お前のものになりたいから

SODA HANA

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12.ズキッ-1

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水の音だ  ここはシャワールーム
『冷てぇよ!』
ああ  リッキーの声  怒ってるけど、怒っちゃいない
『あいしてる』
『あいしてるよ、フェル』
優しい声  その言葉が苦しそうな声に変わる

 悲鳴
 悲鳴
 悲鳴  悲鳴 悲鳴 悲鳴
 ころしてくれころしてくれころしてくれ…………

リッキーが呼んでる 僕を呼んでる 助けなきゃ リッキーが泣いている さけんでる

待ってろ 助ける  絶対助ける でもなんで足が前に進まない?

 悲鳴 ころしてくれ

行かなきゃ 足動けよ 間に合わないよ なんでこんなに痛いんだよ 間に合わないよ!




「寝てねぇんだ」

なんとなく聞こえるリッキーの声

「だって睡眠薬は!?」
「叫ぶんだ、リッキー、ころしてくれ リッキー助けてやる! って」
「リッキー……」
「滅茶苦茶なこと叫ぶんだ。どうしたら…」
「今はあんたがそばにいてやって。それしか出来ることなんか無いわよ……」
ぼんやりとリッキーとシェリーの声がする……。


 セラピー、カウンセリング。よく分からない。苦しいのはリッキーなのになぜ僕の話ばかりを聞きたがる? 僕は何度も説明した。

「僕よりリッキーを助けてほしいんです。辛い目にばっかり遭うんだ」
握り合う手に力が入る。下を向くリッキー。大丈夫だ、僕がそばにいるから。
「君の話を聞きたいんだよ、フェル。どんな夢を見る?」
「苦しそうな声が聞こえるのにリッキーのそばに行けないんだ。僕はいつも間に合わない……ごめん ごめん、リッキー……」

なんて辛そうな顔。ごめんな、リッキー。助けられなくて。僕は間に合わないんだ。いつも。

「君はどうなのかな? 何か辛いことは無い?」
「リッキーを助けられないことが辛いんです」
「助けたい?」

当たり前じゃないか!

「助けるためなら何でもする。本当だ、何でもする」

リッキーは何も言ってくれない……

「信じられない? リッキー、僕を信じることが出来ない?」
「信じてるよ。誰よりも信じてる、フェルのこと。いつもフェルは俺を助けてくれてるよ」

 リッキーがカウンセラーの顔を見た。彼がリッキーに頷く。

「フェル。俺は今、なんともねぇよ。すごく元気だし、フェルの心配するようなことは何も無ぇんだ。フェルが救えないのは夢の中の俺だろ?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか!」
「なんで怒ってんだよ。夢の中なんだろ? なんで間に合わないって言うんだよ」
「僕が間に合わないせいで、お前は苦しむんだ」

 リッキーの顔が俯いた。膝にぽたりと雫が垂れた。悲しい目が僕を見上げる。
「俺、認めんの怖かった。けど俺が先に認めなきゃお前を助けられないんだよな……フェル、間に合わなくてごめん。助けられなくてごめん」
「何言ってるんだ? なんでリッキーが謝るんだよ!」

訳が分からない……間に合わないのは、僕だ。カウンセラーが横から口を出す。

「フェル。シャワールームの中のリッキーの顔は見えた?」
頷いた。あんな苦しそうな顔、忘れられない……
「よく思い出して。それは、一体誰の顔かな? 君は誰に怒っている? 誰に助けてほしかった?」

一瞬、頭の中が空っぽになった。

「フェル。間に合わなかったのは、誰だい?」



「あんなやつにお前のこと、分かりゃしないよ。もっとちゃんとしたカウンセラーを探そう。リッキーの気持ちが楽になるならいくらでもカウンセリング付き合ってやるよ」

 最近あまり眠れてないようでリッキーが心配でたまらなかった。でも寝る時は僕がしっかり胸に抱いて寝るのに、目が覚めると僕が胸に抱かれてるのは何故なんだろう。

 リッキーは僕の前でシャツを脱がなくなった。何かの拍子にチラリと見えた体に息を呑んだ。肩にも背中にも痣や爪痕が痛々しく付いている……。僕の知らないところで酷い目に遭ってるんだろうか。なんで何も言ってくれないんだろう。問いただしても『気にしなくていい』と何でもないことのように言う。

