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第四話 天麩羅とがめ煮の複雑な胸中
⑦
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◆◆◆
……起きたくない。
手を繋いだことなんて何度もあるはずなのに、離したくないと思ってしまった。
どうしたら大人になれるんだろう。
どうしたら元に戻るのだろう。
余裕が欲しい。
正臣への気持ちを一瞬で忘れられる、強い衝動と情熱が欲しい。
蘭を見ていると麻痺してきそうだけど、恋にオープンにはなれないし、その先なんて全く想像が付かない。
取り敢えず…… まずは自立から始めよう。
正臣のことは意識せずに、いつも通りでいられる 心の強い人間になりたい。
だって私は主人だもの。
主人は従者の心までは掴んでしまってはいけないのだから。
「……夏休みって、こんなに憂鬱だったっけ? 」
この状態が あと一週間も続くとなると、することがないし 暇 過ぎる。
美波は読んでいた漫画を投げ出すと、ベッドから起き上がった。冷房が効いた部屋から一歩 廊下に繰り出すと、ジメジメとした空気が 肌に容赦なく纏わりつく。お盆も近くなったこの時期は、福岡の街では厳しい猛暑日が続いていた。
美波の夏休みは 急なタイミングで もたらされた。最近になって美波が指導を仰ぎ始めた先輩社員が 長期出張で留守をすることになり、それならば 少しリフレッシュをしておいでと一週間の休みが与えられることになった。
とは言うものの、いきなり休みをもらったところで、蘭は仕事をしているし 他の友達も捕まらない。家にいても正臣との接点が増えるだけだし、変なことばかり考えてしまう。こんなに悶々とするくらいなら、仕事をしている方が何倍もマシなような気がしていた。
「ご飯でも作ってみるか…… 」
美波は重い腰を上げて台所に向かうと、冷蔵庫を漁る。正臣に 食材を使ったらメールをするように、口酸っぱく言われているけど、これだけ充実しているのなら少しぐらい怠ってもバレないような気がした。
美波はチルド室から 自社製品の辛子明太子を取り出すと、それを様々な角度から見回す。そして包装紙の裏に記載されたレシピを見つけると、バターとマヨネーズ、それから醤油をキッチンに並べた。
取り敢えず、お湯を沸かさないと。
美波は食器受けにあった雪平鍋を手に取ると、水を張って湯を沸かす。そしてキッチンタイマーの使い方に悪戦苦闘していると、不意に後方から声を掛けられた。
「…………何をしてるんだ? 」
「えっ? って、ギャッッっっー!!! 」
美波はあまりに驚いて、悲鳴に近い大声を上げていた。あまりにビックリしすぎて、腰は殆ど抜かしている。
美波が意を決して 恐る恐る後方を振り向くと、そこには何故か正臣の姿があった。
「えっ? 正臣? なんで…… いるの? 」
「何でって…… 総合図書館に用事があるから、ついでに昼飯を食いに戻ったんだよ。そんなに驚くと思わなくて。悪かったな 」
「そう…… 」
正臣の存在が、今は二重に心臓に悪くてドキドキが止まらない。
美波は冷静を装おうと、震える手で明太子を掴むと、ボールの中のバターとマヨネーズと和え始めた。
「……飯を作ってるのか? 」
「うん。明太子パスタを作ろうかと。たまには自社製品の研究もしないとと思って 」
「そうかい そうかい。火傷には気を付けろよ 」
「……うん 」
正臣は興味はないと言った感じで、すぐさま台所を離れると、ダイニングに山積みになっている胡瓜を取る。それでも齷齪と動き回る美波には、横目で視線を注いでいた。
「……お湯が吹きこぼれてないか? 」
「えっ? 」
「火が強すぎるんだよ。それに鍋に塩を入れないな? 」
「えっ? 塩? 」
「そうだよ。塩を入れて茹でないと、麺にコシが出ないんだよ。今からでもいいから、塩を入れろ 」
「何で塩を入れてないって、分かるの? 」
「そんなの匂いで分かるだろ 」
「はいっ? 塩って無臭だよね? 」
