お前のものになりたいから

SODA HANA

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20.Blue(語り:リッキー)

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< 結婚する >

――誰が? 
――俺が? 
………フェルと?

――俺って幸せになるタイプだったっけ?

     
 あいつらが言ってた言葉……
「フェルがゲイと結婚するって信じられるか?」
「まさか! 一時の気の迷いだろ? すぐに後悔するさ、バカなことしたって」
「でも婚約式まで……」
「リッキーに騙されてんのさ、あいつ男となればすぐに食らいつく。フェルもあいつの毒気に当てられてるんだ。
フェルならいい女が選り取り見取りだってのに、えらいヤツに食いつかれたもんだ。あれじゃ子どもだって持てないだろ?」

 いつもならそんなの気にしない。目の前で言うヤツはぶっ飛ばすし、フェルの声が俺の肩を叩いてくれる。
『気にするんじゃない、リッキー。言いたいヤツには言わせとけ』
     
けど…… 

もし
もし
もし、俺みたいな紛い物じゃなかったら子どもも出来て、ジーナ母さんも喜んで、グランパもグランマもひ孫を抱けるはずだったんだ……

もし が重なる、俺の中で。
俺がいなきゃフェルはバットで殴られなくって、襲われなくって、こんな陰口叩かれなくって……。

「どうした? 何かあるんなら言えよ。一人で抱え込むな」
 俺を抱きしめてベッドの中で俺の髪を梳いてくれる。俺はその優しい大きな手が大好きだ。俺が何か不安になるとすぐにフェルは聞いてくれるんだ、どうした? って。

俺、幸せなんだ、母さん。
初めてこんなに幸せに包まれてる。

なのに……
   
「母さん!!」
 俺はあの時叫んだ……母さんが俺の前で海に飛び込む寸前に。死んでほしくなかった、だから叫んだ。落ちる瞬間に振り向いた母さんの顔は……大きく目を見開いて口が震えて、俺に手を伸ばした。
 俺はその手を掴もうとしたんだ! 掴もうとしたんだ……
 間に合わなかった、俺が掴んだのはスカーフの端っこだけ……母さんは手を伸ばしたのに……

 俺が幸せになれるはずねぇんだ、母さんを死なせたんだから。間に合わなかったんだから。フェルの時も間に合わなかったんだから。
 もしかしたら俺は幸せになっちゃいけないんじゃねぇのかな……

   
「リッキー、どうしたの? 何かあるなら言いなさい、何でも聞いたげるから」
「俺……何でもない」
ため息をついたシェリーが俺の手を握った。
「いらっしゃい、私の部屋に」

 シェリーの部屋はびっくりするほど女の子っぽいんだ。淡いローズ色のカーテン。デスクには小さな花を散らした模様のテーブルクロスがかかっていて、壁には家族の…ジーナとジーナのお姉さんの写真が飾ってある。
 今はその隣に俺とフェルの写真が飾ってあるんだ、小っちゃいけど。

「ほら」
ホットミルクを渡された。なぜだか俺にはホットミルクを出すんだ、シェリーは。フェルにはコーヒーなのに。
「どうして俺にはいつもホットミルクなんだよ」
「それはね、ホットミルクには心を温めてくれる効果があるからよ。あんたには必要なことだ私は思ってるの。さ、このお姉さまに言ってごらんなさい。今、あんたの頭の中に住んでるごちゃごちゃを」

 シェリーは不思議だ。威張りくさってるし、いつも命令口調なのにそれがちっともイヤじゃない。俺をフェルとおんなじように扱ってくれる。 

「俺……幸せになっていいのかな。フェルの邪魔になってねぇのかな」
ぽつん とそう呟いた。
「トンチキ! 何、バカなこと言ってんの? フェルはあんたを幸せにすることが自分の幸せなんだっていつも言ってるでしょ?」
「でも!! 俺なんかと結婚するよりさ、ステキな女の子と可愛い子ども作ってさ、ジーナもそれ喜んでさ…」
「お黙り!! これはまた……どっかで何か吹き込まれたわね? あのね」

 シェリーがくるっとした目で俺を見つめた。似てるとこなんかない、そうフェルもシェリーも言うけど、俺に真剣な顔を見せる時の表情はそっくりだ。真っ直ぐに俺を見てくれる晴れ渡った空みたいな青い瞳。笑うとこなんかも雰囲気がよく似てるんだ。
 そしてシェリーの声。可愛くって、よく通るピンと張ったピアノ線みたいな声。それが俺にこうやって喋る時にはまるでフェルみたいにすごく優しい声になる。
   
