【完結】胡瓜にくびったけ!

高城蓉理

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第四話 天麩羅とがめ煮の複雑な胸中

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◆◆◆



「美波、少しは落ち着いた? 」

「うん、ありがとう。気分は ちょっと紛れたみたい 」

 美波と蘭は 屋台で小腹を満たすと、夜風を浴びながら赤坂方面に向かって歩いていた。
 蘭に相談していいものかは迷ったけれど、彼女は決して茶化すこともなく 親身になって話を聞いてくれた。
 
 赤坂の街も沢山のビジネスマンたちで賑わっているけれど、中洲のネオンライトとはイメージが異なる。都会の喧騒のなかにも 昔ながらの風景が見え隠れして、やはり妖怪と共存出来る場所のような気がした。
 和服姿の人々とすれ違うと、ちらほらと蛍光色の瞳を持つものが紛れている。
 ああ、正臣は 本当はあちら側に いたいのかもしれない。それを、邪魔しているのは間違いなく自分の弱さなのだろうと思うと 胸が痛い。
 妖怪と人が行き交う街の余韻に すっかり美波が気を取られていると、正面から 控えめに近寄ってくる ひとりの影があった。

「……あら? もしかして蘭さまと、それから美波さまかしら? 」

「あっ、玉藻さん! 」

「玉藻さん? 」

 狐雁庵の近くの路上で、二人に声を掛けてきたのは銀髪の美しい女性だった。蘭が玉藻と呼んだその人は、仲居の着物に 光沢のある帯を締めている。その声色に、美波は何となく聞き覚えがあった。

「若旦那さまに、お使いを頼まれてまして。外に出ておりました。そちらは美波さまですよね。は気付くことが出来なくて、申し訳ないことをしてしまいました 」

「あの時……? 」

 あの時と言われて、思い当たる節は一つしかない。
    蘭は話に見当がつかないのか小首を傾げていたが、美波はすぐさま人魚の誘拐未遂の件だと気付くと、然り気無く 話を合わせた。

「ああ。気にしないでください。あれは、ぜんぶ先方福重が あり得なかっただけですから 」

「まさか 美波さまが 正臣さまの大切な姫君とは露知らず、本当に危ない目に遭わせてしまって。ごめんなさいね 」

「いえ。私は別に…… 姫とかではないので 」

「それにしても、ご本人としっかりお話をすると、本当にお綺麗でいらっしゃるわ。凛として洗練された強さがあるもの 」

「えっ? 」

「正臣さまは、最後まで一生懸命に抗っておられたよ。夢の中でもあっても、美波さまは大事な宝物なんでしょうね。でも、私もそれでは狐妖術のプライドが立たないから、本気で落とさせて頂いたのよ。流石に最後の最後は堪忍されてな。本当に愛おしくて愛おしくて、仕方がないんでしょうね。凄く大切にされておりましたよ 」

「……? 」

 正臣は玉藻とプロレスでもしたのか? というより、もしかしたら深く遊んでのか? と疑いたくもなるけど、狐妖術などを使う 如何わしいことにピンとくるものがない。それに玉藻も、美波主人に わざわざ従者正臣との夜遊びを報告する訳がないだろう。美波はますます 玉藻の言っていることが、良く分からないでいた。



「おっ、蘭ちゃん、美波ちゃん 」

「あら、若旦那さま 」
「狐太郎さん。もしかして迎えにきてくれたの? 」

「ああ。玉藻も一緒だったか。蘭ちゃんたちが遅いから心配になっちゃって 」

 痺れを切らしたのだろう。
 狐太郎は狐雁庵よりも かなり手前の交差点まで、美波と蘭を探しに来たようだった。手には風呂敷を持っていて、四角いお重が詰まれているのが見え隠れしている。

「つーか、玉藻も帰ってきたなら どうだ? 今晩、でヤらないか? 」

「あらー それはナイスアイデアですねえ。この前、蘭さまと交わせて頂いたときは、天にも昇る最高のひとときでしたもの。やっぱり人様ひとさまとご一緒するのは、また格別ですわ 」

「ちょっ、狐太郎さん! 美波の前で破廉恥な会話をしないで 」

「でも蘭ちゃんも良かったでしょ? 妖狐二匹と蘭ちゃんで楽しむ さんぴ…… 」

「ちょっッッッ!!! 」

 珍しく蘭は顔を真っ赤にすると、狐太郎に体当たりして口元を押さえる。こちらは深刻な話をしているというのに、妖怪というものは たまに物凄く空気が読めないのだ。

「う゛づっっッー! ら゛ん゛ぢゃんぐるじいー 」

「美波、ごめんごめん。今のは 全部くだらない話だから、美波は気にしないで 」

「はあ…… 」

「あら、いけない。若旦那さま! 私もすっかりノリノリでしたけど、今晩は 仕入れた薬草を使ってを作らなくてはなりませんわ。ヤるなら日は改めて頂かないと 」

「ああ、ごめん。頼んだのは俺なのに、すっかり失念していたよ…… それに三人体制のときは、昼から油揚げのマムシ漬けを食べておかないと、俺も最後まで持たないしって、ふんぎゃっッッーー!! 蘭ちゃん、ほっぺたは勘弁してー! 」