「別に今は そんなことは どうでもいいんだよっ。つーか、湯が溢れてるぞ 」
「えっ? って、あ゛っっッッッー!! 熱っッ! って、ゲゲッ。お湯が半分くらいなくなっちゃったんだけど 」
「…… 」
正臣は、呆然とした様子で 美波の一連の茶番を見届けると、小さく溜め息を付いた。水浸しになった、コンロの始末をしなくてはならないかと思うと、些か腹が立つ。
というわけで…… この辺りまでが、正臣の限界だった。
正臣はシャツのボタンを外すと、雑多に腕捲りをする。そしてネクタイをボタンの間にしまうと、後方から美波の手捌きの助太刀に入った。
「オイッっ。あとは余熱でも火が通るから、鍋はそのまま時間通りに置いておけ 」
「でも…… 」
「でもじゃない。それと明太子を丸ごとボウルに入れるな。薄皮は剥がないと、口触りが悪くなるんだよ。っていうか、スパゲッティと和えるなら、知らなかったとしても せめて ぶつ切りにしてくれ 」
「薄皮? って何? 」
「ハア? お前は一体どんなカラクリで、有名メーカーに就職したんだ? 」
「……実力だけど 」
正臣は 呆れた様子で ボウルの中から、丸のままの明太子を救出すると、美波の背後から両手を掴む。すると二人羽織のような状態でスプーンを握らせて、無理やり美波の手元を動かした。
「ちょっ…… 正臣っ? 」
「……明太子の中身はスプーンでも こ削げ落とせるから。パスタは時間との勝負だから、手早くするんだよ 」
「違うっ、そんな手取り足取りしてもらわなくても出来るから 」
「これは、生活指導の範囲内だ。口で言っても出来ないなら、こうするしかないだろ 」
「なっ…… 」
いや、無理……
急に後ろから、バックハグみたいな体勢は無理過ぎるっッ。
契約の印に息が吹きかかって こそばゆいし、手首は掌握されているから逃げ場がない。
何で今日に限って絆創膏を貼ってないのか、と思ってしまうけど、自宅にいるときまで首をガードする意味はない。後ろから手を出すことは、正臣にとっては深い意味はないのかもしれない。でも美波にとっては、一大事に次ぐ一大事で、問題しかないような出来事だった。
「……できた 」
途中から、全身が猛烈に暑かった。
もうここまできたら、台所にいた物理的な暑さからなのか、自分の内から溢れてくる熱さなのか、理由を考えたくなかった。
「正臣 」
「なに? 」
「けっこう美味しそうだよね? 」
「ああ。良かっな。まあ、お前さんの会社の明太子なら、誰が作ってもうまいレシピになるんじゃないの? 」
「なっ 」
正臣のぶっきらぼうな物言いは、誉められてるのか、貶されてるのかが、イマイチ判断が付かない。それでも美波はスパゲッティを口に運ぶと、二口三口と食べ進める。一応 自分で作ったはずなのに、結局 味はいつもと変わらない家の味だった。
「あっ、美味しい 」
「それなら良かったな 」
「……正臣も食べてみる? 」
「えっ? 」
「あっ…… 」
正臣は吃驚したのか、目を丸くして美波のことを見ていた。
「いや、その…… 気にしないで。正臣は胡瓜以外は食べないもんね。ごめん 」
「…… 」
しまった……
自分は一体、何を言っているのだろう。完全に後の祭り状態で、後悔が拭いきれない。
正臣は胡瓜以外は食べないし、そんなことを言っても困らせるだけだ。それに何より 断られて一番傷付くのは 自分自身なのに、思ったことを自然と口に出してしまったのだ。
「いや、折角だから頂くよ 」
「えっ? あっ…… 」
正臣はそう言うと、美波のフォークを奪い 麺を数本口に運ぶ。そしてモグモグと咀嚼を繰り返すと、ゴクンとパスタを飲み込んだ。
「……旨いよ 」
「えっ? 」
「あんまり量は食えないけど、美味しいと思う 」
「正臣、大丈夫? 無理してない? 」
「別に無理なんかしてない 」
「そう。ごめんなさい。その、ありがとう 」
「……礼を言われる程のことじゃない 」
「…… 」
美波は少しだけ頬を赤く染めていた。正臣はそんな様子に気がついたのか、一瞬 ポンと美波の頭に手を乗せると、元いた座椅子へと戻っていく。
もしかして褒められた……?
