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告白
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エレベーターを降りると、コンシェルジュさんが用意してくれた部屋の番号はすぐ目の前にあった。
おれは未だ抱きかかえられたままで、ZEROさんが扉を開く。部屋の中はZEROさんが借りているスイートルームより狭く、話をするには充分な広さで...2人きりでいるには適度な狭さを感じる。
入室してすぐ目に入るリビングには、企業のお偉いさんなんかが座るような大きいソファーが、テーブルを挟んで2脚、置かれていていた。
(これから此処で、ZEROさんに告白して振られるのかぁ...。そう言えば、ZEROさんがおれに話したいことって...何なんだろう)
先ほどまではショックを受けすぎていて、話をするどころか早く帰りたいと思ってたから考えられなかったけど.....おれを追いかけて来てまで言いたいことが、ZEROさんにも有るってことだよ、な...。
考えている内にソファーの上へゆっくりと下ろされ、やっとお姫様抱っこから解放される。
(よかったぁ~。お姫様抱っこって初めてされたけど、恥ずかしいし足は地に着いてなくて覚束ないし...。相手がZEROさんじゃなかったら、殴ってでも降りてたよ...。ん?)
ZEROさんはおれをソファーに座らせても向かい側のソファーには移動せず、何故かおれの目元に触れてきた。
「目、赤くなっちゃったね」
「そ、れは...おれが擦ったからで...」
「うん。泣かせてごめん」
申し訳なさそうにするZEROさんに焦っていると、熱を持つおれの目尻を癒すように、擽ったいほど優しいキスが降ってくる。
「俺のやり方が悪かった。都合が良いと思って、櫻が逃げられない条件を出した」
(都合が、良い? それって、どういう───)
「それがネックなら、取っ払って構わない。無条件で、櫻の会社との契約を受けるよ」
「そ、それは...」
(会社ばかりが得するのも対等な契約とは言えないし、何より...1ヶ月ZEROさんの傍に居られる大義名分を失うのは嫌だ。代用品っていう立場しか無くても、それすら誰かに盗られたくはない.....)
「──それは、嫌です...」
顔を上げると、優しいZEROさんの瞳が、おれを真っ直ぐ見つめていた。
「一度受けた条件を途中で投げ出すのは嫌、か。櫻らしいね。...あ、やっと、俺の方を向いてくれたね」
「!」
指摘されて初めて、自分が意図的に視線を逸らしていたのだと認識した。理由は明白である。
ZEROさんに見つめられると、何も考えられなくなってしまうから。....実際、もう思考がヤられてる。
(ああ───。やっぱり、好きだなぁ───...)
正面から彼の瞳に射貫かれると、【好き】って感情でおれの中がいっぱいになって、溢れそうになる。だって、声も、外見も、誰にでも優しいのに何処か壁を作ってて孤独を抱えてる処も、全部全部、【愛しい】。
「俺に対して言いたいことがあったら、不満でも良いから言って欲しい。櫻に逃げられるのが、一番堪える...」
額をおれの肩に乗せ、苦しそうに吐露するZEROさんを、抱き締めたいと思った。
代理品だろうと、ZEROさんはおれを蔑ろにしたり、嘘を吐いたりはしない。
(だからおれも、この人には誠実でいなきゃいけなかった)
おれは覚悟を決めて、自分の内情を彼に伝えるため、口を開く。
「...勝手に話を盗み聞きして、挙げ句逃げたりして、ごめんなさい。....おれは、貴方に好意を向けられることが嬉しかった。だから、それに別の理由があって、本当はおれのことなんか見てないんだって思い知るのが、怖かったみたい」
「───は?」
おれに想いを寄せられてるとは思っていなかったのか、ZEROさんは綺麗な瞳を大きく見開き、驚いている。
