ガールズ!ナイトデューティー

高城蓉理

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出発!年末進行!!

聖なる夜の過ごし方④

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■■■


 福岡は一度だけ行ったことがある。
 あれはまだ前の担当さんが産休にはいる前、サイン会で訪れたときだった。

 明太子、ラーメン、水炊き、もつ鍋、ごぼ天うどん、それに新鮮なお魚と屋台の焼き鳥も美味しかった。とにかくグルメな思い出が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 吉岡は今晩には帰京すると言っていた。
 都内に着くのは夜中近くになるらしいから、うちに寄ってくれるかはわからない。でも遅かれ早かれ明太子にはありつけるから、それは純粋に楽しみで仕方ない。

 それなのに……
 待てど暮らせど、吉岡は全然朱美の元に顔を出してはくれなかった。



『朱美先生! 』

『吉岡! おかえりっ。一週間振りだよね? 何だか久し振り。福岡の仕事が忙しかったの? 』

『ええ、まあ…… 』

『そうなんだ。打ち合わせが長引いたの? 』

『打ち合わせなんて、半日で終わりましたよ 』

『えっ? 』

『実は僕にモテキが到来したんです 』

『モテキ? 』

『ええ。夜の天神を歩いていたときにですね。
もうね、煌びやかな蝶たちに攻め寄られて、毎晩何人も相手にしてめちゃくちゃ忙しかったんですよ。さすがの俺でも一日に●人とかしんどくて、最後は●●●●●に頼ったんですけどね。
それを差し置いても最高な空間でしたね 』

『なっ…… それ、どういうことっ!? 私とは一回しか 』

『そのままの意味ですよ。お陰様で毎日宜しく楽しませてもらってます。
だから朱美先生のお土産の明太子も買ってきてません 』

『何でっ? そんなの酷いっっ。
私は明太子は本当はなくていいし。それよりも普通に吉岡が私の側に帰ってきてくれたら、それで十分だったのにっ…… 』

『朱美先生、いや神宮寺先生。今さら泣いても遅いですよ。
今までだって、全然僕のこと大事にしてくれなかったじゃないですか。扱いが雑すぎるんですよ。俺のこと、ただの明太子運搬野郎だと思ってるでしょ? 』

『待って、吉岡! ちょっ、私を置いていかないで 』

『近いうちに編集長に言って、担当も変えてもらいます。こんなにギャバ嬢の皆さんに支持してもらえるなら、近いうちにホストに転職して人生勝ち組街道を歩ませて貰いますよ。
神宮寺先生に仕事でもプライベートでも、こき使われる人生はもう散々です。先生はせいぜいこれからも明太子を片手に漫画で頑張って下さい 』

『なっ、ちょっ、待って! 私が全部悪かった! 締め切りも守るし、もう我が儘も言わない。謝るから! 全部謝るからッ! 』

『さようなら、神宮寺先生…… 』




「ちょっ、待って! よしおかーっーー!! 私を置いていかないでっッーー! 」

 朱美は勢いよくそう叫ぶと、突っ伏していたデスクから大きな音を上げて起き上がる。そのゾンビの復活のような動きに、吉岡はビクンと身体を硬直させると、思わず声を上げてこう叫んだ。

「ウううわっっっッ! 何だよ、急に俺の名前なんか絶叫してっ 」

「えっ? 何っっ? ここどこっ? 」

 朱美は寝ぼけているのだろう。辺りをぐるりと見渡しながら、目を擦っている。そして焦点が合わない眼で吉岡の姿を捉えると、

「……よしおか? 」

と一言呟いた。


「仕事終わったから、帰ってきたんだよ 」

「だって…… えっ? 天神の蝶は? それにホストになるって 」

「天神? 俺、今回は天神には行ってないけど? そもそも漫画家先生の家は大宰府だから、中心地から少し離れたところに宿を取ったし。って、何で朱美は泣いてるの? 」

「えっ? 」

 朱美は驚いた様子でハッと声を上げると、もう一度ゆっくりと目元に手をやってみる。すると手には冷たい液体が少しだけ感じられて、自分が涙を流していることを自覚した。

「変な夢でも見たんですか? 」

「夢……? 」

 ああ、あれは全部夢だったのか? 
 それにしては、寝覚めの悪い最悪な内容だ。
 朱美は吉岡から渡されたティッシュで、涙と鼻を乱暴に拭う。そしてその手を差し出すと、今度は吉岡の顔に近づけて、頬を指で突っつくような仕草を見せた。