美波は急に気恥ずかしくなって、フォークを置くと 正臣に向き直った。
「ねえ、正臣 」
「何だ? 」
「私、これで一歩 良い嫁候補に近づけるかな? 」
「へっ? 」
正臣は美波の唐突な言葉に、手に掛けていた胡瓜をポトリと落とす。たった一回の自炊が なぜ結婚まで飛躍してしまうのか、理由は全く察しが付かなかった。
「……美波、お前は急に何を焦っているんだ? 」
「なっ、別に何も焦ってなんかない。自立よ、自立。正臣なしでも、キチンと生きていける最低限の基盤を作らないとって思ったの。先ずは料理よ。ある程度の家事が出来ないと、生きていかれないでしょ 」
「まあ、それはそうかもしれないけど…… 」
「いろんな基本スキルが身に付いたら、次は恋愛偏差値ね。今のままじゃ、まともに男性と話が合わせられないもん 」
「そうか。それはせいぜい頑張るんだな 」
「なっ、そういう正臣はどうなのよ? 」
「はあ? 」
「恋愛って、どうしたら上手くいくと思う? 」
「そんなことを俺に聞いて、どうするんだよ? 」
「……私の今後の参考にするの 」
「あのなあ 」
人間の社会に来てからは二十年以上になるけど、時々 本当に人が何を考えているときが分からないときがある。正臣にとっては、まさに今がその瞬間で、美波が一体 何を考えているのか、全く見当が付かない。
「恋愛は…… 数をこなしていくしかないんじゃないか? それに俺は男だから、女性のモロモロは良く分からない。蘭ちゃんにでも聞くんだな 」
「蘭は優先順位が特殊だから、全然参考にならないもん 」
「……まあ、確かに それは否定は出来ないけど 」
正臣は思い当たる節の数々を頭に思い浮かべると、ゲンナリする。何に重きを置くかは個人の自由だけど、純粋無垢な美波には とても難しい話だ。
「別に…… 今から そんなに凄まなくても、美波が初心者だって分かったら 相手がリードしてくれるだろ。大丈夫だよ、恋愛は一人でするわけじゃないんだから 」
「……正臣は、今までに どんな経験があるの? 」
「ハッっ? 」
「……教えてよ。正臣は私の従者なんだから、私に手解きを教える義務があるはずよ 」
「はっ? お前は 一体 いつの時代の話をしているんだ。そんな仕事が有るわけないだろ? 」
「……でも乙女系の漫画を読むと、そういう描写は普通に有るもん。ヒロインはお目付け役に、色々と指南されてるんだから 」
「なんだそりゃ? つーか、お前は漫画の読み過ぎっッ。今は令和の世の中だぞ? それくらいは自分で考えろっ 」
「でも正臣は、誰かとお付き合いした経験はあるでしょ? 」
美波はそういうと、食べかけのパスタを放ったらかして、正臣に近づく。
美波は完全に頭に血が昇ってしまったらしく、正臣に肩に手を掛けると、膝の辺りに完全に乗っかっていた。
「おいっッ。人の上に気軽に乗るなって 」
「人じゃないもん、正臣は河童だもん 」
「……ふざけるなよ。いいから、今すぐ俺から降りろ。もうこれ以上 下らないことばかりほざくなら、本当に怒るぞ? 」
「嫌よ。私は真剣なの。まさか、私よりも十年も長く生きてるのに、何もなかったって言いきるなら、私は正臣のことは さくらんぼ男子として扱うからねっっ 」
「ハアッーーー? 」
誰のために、俺が全力で独り身で居続けてると思ってんだっッッッ。
正臣は 美波からの挑発みたいな言葉の数々に、一瞬 暴言を張り上げそうになったが、寸前のところで勢いを飲み込む。美波に訂正をしたところで意味がないし、第一 ストレス発散なアレコレを正直に申告したところで メリットがない。本当は美波に拳骨の一発でも落としてやりたいくらいの案件ではある。でもこのときの正臣は不覚にも、誠意くらいは伝えてやろうと思ってしまったのだ。
「……あいにくだけどな、俺の人生で 一番 一緒にいる女は、断トツでお前なんだよ 」
「えっ? 」
「我が儘な主人の世話が忙しくてな、他の女性を優先する余裕なんてなかった。残念だったな 」
「何それ…… 」
美波は正臣からの思いがけない言葉に、思わずフリーズする。
正臣が、嘘を言っているようには見えない。
でも、そうだとしたら 流子さんの存在は何なのだ?