「ダメですね、大人なのに。おれ、ZEROさんみたいにはできない。...恥ずかしながら、恋愛経験が全くなくて。こういうこと、全部ZEROさんが初めてで...良く解らないんです。どうしたら良いのか」
「ちょ、ちょっと待って。櫻。次々爆弾投下するの、止めて」
「?」
おれの言葉を手で制し、目頭を反対の手で押さえ、頭を抱えてしまったZEROさんの頬は...照明のせいか、少し赤らんで見えた。
「───櫻は、俺から好意を向けられるのが“嬉しい”の?」
肘を付いた手で顔を押さえたまま、ZEROさんのキラキラした瞳が、問いかける。
「は、はい。おれはZEROさんが、その。好き、です。特に声は、一生傍で聞いていたいくらい、大好きです」
正直に伝えると、ZEROさんは白い頬を赤く染め、はにかんで見せた。
「.....初めて、この声で良かったって思えた。....つまり、櫻の初めて好きになった人が、“俺”って、こと?」
「ぅ....はい。恥ずかしながら、家が厳しかったもので、学生時代は恋愛する暇もなくて」
「それは...櫻には悪いけど、親御さんGJだ!」
「えぇ?!」
何でそんなにおれの恋愛経験がないことが、嬉しいのか解らない。....けれど、ZEROさんは出会ってから今まで...資料などで見た画像の中でも、一番素敵な笑顔を見せてくれた。
「櫻の初めてが、全部俺だなんて。ああ、世界中に発表したいくらいだ」
「え。な、何を???」
「俺と櫻は、両想いになりました、って!」
言葉と共にZEROさんの腕の中へ抱き込まれ、再び間近で感じる良い香りと体温に包まれて、頭がついていけずくらくらする。
(ZEROさん、何て言った? 『両想い』?)
「え」
(おれと、ZEROさんが───?)
「え」
(おれとZEROさんが、“両想い”???!!!)
「ええええええええええ~~~~~」
「何がどうして、そうなったんですか?」
抱き込まれた腕の中から顔を上げ、ZEROさんを見据えて問う。けれど、真剣な表情を維持し続けるには間近のZEROさんカッコ良すぎて、目の前が幸せすぎた。
「俺のこと、好き?」
「.....はい」
額を合わせてそんな甘い声でそんなことを聞くなんて、ズル過ぎる。五感全部でZEROさんを感じて、嬉しくておかしくなりそう。
「俺は櫻が大好き。俺も、正真正銘の初恋だよ」
『初恋』。言われた言葉は嬉しいものだけど、どうしても引っ掛かりをおぼえてしまう。
(ZEROさんには、大事な思い人が...いた筈だ)
「だって...クロさんは──」
おれの疑問にも全く笑顔を崩さず、ZEROさんはさらりと答えた。
「ああ。クロは、Infinityで飼ってた猫だよ」
「ね、ネコぉおおお?!」
(......そんな。おれ、猫に妬いてたって、こと?!)
「そ。バンドの練習で使ってたスタジオの前に捨てられてるのを、俺が拾ったんだ。Infinityで飼おうってはなったけど、実質面倒を見ていたのは俺で、練習がない日は俺の家に連れ帰ってた」
「一緒に住んでたっていうのは...」
「そう。“猫のクロと”、ね?」
ZEROさんの言葉には何の憂慮もなく、おれがから回っていた事実が後付けされてしまった。
(ヴィクトーさんが言ってた、『オレも可愛がってた』って....メンバー全員で猫を面倒見てたっていう意味か! え? って、ことは...)
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ、鉄原先輩におれを『似てる』って言ったのは......」
「ああ、それは本当。居酒屋で大分酔ってテーブルに突っ伏してる櫻の旋毛の下の逆毛が、クロの短い尻尾にそっくりだったんだ。それでつい、『似てる』って言っちゃって」
思い出したのか、笑うZEROさんの表情は柔らかい笑みに染まる。
「顔を上げた櫻を見て、驚いた。うん....雷に撃たれたって言うか。酒に溶けた櫻の茶色い瞳が俺を見た瞬間....使い古された文句だけど、恋に落ちたんだ」
「え」
(そんな、出会った最初から....おれを好きでいてくれたの...?)
