恋って難しい

舞波風季

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第8話 2回戦の日がやってきた

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 初の1回戦突破をしての今日の2回戦には相手が前年優勝校ということもあってか、1回戦の時よりも多くの生徒が応援に来てきていた。

「せっかく応援に来たんだから勝ってほしいよなぁ」
「そりゃあ無理ってもんだろ」
「そもそもが万年1回戦負けの弱小校だしな」
 などと選手の気持ちなどこれっぽっちもおもんぱかろうとしない男子生徒の声が聞こえてきた。
 しかも横目でチラチラとこちらを見ている。

(何なのよ、あいつら!聞えよがしに!)
 私は一言ひとこと言ってやろうかと思わず腰が上がりそうになったが、
(こんなことで騒いだら野球部のみんなに迷惑がかかっちゃう)
 と、なんとか踏みとどまった。

 しかし梨絵は、
「ちょっと……」
 と、案の定、声を上げて立ち上がろうとした。
(待って、梨絵!)
 私は大きいヒソヒソ声で言いながら梨絵の肩を押さえた。
(なによ、祐実!)
 同じく大きなヒソヒソ声で梨絵が言った。
(こんなことで騒いだら野球部のみんなに迷惑になるよ!)
 そう私が言うと、
(くっ……!) 
 と、文字通り梨絵は歯を食いしばるようにして我慢した。
 茉美と瑠花も横で、
((うんうん!))
 とうなずいていている。

 それにしても、さっきグランドに入ってきたみんなを見たとき、小谷君の調子が良くなさそうに見えたのが私は気になった。
 笑顔ではあったけれど、彼の魅力であるいつもの爽やかさが見られなかった。

(お願い……無理はしないで……小谷君)

 試合が始まると、私は祈るように両手を組んでぐっと握りしめながら小谷君を、力を振り絞るようにして投げる小谷君を見つめていた。
 梨絵や茉美、瑠花も私と同じように手を握り合わせている。

 投げた後に肩や肘を回す仕草しぐさが回を重ねるごとに増えていく小谷君。
 まだ、投球数が少ないにも関わらずかなりの汗をかいていた。

(こんなにきつそうな小谷君を見るのは初めて……)

 3回が終わったところで0対1。小谷君の踏ん張りで点数だけ見ればいい勝負だが、わが校はパーフェクトに抑えられていた。

 私達はベンチの直ぐ側の席に陣取っていたので、栗田先生や選手たちの話もある程度聞こえた。

「小谷、交代だ」
 チェンジで戻ってきた小谷君に栗田先生が言った。
 普段は飄々ひょうひょうとして呑気そのものといった栗田先生の口調は、別人のように厳しかった。

「いえ、もう少しいけます……あと2回、5回まで投げさせてください」
 小谷君は汗を流しながら先生に訴えた。
「駄目だ」
 有無を言わせない口調の栗田先生。
「……」
 唇を噛み締めながら下を向く小谷君。

 そんな小谷君の肩に優しく手をかけながら栗田先生が言った。
「もっと早くに止めなきゃいかんかったな。すまん、俺の責任だ」
「いえ、そんなことは……俺が無理を……我儘わがままを言って……」
 小谷君はそう言いながら栗田先生の肩におでこを載せてうつむき、肩を震わせた。

(小谷君……)
 初めて見る弱った小谷君。
 気づけば私は目からポロポロと涙をこぼしていた。

「小谷君……あ……あんなにが……頑張ってたのに……」
 あからさまに泣きながら梨絵が言った。
「……小谷……くん……」
「すごかったよ……1点で抑えたんだもん……」
 茉美と瑠花も涙声だ。

 次の回から小谷君はベンチに下がり、ピッチャーは佐々君に交代、10人目の控えの選手がファーストに入った。

「頼む、佐々。ごめんな」
 小谷君が佐々君の肩に軽くポンと手を載せて言った。
「大丈夫。なんとかやってみるよ」
 柔らかい笑顔で返す佐々君。
 そして、佐々君がマウンドに向かおうとしたところ、

「佐々君!!」

 と、私の隣りにいた梨絵が立ち上がり、大きな声で佐々君を呼んだ。
 そして、こちらを振り返った佐々君に向かって、ビシッとVサインを送った。
 それを見た佐々君、心持ち驚いたようだったがすかさず笑顔でサムズアップを返してきた。

「ほんとあいつ、カッコ悪いくせにカッコいいんだから」
 と、訳のわからないことをつぶやく梨絵。
 私は茉美と瑠花と顔を合わせて口を押さえてクスクスと笑った。

 夏の練習試合の後から、佐々君も少しずつ投球の練習をしてきた。
 まだ初めて数ヶ月なので板についているとはとても言えないが、コントロールは良いようだった。
 それと、腕が長くしなやかだったこともあり、相手打者もタイミングを合わせにくいようで、それほど速くもないストレートとチェンジアップのみながら、そこそこ通用した。

 しかし、そこは前年優勝校、上位打線に回ると連打を浴びせてきて、1点また1点と得点を重ねていった。
 そして7回表を終わって0対7、この裏の攻撃で無得点だとコールドゲームになってしまう。