これでは元婚約者の肩書きに、説明が付かないではないか……
美波は唇を噛み、ぎゅっと手のひらを結ぶ。そしてその勢いのまま正臣の肩をド突くと、ムッとした表情で立ち上がった。
「おいっッ、人をいきなり突き飛ばすな。つーか、今度は 一体何なんだ? 」
「嘘だ…… 」
「はあ? 」
「もう、知らないっッ 」
「ハア? 」
美波はよく分からない捨て台詞を吐くと、ドタドタと足音を立てて部屋へと退散する。その激しさは、一瞬家が壊れるのではないかと心配してしまうくらい、容赦がないものだった。
「何なんだ、アイツは…… 」
ったく、これじゃあ、図書館に行けやしない。
本当に…… 人間の機微というか、美波が何を考えているのかが分からない。美波に恋愛事情を聞かれたことなど、今までに一度でもあっただろうか。
最近は ことごとく 色んなことがブーメランで返ってくる。正臣は、美波の不可解な行動、言動、奇行の数々に、溜め息を漏らすしかなかった。
◆◆◆
「美波、いい加減にしろ。いつまでも籠城してないで、さっさと出てこい 」
「嫌よ。私は今ヌードストライキを起こしてるの。無理やり部屋のドアを空けたら、承知しないんだから 」
「何だ、それ…… 」
正臣は面倒臭いと思いながらも、小一時間ほど、風通しの悪い夏場の廊下で、美波の我が儘に振り回されていた。
こんな阿呆で我が儘な奴のことが 一番大事なのかと思うと、心底 自分自身に嫌気が差す……
でも だからと言って無視するわけにもいかないし、放っておくわけにもいかない。そもそも今日は図書館に行くつもりだったのに、この後の予定の変更を視野にいれなくてはならないではないか。
「で、美波…… お前は俺に一体 何を求めてるんだ? 」
「…… 」
「俺もお前にしてやれることには、限度がある。してやれないこともあるんだ。悪いけど、俺はお前の恋愛事情を助けてやることは出来ない。自分で何とかしてくれ 」
「…… 」
美波との距離感が悩ましい……
でも明らかに歯車が噛み合わなくなってきたのは、自分が距離を詰めすぎているせいだ。
「自立がしたいなら、先ずは掃除に洗濯。それに料理とか、頑張れるところは沢山あるだろ 」
「そんなことは、分かってるもん 」
美波は強めの口調で正臣に対抗すると、ドアに背を向けていた。
後に引けなくなってしまった……
正臣のことで悩んでいるのに、正臣で解決しようとしているなんて、自分でも狡いと思う。やることなすことが、いつの間にか 理想の主人像と自分の実際とでは掛け離れていて、美波は引くに引けなかった。
でも 今は完全に自分が悪いし、だいたいの口論も原因は ほぼ美波の癇癪であることばかりだ。
大人には敵わないし、正臣は間違ったことは言ってない。美波は己の不甲斐なさを認めると、部屋のドアを開いた。
「…… 」
「裸じゃないのか? 」
「期待してたの? 」
「そんなわけないだろ 」
正臣は拍子抜けすると、美波の様子を観察する。美波の頬からは少しだけ涙の匂いがして、正臣は心苦しい気持ちになった。
「…………ごめんなさい 」
「急に 素直じゃないか 」
「反省したの 」
「…… 」
正臣は黙って、美波を見つめていた。
何がここまで美波を追い詰めているのかは、よく分からない。でも主人である美波を好きになってしまった以上、手を貸してあげられないことがあるのは本音だ。
……もう、準備は出来ている。
あとは本人を説得することと、己の決意を固めるだけだ。
日常生活に影響が出ている。それに美波だって、自由な身になったほうが、世界は確実に広がるのだ。
腹を括ろう。
正臣はそう決意した。
「……練習 」
「えっ? 」
「百歩譲って、デートの練習なら付き合ってもいい。それで勘弁してくれ 」
「正臣? 」
「丁度いい ……俺も美波に話しておきたいことがあるんだ 」
……起きたくない。
手を繋いだことなんて何度もあるはずなのに、離したくないと思ってしまった。