「ちょっ、急に何ですか? 」

「本物の吉岡か確認しなきゃと思って 」

「はあ? さては朱美、まだ寝ぼけてるな? まあ、無理もないんだろうけど。野上の話だと二時間は爆睡してたみたいだし 」

「でも、どうして? なんで吉岡がうちにいるの? 帰ってくるのは夜中だって言ってたじゃん 」

「ああ、早く切り上げて帰ってきた 」

「えっ? 」

「スケジュールを巻いたんですよ。用事が終わったら、長居しても仕方ないし 」

「そうだったんだ。ところで…… 息吹と野上さんは? 」

 朱美はそう言うと、キョロキョロとデスク周りを見渡した。野上が座っていたデスクには既に原稿は置いてなくて、代わりに吉岡が座っている机に原稿の束が集中していた。

「二人は帰ったよ。朱美に宜しくって言ってた 」

「そう 」

 朱美はウーンと唸るような声を上げると、今一度頭の中を整理する。
 あの妙に生々しいニュー吉岡が、夢限定の登場人物であってくれて心底ホッとした。
 福岡の歓楽街は華やかで、女子の朱美でさえも羽を伸ばしたくなる誘惑に溢れてる。
 どうやら自分にも、嫉妬心とか独占欲という感情はあるらしい。朱美はようやく状況の理解が追い付いたのか、ほっと肩を撫で下ろすと、ハアと深い溜め息をついた。

「あのさ、朱美…… 」

「えっ? 」

「こっちも聞きたいことは山ほどあるんだよ。大体、何で野上と山辺さんがここにいたんだよ。インターフォンを鳴らしたら野上が出たから、俺は一瞬心臓が止まるかと思ったんだぞ 」

