恋って難しい

舞波風季

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番外編

バレンタインデーがやってきた(2)

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梨絵発案のバレンタインデー大作戦。

(ネーミングがあか抜けない気もするけど……)

 そして梨絵の暗躍が始まった。

「どういう筋書きなの?」 
 梨絵に聞いてみたが、
「後で教えてあげる」
 と謎めいた笑顔を見せるだけだった。

 やがて気になる噂を聞くようになった。
「今年のバレンタインデーは一年生女子が組織的に動いている」
 というものだ。

(組織的に動くって……たかがバレンタインデーで?)

 私は梨絵にそのへんのことを聞いてみた。
「うん、なんかそうみたいなんだよねぇ」
 とわざとらしく謎めかして言う梨絵。
「梨絵」
「なに?」
「そろそろ教えて」
「もう少ししたら教えてあげる」

 私は梨絵の両肩に手を載せてしっかりと梨絵の目を見て言った。

「今教えて」
「……はい」

 そして梨絵は色々と現在の状況を話し始めた。

「祐実が一年生女子に人気なのは間違いないみたい。で、やっぱりかなりの数の女子が祐実にチョコをあげようってと思ってるらしいの」

「うう……」
 聞いていたこととはいえ、やっぱり複雑な気持ちになってしまう。

「でもね、みんながみんな祐実推しというわけでもないみたいで……他の派閥もあるみたいなの」
「派閥?」
 それもまた大げさな話だ。
「うん、ある人を熱烈に推してる子がいるの」
「ある人?」
「うん、それで、その子が祐実推しの子を勧誘して自分の推しの派閥に組み入れてるらしいの」

(なんか……ややこしくなってきたなぁ)

「で、その『ある人』って誰だが分かったの?」
 私が聞くと、
「うん……えっとね……」 
 そう言いながら梨絵は私の耳にその人の名を囁いた。
「…………」
「ええーーーー!」
 確かに私はその名を聞いて驚いた。
 でも、その一方で全然不思議ではないと思っている自分もいた。

(なんだか話が大きくなりすぎな気がするけど……大丈夫かな……)

 そして、バレンタインデーの当日の朝がやってきた。

「なんだなんだ!?一体何事だぁーー!」
 保健室前の廊下に、出勤してきた保健の大龍寺だいりゅうじ彩子あやこ先生のよく通る声が響き渡った。

 保健室前の廊下が、綺麗にラッピングされたチョコレートを手にした女子生徒であふれれかえっていたのだ。

「「「「彩子先生!!」」」」
 歓声とともに彩子先生の名を呼びながら女子生徒たちが駆け寄っていく。
 その先頭を切っているのは、以前、校内に侵入してきた変質者にからまれたところを彩子先生に助けてもらった一年生の女子生徒だ。
 
 私は、先日の梨絵との会話を思い出していた。

「そうなの、あの子ね、伊東山いとやま友梨香ゆりかっていうんだけど、あの事件以来すっかり彩子先生を崇拝するようになったらしくてね」
 と、梨絵。
「その気持ちはよく分かる!見てた私だってそうだもん」

(私だって彩子先生大好きだし!)

「私だってだよ。でもね、あの子の場合ちょっと過激に走っちゃってるところがあるみたいなんだよねぇ……」

 で、その結果が今回のバレンタインデー騒動らしい。

「彩子先生、チョコをもらってください♡」
「彩子先生のために手作りしました♡」
「一生懸命愛を込めて作りました♡」
 集まった女子生徒たちは口々に言いながら彩子先生に殺到した。

「ちょっと待て、お前たち……」
 さすがの彩子先生も予想外の出来事に動転しているようだった。

「私たち……どうする?」
 私は梨絵に聞いた。
「うん……私たちも一緒にチョコを渡そうと思ってたんだけど……」
 ここまで大事おおごとになるとは梨絵も思ってはいなかったらしく、困惑を隠せない様子だ。
「彩子先生、困っちゃってるみたいだもんね」
 瑠夏が言うと、
「……うん、彩子先生困ってる……」
 と、茉美。

「よし!」
 私は意を決した。
「え?祐実……行くの?」
 梨絵が驚いて聞いた。
「うん、とりあえず、この場を収めないとだもんね」
 私が言うと、
「あ、そういうことか……よし、行こう!」

(ん?私が彩子先生にチョコを渡しに突進するとでも思ってたのか?)