どうしたら大人になれるんだろう。
どうしたら元に戻るのだろう。
余裕が欲しい。
正臣への気持ちを一瞬で忘れられる、強い衝動と情熱が欲しい。
蘭を見ていると麻痺してきそうだけど、恋にオープンにはなれないし、その先なんて全く想像が付かない。
取り敢えず…… まずは自立から始めよう。
正臣のことは意識せずに、いつも通りでいられる 心の強い人間になりたい。
だって私は主人だもの。
主人は従者の心までは掴んでしまってはいけないのだから。
「……夏休みって、こんなに憂鬱だったっけ? 」
この状態が あと一週間も続くとなると、することがないし 暇 過ぎる。
美波は読んでいた漫画を投げ出すと、ベッドから起き上がった。冷房が効いた部屋から一歩 廊下に繰り出すと、ジメジメとした空気が 肌に容赦なく纏わりつく。お盆も近くなったこの時期は、福岡の街では厳しい猛暑日が続いていた。
美波の夏休みは 急なタイミングで もたらされた。最近になって美波が指導を仰ぎ始めた先輩社員が 長期出張で留守をすることになり、それならば 少しリフレッシュをしておいでと一週間の休みが与えられることになった。
とは言うものの、いきなり休みをもらったところで、蘭は仕事をしているし 他の友達も捕まらない。家にいても正臣との接点が増えるだけだし、変なことばかり考えてしまう。こんなに悶々とするくらいなら、仕事をしている方が何倍もマシなような気がしていた。
「ご飯でも作ってみるか…… 」
美波は重い腰を上げて台所に向かうと、冷蔵庫を漁る。正臣に 食材を使ったらメールをするように、口酸っぱく言われているけど、これだけ充実しているのなら少しぐらい怠ってもバレないような気がした。
美波はチルド室から 自社製品の辛子明太子を取り出すと、それを様々な角度から見回す。そして包装紙の裏に記載されたレシピを見つけると、バターとマヨネーズ、それから醤油をキッチンに並べた。
取り敢えず、お湯を沸かさないと。
美波は食器受けにあった雪平鍋を手に取ると、水を張って湯を沸かす。そしてキッチンタイマーの使い方に悪戦苦闘していると、不意に後方から声を掛けられた。
「…………何をしてるんだ? 」
「えっ? って、ギャッッっっー!!! 」
美波はあまりに驚いて、悲鳴に近い大声を上げていた。あまりにビックリしすぎて、腰は殆ど抜かしている。
美波が意を決して 恐る恐る後方を振り向くと、そこには何故か正臣の姿があった。
「えっ? 正臣? なんで…… いるの? 」
「何でって…… 総合図書館に用事があるから、ついでに昼飯を食いに戻ったんだよ。そんなに驚くと思わなくて。悪かったな 」
「そう…… 」
正臣の存在が、今は二重に心臓に悪くてドキドキが止まらない。
美波は冷静を装おうと、震える手で明太子を掴むと、ボールの中のバターとマヨネーズと和え始めた。
「……飯を作ってるのか? 」
「うん。明太子パスタを作ろうかと。たまには自社製品の研究もしないとと思って 」
「そうかい そうかい。火傷には気を付けろよ 」
「……うん 」
正臣は興味はないと言った感じで、すぐさま台所を離れると、ダイニングに山積みになっている胡瓜を取る。それでも齷齪と動き回る美波には、横目で視線を注いでいた。
「……お湯が吹きこぼれてないか? 」
「えっ? 」
「火が強すぎるんだよ。それに鍋に塩を入れないな? 」
「えっ? 塩? 」
「そうだよ。塩を入れて茹でないと、麺にコシが出ないんだよ。今からでもいいから、塩を入れろ 」
「何で塩を入れてないって、分かるの? 」
「そんなの匂いで分かるだろ 」
「はいっ? 塩って無臭だよね? 」
「別に今は そんなことは どうでもいいんだよっ。つーか、湯が溢れてるぞ 」
「えっ? って、あ゛っっッッッー!! 熱っッ! って、ゲゲッ。お湯が半分くらいなくなっちゃったんだけど 」