 他にもおかしなことがいろいろあった。やたら、母さんが電話をかけてくる。聞くのは僕の体の事ばかり。まあ、あんなことがあったから仕方無いんだろうけど。

 シェリーが優しい。すごい違和感。だいたいシェリーに優しさなんて似合わないのに。持ち前のあの刺々しさが消えて、やたら僕を過保護に扱う。

 病院に行くとナースもドクターもみんな優しくて笑いかけてくる、声をかけてくる、待たせないで診てくれる。他にたくさんの患者が待ってるのに。

 退院してから何もかもがおかしくなっていた。そして、何度もいろんな医者が聞く。カウンセラーが聞く。シェリーも聞く。リッキーさえもが聞く。

「最後に覚えているのはなに?」

​​

 僕はあの日、バットで殴りかかられたリッキーを助けようとしたのに、なぜか足がもつれて飛び出すのが一足遅れた。頭から血を流したリッキーを抱えて「救急車を呼べ!」 と叫んだ。
 搬送された病院で何故か僕の方が倒れてしまって、気がつくとベッドに寝かされていた。

「腸捻転の手術をしたからしばらく酷く痛むだろう。鎮痛剤を点滴に入れているから、頭がぼんやりするかもしれない」

と医者が言う。おまけに倒れた時に頭を打ったそうだ。知らない内にいろんなことが起きたらしい。

 多分その間にリッキーは回復したんだろう。僕が医者から説明を受けた直後にリッキーが来て、廊下で医者と話していた。途中からリッキーの怒鳴り声が聞こえた。何を言ってるのか聞こうと思っているうちに僕は眠ってしまった。

 術後は思わしくなかった。痛みが引かずに退院は遅れた。身動き一つ出来ず、息をするのも辛かった。リッキーが何度も抱きしめてくれた。
 医者には 「何ヶ所も縫ったから」 と説明されたけど、腸捻転ってそういうものなのかと思ったっけ。いつまでも傷はじくじくと痛み、熱は下がらなかった。脂汗が滲む僕の顔をいつも冷たいタオルでリッキーが拭いてくれた。

 病院には母さんまで来て、リッキーと母さんとシェリーが3人がかりで世話を焼いてくれた。仰々しい話だよな。口を開くと『動くな』と言うリッキー。どっちにしろ酷い痛みに僕は動けなかったけど。

『もう一度手術が必要かもしれない』

 医者がリッキーにそう話しているのを聞いて嫌がったのを覚えている。我が儘ばかり言ってたような…… リッキーの困る顔を何度も見たような…… 点滴のせいなのか、病院でのことはあまり覚えていない。ただ、いつもそばにはリッキーがいてくれた。

 歩けるようになるまでずいぶん時間がかかって、結局大学に戻ったのは2ヶ月近くも経ってからだ。母さんは何度も「家に帰っておいで」と泣きながら言ったけど、何だかそれも遠い記憶。リッキーはいつまでも母さんの肩を抱いていた気がする……

 その間にリッキーには、カウンセリングが必要になってしまっていた。きっと僕のせいで疲れ果ててしまったんだ。僕がまだ本調子じゃないせいか、リッキーは何も話してくれない…… 助けてやりたい、何をそんなに苦しんでいるんだ? 僕が入院してる間に何があったんだ?




