ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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如何なるときも全力で!

不意討ち!吉岡のご自宅にご宿泊③

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◆◆◆

 彼の家にお泊まり……
 なんて甘美な響きだろうか。

 小一時間のタクシーでのランデブーを経て、朱美と吉岡はしんしんと降りしきる雪の中を大荷物と共に歩いていた。
 神楽坂の周辺は思いのほか既に雪が積もっていたので、仕方なくタクシーは大通りで下車することにした。ストッキングにパンプスという軽装だから、足元は凍りついているのではないかと思うくらい寒くて仕方ないのだけれど、今はそんなことに気を回している余裕はない。
 自分で言い出しておいて何なのだが、朱美は現在かなりの緊張状態に追い込まれていた。

「あのー 朱美先生? 」

「はいっ? 」

「言っときますけど、僕の家は全く身構える必要はありませんから 」

「はい? 」

「僕が学生時代から住んでる、築五十年の学生アパートです 」

「学生アパート? 」

「水回りは共同ですし、ボロボロの極みです。下手したら漫画か小説が一本書けるくらいドラマが生まれそうなくらいのオンボロです 」

「はあ…… 」

「朱美先生のお宅のマンションとは比べ物にならないくらい 狭いし散らかってます。一応下らないプライドもあるんで、自宅にだけは連れてきたくはありませんでしたが、背に腹はかえられません。今更、取り繕うのも変ですしね 」

「……あっ、うん 」

 朱美は適当な空返事をすると、吉岡を見上げる。今この瞬間に限っては、吉岡の説明云々の一切が全然頭に入ってこなかった。
 神楽坂通りから裏路地に入り ゆっくり坂を下り始めると、辺りは都心とは思えないくらい普通の住宅地の風景が広がっていた。アイスバーンになりかけた地面に滑らぬよう、朱美の足取りはやや重く強ばっていく。吉岡はそんな朱美の状況を察したのか、両手にあった荷物を片方に強引にまとめると パッと左手を差し出した。

「すみません、もう少しなんで。家に着いたら足もしっかり温めましょう 」

「あっ、ありがとう 」

 朱美はその手を取ると、吉岡に礼を言った。
 寒いとかそういうことは言ったつもりはなかったのに、こちらの事情はしっかりとバレている。そんな吉岡の観察眼に朱美はちょっぴり嫉妬した。

◆◆◆


「あの、ここです 」

「確かに…… 趣はハンパないかも 」

 手を繋いでからは、あっという間に時間が過ぎた気がする。
 吉岡が指さした先には、本当に誇張なんかではなく年季の入った木製の共同アパートが堂々と鎮座していて、すでに屋根や庭や玄関回りは真っ白くなっていた。
 吉岡が半ば体当たりのようにして重厚な木製のドアを開くと、玄関には大量の男性物の靴が並んでいた。どうやら本当にここは共同アパートで、玄関で靴を脱ぐシステムらしい。
 靴は少々散乱気味ではあったが、玄関や廊下はしっかりとワックスがかかっていて、手入れはしっかり行き届いている印象だった。

「ただいまー 」

「あら、夏樹? 」

 吉岡の声に反応したのか、玄関の脇にある管理人室と書かれたドアが開いた。吉岡に声をかけたのは金髪ショートカットがよく似合うアラフォーくらいの女性だった。

「珍しいねー 夏樹が金曜に帰って来るなんて 」

「……そうですか? 」

「しかも、えっッ! なんか可愛い子連れてきちゃって。もしかしてお持ち帰り? 」

「違います 」

「じゃあ、何? 誰、そのこ? 」

「……言わなきゃ駄目ですか? 」

 吉岡はあからさまに不機嫌な態度を見せると、ギュッと女性に詰め寄った。

「まあ、一応ね。言えない関係なら彼女は管理人室私の部屋に泊めてあげる。私の部屋は内鍵を三つ付けてるから、セキュリティは万全よ? 」

 朱美はやりあっている二人に挟まれる形になり、気まずさマックスになっていた。こんな場面に出くわしたとき、本来は外野は静観した方がいいのだろう。だけど この微妙な空気は耐えられない。
気づいたときには…… 朱美は口を開いていた。

「あの、私は…… 」
「彼女はっ、彼女は僕の交際相手の朱美ですっ 」

「「えっ? 」」

 朱美の声をかき消すように、吉岡は潔くそう言い放った。その吉岡のハッキリした物言いに朱美は驚き、管理人は交際相手という単語に驚いていた。

「でも巴さん、安心してください。本当に ただ泊めるだけなんで。ちょっと今晩、色々とあったもので。他の住人みなさんに極力迷惑はかけませんし、雪が止んだらすぐに返しますから 」

「そう…… まあ、外は雪だし訳アリってことね。二人ともそんな大荷物抱えてきたんじゃ、濡れただろうし 寒かったでしょ? ちょっと待ってて。今タオルを持ってくるから 」

「……あの、すみません。ありがとうございます。えっと、お邪魔します 」

 朱美と吉岡は管理人から借りたタオルで 身体中と荷物の水滴を拭き取った。タオルはバスタオルくらいの大きさがあったが、水気を吸ったそれは あっという間に重くなる。ビチャビチャになった靴は玄関の隅に寄せて置いてみたものの、明日までには乾かないような気がした。 
「朱美先生、僕の部屋はこっちです 」

「あっ、うん 」

 吉岡は少し急な階段を指差すと、スタスタと昇っていく。朱美が見たところこのアパートは二階建てで、外観を見たときの印象よりも中は広くて部屋数が有るようだ。木造だからたまに足元からギシギシと鈍い音が響くけれど、埃や塵ゴミのだぐいは全く見当たらなかった。

