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  第24章 【魏の帝都・洛陽】に【遣魏使】を遣わし、【魏帝】から【銅鏡】を賜る!

 〔329〕【倭国・遣魏使】の【正・副使】3人は【馬車】に乗せられ、【帝都見物】に出発した!

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  翌日、【倭国・遣魏使】の【正・副使】3人は【馬車】に乗せられ、【帝都見物】に出発した。

案内役の【侍従】によると、周辺各国からの【遣魏使】の中で、これほどの好待遇は過去に例がなく、極めて異例中の異例だという。


洛陽中の主な名所・旧跡を全て、観て廻るのに、十数日はかかり、明日以降も、【侍従】は付き合ってくれるという。

夕方になって、【難升米】は【侍従】に尋ねた。

「【侍従殿】!【魏】の【太祖・曹操殿】や【高祖・文帝陛下】の墓を是非、見たいのですが・・・?」


「【太祖陛下】や【高祖陛下】の墓は【洛陽】郊外北方にありますが、【盗掘防止】のため、公開されていませぬ。」
「特に【太祖陛下】は御逝去される際の【遺言】で、『葬儀も墓も、質素に!』とあり、地中深く、埋葬され、現在の【朝廷高官】でさえ、知らされていないのです。」


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 【魏の太祖・曹操】の墓は2009年12月27日に【河南省文物局】により、発見が公表され、【曹操高陵】として、認定された。

2007年.中国河南省安陽市安陽県安豊郷西高穴村に、盗掘者が出没している、との情報が入り、盗掘者から、画像石を押収し、鑑定した結果、【後漢末様式】の遺物だ、と判明した。

そして、同年、【西高穴2号墓】と名付けられ、本格的発掘調査が行われ、2年後、【曹操高陵】である、と認定され、大々的に公表されたのである。
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