「…… 」
正臣は、呆然とした様子で 美波の一連の茶番を見届けると、小さく溜め息を付いた。水浸しになった、コンロの始末をしなくてはならないかと思うと、些か腹が立つ。
というわけで…… この辺りまでが、正臣の限界だった。
正臣はシャツのボタンを外すと、雑多に腕捲りをする。そしてネクタイをボタンの間にしまうと、後方から美波の手捌きの助太刀に入った。
「オイッっ。あとは余熱でも火が通るから、鍋はそのまま時間通りに置いておけ 」
「でも…… 」
「でもじゃない。それと明太子を丸ごとボウルに入れるな。薄皮は剥がないと、口触りが悪くなるんだよ。っていうか、スパゲッティと和えるなら、知らなかったとしても せめて ぶつ切りにしてくれ 」
「薄皮? って何? 」
「ハア? お前は一体どんなカラクリで、有名メーカーに就職したんだ? 」
「……実力だけど 」
正臣は 呆れた様子で ボウルの中から、丸のままの明太子を救出すると、美波の背後から両手を掴む。すると二人羽織のような状態でスプーンを握らせて、無理やり美波の手元を動かした。
「ちょっ…… 正臣っ? 」
「……明太子の中身はスプーンでも こ削げ落とせるから。パスタは時間との勝負だから、手早くするんだよ 」
「違うっ、そんな手取り足取りしてもらわなくても出来るから 」
「これは、生活指導の範囲内だ。口で言っても出来ないなら、こうするしかないだろ 」
「なっ…… 」
いや、無理……
急に後ろから、バックハグみたいな体勢は無理過ぎるっッ。
契約の印に息が吹きかかって こそばゆいし、手首は掌握されているから逃げ場がない。
何で今日に限って絆創膏を貼ってないのか、と思ってしまうけど、自宅にいるときまで首をガードする意味はない。後ろから手を出すことは、正臣にとっては深い意味はないのかもしれない。でも美波にとっては、一大事に次ぐ一大事で、問題しかないような出来事だった。
「……できた 」
途中から、全身が猛烈に暑かった。
もうここまできたら、台所にいた物理的な暑さからなのか、自分の内から溢れてくる熱さなのか、理由を考えたくなかった。
「正臣 」
「なに? 」
「けっこう美味しそうだよね? 」
「ああ。良かっな。まあ、お前さんの会社の明太子なら、誰が作ってもうまいレシピになるんじゃないの? 」
「なっ 」
正臣のぶっきらぼうな物言いは、誉められてるのか、貶されてるのかが、イマイチ判断が付かない。それでも美波はスパゲッティを口に運ぶと、二口三口と食べ進める。一応 自分で作ったはずなのに、結局 味はいつもと変わらない家の味だった。
「あっ、美味しい 」
「それなら良かったな 」
「……正臣も食べてみる? 」
「えっ? 」
「あっ…… 」
正臣は吃驚したのか、目を丸くして美波のことを見ていた。
「いや、その…… 気にしないで。正臣は胡瓜以外は食べないもんね。ごめん 」
「…… 」
しまった……
自分は一体、何を言っているのだろう。完全に後の祭り状態で、後悔が拭いきれない。
正臣は胡瓜以外は食べないし、そんなことを言っても困らせるだけだ。それに何より 断られて一番傷付くのは 自分自身なのに、思ったことを自然と口に出してしまったのだ。
「いや、折角だから頂くよ 」
「えっ? あっ…… 」
正臣はそう言うと、美波のフォークを奪い 麺を数本口に運ぶ。そしてモグモグと咀嚼を繰り返すと、ゴクンとパスタを飲み込んだ。
「……旨いよ 」
「えっ? 」
「あんまり量は食えないけど、美味しいと思う 」
「正臣、大丈夫? 無理してない? 」
「別に無理なんかしてない 」
「そう。ごめんなさい。その、ありがとう 」
「……礼を言われる程のことじゃない 」
「…… 」
美波は少しだけ頬を赤く染めていた。正臣はそんな様子に気がついたのか、一瞬 ポンと美波の頭に手を乗せると、元いた座椅子へと戻っていく。
もしかして褒められた……?