「直ぐに告白して受け入れられて、そのまま連れ帰って俺の痕を付けて....舞い上がってたら、次の日、恋人にはすっかり忘れられちゃってた訳だけど」
(君に聞かれるとはって、そっか。おれがZEROさんの...遼平さんの、恋人だったんだ。やっぱりおれの空回り....ん? でも...鉄原さんが心配したみたいに、遼平さんにはたくさんの恋のお相手が居たわけで───)
「ででででも。今まで浮き名を流した人は男女共たくさん居たでしょう......!? おれが初恋なんて」
「クロが死んでから、俺は疲れてても眠れなくなった。そしたらパフォーマンスも曲のクォリティも落ちて、睡眠薬とか民間療法とか試したけど、駄目だった。自暴自棄になってたら、マネージャーから『恋人を作れ』って言われたんだ」
「あ...」
資料で読んだ。最近は新曲も発表がなくて、以前よりファンが離れているって...。
(ヴィクトーさんと話している時、日本に来た理由も『療養』って言ってた。遼平さん....本当に猫ちゃんが大切で、辛かったんだな.....)
「恋人ってよく解らなかったけど、クロはいつもベッドに潜り込んでくる猫だったから。誰かと一緒に寝ると、少しは眠れるようになった」
「『一緒に寝てくれ』っていう条件は...そういう意味だったんですね」
(朝起きた時に身動きできないくらいホールドされてたのも、体温を感じるためだったのかな...? あぁ、でも....嫌だなぁ.....)
「体温だけ分けてくれれば誰でも良かった。特定の恋人を作るのは面倒だったし、誘いだけは多かったから。....不真面目だったよな」
全て正直に話して、ちゃんと反省もして。フリーだった遼平さんが責められる謂れなど、何処にもない。
だけどおれの中では、小さな火が燻っていた。
「....理由は、解りました。でも」
「でも?」
「何か、ちょっと...」
「櫻?」
心配そうに覗き込んでくる遼平さんには申し訳ないけど、不満を隠さないで告げてくれと言ったのは、彼だ。
言いにくいことを教えてくれた遼平さんに、おれの醜い嫉妬を知られたくはないけど....おれも正直に、燻る火の正体を、告げる。
「おれの他にも、遼平さんとエッチなことした人がいっぱいいるって思うと、モヤモヤします」
「─────!!!」
目を逸らさずに嫉妬を伝えると、遼平さんは衝撃を受けたように息を飲んで...おれを力強く抱き締め直す。
「この先、櫻にしかエッチなことはしない。誓うよ」
頬を合わせながら幸せそうに答える遼平さんの言葉を疑う訳じゃないけど、目にした記事の画像を思い出すと...不安が這い出して来る。
「....今まで遼平さんがカンケイを持ったのって、美男美女ばっかりだったって聞いた。おれの貧相な体で、満足できるの?」
「むしろ櫻のカラダにしか興味ない。一緒に寝てくれって言うとそっちの意味でしか捉えられないから、体温を分けて貰う分、求められたら応じてただけだ。自分でも思うけど、櫻と会うまでは淡白だったよ、俺。自分からそういう欲求で動いたこと、なかったし」
そう言う遼平さんの唇がおれの頬から首筋へと滑り、鎖骨を舐められても、おれの思考は記事に載っていた疑惑のセクシー女優に留まっていた。
(あんな魅惑の体つきをした女性とイヤラシイことをして、おれにソウイウコトしたくなるか?)
「...でも、鉄原先輩に言われてからネット記事も少し読んだけど、お相手で上がってた人、すっごい綺麗な女性だったし、スタイルも魅力的で...っ?!」
『魅力的』と言った瞬間、首筋を強く吸われ、馴染みのない感覚にチクリと痛みが走った。
(これ、絶対痕になってるよぉ...)
「──は? ソイツ誰? 何て名前?」
何故か解らないが、遼平さんは冷酷な笑みを浮かべていらっしゃった。
(怒ってる? 何で???)
「名前...聞いてどうするの?」
「決まってる。絶対櫻に遭わせないように、するんだよ」
綺麗な笑みを浮かべ、不穏なことを口にする。
(おれに遭わせないようにって....もしかして)
「遼平さん」
「...なに?」
「それって、妬いてる?」
「ッ────!!!」
遼平さんの腕の中で、彼の襟元を引き、耳元で囁く。それだけで頬を染め、縫い付けられたみたいにおれを見つめてくる遼平さんを目にして、ようやく実感が湧いてきた。
(そっか。遼平さんも、おれと同じなんだ。おれが誰を見てるか気になるし、関心を奪われないか心配で....。おれのことだけ、見ててくれてる......)