「それは、ごめん…… 私、寝ちゃってたみたいで 」

「そういう問題じゃないんだよ。いくら山辺さんがいるとは言え、簡単に異性を部屋に上げるな。野上だから良かったけど、他の男だったらどうなったことやら 」

「二人には、その助っ人を…… 」

「それはわかってるよ。手伝いに来てもらったっんだろ? というか、マリメロンさんと伊藤さんは? 」

「二人ともコミケ本業がもうすぐだから…… うちは暫くは無理だって 」

「だから、二人を呼んだのか? 」

「うん。ダメ元で連絡したら来てくれたの 」

「でもさ、だからって、話さなくても良かったよな? 」

「えっ? 」

「お陰様で俺は絶倫野獣変態キャラに認定だ。そもそも朱美とはまだ一回しかしてないし、そんなにガンガン攻めた記憶もないんだけど? 」

「絶倫? 野獣? 一体、何のこと? そんな話、私は一言も喋ってないし記憶にないんだけど? 」

「そうか…… やっぱ無自覚か。まあ、ここまでくれば一種の才能だよな 」

「はあ? 」

 朱美は吉岡の無言のプレッシャーを感じながらも、淡々と弁明をする。
 一体吉岡が何に対して怒っているのか、朱美には皆目検討がつかなかった。

「吉岡が何に怒ってるかは、よくわからないけど…… うーん、そうだな。確かにちょっと反省してることはある 」

「じゃあ…… 朱美はもしかして、ちゃんと分別はついてたのか? 」

「分別? それは何のことかわからないけど、話の流れで吉岡を誉めすぎちゃったの。それは少し反省してる 」

「えっ? 」

「吉岡が如何にとして優れてるか、熱く語りすぎちゃったんだよね。恥ずかしいよね、身内のスキルを絶賛するなんて 」

「はあ…… なるほど…… そっか、そうだよな。ようやく合点がいったよ。あくまでも編集者として、ね 」

 吉岡はあからさまにガッカリした表情を浮かべると、今度は一転込み上げてくるものを堪えるように笑い始める。
 殆ど予想通りではあったが、真相がわかったところで、嬉しいような悲しいような複雑な心境だ。
 吉岡は心のどこかで安堵という感情を覚えると、少しだけ息を吐いた。今度野上に会ったら、取り敢えず誤解を生むようなエピソードは全部訂正だ。
 いや、でも待てよ。
 逆に全部にしてしまうのも、選択肢としては十分にアリかもしれない。


「……それに私、ちゃんと二人にお礼出来なかった。悪いことしちゃった 」

「ああ。それは今度、飯でもご馳走すればいいんじゃないか? 」

「うん。今回は本当に二人が来てくれて助かったんだ。お陰様であと五ページで仕上がるし、締め切りは守れそうで良かった。早く描き上げないとね…… 」

 朱美はそう言うと、髪を束ね直してまた原稿へと身体を向ける。
 あんなこと悪夢が正夢になったら、本当に困る。そのためには吉岡には少しでも誠意を見せて、真面目な一面もアピールしたい。
 そんなことを思った矢先の出来事だった。


「えっ……? ちょと、んっ…… 」

 頬の辺りに温もりを感じたと思った瞬間、今度は視界が何かで覆われる。そして唇に柔らかい吐息を感じる間もなく、今度は生温かい何かが朱美の口中を支配した。
 その動きは不規則で、何だか恥ずかしくなってしまう部分の隅々まで舐め回される。
 次第に呼吸が荒くなっていた……
 何度も角度を変えながら、朱美は必死にキスに応え続ける。その動きが段々激しくなって変な声が洩れだしそうになったとき、やっとその支配から朱美は解放されたのだった。

「はあはあ…… ちょっ、いきなりっッ。はあ…… 吃驚したんだけどっッ 」

「許可を取らなきゃ駄目なの? 」

「いや、そういう訳じゃ……ないけど…… 」

 朱美は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに吉岡から目線を逸らす。だけど朱美の手首は既に吉岡にきつく握られていて、ちょっとやそっとじゃほどけそうにはなかった。

「原稿は…… 明日でいい 」 

「えっ? 何? 急にどういうこと? 」

「…… 」

 吉岡は朱美の問いに答えない。
 だけど吉岡は今度は朱美を引っ張り上げると、作業椅子から立ち上がらせる。そして今一度、朱美の唇に息が苦しくなるくらいの口づけをすると、今度はこう言い放った。

「朱美は今しっかりと睡眠を取ったよね? 」

「えっ? まあ、うん…… 」

「じゃあ、今夜はもう少し俺に付き合って 」

「えっ、それはどういう……? 」

「あのさ…… 」

「……? 」

「朱美ってさ少女漫画家なのに、凄く鈍感なところあるよな 」

「えっ? 急に何の話? 」

「まあ、そういうとこも、多分俺は好きなんだけど…… 」

「えっ? 」

「スーパー鈍感天然痴女には、野獣のお仕置きが必要みたいだ 」

「はあ? 吉岡、一体何を言って…… 」

「それに今日はクリスマスイブだし、俺もそのつもりで仕事を頑張って巻いてきた。
いつも朱美は疲れてるし、眠そうだし、悪いかなと思って踏み込めないけど、やっぱり独占したいし、たまには苛めたくもなるんだよ 」

 吉岡は朱美の手を引っ張ると、リビングにあるソファーへと誘導する。
 もうこうなったら、朱美に抵抗できるカードはない。吉岡はサイドテーブルに転がっていたリモコンを手に取ると部屋の電気を暗くする。そしてそのまま朱美をギュッと抱きしめた。

