ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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ネクストワールドⅡ

甘過!台湾!

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■■■


 台湾二日目は、とにかく忙しかった。元々初日は移動や茜の体力を考慮して、緩めのスケジュールが組まれていた。それを巻き返すように今日のスケジュールは分刻みで忙しい。観光はほぼなく、ひたすら食べてばかりいるから、身体はとても重くなっているように感じる。茜は流石に移動距離と満腹に少し疲れてきて、移動中はぐったりとし始めていた。

「御堂ちゃん…… 着いたよ 」

「ほえっ……? 」

 里岡の声で茜が目を覚ますと、そこにはきらびやかなお祭りの屋台のような光景が広がっていた。

「うわぁっっ! 凄ーっッ、想像以上に賑やかー! 」

「さっき、けっこういっぱい食ったでしょ? 御堂ちゃん、まだ食える? 」

「ええ、もちろんですよ。量は少しづつだし、何を食べても美味しいから…… でも臭豆腐はちょっと勇気がいるなー 」

「まあ、確かに臭いはあるけど、ロケハンで食ったら味はうまかったから、あんまり気にしないで大丈夫だと思うよ。それにしても混んでるねー 」

 一行は車を降りて 無理やり幹線道路を横切ると、夜市の散策を始めた。茜以外の男性軍団はピンピンしているように見えて、業界人の底無しの体力に茜は少し引いていた。辺りは食べ物の様々な臭いが入り交じり、もはや一つ一つを区別するのは難しい。そんな中、射的や輪投げ、くじ引きなど遊べるスポットもたくさんあり、まるで縁日のようだった。

「あの…… 里岡さん 」

「ん……? どうした? 」

「ちょっと喉が乾いてしまって…… どこかにコンビニとかがあれば助かるんですけど 」

 茜は里岡に声を掛けた。車で口でも開けて寝ていたのだろうか…… そんな女子として終わったことはしていないと信じてはいるが、今はどうも喉が乾いてしかたがない。
 これはロケが始まる前に何とかしたいし、それに胃の方も少し限界が近いような気がして、早めに手を打つべきだと本能が騒いでいた。

「……コンビニなら、近くにあります 」

「あっ 」

 茜の発言を聞いた林は淡々とそう答えると、コンビニのある方を指差した。夜市の外に位置するそうだが、歩いて二、三分の距離に店があるとのことだった。

「それなら俺らでここは並んでおくから、御堂ちゃんは林さんと一緒にコンビニ行って飲み物を買っておいでよ。ちゃんと領収書は貰ってきてね 」

「えっ、あの…… 里岡さんたちは…… 何か買ってきますか? 」

「俺らはいいよ。ロケが終わったら、ここで飲んで帰るからさぁ。喉は乾燥させといた方が、ビールが旨いし 」

 里岡と峯岸は満面の笑みで茜たちを厄介払いすると、回れ右してお目当ての臭豆腐の店の行列に並び始めた。彼らの魂胆が見え見えなことには、茜は少しため息をついた。

「…… 」

 林と茜は言葉を殆ど交わすこともなく、コンビニへと向かっていた。
 ……ったく、里岡さんたちは、早く飲みたいだけじゃん。だからってさロケの時間、そんなに巻こうとするかな。まあ、今更だけど。
 茜はそんなことを思いながら、チラリと林の様子を伺った。彼はは相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべていたが、その足取りは決して早いことはなく、少しは自分を気遣ってくれているような気がした。

 それにしても、異国のコンビニ巡りというのは面白い。昨日はホテルに着いてからは即寝落ちしたし、今日も朝から早かった。滞在二日目にしてコンビニ巡りにはなったが、バラまきのお土産になりそうなものがたくさん売っていて、思わず目移りしてしまいそうだった。茜は横目でそれらを通り過ぎると、お茶を一本手に取り領収書を貰った。

「リンリン、お待たせー 」

「いえ、それほど待ってませんから…… 」

 茜はコンビニを出るとすぐさまペットボトルを勢いよく振って、すぐさまお茶を口に運んだ。

「ふう、喉がカラッカラ。うっッ、何これっ!! 甘ーいッっ。何これっッ!? こんなに甘い烏龍茶なんて初めて飲んだっッ! 」

 茜は思わず、ゲホゲホと咳き込んだ。それを見た林は少しギョットした表情で彼女を見つめたが、鞄からポケットティッシュを取り出すと、まるごと茜に手渡した。

「御堂さん、リアクションが良過ぎるよ。台湾のペットボトルのお茶は、甘いんですよ。日本人の方は、だいたい最初は驚かれますね 」

「なっ、何で先に教えてくれなかったのっ? 」

 こんなに甘いと、ゴクゴク飲めないじゃないっッ。茜は受け取ったティッシュで口元を拭きながらプンスカすると、明らかに不機嫌な態度になった。自分のミスを他人のせいにするのが理不尽なことは、重々承知している。けれどもこの恥ずかしさは、一人では処理しきれそうにもない。