不安を指摘され、おれの胸に顔を埋める彼が、愛しくて仕方ない。
「そうだよ。櫻が視線を送る人間、みんなに嫉妬してる。俺の中は、出逢った瞬間から櫻でいっぱいなんだ」
「....そんな心配、要らないよ。おれ、遼平さんのこと...すっっごく好きなんだから」
抱え込んだ形の良い頭に、そっとキスを送る。
少しでも安心してもらえればと思っての行動だったが、どうやら遼平さんのヤル気に火を着けてしまったようだった。
「?!」
抱きかかえる体勢から一変、気付けばソファーに座るおれの膝を跨いで、膝立ちした遼平さんに、見下ろされていた。
「ひぇ...」
思わず、童貞臭丸出しの怯えた声を上げてしまう。
「...怖いなら、櫻がしたくなるまで...我慢しても良いよ」
「!!」
童貞のおれでも解るくらい、欲情に濡れた瞳で見下ろしていながら、そんなことを言う。
(本当に、優しい人...。好きになった人が、おれの初めての人が、この人で良かった...)
この恋を誇れるほど、この人が好きだと思った。そして、初めての夜を覚えていないことに、悔しさも感じる。
「遼平さんのこと...怖くなんてない」
おれの精一杯のお誘いは、届いただろうか。見れば、遼平さんは天井を仰いでいた。
「遼平さん?」
「うん。俺のこと怖くないなら、取り敢えずは」
「え?」
言うが早いか、おれはソファーから持ち上げられ、再びお姫さま抱っこで奥の部屋へ運ばれていく。
(まさか...今すぐ?)
奥の部屋の扉を開けると、案の定そこは、ベッドルームだった。しかもお誂え向きに、ダブルベッド使用。
(どうしよう...。嫌じゃないけど、まだ心の準備が...!!!)
「最初の日のこと、櫻は忘れてるし? 一緒に寝よっか」
ベッドに下ろされ、広いシーツの上で後退りながら...上着を脱いで覆い被さってくる遼平さんの色気に、逃げ道を絶たれていく。
「...寝るだけ、だよね?」
先ほどの話を引き合いにして誤魔化すように笑ってみたけど、妖艶な笑みを浮かべおれの耳を撫でる遼平さんを前に、無理だと悟った。
「....櫻だけは、エッチなことがメインだよ」
引き合いに出した話の答えを返され、強引なのに優しい印象を与える遼平さんの愛撫に溺れて────。
気が付けば、明け方まで時間をかけ.....いっぱいいっぱい、愛を注がれてしまった。
おれは未だ抱きかかえられたままで、ZEROさんが扉を開く。部屋の中はZEROさんが借りているスイートルームより狭く、話をするには充分な広さで...2人きりでいるには適度な狭さを感じる。
入室してすぐ目に入るリビングには、企業のお偉いさんなんかが座るような大きいソファーが、テーブルを挟んで2脚、置かれていていた。
(これから此処で、ZEROさんに告白して振られるのかぁ...。そう言えば、ZEROさんがおれに話したいことって...何なんだろう)
先ほどまではショックを受けすぎていて、話をするどころか早く帰りたいと思ってたから考えられなかったけど.....おれを追いかけて来てまで言いたいことが、ZEROさんにも有るってことだよ、な...。
考えている内にソファーの上へゆっくりと下ろされ、やっとお姫様抱っこから解放される。
(よかったぁ~。お姫様抱っこって初めてされたけど、恥ずかしいし足は地に着いてなくて覚束ないし...。相手がZEROさんじゃなかったら、殴ってでも降りてたよ...。ん?)
ZEROさんはおれをソファーに座らせても向かい側のソファーには移動せず、何故かおれの目元に触れてきた。
「目、赤くなっちゃったね」
「そ、れは...おれが擦ったからで...」
「うん。泣かせてごめん」
申し訳なさそうにするZEROさんに焦っていると、熱を持つおれの目尻を癒すように、擽ったいほど優しいキスが降ってくる。
「俺のやり方が悪かった。都合が良いと思って、櫻が逃げられない条件を出した」
(都合が、良い? それって、どういう───)
「それがネックなら、取っ払って構わない。無条件で、櫻の会社との契約を受けるよ」
「そ、それは...」
(会社ばかりが得するのも対等な契約とは言えないし、何より...1ヶ月ZEROさんの傍に居られる大義名分を失うのは嫌だ。代用品っていう立場しか無くても、それすら誰かに盗られたくはない.....)