「ちょっ、急に、えっ? ちょっ、苦しっ…… 」

「俺は普段、かなり自制してる方だとは思うんだけど……  
今日はだいぶ辱しめを受けて、その怒りが収まりそうにないんだ 」

「吉岡? 」

「今日は朱美が悪い。責任取れよ。野獣は機嫌がすこぶる悪い 」

「えっ? ちょっ、まだ原稿が…… 」

「なに、都合のいいときだけ優等生振ってんだよ。野上たちの中で、俺はすっかりドSな野獣編集者で、朱美はされるがままのウブなお姫様になっちゃったんだからな。こうなったら、有言実行にするしかないだろ? 」

「もう、冗談はよして。原稿落として困るのは吉岡でしょっっ…… んっ…… 」

 多分、もう朱美に拒否権はない。
 というか、最初からない。
 そして気のせいか否かは、もう正常な判断がつかないのだけれど、明らかにその一連の流れには前回よりも勢いがあるように感じられた。

「朱美が嫌なら、止めるけど 」

「えっ…… あの、それは、その…… 」

 朱美は一瞬口ごもる。
 嫌なわけがあるはずない。
 ましてやとんでもない夢を見て、恐怖と不安で押し潰されそうだったのだ。正直夢とわかった今だって、大丈夫の確信が欲しくて仕方がない。

「別に、嫌じゃない…… 」

「嫌じゃない? 」

 吉岡は珍しく意地悪な言い方をすると、その力を一瞬弛める。
 違う、そうじゃない。
 でも恥ずかし過ぎるし、その言葉を口にするのは無理すぎる。本能が阻むのだ。

「えっと、その…… 」

 朱美は「ああ、もう恥ずかしすぎるっッ! 」と声を上げると、両腕を吉岡の背中に回す。そして「あー、もう無理 」とか「何のプレイなのっ!? 」とか一通りの枕言葉を口にした。

 でも頭ではわかっているのだ。
 声にしなければ、いつまでも気持ちは伝わらない。
 朱美は自分の鼓動の速さを自覚すると、何とか吉岡の耳元に口を近づける。そして絞り出したような囁きで、

「……私も夏樹としたい 」

と呟いた。



「えっ? 」

 さすがにこの名前入りの想定外な攻撃は、吉岡も焦ったようだった。自分でけしかけておきながら、吉岡は直ぐ様その頬を紅潮させている。

「ちょっ、朱美!? 今こんな状況で急に名前呼ぶのはズルいだろっっッ 」

「別に…… いつ呼んだって、私の勝手でしょ? 」

「そういうことじゃないだろ。こっちにも心の準備ってもんが…… もういい、つーかもう知らない 」

「なにそれ? ちょっ、待っ、っていうか、ここで!? 」

「こっちはもう、移動すんのも惜しいんだよ。余裕は全然無いからな 」

 吉岡はそう言うと、ソファーの上に朱美をゆっくりと押し倒す。そして今一度、朱美に覆い被さるような姿勢になると、額の辺りに優しいキスを施した。

「それに俺は攻めまくり気質なんだろ? 」

「えっ? 攻めまくり? って、ハアアアっっッー!? 」

「飛び道具使うだの手段選ばないだの、有ること無いこと言いやがって 」

「ちょっ! それは違う! 完全に誤解だからっ。ちゃんと説明させて…… って、んんっっっッ 」

「それに、この前は一個しか出来なかったから、色々試してみたいし 」

「へっ? ちょっ、んっ…… ハァハァ…… 待って、息できない…… 」

「俺のスイッチを抉じ開けた責任は取ってもらうからな 」

「えっ? ちょっ…… 待っ、んっっ  」

 吉岡はトドメにメガトン級の捨て台詞を吐くと、さらに朱美の唇を塞ぎにかかる。そしてその行動を皮切りに、とてもとても長い時間朱美のその拘束を解くことはなかったのだった。




    
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