「よく聞くのよ、リッキー。幸せになっちゃいけない人なんてこの世には一人もいないの。子どもですって? なに、卑下してんの? 私は卑下なんかしないわよ、子ども産まなくったって。あんたが自分を愛してるって事実だけが、一番フェルの欲しいものなのよ」

 シェリーの言うことは分かるんだ。けど……

「リッキー、マリッジブルーって知ってる?」
「マリッジブルー?」
「結婚前にね、『いいのかな?』っていろんなことをマイナス方向に考えちゃうこと。心の病気みたいなもん。それになる人って結構多いの。普通『こんな人と結婚しちゃっていいのかしら』って思うもんなんだけど、リッキーは逆なのね。『自分でいいのかな?』って。そんな時に何言っても無駄かもしれないけど、あんたがこの世で一番フェルを幸せにしてるっていうのだけは確かよ。他の誰にも出来ない。忘れなさんな」

  
 多分シェリーの言うことは正しいんだ。けど……

――今度は『けど』だ。

 間に合わなくなる前にフェルは俺と別れた方がいいんじゃねぇのかな……俺なんかじゃフェルに何かあった時、また助けらんないかもしれねぇんだ……
 

 
 逃げ出したくなるような気持ちのまんま、結婚式が近づいてきた。
――どうしよう……

    
「フェル……俺たち、別れた方がいいのかも」
「なんだって?」
「うまく行きっこねぇよ、俺と結婚しても。俺、フェルを不幸にしちまうんだ、きっと」
フェルが抱きしめてくれた。
「そんなこと言うな。どうしたんだ? 僕はこれ以上無いくらいに幸せだぞ。リッキーは違うのか?」
「……幸せだ。嘘じゃない、本当に幸せなんだ……」
「じゃ、つまんないこと考えるな。お前を愛してるんだ。僕はお前のものだし、お前は僕のものなんだ。知ってるだろ?」
 
 唇から首に、胸に、フェルの舌が下りていく……ああ 俺の感じるとこをいつもフェルは探すんだ……俺は驚いちまう、こんなとこでも感じるのか?って。これってフェルだからなのかな……
 胸の尖りをじっくり舐めてしゃぶられてるうちに、俺の頭は何も考えられなくなっちまう……

 はぁ……ぅ……

「ふぇ……」
 ジェルが塗られる……指が何度も行ったり来たり……ぅ……指が……増えながらあちこち…
 ぁは……っぁ……
入ってくる、フェルが、入って来る……

俺はいていいんだ ほら、フェルの役に立ってる……俺はこの快感の中に自分の居場所を見つける…

 ぁ そこ……

 ふぇるは おいてかない  おいてかないんだ、みんな 俺をおいて 先に イっちまったのに  ふぇるは 俺を おいてかない

「お前を愛してるよ リッキー」

 耳にふぇるの声が……
 ぅ! ぃや かんじすぎちまう……っぁっぁ は……ぁ……ふぇるの手が俺をつかむ、イかせてくれる……

 フェルの胸はあったかい。護られてる感じがする。――幸せだ……幸せだ――

   
 

 式の直前にその小さなケースをシェリーから渡された。結婚式の日は式が始まるまでは一緒にいちゃいけないっていうんで、俺たちは朝っから別々の部屋にいる。
 俺のそばにはチキンとシェリーがいてくれた。
「あんたに渡してくれってフェルから。サプライズだって」

 パチン ケースを開けたら……指輪だ! 急いで内側を見た。

  Mi corazonコラソン esエス tuyoトゥヨ.
『俺の心はお前のもの』
 涙が…落ちる……
    
「マリッジリングね! 式の直前に渡すなんて、まったくフェルったら! まぁ!! 金とプラチナのコンビじゃないの! 素敵ね、二つの色がクロスしてる。これは何だろう……」
 ホントだ、真ん中に模様がある。
「フェルがあんたに嵌めてくれるのはどんな指輪かしらね。楽しみね、リッキー」
「うん……これ、夢の中じゃねぇよな?」
「ほっぺた、引っ叩いてあげようか? 目が覚めるように」
そう言ってシェリーの手が俺のほっぺを優しく撫でてくれた。
「はい、これで大丈夫! 夢じゃないよわよ、リッキー。行きなさい、フェルが待ってる。チキン、じゃなかった! エディ、よろしくね」
「任せといて」

