ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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それぞれの選択

桜の告白

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 遠くにサイレンの音が聞こえる。
 本当に微かに、けれども夜中の街には、ただただ存在感のある音となる。天井を見つめながら、桜はゆっくりと口を開いた。

「私、若い頃に 房総でヤンキーみたいなことをしてて。ちょっとヤンチャしてたんだ 」

「そっか 」

「やっぱりな、って感じでしょ? 」

「うん。まあ、意外性はないね 」

 茜は布団を被りながら 桜の方に寝返りを打つと、悪そうな笑みを浮かべて応戦した。それを見た桜は、ふぅと軽く息を吐きこう続けた。

「私は 所謂 レディースみたいな グループの頭だったんだけど、ちょっと色恋的なことで 色々あって。
みんな、そういう辺りが、メチャメチャだらしなかったんだよね。不良グループって、もともと淋しがり屋を拗らせた人間の集まり的な側面が強くて。
当時の私は その周辺のグループを束ねてたトップと交際してて。親兄弟や周りの人に迷惑掛けまくってたけど、私生活は順調だったんだ 」

「……桜ねぇ。寂しかったの? 」

「うーん、どうだったんだろうね。いまになっては良くわからないかな。
私の場合は勉強が苦手で、逃げ道が欲しくて 非行に走った部分が大きかったから。
仲間でつるんでるとね、心がデカくなって 何でも出来るような気がしてくるの。本当、発想がお子さまなんだけどね。
でもね、ある日私は知ってしまったの。その彼が二股してて、しかもそれが私の親友だったってことにね 」

「……親友? 」

「そう。昔から仲良かった 腐れ縁みたいな友達。あいつも落ちこぼれてたんだけどね、昔から気が合ってた。体育の成績だけ良かったとことか、好きな芸能人の趣味とか、家族構成とか。だから好きになる人の好みも一緒だったんだろうね。今の思えばさ 」

「そう…… 」

 茜は一言そう呟くと、口をギュッとした。
 浮気でも不倫でも、奪う方と奪われる方がいる。自業自得なのは百も承知なのだが、奪われた方の言い分を聞くのはなかなか苦しい心中だった。

「不良だったけど、あれは なかなか堪えたんだよね。親友は私を応援するとかいって、私の彼氏と付き合ってるし、彼氏は浮気してるし。こいつは私と友達を一緒に抱いてたのかって。
自分でも驚いたけど、二重にショックだった。本当、道化じゃんって思ったもん。曲がりなりにも純粋だったんだよね、あの頃は。
グループにも居づらくなるし、誰も信じられないし。
私はそのとき、ああ もう 一人になりたい。やり直したいって思って。だけど不良だったから勉強もしてこなかった。学も能もない。まともな就職も出来ないし、これは自分が知られてないところまでいかないといけないと思って 」

「それで上京したの……? 」

 桜は深く頷くと、苦笑いを浮かべた。

「性に合わないのは分かってたんだけどね。ファミレスのウエイトレスなんて。
でもバイトでも暮らしていけそうなのは、夜勤がある仕事しかなかったし。夜の仕事も考えたけど、人生をやり直したかったんだよね。
普通なフリだけでも、してみたかったんだ。浅はかでしょ 」

「そんなことないよ…… 桜ねぇは そこから契約社員から正社員にもなったじゃん、それは凄い努力じゃん。私みたいに学生時代のガッツで見込み採用されたんじゃなくて、有能が認められて採用されたんだから 」

「……ありがとう。そうね、まあ 運とタイミングだったとは思うけど、茜みたいに言ってくれる人がいるだけ、私は恵まれてるね 」

 桜は無理やりニコリとすると、ハアと溜め息を付き タオルケットを頭から被った。
 茜は何となくその桜の胸中を察したのか、その小さく丸まる体を布越しに なで始めた。

「でね。最近ね元カレから、いきなり連絡がきたの。といっても一年くらい前の話。昔のツテとは縁切ってたのに、どこから連絡先が漏れたんだが。
その彼がお店を開いて独立したから、ちょっと来てみてよって。風の噂で元カレが親友と結婚したのは知ってたけど、もう私も社会的にも正社員で働いてたりして、今なら気持ち切り替えて会えるなって思ったんだよね 」

 布越しに聞こえてくる聞こえる桜の声は、心なしか震えていた。きっとここからが、桜を深く傷つけた核心に迫る話なのは 容易に想像がついた。

「でもね、久しぶりに房総に帰って彼が独立して開いた中華料理の店に行ったら、元カレとその子どもしかいなかった。私の親友の姿がなかったの 」

 茜の脳裏には二つの可能性が過っていた。
 離婚…… もしくは死別……?

 でも離婚して男性が子どもを引き取るパターンは、まだまだそれほどメジャーではない。死別ならいくらなんでも別ルートで先に桜の耳にも知らせが行くのではないか?
 短時間の間に 茜は様々な可能性を脳内に張り巡らせたが、すぐに答えは浮かばなかった。

 いったい何が起きてたの? 
 皆目、見当はつかない。
 でも何となく、開けてはいけないパンドラの箱が待ち構えているような気もした。

 そして茜がヤキモキしているその刹那、桜は機械的に話をこう続けた、


「……私の親友はクスリ中毒になってて。覚醒剤取締法違反。今は服役中だって言われたの 」

「なっ…… 」

 何、それって……
 茜は想定外の桜の発言に思わず耳を疑った。衝撃という一言で片付けられない感情が頭を巡る。
 そしてそれと同時に、桜は元々は凄い世界の住人であること、そしてこちらの世界にやってきて成功を修めた数少ない人間であることを同時に理解していた。

「何があったかは知らないけど。小さい子ども二人を置いて、刑務所にいるって。執行猶予が付かなかったって、つまりは再犯ってことでしょ。
本当にビックリしたんだよね。そんなことするのもだけど、クスリ欲しさにいろんなことに手を染めて資金を稼いだりもしてたみたいで。
何が彼女にそうさせたかは知らないけどね 」

 桜は時折 鼻をすすりながら、淀みなく淡々と話を続けた。

「彼は暴走行為とかしてて、私が抜けた後に前科もついちゃってたみたいでね。実の親に子育てを助けてもらうわけにもいかなかったみたい。
昔の仲間に頼りたくても、万由利…… 私の友人の粗相がバレるのも避けたかったみたいで。
子どもにも本当の理由は誤魔化して、ワンオペで中華料理店をしながら子育てしてたの。それでね、彼の家に足を運ぶようになったの…… 」

「そう 」

 桜はそこまで話すと体を震わせ、静かに静かに嗚咽を堪え始めた。
 彼とどこまで何をしたのかは、もはや茜には知る必要のないことなのだ。
 きっと懐かしい温もりに抗えなくて、いままでの努力が水の泡になって、でもそんな自分が赦せなくて、桜はパンクして傷付いている。
 薬に手を染めようと相手は友達の旦那で、そこには二人の子どもたちもいて、自分の付け入る隙なんてないのに、繋ぎ止めることに必死になっていて。

 ごめん……桜……
 私も加害者の一人だね……

 茜は苦しい涙を浮かべながら桜を抱き締めると、声を振り絞りながらこう囁いた。

「大丈夫…… 桜は優しすぎるだけだから 」

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