「……? 」

 蘭は引き続き狐太郎の頬を摘まみながら、ドスの効いた睨みで牽制している。
 美波は一連のやり取りに呆気にとられながら、妖狐二名と蘭を交互に見つめていた。狐太郎は完全に蘭に掌握されていたけど、その表情は満更でもなさそうだ。

「美波ちゃん、ごめんごめん。話が脱線しすぎたよ。はい、これ。お重の上段が美波ちゃん用のがめ煮、中段が正臣用の胡瓜のがめ煮。下段には頂き物だけど【あぶってかもスズメダイの塩焼き】を入れてるから、今年の分を食べ納めといて。少し重いから、気をつけてね 」

「……ありがとうございます 」

 美波は重量のある風呂敷を受け取ると、狐太郎に礼を言う。漆塗りの重には狐の家紋が捺されていて、いかにも高級品のように見えた。

「そう言えば、今日は正臣に仕事大学で会わなかったんだけど。アイツはまた具合でも悪くしたのか? 」

「いえ。正臣は 今日は 東京に行ってます 」

「東京? 」

「ええ。仕事ではないと言っていました。深夜には戻ってくるみたいですけど 」

「そうか 」

「あら、正臣さまがいらっしゃらないなんて珍しいですね。でも流子さんとデートをしてたときも、夜には家に帰っていらしたから、そんなものかしら? 」

「流子さん? 」

「ちょっ、玉藻。余計なことを言うなよ 」

「あら、いけない。私ったら口が滑っちゃって 」

「……あの、狐太郎さん。流子さんって? 」

「流子ちゃんは…… その…… 」
 
 狐太郎は一瞬のうちに顔を曇らせると、アハハと苦笑いを浮かべる。でも美波の表情は深刻そのもので、とっさに適切な言い訳が思い付かなかった。

「流子ちゃんは…… そのぉ…… 正臣の元許嫁だよ 」

「許嫁? 」

「ああ。うん、まあ…… 僕も二、三回しか会ったことはないけど 」

「はあ…… 」
  
 正臣に許嫁がいる……?
 いや、正確に言い表すならば許嫁がいた、ということなんだろうけど、美波にとっては初耳の情報だった。そもそも正臣は里長の息子だし、婚約者がいたところで不思議はない。逆に今まで そういう話を聞かなかったこと自体が不自然なくらいだ。狐太郎も困った顔をしているし、何かの事情がありそうなのは、手に取るように伝わってくる。
 どんな経緯があったのかは分からない。でも自分だけ何も知らなかったことに、美波は地味にショックが隠しきれないでいた。

「あっ、でも美波さま。安心して下さい。確か風の噂ですが、今は流子さんは…… 」

「あっっ。ちょい、玉藻さん ストーップっ!! 」

「「……? 」」

 いきなり大声を上げて、全ての話を遮ったのは蘭だった。その鬼気迫る勢いに、妖狐二人は思わず萎縮する。蘭のテキパキした場のしきりに、二人はタジタジになるしかなかった。 

「えっ? あっ、もしかしてこの話はヤバかった? 」

「……狐太郎さん、もう遅いよ。ほら 」

「あっ、美波ちゃん? 」

 蘭はムッとしながら美波を指差すと、狐太郎に怒りを向ける。
 美波は…… 
 今にも泣きそうな顔をして、涙を堪えていた。

「……ごめんなさい。ちょっと、驚いちゃって 」

「…… 」
 
 もう、嫌だ。
 こんな気持ちになりたくない。
 そう思っているはずなのに、感情のコントロールがまるで出来ない。
 こんなことで心を乱すなんて、大人になりきれていない証拠を突きつけられたみたいで、何よりも悔しかった。 

「ごめんなさい。私、帰りますね。すみません。見苦しい感じになっちゃって。がめ煮、ありがとうございました 」

「美波…… 大丈夫? 家まで送っていこうか? 」

「大丈夫。昭和通りまで出て、タクシーを拾うから 」

「でも 」

「私は今が良かったらそれでいい。もう、未来には拘らない 」

「美波…… 」

 美波は狐一同に一礼をすると、直ぐ様 踵を返す。
 メガトン級の情報に、頭の処理が追い付かない。美波は逃げ出すように小走りになると、あっという間に夜の雑踏へと消えていった。


「蘭ちゃん…… もしかして、美波ちゃんが蘭ちゃんを急に呼び出した理由って 」

「うん。美波は、やっと気付いたみたい。自分が正臣さんのことが好きだってことに 」

「じゃあ、もしかして…… 」

「美波と正臣さんは、相思相愛ってことなんだと思う 」

 狐太郎と蘭のやり取りを聞いた玉藻は、思わず顔を赤くすると「まあっ」と甲高い声を上げる。
    一方の狐太郎は唖然としながら 美波の後ろ姿を眺めていたが「それなら、大丈夫かもしれない」と呟くと、いきなり蘭の手を取った。

「ちょっ、狐太郎さん? 急にどうしたの? 」 

「蘭ちゃん、ありがとう。美波ちゃんを ここに連れてきてくれて 」

「えっ? 」

「俺、美波ちゃんを信じることにするよ 」



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