 エディがエスコートしてくれて教会の式場に入った。フェルが……いた。

 牧師さんの前で俺を待ってる。真っ白なタキシード。これは俺とお揃い。フェルのタイは淡いブルー。俺は淡いワインカラー。
 ダークブロンドで長身のフェルは白がすごく似合って、こうやって離れて見ても震えが来そうだ。青い瞳が俺を見てそしてフェルがにこって笑った。
 なんて優しい顔するんだろう……

 フェルは自分の容姿がどんなだか知らねぇんだ。いつも俺をきれいだって言うけど、フェルの方こそホントにきれいなんだ、俺なんか比べものになんねぇくらいに。
 『清い』ってのは、フェルみたいな人をいうんだ、俺なんかじゃなくって。
   
――この人とけっこんするんだ――

 不意に俺は逃げたくなった。怖い、期待を裏切ったらどうしよう、フェルが俺のイヤなとこに気づいたらどうしよう、悲しませたらどうしよう、笑顔を、あの笑顔を消しちまったらどうしよう……

 足がすくんで動かなかった。
 泣きたい そう思った。
 俺なんかでいいいのか?
 もっと相応しい人が……

 動けない俺を見て、フェルが下りてきた…俺のそばに…俺の手を取って耳元で囁く。
「待てないから迎えに来た」
「ふ ふぇる……おれ……」

 言いたかった、俺は汚いんだって。たくさんの男に抱かれて来たんだ、白なんて似合わねぇんだって。ここにいる資格なんかないんだ……

「おいで。大丈夫、僕がいるんだから」

なんでも分かってるような笑顔だった。『心配無いから。大丈夫だから』そう、笑った青い目が言った。

   
『誓いの言葉』
 フェルが言う。

『人と人のさまざまな結びつきの中で、結婚以上に深い結びつきがあるだろうか。なぜなら結婚とは、愛の、忠誠の、献身の、自分を犠牲にしてでも守りたい気持ちの最後に目指す極みであり、家族の生まれるところなのだから」

震える声で俺が言う。

『婚姻関係を結ぶことで二人の個人は、いままでの自分をはるかに超えて共に深みのある人間になっていく』

互いの目を見ながら一緒に言った。
『たとえ死が二人を分かつとも、なお途切れぬ愛情がこの結婚にある。あなたと共に生涯を歩き、支え合う。あなたにこれを誓います』

 同性婚を合法として認めた裁判長の言葉なんだってそう教えられた。ここで二人で口にすると、なんて重い言葉なんだろう…
 俺は……今誓ったんだ、一緒に歩くって。フェルと支え合うって。


 頭がボーっとする中で、俺の手をフェルが握った。左の薬指にプラチナにピンクゴールドの、デザインはフェルとお揃いの指輪が嵌められた。まるで機械みたいに、俺はフェルの指に渡された指輪を嵌めた。

「誓いのキスを」
フェルが俺を抱き寄せる。
「愛してる。ずっとずっとお前を愛してる。離さないからな」

ああ、涙が流れる……
「俺も おれもおまえをあいしてる、ふぇる あいしてるんだ」

 震えの止まらない俺を優しく抱いてくれるフェル……顔を持ち上げられて、上から唇が重なってきた。

――あいしてる 愛してる、フェル――

 キスに縋りついた。
 フェルの腕に縋りついた。

――どうか どうか俺を捨てないで――

 
「ここに二人の婚姻を認めます」

 反響する牧師さんの声。他に何も聞こえない。そんな俺の腰をフェルのガッチリした腕が支えてくれた。
「僕に任せるんだ、リッキー。お前を守っていくから。指輪を僕に近づけて」
 言われるままにフェルの手に近づけた。二つの指輪が…真ん中の模様は一つのハートになった。

「うん うん、フェル……俺、幸せだ」
幸せになれるはずなんだ。
  
 
――母さん
 俺、幸せになりたい。陽に当たることも無く子どもを産まされて、死んでいくしか無かった母さん

――俺、幸せになってもいいですか? あなたの手を握れなかったよ。あの目が焼きついて離れない。

 でも母さん、幸せになってもいいですか? 
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