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王都へのお誘い?
しおりを挟むそれは、ある朝唐突に始まった。
部屋で朝食を摂ったあと経過予後を診るために訪れた髭オジの一言がもたらした。
「おう、ガキンチョ。俺達と一緒に王都に行くぞ」
何がどうしてそうなったのかわからないアイナは目をパチパチと瞬く。
「え‥‥と、理由を‥‥あ、わかりました。説明もなく意見を聞くでもなく強制的に連れて行かれるのですね。はぁ、拒否権のない幼い子供にえらく問答無用な気がしなくもないですが、ここは従います」
孤児扱いのアイナは王都に行かねばならない理由はない。目の前の髭オジが親切心でアイナの親を捜すためとも思えない。どちらかと言えば売りそうな雰囲気だ。
(風体でそう見えちゃうよこの人。悪い人じゃないってわかっててもねー)
ラグザスは複雑な顔で口が半開きだ。一体どうしたのだろうと首を傾げるアイナ。グッと眉間に深い皺を刻むものだから、何事かと釣られて険しい顔になる。
お互いしかめっ面で無言とは。
(え、何この空気、不穏なんだけど)
何かよくわからないがラグザスは眉間を軽く揉み込むことで気を取り直したようだ。嫌そうに口を開く。
「ちっ、相変わらず口数の減らないクソガキだな。まぁいい。診察を終えたら直ぐに出立だ」
「え? 急ですね。わかりました。ところで王都って近いんですか?」
用意も何も、急な出発で事足りる距離にあるのか。文明から切り離されたこの村の近くに王都があるのかと甚だ不思議に思えたが相手がそういうのだ。ここは一先ず聞いておこうと冷静に考える。
「は? 王都を知らな‥‥あぁそうか記憶が。‥‥何、直ぐに着くぞ。目を瞑って十も数えんうちにな」
(それは大袈裟すぎじゃない? 十も数えないって目の前じゃん)
「それはめちゃくちゃご近所さんですね‥‥あ、あのおやつ持って行っていいですか? あと水分も。細目に水分補給は大切です。お子ちゃまなので」
「は?」
物凄く奇異なモノを見る目を向けられたが相手は幼児の生態を知らないオジサンである。気にしては負けだ。水分と栄養補給は今の幼児ボディには必須なのである。
無一文、たかれる時にたかりたい。自分にはオネダリしか出来ないのだと開き直る。
(近くても出歩くのなら一応おやつ持参で。ほら、旅のお供って言うじゃない?)
「ちっ、面倒なガキだな。‥‥おいアンタ、調理場に行って果物でも何でもいいから水分が豊富で新鮮な物を用意してくれ。おやつ? ドライフルーツでいいだろ? 適当に持たせればいいから頼んだ」
「うふ、いいですね、フルーツ大好きです。ありがとうございます」
指示を出された侍女は急ぎ調理場に向った。アイナは侍女の後姿をジッと見つめどんな果物を用意してくれるのか楽しみで機嫌がいい。そんなアイナを見下ろすラグザスは、空咳ひとつ、言い難そうな素振りで王都での二人の関係性の設定を口にする。
「いいか、王都では俺とお前は…‥くそ、親子だ。お前は、娘、わかったか」
言い切ったラグザスは、嫌いな物を無理して食べた人みたいな酷い顔をわかりやすくしてみせる。
(ちょっ、嫌なのはお互い様じゃない?)
「えー、まさかの父娘設定?! 何それ罰ゲーム?!」
「うるせえ、不本意だがしゃーねえだろ。親のいない子がフラフラしてっと攫われるぞ」
「そ、そんな物騒なんですか? 王都って。で、でもフリならクルクカーンさんの娘でモギュゥゥ」
まだ話の途中なのにアイナのちっこいお口をガシッと右手で掴む鬼髭オジ。むぎゅむぎゅされて堪らないアイナはこれまたちっこいお手々でバシバシ叩いて抗議する。
「モギュモギュュユユーーー」
「おい、クソガキ。お前が非常識なのは知ってるが、いいか王都…いやどこでもだが、間違ってもクルクカーンの娘だと言うなよ? 斬られるぞ」
理不尽だ。
✿
籠入り果物を持って侍女が戻って来た。どうみてもお見舞い品だとアイナは繁々と眺める。立派すぎて気が引けた。
「で、これを俺に持たせるのか?」
「あ、そうなりますね。お父様」
美幼女スマイルでニッコリ。
めちゃくちゃ顔を歪められた。なぜだ、解せぬ。
邸の侍女や使用人達に身体に気を付けて無理はしないようにと注意を受けた。果物籠以外のおやつにとドライフルーツにナッツ、サラミ? マドレーヌを皆が銘々にくれた。思わぬ収穫にホクホク顔でいってきますと挨拶をする。心なしか皆の顔が暗い。
髭オジが見送りは不要だと言い付けたので玄関前のロビー? エントランス? で暫しのお別れを。
(ちょっと皆の悲壮な顔、えっ、私もしかしてここから追い出されるの?!)
先程まで未知なる王都に意識を持ってかれ燥ぎまくったアイナは急に現実に引き戻された気分だ。
(え、本当に追い出されちゃうの?!)
折角の悠々自適な生活がわずか数日で水泡に帰すのかと心の中で、あうあう騒めいた。王都の孤児院に送られるのかと内心のヒヤヒヤが止まらない。
喜びで燥いだと思えば急に悲しくて落ち込む。ちょっと情緒が忙しい。
ビビりながらさっさと歩き出した髭オジの後を短い脚で必死に追いかける。何故か焦燥感が追い立ててくる。僅かな日数の触れ合いで情が移ったか。今、とっても寂しい。
急いだせいか心がざわついたせいか、胸がドキドキ激しく騒ぎ、全身に熱が走った。あっと思う間もなく身体の自由が奪われ、躓いた。
「でぇっ」
記憶ははここで途切れ、アイナの意識は暗闇の底に堕ちて行く。
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