「──それは、嫌です...」
顔を上げると、優しいZEROさんの瞳が、おれを真っ直ぐ見つめていた。
「一度受けた条件を途中で投げ出すのは嫌、か。櫻らしいね。...あ、やっと、俺の方を向いてくれたね」
「!」
指摘されて初めて、自分が意図的に視線を逸らしていたのだと認識した。理由は明白である。
ZEROさんに見つめられると、何も考えられなくなってしまうから。....実際、もう思考がヤられてる。
(ああ───。やっぱり、好きだなぁ───...)
正面から彼の瞳に射貫かれると、【好き】って感情でおれの中がいっぱいになって、溢れそうになる。だって、声も、外見も、誰にでも優しいのに何処か壁を作ってて孤独を抱えてる処も、全部全部、【愛しい】。
「俺に対して言いたいことがあったら、不満でも良いから言って欲しい。櫻に逃げられるのが、一番堪える...」
額をおれの肩に乗せ、苦しそうに吐露するZEROさんを、抱き締めたいと思った。
代理品だろうと、ZEROさんはおれを蔑ろにしたり、嘘を吐いたりはしない。
(だからおれも、この人には誠実でいなきゃいけなかった)
おれは覚悟を決めて、自分の内情を彼に伝えるため、口を開く。
「...勝手に話を盗み聞きして、挙げ句逃げたりして、ごめんなさい。....おれは、貴方に好意を向けられることが嬉しかった。だから、それに別の理由があって、本当はおれのことなんか見てないんだって思い知るのが、怖かったみたい」
「───は?」
おれに想いを寄せられてるとは思っていなかったのか、ZEROさんは綺麗な瞳を大きく見開き、驚いている。
「ダメですね、大人なのに。おれ、ZEROさんみたいにはできない。...恥ずかしながら、恋愛経験が全くなくて。こういうこと、全部ZEROさんが初めてで...良く解らないんです。どうしたら良いのか」
「ちょ、ちょっと待って。櫻。次々爆弾投下するの、止めて」
「?」
おれの言葉を手で制し、目頭を反対の手で押さえ、頭を抱えてしまったZEROさんの頬は...照明のせいか、少し赤らんで見えた。
「───櫻は、俺から好意を向けられるのが“嬉しい”の?」
肘を付いた手で顔を押さえたまま、ZEROさんのキラキラした瞳が、問いかける。
「は、はい。おれはZEROさんが、その。好き、です。特に声は、一生傍で聞いていたいくらい、大好きです」
正直に伝えると、ZEROさんは白い頬を赤く染め、はにかんで見せた。
「.....初めて、この声で良かったって思えた。....つまり、櫻の初めて好きになった人が、“俺”って、こと?」
「ぅ....はい。恥ずかしながら、家が厳しかったもので、学生時代は恋愛する暇もなくて」
「それは...櫻には悪いけど、親御さんGJだ!」
「えぇ?!」
何でそんなにおれの恋愛経験がないことが、嬉しいのか解らない。....けれど、ZEROさんは出会ってから今まで...資料などで見た画像の中でも、一番素敵な笑顔を見せてくれた。
「櫻の初めてが、全部俺だなんて。ああ、世界中に発表したいくらいだ」
「え。な、何を???」
「俺と櫻は、両想いになりました、って!」
言葉と共にZEROさんの腕の中へ抱き込まれ、再び間近で感じる良い香りと体温に包まれて、頭がついていけずくらくらする。
(ZEROさん、何て言った? 『両想い』?)
「え」
(おれと、ZEROさんが───?)
「え」
(おれとZEROさんが、“両想い”???!!!)