「なんとかして1点取ろう!」
 円陣を組んで村下君が声出しをして、
「「「「「おおーー!」」」」」
 と、みんなが力強く応えた。

 先頭バッター、1番の伊東君は粘りに粘ってフォアボール。
 続く2番の近藤君が送りバント成功で伊東君は二塁へ。
 そして3番、右打ちの村下君。
 ここで伊東君が一か八かの三盗を試みて見事成功。
 次の球を打った村下君の打球は高いバウンドでピッチャーの頭を超えてセカンドベース方向へ。
 敵二塁手が追いつき村下君はアウトになるも、伊東君がその間にホームインした。

「やったぁーー!」
「やったやった!」
「すごいすごい……!」 
「一点取ったね!」
 わが校の応援席は、もう勝ったかのような喜びようだった。
 私達も涙をぼろぼろ流しながら大騒ぎして喜んだ。

「っしゃあぁぁーー!」
 ベンチに下がった小谷君も前に出てきて大声を出して喜んでいる。

 結果としては、わが校の得点はこの1点のみで、9回には追加点を許し試合は1対8で終了した。

 しかし、これまで公式戦で一度も勝ったことがなかったチームが1勝し、なおかつ前年優勝校との2回戦では途中コールド負けになることなく9回まで戦ったのだ。

「「「ありがとうございましたっ!」」」
 選手が私達生徒がいるスタンドの前に並んで大きな声で挨拶をした。
「みんな頑張ったね!」
「すごくいい試合だったよ!」
 私達は口々にねぎらいの言葉を叫びながら手を真っ赤にして拍手をした。

「あのぉ……」
 拍手が収まった頃そばにいた男子生徒が声をかけてきた。
 試合前に野球部を小馬鹿にするようなことを言っていた男子生徒たち3人だ。

「なに?」
 そう答える梨絵はほとんど鬼の形相と言ってもいいくらい険悪だった。
「ひっ……!」
 梨絵の眼光に恐れをなしてひるむ男子。
「だから、なにっ!」
 いつの間にか瑠花も梨絵と並んで男子を睨んでいる。

「まあまあ、もう少し穏便に……」
 そう言った私だったが、
「少しだけでいいけど」
 と、かくいう私も腹に据えかねるところがあったので、かなり棘のある言い方になった。

「「「さっきはすみませんでした!」」」
 三人は横一列に並んで腰を90度曲げて謝罪した。

「「「へっ?」」」
 予想外の展開に私と梨絵、瑠花は間の抜けた声を出してしまった。

「さっきはあんなことを言ってしまって…」
「こんな熱い試合を見せてもらえるなんて思ってなくて」
「ごめんなさい」
 どうやら、野球部の健闘が彼らの想像以上だったらしく、私達と同様涙腺崩壊の危機(私達は崩壊したけれど)を経験したようだ。

「ま、まあ、分かればいいのよ」
 意表を突かれて毒気を抜かれた形になった梨絵、
「そ、そうね……」
 瑠花もどう反応したらいいのかわからないといった顔をしている。

(私は、しれっとスルーさせてもらっちゃお)

「それにしても高津川さんの彼氏すごかったな」
「うんうん、いいピッチングだった」
 と男子が称賛した。
「え?あぁ、まあねぇ、でも小谷君は私の彼氏というわけでは……今のところは……」
 と、つい今しがたの鬼の形相から頰を赤らめた乙女の顔に変化へんげして梨絵が言った。

「それじゃあ、俺たちはこれで!」
「これからも野球部を応援するから!」
 そう言って男子達は出口に向かって歩き出した。
 そして遠ざかりながら称賛半分ぼやき半分の彼らの会話が聞こえてきた。
「でも、高津川さんみたいなめっちゃ可愛い女子が彼女で羨ましいよなぁ、のやつ」

「えっ?!」
 赤い頬の乙女顔を硬直させる梨絵。
「ぷっ」
 梨絵の横にいた瑠花が顔を横に向けて吹き出した。
「ああーー瑠花、今『ぷっ』て笑ったぁーー!」
「ごめーーん!」
「もうーー!」
「「あははは!」」
 と、やっぱりいつものように賑やかな私達なのだった。

(『彼氏』か……)

 1回戦に勝利した日の夜に兄貴と話したことが頭をよぎる。

『わたしね、翔太くんのお嫁さんになる!』

 小谷君は覚えているだろうか?
 とはいえ、小さい子供が言葉の意味もよく分からずに言ったことだ。
 もし覚えていたとしても懐かしい思い出話としてであろう。

 そう、私だって……。
 私だって……何?

「……祐実……祐実?」
 私は呼ばれて、ハッとした。
「どうしたの、祐実。もうみんな帰るところだよ」
 梨絵が私を覗き込むようにして言った。
「あ……ごめんごめん、ちょっと考え事しちゃって」
「スタンドは階段が危ないから気をつけなきゃ」
「うんうん……気をつけて」
 瑠花と茉美も心配顔で私を見ている。
「うん、ありがとう」
 私は梨絵と瑠花、茉美に笑顔を見せて一緒に出口へと向かった。

 途中で一度振り返ると、野球部員が道具類を片付け終えたところだった。
 小谷君はやはり疲れているようだったが、笑顔には少しずつ爽やかさが戻ってきているように見えた。

(翔太君……)

 そう心の中で呼んで、私は出口に向かった。
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