 他にカウンセラーを探そうと言う僕にリッキーが痩けた顔で答えた。
「フェル。話がある」

 昼前の公園はまだそこまで暑くはなかったけど、リッキーは木陰のベンチを選んで僕を座らせた。この頃はいつもそうだ、座るのに手を貸すのがリッキーの癖になってしまってるらしい。確かに手術痕がまだ痛む。薬なんか縁の無かった僕が、いつも持つようになった鎮痛剤。

「何か飲み物欲しくねぇか? 買ってきてやるぞ」
「僕は要らないよ。でもリッキーが欲しいなら」
「ああ、欲しいんだ。何がいい?」
「水でいいよ」
 どうせコーヒーは飲めない。医者に止められている。食事制限までされた。消化のいいものを。それでも排泄には……いつまで悩まされるんだろう。

 リッキーが水を2本持ってきた。しばらく無言が続く。

「どうした? 何でも聞くよ。退院してからあまり喋ってない気がする。ひょっとして……何か僕、悪いことした?」

ボトルがリッキーの手から落ちた。拾おうと僕が屈むところを抱きしめられた。

「何か辛いこと抱えてる?」

 体が震えている……肩が濡れる。泣いている、リッキーが。声も出さずに。僕はリッキーの背中をずっと撫でた。どうすれば楽になれる? 

「どんなことを聞いたって僕はそばにいるから。安心して喋ってくれよ」
「ごめん、俺が泣いちゃいけねぇのに」
「辛いなら泣けばいい。僕が必ず支えるから」
「フェル、これから話すこと、お前は受け止めらんねぇかもしれない」
「入院してる間に何かあったんだな?」
「俺、お前が強いやつだって信じてるんだ。だからどうか最後まで聞いてくれ」

震えるような声が辛い……

「俺はお前に『嘘をつかない』『隠し事をしない』そう初めの頃に言ったよな。覚えてるか?」
「覚えてるよ」
「正直お前に……話していいのかどうかは分からない。お前のためにならねぇのかもしんない。それでも俺は言う。殴るなら殴れ、それで済むなら」

話の方向性が見えない……なんで僕がリッキーを責めるんだ?

「お前、記憶を塗り替えられちまったんだ。お前が悪いわけじゃねぇ。いろんな状況や思惑や自己防衛が重なって、お前はその罠に嵌っちまったんだ」

 リッキーはほんの少し言い淀んで喋り始めた、有り得ない話を。


――バットのケガの話。あそこから違ってんだよ、フェル。俺は怪我をしてない。かすり傷さえ負わなかった。それはフェルのお蔭なんだ。

 俺を庇って振り下ろされたバットの前にお前は飛び出した。ひどく出血して気を失って倒れたんだ。部屋に連れ帰ったけどお前の具合は悪くてな。シェリーに言われて病院に連れてくことにした。

 俺はお前を車に乗せた。けど病院に着く前にお前はまた気を失った。全部頭部の打撲のせいだ。だからそのせいで記憶が途切れたり抜けたりしてもしょうがねぇんだ。


「リッキーはケガしてない?」
「してねぇよ」
「そうだったんだ……ならいいんだ。良かった。何で覚えてないんだろう?」

「お前はちゃんと間に合ってくれたんだ。助けてくれたんだよ、俺を」
「間に合った……」
「そうだ、間に合ったんだ。だから俺は元気だ」

覚えてない……そうか、頭を打ったせいなのか。

「お前さ、セバスチャンって覚えてるか?」
「セバスチャン?」

なんだかむかむかしてきた。急にどうしたんだ?

「……その名前、嫌いだ」
「じゃ覚えてるんだな?」
「覚えてない。知らないよ、誰?」
「じゃ、なんで嫌いなんだ?」
「……分から……リッキー…ごめん、きもちがわるい……」
「分かった、ちょっと休憩しような」

 リッキーは僕が落ち着くまで話を待ってくれた。どういうわけかその名前には、厭わしくて吐き気がしておぞましい汚物のような匂いを感じた。

「少しはいいか?」
「いいよ、話して。まだ先は長いんだろ?」
「……長いよ、フェル。うんと長いんだ」


――病院に着いて、脳震盪を起こしてるって言われた。間違えば命取りになっていたって。その時のお前の担当医がセバスチャンだ。


「バスタブで死にかけた時にも担当医だった。それなら覚えてるか?」
「顔、覚えてない。男のドクターだったっけ?」


――そうか……。そいつはお前に入院が必要だと言った。俺はお前のそばを離れたくなかった。俺を庇ってお前は大怪我をしたんだ。ずっとそばにいたかった。
 けど頭の状態が悪いのに俺がいるとお前の精神状態に影響するからって言われて俺はそばを離れた。一日に5分。それだけなら会ってもいいって。
 だから俺はお前の部屋の前にずっといたし夜は駐車場の車の中にいたんだ。