「ええええええええええ~~~~~」
「何がどうして、そうなったんですか?」
抱き込まれた腕の中から顔を上げ、ZEROさんを見据えて問う。けれど、真剣な表情を維持し続けるには間近のZEROさんカッコ良すぎて、目の前が幸せすぎた。
「俺のこと、好き?」
「.....はい」
額を合わせてそんな甘い声でそんなことを聞くなんて、ズル過ぎる。五感全部でZEROさんを感じて、嬉しくておかしくなりそう。
「俺は櫻が大好き。俺も、正真正銘の初恋だよ」
『初恋』。言われた言葉は嬉しいものだけど、どうしても引っ掛かりをおぼえてしまう。
(ZEROさんには、大事な思い人が...いた筈だ)
「だって...クロさんは──」
おれの疑問にも全く笑顔を崩さず、ZEROさんはさらりと答えた。
「ああ。クロは、Infinityで飼ってた猫だよ」
「ね、ネコぉおおお?!」
(......そんな。おれ、猫に妬いてたって、こと?!)
「そ。バンドの練習で使ってたスタジオの前に捨てられてるのを、俺が拾ったんだ。Infinityで飼おうってはなったけど、実質面倒を見ていたのは俺で、練習がない日は俺の家に連れ帰ってた」
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「そう。“猫のクロと”、ね?」
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「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ、鉄原先輩におれを『似てる』って言ったのは......」
「ああ、それは本当。居酒屋で大分酔ってテーブルに突っ伏してる櫻の旋毛の下の逆毛が、クロの短い尻尾にそっくりだったんだ。それでつい、『似てる』って言っちゃって」
思い出したのか、笑うZEROさんの表情は柔らかい笑みに染まる。
「顔を上げた櫻を見て、驚いた。うん....雷に撃たれたって言うか。酒に溶けた櫻の茶色い瞳が俺を見た瞬間....使い古された文句だけど、恋に落ちたんだ」
「え」
(そんな、出会った最初から....おれを好きでいてくれたの...?)
「直ぐに告白して受け入れられて、そのまま連れ帰って俺の痕を付けて....舞い上がってたら、次の日、恋人にはすっかり忘れられちゃってた訳だけど」
(君に聞かれるとはって、そっか。おれがZEROさんの...遼平さんの、恋人だったんだ。やっぱりおれの空回り....ん? でも...鉄原さんが心配したみたいに、遼平さんにはたくさんの恋のお相手が居たわけで───)
「ででででも。今まで浮き名を流した人は男女共たくさん居たでしょう......!? おれが初恋なんて」
「クロが死んでから、俺は疲れてても眠れなくなった。そしたらパフォーマンスも曲のクォリティも落ちて、睡眠薬とか民間療法とか試したけど、駄目だった。自暴自棄になってたら、マネージャーから『恋人を作れ』って言われたんだ」
「あ...」
資料で読んだ。最近は新曲も発表がなくて、以前よりファンが離れているって...。
(ヴィクトーさんと話している時、日本に来た理由も『療養』って言ってた。遼平さん....本当に猫ちゃんが大切で、辛かったんだな.....)
「恋人ってよく解らなかったけど、クロはいつもベッドに潜り込んでくる猫だったから。誰かと一緒に寝ると、少しは眠れるようになった」
「『一緒に寝てくれ』っていう条件は...そういう意味だったんですね」
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「体温だけ分けてくれれば誰でも良かった。特定の恋人を作るのは面倒だったし、誘いだけは多かったから。....不真面目だったよな」
全て正直に話して、ちゃんと反省もして。フリーだった遼平さんが責められる謂れなど、何処にもない。
だけどおれの中では、小さな火が燻っていた。
「....理由は、解りました。でも」
「でも?」
「何か、ちょっと...」
「櫻?」
心配そうに覗き込んでくる遼平さんには申し訳ないけど、不満を隠さないで告げてくれと言ったのは、彼だ。
言いにくいことを教えてくれた遼平さんに、おれの醜い嫉妬を知られたくはないけど....おれも正直に、燻る火の正体を、告げる。
「おれの他にも、遼平さんとエッチなことした人がいっぱいいるって思うと、モヤモヤします」
「─────!!!」
目を逸らさずに嫉妬を伝えると、遼平さんは衝撃を受けたように息を飲んで...おれを力強く抱き締め直す。
「この先、櫻にしかエッチなことはしない。誓うよ」
頬を合わせながら幸せそうに答える遼平さんの言葉を疑う訳じゃないけど、目にした記事の画像を思い出すと...不安が這い出して来る。
「....今まで遼平さんがカンケイを持ったのって、美男美女ばっかりだったって聞いた。おれの貧相な体で、満足できるの?」
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そう言う遼平さんの唇がおれの頬から首筋へと滑り、鎖骨を舐められても、おれの思考は記事に載っていた疑惑のセクシー女優に留まっていた。
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「──は? ソイツ誰? 何て名前?」
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「名前...聞いてどうするの?」
「決まってる。絶対櫻に遭わせないように、するんだよ」
綺麗な笑みを浮かべ、不穏なことを口にする。
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「...なに?」
「それって、妬いてる?」
「ッ────!!!」
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(そっか。遼平さんも、おれと同じなんだ。おれが誰を見てるか気になるし、関心を奪われないか心配で....。おれのことだけ、見ててくれてる......)
