、一か所が燃え上がる。それを見て、白斗、玄蕃がすかさず水の行を当てたかと思うと、別方面の糸から蔦状の何かがその水を押し返す。それに留まらず、蔦は火に焼かれ火が勢いを増す。
「重ねるどころじゃねえってか、コイツ…!全部の行を……!」
全員が自身を守ることに集中して、攻撃に転じれない。陽のフォロー回るべく動いた悠河も行く手を阻まれる。
糸から、木、火、土、金、水のみならず、風が巻き上げ、雷までもが轟く。どれが結界を貫通して身体に当たっているかは最早分からない。考えてみれば当然だった、犀破は元々、斎王を守護する者。陽がすべての行に適正があったのと同じで、彼もまた適正があったか、はたまたこの長い年月で皮肉にも培われたか。それが今、穢れを孕んで憎悪となって襲い来る。
「反則でしょ、こんなの」
「ルールも反則もないわよ、喋ってないで集中なさい。」
陸の死角から迫る糸を、凛が斬る。同様に悠河の死角は世羅が守ったている。
対して、単身で糸を迎撃する陽は、不思議なくらいに消耗がなかった。自身でも結界を展開しているものの、おそらく護身剣の加護らしきものが発動している。
ついこの間まで、鞘から抜ける気配の全くなかったその刀が。
「主を選別する刀とか、贅沢だよな。」
激しい金属音が響く。護身剣の刀身と、犀破の蜘蛛の脚のぶつかり合う音。刀が折れないように、いなしながら。
そして、そんな陽と、犀破が肉薄する瞬間を陸が視界に捕える。
「凛、この糸突破して上に出られる?」
「無傷は無理ね。」
「死なないならやって。…これで決める。」
背中にまたがる小さなテンの姿でしかない陸は、まるで命令するような強い語気だった。
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信じるとは言わない。凛の念押しに、陸はハッキリと頷いた。
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