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第2章 新たな始まり
18. 幸せな回想 (レイ)
しおりを挟む「今日は色々と案内して下さり、ありがとうございました」
魔導士たちが住む宿舎の前で、ユーリが俺に向かって丁寧にお辞儀をする。
サラサラした襟足まである髪が揺れるその姿を俺は愛おしい気持ちで見つめていた。
「遅くなってしまったな、すまない。ユーリをあそこへ連れて行きたくて、強引な予定になってしまった」
「いいえ!とても楽しい一日でした。今日見た光景は一生忘れません!」
「フフッ、また一緒に見に行こう」
「はいっ!」
ユーリは本当に嬉しそうな顔で頷いてくれた。
先程、怒られたばかりなのにまた抱きしめたくなる。
もちろん、これ以上ユーリが怒るようなことをして関係を悪くさせたくないのでやらないが。
「これからなんだが、やはり図書館で一緒に過ごすのはユーリが変に緊張しそうだから、ひとまず待ち合わせ場所を図書館ということにしておかないか?お互い仕事があるから、何時にというのも約束できないし、とりあえずお互いが来るまでは閉館までそこで読書をして過ごす。閉館までに会えなければその日は帰る。そんな感じでどうだろうか?」
俺は今後のことを改めてユーリに提案してみた。
「それは・・・、その、俺にとって条件が良すぎます。それじゃぁ俺は今まで通りで、レイ様に負担がかかってしまいます」
「いや、負担にはならないさ。俺も本を読むのは好きだからな。それに恐らく仕事上ほとんどは俺が後から行くことになると思うから、ユーリが気をつかう必要はないよ」
「う~ん・・・」
「フフッ、ユーリは優しいな」
「え?いやっ、別に優しくは・・・」
「俺がそうしたい。ダメか?」
優しいユーリ。真っ直ぐな魂は変わらない。俺のことを思って悩んでくれているユーリに対し、少し強引に背中を押してみた。
すると少し顔を赤らめながら応えてくれた。
「う~ん、ではレイ様のお言葉に甘えることにします」
「あぁ、そうしてくれ。それに、お互いを知る為にまめに会おうと言ったのは俺だ。ユーリはそれに充分応えてくれようとしている。それだけで俺は嬉しいよ」
俺は本心で思ったことを口にしてユーリに笑いかける。すると、ユーリがさらに顔を赤くして俯いた。
(ん?今のフレーズで、俺はユーリが何か恥ずかしがるようなことを言っただろうか?)
俺は不思議に思いながら、ユーリの反応を待ってみる。
すると、ボソッと小さな声が返ってきた。
「・・・レイ様の笑顔は反則です」
「ん?」
「俺みたいに免疫がないヤツには、レイ様のようなカッコイイ人の笑顔は刺激が強すぎます!もぅ、レイ様がそんなにフレンドリーな方だなんて予想外です!」
「・・・俺は、そんなに笑っているか?」
「えぇ、今日一日だけですでに数え切れませんよ」
俺はユーリの言葉に唖然とした。完全な無意識だった。
確かに言われてみれば、ユーリによく笑いかけていたが・・・。
俺は普段から人にも物にも興味や執着心というものをもつことがあまりなく、無関心ということが多いので、周りからも感情がわかりにくいとよく言われていた。
そこへ持って“フレンドリー”ときたものだ。
(リオネルが聞いたら、笑い転げるかもしれないな・・・)
俺は容易に想像できる友の姿を思い浮かべた。
「そうか、それはおそらくユーリがそばにいるからだろうな」
「っ、またそういう冗談を・・・」
「いや、本当だ。ユーリといると俺の心と顔はどうやら緩くなってしまうようだ」
「む~・・・」
ユーリは唸りながら顔を背ける。
今日知ったことだが、ユーリは照れることで気が高ぶると小さく唸りながらそっぽを向く癖があるようだ。
可愛い・・・。
・・・いけない、これ以上遅くなってはユーリがゆっくり休めなくなってしまう。
俺は後ろ髪を引かれる思いをしながらも、ユーリとここで別れることにした。
「それじゃぁユーリ、ゆっくりおやすみ」
俺は手をあげて別れの挨拶をして自分の宿舎の方へと歩き出す。
「あっ!レイ様、ありがとうございました!おやすみなさい!」
照れていたユーリが慌てて俺に向き直り、声をあげて挨拶を返してくれる。
気配でユーリが俺の姿が見えなくなるまで見送ってくれているのを感じた。
本当に愛おしい・・・。
俺は薄明かりの中、宿舎への道を歩きながら今日一日を振り返る。
今日は仕事がいつもより早く片付き、逸る気持ちでユーリの待つ図書館へ行った。
案の定、昨日と同じ位置で本を読んでいたユーリ。