不安を指摘され、おれの胸に顔を埋める彼が、愛しくて仕方ない。
「そうだよ。櫻が視線を送る人間、みんなに嫉妬してる。俺の中は、出逢った瞬間から櫻でいっぱいなんだ」
「....そんな心配、要らないよ。おれ、遼平さんのこと...すっっごく好きなんだから」
抱え込んだ形の良い頭に、そっとキスを送る。
少しでも安心してもらえればと思っての行動だったが、どうやら遼平さんのヤル気に火を着けてしまったようだった。
「?!」
抱きかかえる体勢から一変、気付けばソファーに座るおれの膝を跨いで、膝立ちした遼平さんに、見下ろされていた。
「ひぇ...」
思わず、童貞臭丸出しの怯えた声を上げてしまう。
「...怖いなら、櫻がしたくなるまで...我慢しても良いよ」
「!!」
童貞のおれでも解るくらい、欲情に濡れた瞳で見下ろしていながら、そんなことを言う。
(本当に、優しい人...。好きになった人が、おれの初めての人が、この人で良かった...)
この恋を誇れるほど、この人が好きだと思った。そして、初めての夜を覚えていないことに、悔しさも感じる。
「遼平さんのこと...怖くなんてない」
おれの精一杯のお誘いは、届いただろうか。見れば、遼平さんは天井を仰いでいた。
「遼平さん?」
「うん。俺のこと怖くないなら、取り敢えずは」
「え?」
言うが早いか、おれはソファーから持ち上げられ、再びお姫さま抱っこで奥の部屋へ運ばれていく。
(まさか...今すぐ?)
奥の部屋の扉を開けると、案の定そこは、ベッドルームだった。しかもお誂え向きに、ダブルベッド使用。
(どうしよう...。嫌じゃないけど、まだ心の準備が...!!!)
「最初の日のこと、櫻は忘れてるし? 一緒に寝よっか」
ベッドに下ろされ、広いシーツの上で後退りながら...上着を脱いで覆い被さってくる遼平さんの色気に、逃げ道を絶たれていく。
「...寝るだけ、だよね?」
先ほどの話を引き合いにして誤魔化すように笑ってみたけど、妖艶な笑みを浮かべおれの耳を撫でる遼平さんを前に、無理だと悟った。
「....櫻だけは、エッチなことがメインだよ」
引き合いに出した話の答えを返され、強引なのに優しい印象を与える遼平さんの愛撫に溺れて────。
気が付けば、明け方まで時間をかけ.....いっぱいいっぱい、愛を注がれてしまった。
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陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
王弟の恋
結衣可
BL
「狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない」のスピンオフ・ストーリー。
戦時中、アルデンティア王国の王弟レイヴィスは、王直属の黒衣の騎士リアンと共にただ戦の夜に寄り添うことで孤独を癒やしていたが、一度だけ一線を越えてしまう。
しかし、戦が終わり、レイヴィスは国境の共生都市ルーヴェンの領主に任じられる。リアンとはそれきり疎遠になり、外交と再建に明け暮れる日々の中で、彼を思い出すことも減っていった。
そして、3年後――王の密命を帯びて、リアンがルーヴェンを訪れる。
再会の夜、レイヴィスは封じていた想いを揺さぶられ、リアンもまた「任務と心」の狭間で揺れていた。
――立場に縛られた二人の恋の行方は・・・
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
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