美波は急に気恥ずかしくなって、フォークを置くと 正臣に向き直った。
「ねえ、正臣 」
「何だ? 」
「私、これで一歩 良い嫁候補に近づけるかな? 」
「へっ? 」
正臣は美波の唐突な言葉に、手に掛けていた胡瓜をポトリと落とす。たった一回の自炊が なぜ結婚まで飛躍してしまうのか、理由は全く察しが付かなかった。
「……美波、お前は急に何を焦っているんだ? 」
「なっ、別に何も焦ってなんかない。自立よ、自立。正臣なしでも、キチンと生きていける最低限の基盤を作らないとって思ったの。先ずは料理よ。ある程度の家事が出来ないと、生きていかれないでしょ 」
「まあ、それはそうかもしれないけど…… 」
「いろんな基本スキルが身に付いたら、次は恋愛偏差値ね。今のままじゃ、まともに男性と話が合わせられないもん 」
「そうか。それはせいぜい頑張るんだな 」
「なっ、そういう正臣はどうなのよ? 」
「はあ? 」
「恋愛って、どうしたら上手くいくと思う? 」
「そんなことを俺に聞いて、どうするんだよ? 」
「……私の今後の参考にするの 」
「あのなあ 」
人間の社会に来てからは二十年以上になるけど、時々 本当に人が何を考えているときが分からないときがある。正臣にとっては、まさに今がその瞬間で、美波が一体 何を考えているのか、全く見当が付かない。
「恋愛は…… 数をこなしていくしかないんじゃないか? それに俺は男だから、女性のモロモロは良く分からない。蘭ちゃんにでも聞くんだな 」
「蘭は優先順位が特殊だから、全然参考にならないもん 」
「……まあ、確かに それは否定は出来ないけど 」
正臣は思い当たる節の数々を頭に思い浮かべると、ゲンナリする。何に重きを置くかは個人の自由だけど、純粋無垢な美波には とても難しい話だ。
「別に…… 今から そんなに凄まなくても、美波が初心者だって分かったら 相手がリードしてくれるだろ。大丈夫だよ、恋愛は一人でするわけじゃないんだから 」
「……正臣は、今までに どんな経験があるの? 」
「ハッっ? 」
「……教えてよ。正臣は私の従者なんだから、私に手解きを教える義務があるはずよ 」
「はっ? お前は 一体 いつの時代の話をしているんだ。そんな仕事が有るわけないだろ? 」
「……でも乙女系の漫画を読むと、そういう描写は普通に有るもん。ヒロインはお目付け役に、色々と指南されてるんだから 」
「なんだそりゃ? つーか、お前は漫画の読み過ぎっッ。今は令和の世の中だぞ? それくらいは自分で考えろっ 」
「でも正臣は、誰かとお付き合いした経験はあるでしょ? 」
美波はそういうと、食べかけのパスタを放ったらかして、正臣に近づく。
美波は完全に頭に血が昇ってしまったらしく、正臣に肩に手を掛けると、膝の辺りに完全に乗っかっていた。
「おいっッ。人の上に気軽に乗るなって 」
「人じゃないもん、正臣は河童だもん 」
「……ふざけるなよ。いいから、今すぐ俺から降りろ。もうこれ以上 下らないことばかりほざくなら、本当に怒るぞ? 」
「嫌よ。私は真剣なの。まさか、私よりも十年も長く生きてるのに、何もなかったって言いきるなら、私は正臣のことは さくらんぼ男子として扱うからねっっ 」
「ハアッーーー? 」
誰のために、俺が全力で独り身で居続けてると思ってんだっッッッ。
正臣は 美波からの挑発みたいな言葉の数々に、一瞬 暴言を張り上げそうになったが、寸前のところで勢いを飲み込む。美波に訂正をしたところで意味がないし、第一 ストレス発散なアレコレを正直に申告したところで メリットがない。本当は美波に拳骨の一発でも落としてやりたいくらいの案件ではある。でもこのときの正臣は不覚にも、誠意くらいは伝えてやろうと思ってしまったのだ。
「……あいにくだけどな、俺の人生で 一番 一緒にいる女は、断トツでお前なんだよ 」
「えっ? 」
「我が儘な主人の世話が忙しくてな、他の女性を優先する余裕なんてなかった。残念だったな 」
「何それ…… 」
美波は正臣からの思いがけない言葉に、思わずフリーズする。
正臣が、嘘を言っているようには見えない。
でも、そうだとしたら 流子さんの存在は何なのだ?