気配を消してずっと真剣な姿を見ていたかったが、途中で気付いたユーリが緊張しているようだったので、予定を変更してそろそろ夜の装いに姿を変えつつある街中へと二人で繰り出したのだ。
まずは夕食をと思い、この西の街で行きつけの飲食店にユーリを案内した。
最近は来れていなかったが、落ち着いた雰囲気でユーリも気に入りそうな店だと思う。
さらにここだけの秘密だが、実はこの店のマスターはあちこちに顔のきく情報屋でもある。俺も何度かマスターに世話になっているのだ。
そんな縁で、俺はマスターとも顔なじみだ。
滅多に人を伴わない俺がユーリと共にいたことで、さすがのマスターも驚いたようだったが、俺としては今後ユーリのことで助けがいるような事態に(ないとは思いたいが)なった時、少しでもユーリのことを知っておいてもらおうと思ったのもここに来た目的の一つだ。今までの付き合いでマスターのことは信頼できる人物だとわかっている。
ユーリは、どうやらこの店の雰囲気を気に入ってくれたようだ。
俺がこの西の街の店を知っていることに少なからず興味を持ったユーリに、俺は自分が昔から探しものをしていたことを話した。
もちろんそれはユーリのことなのだが、今はまだ本人に言うべき時ではないと思っている。
ただ、こうして巡り会えるまでの時間を思うと心にグッとくるものがあり、ついつい目の前のユーリを見つめ、触りたくなってしまった。
愛おしい・・・。
この世界でこうして出会う前からずっとユーリに焦がれていたが、再び出会えてからは、いつかユーリに対するこの狂おしいまでの気持ちが暴走してしまうんじゃないかと時々自分が怖くなることもある。
だが駄目だ。今のユーリには、以前の記憶はないのだから、再び一から俺を認めて好きになってもらって、そうして二人で愛を育み愛し合いたい。
俺は理性でもって、自分の気持ちを押し殺し、再びその手を離さないことを目の前のユーリに誓う。
少し触れてしまったことにユーリは驚いていたが、探しものが見つかったことには自分のことのように喜んでくれた。
この世界のユーリは、以前のユーリより少し自分を表に出したり周囲の者との協調性があるようだ。
まぁ以前のユーリは、生まれ育った環境が環境だっただけに少し周りを信じきれず、誰にも愛されないと殻にこもっていた部分があったからこの世界ではそれが改善されているようで、少なからず安心した。
だが、優しく、真っ直ぐな心は変わらない。
一度失くしてしまった魂とこの世界でもう一度巡り会えた奇跡に俺は感謝する。
「ありがとう(もう一度俺のそばに来てくれて)」
俺はそんな気持ちを胸に、ユーリとの会話を楽しみながら食事を続けた。
食後はどうしてもユーリに見せたいものがあり、西の街の外れにある小高い丘にやって来た。
ユーリも俺に任せてくれるようで、一つ返事でついて来てくれた。
周りはもう月明かりだけになっているが、俺は迷わず目的地へと真っ直ぐ前を向き歩いていく。
ユーリとは、はぐれないようにというのは建前で、少しでもユーリを近くに感じていたくて手を繋いで登っていく。
細い木々を抜けると、ようやく開けた場所に出てきた。
俺はユーリにあと少しだと声をかけると、ユーリがもうはぐれる心配はなさそうだから手を離してくれと言ってきた。
ユーリは、あくまではぐれないようにと言う俺の言葉を信じているようだが、俺としては目的地までずっと手を繋いでいたい・・・。
「離したくない」
つい心の声が出てしまい、ユーリが不思議そうにする。
俺は残念に思いながらも、ユーリからすると今はまだ友人という立ち位置にいる俺たちなので、ユーリが嫌がらないように仕方なく手を離してついて来るように声をかけた。
少しだけ歩いたところで、目的の頂上に辿り着く。そこからの景色は抜群だが、俺の最終的な目的はそれではない。
頂上のちょうど端の方に、それはある。
平たく大きな岩で、大人二人ぐらいなら余裕で寝転べるサイズのものだ。
「ユーリ、こっち」
俺は好奇心旺盛に辺りをキョロキョロしているユーリを呼び寄せる。
ユーリは、岩を見て驚いたように声をあげる。
俺は、そこに座るように声をかけユーリが座る隣に自分も腰をかけ、そのまま仰向けに寝転んだ。
「?レイ様?」
隣でユーリが不思議そうに尋ねてくる。
俺は寝ながらユーリにも同じようにするよう伝えた。
すると・・・。
俺の期待を裏切らずユーリが感嘆の声で今見ている光景を絶賛していた。
そう、これが見せたかったんだ。
夜空を覆う、一面の煌めき。
今にもこぼれ落ちてきそうな、手を伸ばせば届くんじゃないかと思うくらいの距離に星々が輝いている。
ユーリはわかるだろうか?