 それはそれで悪くないかも……などと一瞬考えてるうちに。
「ほらほら、彩子先生が困ってるぞーーあとにしろ後に!」 
「そうよ、こんなに集まったら他の人の迷惑にもなるでしょう?」
 梨絵と瑠夏が一年生女子の群れをかき分けながら言った。
(あ……高津川たかつがわ先輩と朝比奈あさひな先輩よ)
(高津川先輩って声が大きくて怖いのよね……)
(私は朝比奈先輩のあの冷たい目が怖くて……) 
 といった一年生女子のひそひそ話が聞こえた。

「ああーー?」
 そう言いながら、梨絵は炎を宿した瞳で声のした方を睨み、
「…………」
 瑠夏は無言で場の空気が凍りつきそうな氷の視線を投げつけた。

(((ひっ……!)))
 ひそひそ話をしていた一年生女子が縮み上がった。

「はいはい、そうだよーー彩子先生を困らせちゃだめだよーー」
 そう言いながら私も一年生女子の群れを抜けていった。
(あ、市之瀬先輩!)
(祐実先輩よ!)
(祐実さま♡)

(なんか……ハートをくっつけてる子がいるみたいだけど……)
 私は気が付かなかったことにしておこうと決めた。

「おお、お前たちもいたのか」
 と、彩子先生にしては珍しくホッとした笑顔を見せてくれた。

(キャーー彩子先生のレア笑顔やばいーー!)
(今の笑顔でご飯三杯いける!)
(生きててよかったーー!)
(……幸せ)
 私たち四人は小さく輪になってひそひそキャーキャーした。

「それにしても、何なんだこの騒ぎは……」
 なんとか場を鎮めて保健室のデスクに着いた彩子先生が困惑気味に言った。

「ほら、こっちに来て彩子先生に説明をしな」
 梨絵が友梨香を彩子先生の前に連れてきた。
 梨絵を見ると、言い方こそぶっきらぼうだが友梨香を見る目は優しげだった。

「彩子先生……あの……」
 友梨香はうつむき加減で消え入るような声で話し始めた。

 …………………

「はぁ……そういうことか」
 腕組みをして聞いていた彩子先生がため息をつきながら言った。

「……私、彩子先生が大好きなのはもちろんですけど……それだけじゃなくて……他の女の子にも彩子先生がどんなに素敵な女性か知ってもらいたかったんです!」
 胸の前で両手を握りしめながら訴える友梨香は真剣そのものだった。

 彩子先生はゆっくりと立ち上がって、友梨香の前に立った。
 友梨香はハッとしたように顔を上げて彩子先生を見た。

「生徒に慕ってもらうのは私も嬉しい」
 彩子先生がそう言うと友梨香の表情がパァーーっと明るくなった。

「だがな、物事には限度ってものがある。今回のはちょっとやり過ぎだぞ」
 そう言われて今度は友梨香の顔が一気に悲嘆に暮れた。

「だから、ちょっとだけお仕置きだ」
 そう言うと、彩子先生は友梨香の頭に拳を載せて軽くコツンとやった。

 コツンとやられた友梨香は首をすくめた。が、すぐさま頬を紅色に染めて幸せそうな顔になった。

「それってお仕置きというより……」
「ご褒美……」
「……だよね」
 私と瑠夏、茉美が異を唱えると梨絵が友梨香の肩に腕を回して引き寄せながら言った。
「こらぁ、友梨香、ずるいじゃないかーー」
 と、梨絵お得意の脇腹ぐりぐりをやりながら友梨香をからかった。
「えへへ……」
 嫌がるかと思ったら意外にも友梨香は嬉しそうに梨絵のされるがままになっている。
 怖がられながらも、案外梨絵は下級生に好かれるタイプのようだ。

「よし、お前たち教室に戻れぇ、もうすぐ授業が始まるぞーー」
 私たちは彩子先生に押し出されるように保健室をあとにした。

 こうして、バレンタインデー大作戦は無事終わりを迎えた……のかな?

(結局、彩子先生に渡そうと思っていたチョコレートは渡せずじまいになっちゃったな……)

 授業が始まってからも私はそんなことをぼんやりと考えていた。

(でも……)

私は、翔太君の方を見た。

 目が合った。

 翔太君と。

 私はとっさに下を向いた。

(うん、これからだぞ、がんばれ私……!)

と、密かに気合を入れる私だった。
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