これでは元婚約者の肩書きに、説明が付かないではないか……
美波は唇を噛み、ぎゅっと手のひらを結ぶ。そしてその勢いのまま正臣の肩をド突くと、ムッとした表情で立ち上がった。
「おいっッ、人をいきなり突き飛ばすな。つーか、今度は 一体何なんだ? 」
「嘘だ…… 」
「はあ? 」
「もう、知らないっッ 」
「ハア? 」
美波はよく分からない捨て台詞を吐くと、ドタドタと足音を立てて部屋へと退散する。その激しさは、一瞬家が壊れるのではないかと心配してしまうくらい、容赦がないものだった。
「何なんだ、アイツは…… 」
ったく、これじゃあ、図書館に行けやしない。
本当に…… 人間の機微というか、美波が何を考えているのかが分からない。美波に恋愛事情を聞かれたことなど、今までに一度でもあっただろうか。
最近は ことごとく 色んなことがブーメランで返ってくる。正臣は、美波の不可解な行動、言動、奇行の数々に、溜め息を漏らすしかなかった。
◆◆◆
「美波、いい加減にしろ。いつまでも籠城してないで、さっさと出てこい 」
「嫌よ。私は今ヌードストライキを起こしてるの。無理やり部屋のドアを空けたら、承知しないんだから 」
「何だ、それ…… 」
正臣は面倒臭いと思いながらも、小一時間ほど、風通しの悪い夏場の廊下で、美波の我が儘に振り回されていた。
こんな阿呆で我が儘な奴のことが 一番大事なのかと思うと、心底 自分自身に嫌気が差す……
でも だからと言って無視するわけにもいかないし、放っておくわけにもいかない。そもそも今日は図書館に行くつもりだったのに、この後の予定の変更を視野にいれなくてはならないではないか。
「で、美波…… お前は俺に一体 何を求めてるんだ? 」
「…… 」
「俺もお前にしてやれることには、限度がある。してやれないこともあるんだ。悪いけど、俺はお前の恋愛事情を助けてやることは出来ない。自分で何とかしてくれ 」
「…… 」
美波との距離感が悩ましい……
でも明らかに歯車が噛み合わなくなってきたのは、自分が距離を詰めすぎているせいだ。
「自立がしたいなら、先ずは掃除に洗濯。それに料理とか、頑張れるところは沢山あるだろ 」
「そんなことは、分かってるもん 」
美波は強めの口調で正臣に対抗すると、ドアに背を向けていた。
後に引けなくなってしまった……
正臣のことで悩んでいるのに、正臣で解決しようとしているなんて、自分でも狡いと思う。やることなすことが、いつの間にか 理想の主人像と自分の実際とでは掛け離れていて、美波は引くに引けなかった。
でも 今は完全に自分が悪いし、だいたいの口論も原因は ほぼ美波の癇癪であることばかりだ。
大人には敵わないし、正臣は間違ったことは言ってない。美波は己の不甲斐なさを認めると、部屋のドアを開いた。
「…… 」
「裸じゃないのか? 」
「期待してたの? 」
「そんなわけないだろ 」
正臣は拍子抜けすると、美波の様子を観察する。美波の頬からは少しだけ涙の匂いがして、正臣は心苦しい気持ちになった。
「…………ごめんなさい 」
「急に 素直じゃないか 」
「反省したの 」
「…… 」
正臣は黙って、美波を見つめていた。
何がここまで美波を追い詰めているのかは、よく分からない。でも主人である美波を好きになってしまった以上、手を貸してあげられないことがあるのは本音だ。
……もう、準備は出来ている。
あとは本人を説得することと、己の決意を固めるだけだ。
日常生活に影響が出ている。それに美波だって、自由な身になったほうが、世界は確実に広がるのだ。
腹を括ろう。
正臣はそう決意した。
「……練習 」
「えっ? 」
「百歩譲って、デートの練習なら付き合ってもいい。それで勘弁してくれ 」
「正臣? 」
「丁度いい ……俺も美波に話しておきたいことがあるんだ 」
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