どうやら、この場所のこの岩自体が自然にできたマジックスポットになっているようで、普通に丘の上で寝転んで空を見上げても普通の星空にしか見えないのだが、この岩の上で見るとそこには幻想的な光景が広がっているのだ。
ユーリは一通り感情を露わにした後、今度は静かにその光景に見入っているようだった。
俺も同じように静かに幻想的な光景を味わう。
ここを最初に見つけたのは、本当に偶然だった。いや、もしかしたらその偶然も何かの導きがあったのかもしれない。
何故なら俺はこの光景を前世でも見ているからだ。
ユーリと二人で見た光景。あの時も俺が案内して、ユーリがすごく感動してくれていたのを覚えている。
もうあの頃には戻れないけれど、今度はこの世界でまた新たにユーリと共に生きていけるのだ。
今こうして二人並んでまた空を見上げている。俺は密かにこの幸せを噛み締めた。
しばらく静かにそうしていただろうか?
そろそろ帰らないと遅くなってしまうと思い、俺は起き上がってユーリに声をかけて手を差し伸べる。
ユーリは、俺の手を取るために少し起き上がり手を伸ばす。
その瞬間、今のユーリの姿に前世の姿が被って見えた。
先程、少し思い出してしまったからだろうか。俺はたまらなくなって、ユーリの手を掴むなり我慢できずにギュッとユーリを腕の中に閉じ込めた。
ユーリは驚いて、反射的に離れようとする。
(嫌だ!離れないでくれ!)
「すまない。少しだけ・・・」
俺はどうしても離したくなくて、懇願する。
・・・間違えるな。
今ここにいるのは、現在の俺たちだ。
大丈夫。ユーリは俺のそばにいる。
俺は気持ちを落ち着かせて、すぐにユーリを解放した。
嫌な思いをさせてしまったかもしれないとすぐさま謝ると、顔を赤らめて驚いただけだと言ってくれる。
可愛いユーリ。ついついユーリが可愛すぎて、調子に乗ってからかってしまったら、そっぽを向いて帰り道へと一人歩き出してしまった。
俺はそんなユーリから目を離さず、そっと近づいてその手をもう一度掴む。
再度謝罪しながら、手を掴んでいることに甘い抗議をするユーリを言いくるめて二人で来た道を下って行ったのだった。
そうしてやはり遅くなってしまったが、ユーリを無事送り届けての今である。
まだ、ユーリと再会して一日目だというのになんだかデートのような一日になってしまった。もちろん俺は嬉しいのだが、ユーリはいきなりで嫌な思いをしなかっただろうか?
優しいあの子のことだから、帰り際に見せてくれた笑顔のまま楽しいと思ってくれていると思いたいが・・・。
あの場所へも別に今日じゃなくても良かったはずだ。
これからもっとお互いの距離が近くなってからでも良かったのだが、ユーリを目の前にするとどうしても早くあの場所に連れて行きたいと思ってしまった。
ユーリの笑顔や色んな顔をもっと見たいと思ったのだ。
全く今までの俺は何なんだといいたくなるくらい、俺は今幸せで締まりのない姿を晒していることだろう。
(これは本当にリオネルが笑い転げるかもしれないな・・・)
まだこの世界では始まったばかりだが、どうかユーリとのこの幸せな時間がずっとずっと続いていきますように。
ただただそう願いながら、俺は自分の宿舎へと帰って行った。
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