「ごめん、ずいぶん迷惑かけたんだな」
「迷惑なもんか! 俺は……お前のそばを離れちゃいけなかったんだ……」


――お前は担当のリズっていう親切なナースと仲良くなった。それで彼女に何かあった時の連絡先を俺にしてくれって頼んだんだよ。 だから彼女はお前に注意を払っていた。何かあれば俺に知らせるために。
 担当医のセバスチャンは


そこでリッキーの言葉が止まった。良かった。また吐き気が始まってたから。


――悪い、一気に喋る。こっからはお前にも俺にもしんどい話だ。具合悪くなったら言え。

 野郎は、セバスチャンはお前が目当てだったんだ。確かに脳震盪を起こしてたけど、ヤツのいうほど深刻な状態じゃなかった。ヤツはお前を自由にする時間が欲しかっただけだ。
 夜中にヤツはお前の部屋に行った。お前はクスリを打たれて体の自由を奪われた。それだけじゃない、媚薬も使われて自分じゃどうにもならない状態にされた。
 ヤツはお前になんの敬意も払わず、思いやりも持たず、ただ遊んだ。普通なら使うジェルでさえ使わなかった。何もお前の準備をすることもなくお前で楽しんだ。
 巡回に行ったリズが中の様子がおかしいのに気づいて急いで俺を呼びに来た。

 俺は

「俺は間に合わなかったんだよ、フェル。お前を助けられなかった」
 

 その言葉が終わらないうちに僕は吐いていた。 きぶんがわるいんだ よくきこえない きぶんがわるいんだ


 口を拭いてくれて、リッキーがそっと抱いてくれる。

「フェル。辛いの分かる。俺もそうだった。けどお前と違って俺はガキだった。だから順応力がまだあったんだ。それにこんな目に遭ったことない。今のお前が受け止められるわけ無ぇんだ。でも事実を認めて受け入れていかねぇと、いつかこいつに追い詰められるんだよ。どっかで記憶の歪みが出る。思い出した時に返ってくるのは倍以上にデカいリスクだけだ。俺が手伝う。一緒に戦う」

 背中のリッキーの手が優しい  なのに僕はただ具合が悪い


――たくさんの偶然と、そこにつけ込んで来た悪意と、そして変な気遣いのせいでお前に間違った記憶が刷り込まれちまった。
 俺はお前に起きたことに冷静に対処できなかった。お前はずっと薬のせいで正常な意識を保てなかった。そこに病院側は少しでも自分たちに有利なようにと、記憶が曖昧になってるお前に別の病名を用意した。

 そして俺は……お前に本当のことを伝えずに済むならと、それを黙認しちまった……。シェリーも母さんもそのことに触れることが出来なかった、お前を傷つけると思ってな。
 そしてお前の中に、真実からは程遠い『事実』ってヤツがどんどん重ねられてった。

 罪があるとすれば俺だ。お前から離れた。お前を一人にした。
 間に合わなかった。お前の前に並べられた嘘を黙って見ていた。

​「お前が俺に謝るところなんて一つも無ぇんだよ」


 風が吹いてたんだ
 気がつかなかった
 気がつかなかった
 気がつかなかった………


「フェル。泣いていいんだ。俺がいる。いてもいいってお前が赦してくれるなら」

僕は話の中身も碌に呑み込めないままリッキーに聞いた。

「僕のこの痛みはそいつが僕の中に入ったせい?」
「そうだ」
「そいつが入っただけでこんなに悪い状態が続いてるのか?」
「そいつは……入っただけじゃない、ヤツは……いろんな物をお前に無理やり突っ込んだ。だからお前の体は耐えられなかったんだ」

