ただ、あなたのそばで

紅葉花梨

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第3章 近づく距離

28. 甘き香りの酩酊 (ユーリ)

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「あまり人を招くような部屋じゃないんで、ごちゃごちゃしてますが・・・」

俺はドアを開けてレイ様を中へと誘う。レイ様は柔らかく笑みを浮かべながら一歩部屋へと足を踏み入れた。

「ありがとう。失礼するよ」

レイ様はそう一言俺に声をかけて、奥の部屋へと案内する俺の後ろを静かについてくる。
案内したのは、二人でも余裕で座れるような大きなソファと簡易的なテーブルが一つある至ってシンプルな部屋。特徴があると言えば、この部屋にある棚だろうか。

レイ様がその棚を見て、少し驚いたような顔をした。

「これはすごいな。ここにあるもの全てユーリが集めたのか?」

「はい。整理整頓が苦手なんで、ごちゃごちゃしててあまり人に見せられるものじゃないんですけど」

レイ様がまじまじと見るものだから、ちょっぴり恥ずかしくなってきた。この宿舎の自分の部屋にこんな棚を置くのはきっと俺くらいだよな。と普段からそう自分で思ってるから、他人にまじまじ見られるとなんだかいたたまれない。

「いや、ごちゃごちゃしてるというよりは見ていて壮観だ。ユーリは本当に好きなんだな、本が」

レイ様が棚から視線を外し、俺の方を振り返った。
そう、目の前にあるのは壁一面にびっしり取り付けた棚に所狭しと並べられている本たちだ。中身は、風景画や小説から多くは魔法に関する本がほとんどで、俺の場合図書館だけでは飽き足らず、気に入ったものがあれば書店などで注文をして取り寄せてもらう事が多く、気が付けばこのような有様になっていたというわけだ。

「フフッ、そうですね。小さい頃から、本を読むのが好きで今は専ら魔法書を読んでます。本を読んでると気持ちが落ち着くっていうか、色んな事が吸収できて自分の知らない世界が広がるのが楽しいっていうか。
俺、皆んなと違って魔力も少ないし、使える魔法も限られてるし、でもこうやって知識を増やして自分の世界が広がれば、それが自分にとってプラスの力になる感じがするんです」

俺が本についてレイ様に力説するように言っていると、レイ様がまた少し驚いた顔をした。その顔はさっき部屋に入って来た時に見た表情とは違い、先程食事をしていた時に見せた、驚きつつ何かを探るような、俺の心の奥までを見透かすような、そんな雰囲気をもったものだった。
俺はそんなレイ様を見て少し不思議に思ったが、すぐにレイ様を立たせっぱなしだった事を思い出す。

「って、すみませんレイ様!立ちっぱなしでまた俺自分のことを長々と。そこに座ってもらえますか?俺、ラスティを持ってきますね」

俺は慌ててレイ様をソファに座るように促した。レイ様もハッとした様子で、棚の側から離れてソファへと近づく。

「あぁ、ありがとう。いや、ユーリの話は聞いていて何でも楽しい。ユーリはどんな時でも大事なものの話をする時はキラキラしているなと見惚れてたんだ」

レイ様はソファに腰をかけながら、そう言ってまたいつもの笑顔を俺に向ける。

「そ、そうですかっ。ちょっ、ちょっと待ってて下さいね!すぐに持ってきますから!」

いつものレイ様節に、赤くなった顔を隠すように俺は急いで隣の部屋へラスティの入った箱を取りに行く。

「慌てなくていいよ」

後ろで、レイ様のクスクスと笑う声が微かに聞こえて、ますます顔が赤くなりそうだ。

(もぅ!あのレイ様節なんとかならないかなぁ?)

言っても仕方がないことを内心思いながら、俺は隣の部屋に置いてあったラスティの入った箱を持ってレイ様のところへ戻る。
運んでいる最中、蓋をした箱から微かに香るラスティの甘い匂いに一瞬頭がボ~ッとする感じがした。

(・・・・・・っ!やばっ、まだ酔いが覚めてないかも。レイ様とラスティを食べて、お見送りをしたら、今日は早めに休んだ方が良さそうだな・・・)

頭を振って酔いを振り払い、レイ様の前のテーブルの上に箱を持っていく。

「お待たせしました。ほら、たくさんあるんですよ!」

俺はそう言って箱の蓋を開ける。その瞬間、閉じ込められていたラスティの甘い匂いが部屋中に一気に広がった。
近くで匂いを吸い込んだせいか、また俺は頭がボ~ッとする感覚に陥る。

「へぇ、すごいな。この甘い香り、鮮度もまだまだ良さそうだな」

レイ様の声で、俺はハッと我に返る。
本格的にマズイかもしれない。レイ様といる間は何とか持ち堪えてくれよ、と自分で自分に喝を入れる。

「はい!そうなんです。友人がいい状態でくれたので、すっごく美味しいですよ。見ての通り一人じゃ食べ切れないんで、レイ様良かったら半分持って帰って食べて下さい」

レイ様が箱の中を覗いている間に、俺は近くに置いていた袋を取り出しレイ様に差し出した。

「ハハッ、ありがとう。でも半分は貰いすぎかな」

「そんなことないです!もともとレイ様と半分こしようと思ってましたし、それに早く食べた方が新鮮で美味しいし、ラスティも嬉しいです!」

「・・・・・・ん?」

「・・・・・・え?」

「・・・・・・。フッ、ハハハッ!そうか、ラスティも嬉しいときたか」

「ーーーっ!?・・・そ、そうです!!だから遠慮せずに持って帰って下さいね」

俺が思わず口にした言葉に、レイ様は思いのほかツボに入ったようで、楽しそうに笑っている。俺はまたまたレイ様に恥ずかしいところを見せてしまって、ここまでくればもう開き直ろう!とそのまま押し進めることにした。

「ハハハッ。わかった。じゃぁ、遠慮なく頂いていこうかな?でもとりあえず、さっき言っていたようにここで一緒に先に食べようか」

「は、はい。そうですね、頂きましょう」

俺は、レイ様の隣に少しだけ距離をあけて席につく。そして目の前の箱からレイ様の分と俺の分のラスティを取り出してテーブルの上に並べた。

「どうぞ、レイ様」

そう言って俺は並べたうちの一つをレイ様に手渡す。

「ありがとう」

受け取ったラスティをレイ様は器用に皮を剥いていく。俺はそれを横目で見ながら自分のラスティをゆっくりと剥いていった。皮を剥くごとに、さらに部屋にラスティの甘い香りが充満する感じがして、それと同時に俺の頭の中がさらにふわふわしてくる。
お酒の酔いとは別に、この甘い匂いに溺れて酔い潰れてしまいそうだ。
ラスティを一口食べれば、それは顕著に現れた。

「うん、甘くて美味い。ユーリも・・・・・・ユーリ?」



ーーーレイ様が何かを言っている。

ーーー以前にもこうしてラスティを一緒に食べたっけ?

ーーーいや、レイ様とは今日が初めてのはず・・・。

ーーーなのに、この甘い匂いが俺の中の何かを擽ぐる。


(ダメだ・・・。こんな時に酔い潰れるなんて・・・。まだレイ様が・・・そこにいる・・・のに、迷惑・・・)


「ユーリ?どうした?大丈夫か?」

声が遠くで聞こえる。俺は、声のする方へ顔を向けた。その声は、とてもとても大切な、俺の・・・。

ーーー僕の、命よりも愛しい人の声

そうしてぼんやりした頭に浮かんだのは、ただただ愛しい人の名前だけ。


「レイ」



部屋の中は、変わらず甘い匂いが漂っていた。

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