「いや、ペットボトルにちゃんと書いてあるから。わかってるのかと…… 」

「わかるわけないじゃん! 私、台湾語なんて読めないし。そもそも烏龍茶に砂糖が入ってるかもって思いながら、ペットボトルの表記とか見ないもん 」

 勿体無いけど、これは飲みきれそうにもない。
 もう一本、水を買うか否か…… 荷物にはなるが致し方ない。茜は今一度コンビニに入ろうと踵を返す。すると腕を捕まれたような感覚が遅れてやってきて、それが林の手であることに気づいた。

「ちょっ、待った。まあ、日本人の口には、ちょっと合わないかもしれないね 」

「はい? 」

 林はそういいつつ鞄の中の奥の方から、一本の水を取り出した。

「はい、コレ。この水と交換。ただの水だけど……まだ飲んでないから 」

「なっ…… いや大丈夫だよ、私は口を付けちゃってるし 」

「別にいいよ。喉は潤しとかないと喋れないでしょ 」

「それは、そうだけど 」

「……それに胃薬飲むのは、水の方がいいだろ 」

「なっ、なんで、わかったの? 」

「……ただの勘だよ 」

 林はそう言うと甘い烏龍茶を引ったくるように手に取り、雑多に自分の鞄に入れた。

 どうせ飲んだりしないくせに……
 茜が顔を真っ赤にして水を見たまま、しばらくの間呆けていた。そしてハッとして我に返ったときには、林はゆっくりと夜市の方へと歩き出していた。

 なんで…… バレたんだろ……
 そして彼は自分に気を使わせないように、こちらを振り向こうとはしない……
 手にした水はぬるいはずなのに、手には冷たさがキッチリと伝わってくる。 
 茜はスマホケースに挟んでいた胃薬を取り出すと、息を止めて一気に水で押し込むのだった。


◆◆◆


 夜市のロケは滞りなく進んだ。
 林がどんな魔法を使っているのかは、言葉の壁があってよくわからなかったが、許可取りの交渉はとても素早くスムーズだった。茜は夜市でも美味しそうな 点心から果物、珍味に至るまで怯むことなく食レポを進めた。

「よしっッと。どうなることかと思ったけど、ロケは無事に終了だね 」

「はい、お疲れ様でした 」

「じゃあ、俺たちはちょっと飲んでから帰るわ 」

「ええ、ごゆっくりー 」

 茜は流石にヘロヘロだった。途中車の移動ではチョクチョク寝ていたが、やはり時差ボケを一日で直すのは難しい。慣れない取材で気も張っていたし、しかもお腹はいっぱいだから、疲れがたまったこの時間は睡魔に襲われるのだ。

 里岡と峯岸は宣言通り、夜市から機材を抱えながらも 遊びに繰り出した。彼らには 気持ち的にも体力的にも まだまだ若さがあった。
 というか普通 演者を置いてきぼりにして、異国の地で飲みに繰り出すか? 突っ込みどころは満載だったが、また茜は林と二人きりになった。


「御堂さん、ホテルまで送ります 」

「いや、その大丈夫。タクシーを捕まえるから…… 」

「別に遠慮はいりません。僕はツアーコンダクターなんですから。タクシー捕まえると一口に言っても、外国で一人で乗るのは誰だって勇気が要ります。それにタクシーは英語はほぼ通じません 」

 二日目にもなると車のクラクションや車の強烈なライト、そしてミニバイクのチキチキレースの光景にも慣れてくる。
 林は慣れた裁きで怒濤の交通量の中、タクシーを拾うと 茜に乗車を勧めた。茜は断る理由もないのでタクシーに乗り込むと、林もその後に続く。車に乗り込むと、林は台湾語で運転手と何かやり取りをしていた。相変わらず彼が何を言っているのかわからない。この疎外感の正体は一体何なのだろうか……

「御堂さん、ちょっとだけ今夜 時間ありますか? 」

「えっ? 」

「言っときますけど、変な誘いじゃありませんよ。いま運転手に行き先を変更してもらいました 」

「行き先? 変更って…… 」

 完全に油断していた。茜は声を失って、林の方を振り向いた。車内は暗くて林の表情はよく見えなかったが、何だか嫌らしい笑みを浮かべているように見えた。

「個人的にあなたを案内したい 観光スポットがあるんです 」

「……? 」

 茜は怪しいものを見る目で林から顔を背けると、返事をせずにぷいと窓の外を見つめた。




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