「ねえ、吉岡…… 」

「何ですか? 」

「このアパート、管理人さんがいるんだね 」

「ええ、まあ。つーか、巴さん何でこんな時間に出てくるんだろ? バケモンかよ 」

「でも管理人さんは良い人じゃない? 私のこと可愛いって言ってくれたよ? 」

「はあ? 」

「ちょっと、吉岡っ。はあぁ? はないでしょ! お世辞でもそんな風に言われたら、嬉しいに決まってんじゃん! 」

「……朱美は もう少し自分のことを 客観的に見つめ直した方がいい。ちょっとは自覚しろよ 」
 
「なっッ、いいじゃん! 別に素直に喜んだって! なかなか私が褒められることなんてないんだから、たまには調子のってもいいじゃん 」

「ちょっ、声がデカイっッ! このアパートは本当に連れ込み禁止なのっッ 」

 吉岡は少しムスッとしながら、朱美の言葉に反論する。こんな吉岡の表情を見る回数は最近増えてきたような気がするけど、きっとこれが彼の素の一面なんだろうと朱美は思った。

「それに…… 俺はそういう意味で言ったんじゃないよ。管理人さんは思ったことしか口にしない人だから 」

「……? 」

 そんなことを言いながら吉岡は廊下の突き当たりで止まると、ここだよと言わんばかりにドアを指さした。入り口の脇には申し訳程度に 吉岡と書かれた表札がついていた。

「散らかってるし、俺の部屋激狭だから本当は上げたくないんだけど…… 」

「うん、それはもう十分わかったから 」

「朱美先生、本当にわかってます? まあ、もう今さらだし別にいいけど 」

 吉岡はそう言うと、胸ポケットから一昔前の作りの鍵を取り出して部屋を開ける。そして電気をつけると、さらに言い訳に念を押した。

「俺は ほぼ全額で奨学金で大学入ったから、最近までずっと借金の返済してたんです。ここ家賃が安いから、学生の頃からずっと住んでて。仕事柄あんまり家にもいないし、都心で通勤にも便利だったから 」

「ふーん 」

 朱美は吉岡の渾身の言い訳に あまり興味を示さずにあっさりと部屋の中に入ると、右に左に担いでいた大量の荷物を床に下ろした。

「なんか 部屋のなかは普通のアパートだね。私はてっきり 畳に障子みたいな感じかと思ってた 」

「一応、定期的にリフォームはしてるみたいなんで。ブレーカーがすぐ落ちること以外は不便はないです。一応通信環境はいいし、住めば都ってやつですかね 」

「へー 」

 朱美は返事もそこそこに 興味津々に部屋中を見渡し始めた。簡易的なシングルベッドとパソコンのデスクにこたつ、テレビは地べたに置かれていて コンセントは丸まっている。そして壁面には 一面に びっしりと本が並んでいた。

「あの、ちょっとデカイかもしれないけど、これを使って下さい 」

 吉岡はそう言うと 押し入れから取り出した何かを、朱美に手渡した。それは肌触りが異様によくて、色は明るいグレーだった。

「……えっ? あの、これって 」

「俺のスエット 」

「いや、その…… 」

「彼シャツでも、期待してたの? 」

「なっ、そんなわけないでしょっッ!? 」

「まあ、彼シャツも夢はあるけど、あれは冬場は冷静に考えたら寒いよね 」

「…… 」

 朱美はスエットを抱えながら、暫しその場で硬直する。
 彼パジャマなんて初めてだった……

「一応言っとくけど、ちゃんと洗濯はしてるからな 」

「えっ!? そんなつもりじゃないけどぉっ 」

 朱美は唐突な吉岡の言い分に少しだけギョットして吉岡に反論する。しかし吉岡は至って真面目な顔をしているから、あまり邪険にもできない。
 あんなに堂々と何も起きない宣言はされたものの、やっぱり知らない空間に二人きりというシチュエーションには少しドキドキする。

と、思った瞬間だった。


 きゅるっー ぐっっー

 えっ? あれっ?
 んっ……? 

 朱美は自らの腹部から聞こえてきた不協和音に、目をパチクリさせた。
 その音は誤魔化せないくらい、静かな部屋にバッチリと響いている。

「えっ、あっ、えっとそのぉ…… 」

「朱美先生、もしかして腹が減ってるの? 」

「だって、その…… 立食で殆ど食べてなかったから…… 」

「別にそんなに照れなくても…… 俺も腹が減ってたところですよ。あいにくうちにはカップ麺しかないですけど、それでもいいですか? 」

「えっ? あっ、うん…… 」

「ちょっと待ってて下さい。給湯室で お湯沸かしてきますから。後、今のうちに着替えておいてください 」

 吉岡はそう告げると、少し笑いを堪えながら部屋を後にする。

 恥ずかしい……
 恥ずかしすぎるんだけどっッ!?

 朱美は自らのお腹を叩くと、思わずその場にしゃがみこむ。
 しっかりしてよ! 私のお腹!
 今じゃないでしょ、今は駄目だからっッ!

 なんだか急に実感がわいてきた。
 私は吉岡の交際相手なんだ……
 つい最近まで吉岡のことなんか何とも思ってなかったのに、今日なんかちゃっかり彼のご自宅にお泊まりだ。
泊まるんだよ!?
 私が吉岡んちに泊まるんだよっ!?

 今日は感情の出入りが激しすぎる。
 朱美はすっかり顔を火照らせると、何とか一回深呼吸をするのだった。




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