「僕は……僕はそれで感じてた?」
「フェル……」
「娼婦みたいに感じてた? それでイッた? 喜んでた? もっと欲しがった? 僕は」

「やめろ! お前はそんなことで喜んじゃいなかった。助けを求めてた。俺の名前を呼んでた。苦しいって、辛いってそう俺に言った。助けてくれって……殺してくれって……お前が欲しがったのは俺だけだ。フェル、本当に俺だけだ。俺だけにお前はしがみついてたんだ……」

​ 他のヤツに抱かれて。でもリッキーを求めた。自由を奪われていても。その話が本当だとして、だからって何が変わるんだろう。
 本当のことだっていうんなら、僕は誰かに抱かれて素知らぬ顔で母さんやシェリーと話してナースやらドクターやら周りが憐れむ中で……しゃあしゃあと入院してたんだ。

 吐くものがもう無い。腹の中は空っぽだった。それでも何かが突きあげてくる。

​ いや、違う。僕は腸捻転とかいう厄介な病気だった。手術さえしたんだ。ナースもドクターも優しかった。これ以上ないほどの手厚い看護を受けた。部屋だって個室にしてくれた。

「僕は……さっき聞いた話がまだよく分からない。本当だとも思えないんだ。だって本当の事ならなんでこんなに冷静なんだろう。おかしいと思わないか?」
「それは……なぁ、お前の母さんのとこに行かねぇか?」

リッキーはさっきの答えを知っている。

「なんでこんなに冷静なんだろう。おかしいと思わないか?」
その質問の答えだけを要求している僕に、リッキーは重い口を開いた。

「お前は何も認めたくねぇからさ。俺に突きつけられちまった本当の事実ってヤツに打ちのめされるのが怖いんだ。お前は逃げてんだ、行先も分からねぇのに」

『行き先も分からずに逃げている』
すごく分かりやすい。でも分からない。

「僕の中で欠けているピースなんて無い。全部ピッタリと埋まってる。今聞いた話が入る余地がないくらい。今持ってる記憶が本物だと思ってるよ、リッキー」

ある筈の無い記憶。僕には矛盾の無い記憶がちゃんとあるのに。

 そうか? 違う、それは正しくない。じゃ、なぜ僕は毎朝リッキーの胸にしがみついて寝てるんだろう。シェリーも母さんも、みんな同じ顔に見える。同じ表情で、それは

 それは、可哀想なものを見る様な顔で……?


「苦しいか? 少し横になろうか」
そっと抱えられ、そっと横たえられる。これが僕か? これが僕の現実か?

 ふいに起き上がった       ズキッ

 芝に座った           ズキッ

 溢れるはずの言葉が見つからない ズキッ


「痛い」
 リッキーの手が肩に触れようと伸びてきた。それを振り払って僕は立ち上がった。

​ ズキッ ズキッ ズキッ

 セバスチャンなんてドクターはいなかった。そんなヤツ、僕は知らない。
 リッキーのことを鼻で笑った。やけに粘着っぽかった。ナースを寄せ付けずやたら僕のそばに来た。
 そんなヤツ、僕は知らない……僕は覚えてない…知らない……

 なのにこの痛みはその記憶の歪みに指を突きつけてくる。

 さあ、見るんだ 思い出せ それがお前だ
 なんだかんだ言ってもお前は抱かれたんだ

​ 知ってたんだ。僕は知ってる、アイツの声も、顔も。アイツの……そこを……僕は知ってる、自分の体で。

 ぬめっていて生温かくてぎちぎちと入り込んできた、何回も僕の奥に吐き出した。

 蓋が外れていく、まるでペットボトルのキャップを捻るように簡単に。押し寄せてくるフラッシュバックに喉首を掴まれる。

 もうしっかり濡れてる
 ずいぶん感じてるね
 淫乱
 イッちゃったね

 医者はずっと僕の尻を治療していたんだ。痛むのはその奥だった。何かが入って僕をズタズタにした。何がズタズタにしたんだ? 何を受け入れたんだ? 僕は何をした? されたんじゃなくて。自分から何かしたのか?

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