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第十五章 ミスリード
噓も方便?ー⓶
しおりを挟む疑わしきは罰する。これは王国の、この世界の常識だ。
非情だと言うなかれ。情けを掛けて甘い対応をすれば、手痛いしっぺ返しが待ち受ける。全ての人がそうだとは言えないが、欲に囚われた人間の本質を侮っては酷い目に遭う。
命のやり取りが軽い世界で自衛のためと言われてしまえば言葉を飲み込むしかない。
あの団員達だが、結論から言うと検査どころではなくなった。それどころじゃない問題の所為で。
彼らの身柄は王家預かり。治療も捜査も俺達は与り知らぬということだ。
で、何があったかと言うと。
王子様に貸を作っちゃえな義兄の企み。一体いつから狙っていたのやらと首を傾げたくなる。企みに嚙まされたダルは狐に包まれたかのように義兄を見ていた。
・・・これぞ、マッチポンプ。
先ず、魔道具を掲げ、王子様の興味を惹いた。釣り餌かよ。既知なのかハイデがその魔道具の説明を買って出て。勿論、餌に喰いついた王子様を逃がさんがための見事な連係プレーである。その間の義兄はと言うと、サイコ系探知に定評のあるダルに何やら耳打ちを。もはや悪巧みの匂いしかしない。
義兄に首根っこ掴まれたダルは、捕獲された猫っぽかった。可愛くはないが。
内容は、少し距離があって俺達には聞こえない。一人を除いてだけれど。ただダルの百面相の如く変化する表情を盗み見れば、間違いなくとんでも策だとわかる。これは、もう、興味しか勝たん。
・・・ふぅむ、これ、盗聴防止してない方が悪いよねぇ?
ふふ、忘れてもらっては困る。俺の横には護衛役のミリアが、耳ダンボな彼女が控えているのだ。ちょこっと彼女の力を借りちゃえば。ふふん。
護衛役に徹していたミリアとライオネルは、各々特技を使って警戒を続けていた。その力を借りた。ミリアは部分強化で聴力を高め周辺の音を聞き分けている。頭痛がしそうな技だが脳筋には無害?らしい。ライオネルは魔力感知。サイコ系なダルと違ってライオネルは不自然な魔力の波動をキャッチ。斥候タイプとも言える。ただ、魔量が乏しい彼は広範囲の感知は無理だって。どこをどう探っているのか知らないけれど、回復薬飲んで頑張って? お、半眼のライオネルって珍しい。
・・・さあて、これで、盗み聞きし放題! さあ、ミリア君。やっておしまい。
リミッターが外れたミリアはそれはそれは俺に忠実な僕である。ライオネルの何か言いたげな視線が刺さるが、気にしてはいけない。
因みに、キテレツなオニイチャンが取り出した発明品に、魂をグッと掴まれた王子様は、瞳を輝かせながらトリセツに集中。その横には親父が王子様の付き人と化していた。
・・・あ、それ、探知君じゃね?
何となく見覚えのある魔道具がチラリ。はなから再検査する気がないのが伺えた。
・・・ブラフだったか~。
「お嬢様、若君が盗聴防止の魔道具を使わないのは、後で教えてもr・・・あ、はい。どうぞお好きになさってください。後でお叱りを受けてもしりませんよ、はぁ、警戒は怠らず私が」
困り顔のライオネルがぐちぐち何か言ってきたが、ちょっと邪魔。
・・・今ちょっといいとこなの、シー!
「で、ミリア、何て?」
「若様は、殿下に恩を売る機会だと。ダルは、躊躇っていますね」
「ふうん? そこ詳しく」
「・・・『王弟の救出に、殿下の助けが必要なのは、わかりますよね? 王城の隠匿された神殿を見つけるために、手が必要なことぐらい、お前でもわかるでしょう。ここで心証を良くし、自分に関心を向けさせなさい』と仰って、ダルは『この程度、割が合わないと思います。私の能力は、すみません、これでも秘匿情報でして』と。怯えた声は、嘘ではないと思います」
・・・義兄の威圧か~、めっちゃビビるよねぇ。
「ほぉー。それで? それで?」
「若様は『検査に夢中になった殿下を調べるのが、お前の役目です。いいですね、殿下に干渉系魔力を感知したとお前が言いなさい。そして、それを解く。お前が危惧する個人情報ぐらい、後で何とでもなりますよ』と仰って、確定事項ですね、これ」
「へ? え? はああ?!」
「あ、お嬢様、声が大きいですよ」
・・・あ、ごめん。
皆の目が一斉にこっちを向いた。怖ぇ。目を合わすとヤバい(何が?)ので、さも何もありませーんな顔でお空を見上げる。皆さまのお邪魔はしていませんよと。
・・・わぁ~い。お空が青いねぇ・・・・・・・・・・・ん?
ソラガ、アオイダトォ?
義兄と目が合っちゃうと、盗聴がバレる!を避けるために視線を逸らしただけなのに。逸らした先がお空で違和感に気付いちゃった俺、天才かよ。
「邸に入ってから随分と時間が経ったわよね?」
変だよねと確認のための声掛けだったが。
「え? あ、そうでしたか? ですが、鐘の音は聞こえていませんよ?」
「お嬢様? そんなに時間過ぎてました?」
この違和感に誰も気付いていないのだ。やっぱ俺、天才かよ。
盗み聞きどうこうじゃなくなった。この怪奇が気になって仕方がないのだ。肝心の二人は首を捻りながら、あー、だの、うーん、だの、状況を掴もうと必死だ。まあ、警戒しながらでは遣り辛いか。
・・・時計って、まだないんだよねぇ。
時報は神殿の鐘の音。魔道具だけれどね。
邸に到着してから随分と時間は経っている。これは、俺の腹時計がクゥークゥー小さく鳴り出したから、間違いはない。そうなのだ、レティエルの体内時計は、めっちゃ正確。規則正しい生活を送ってきたお陰だろうが、多少不規則な生活を送っても正確なんだよね。
「あ~、お腹が空いたのですね」
「あ・・・・・・・」
ミリアはなるほどと頷き、ライオネルの視線は泳ぐ。
「・・・私は幻術の影響でか、時間の感覚に少々ズレがあります。ミリアも、ですか?」
「うーん、私は、この天気のせいで錯覚してしまいますね」
遅ればせながら二人も齟齬を口にし、お互い顔を見合わせる。警戒の度合いが若干上がったのだろう。ピリッとした緊張感が二人から感じた。
軽度の空腹・・・固形物より魔力が美味しいと思う空腹感。これなら魔法術の魔力がどこかって突き止められる。何となく美味しそうな?気がする方向を探ればいいわけだし。
・・・小腹がペコちゃんな今なら、わかると思うよ?
「お嬢様、絶対、絶対に、余計な事をしないで下さい。若様にご報告いたしましょう。それがいいです。ミリアもそう思うな? な?」
「お嬢様なら、行けますよ?」
「だー、お前は、黙れ!」
「お前達、一体何を騒いでいるのです」
「ひゅ!」
「あ・・・」
「わ、若様」
仁王立ち?の義兄が背後に。
「お・・・鬼ぃさまぁ」
足音を忍ばせてとは、何たる悪趣味。さては盗み聞きしたな?
・・・うん、ごめんなさい。はぁ、俺の活躍の場はオニイチャンのせいで奪われた。なんちゃって。
とまあ、こんな一幕があったが、この事実を皆と共有した。
俺達が思う以上に時間が過ぎているに違いない。もしかすると夕方なのかもだ。この青い空を準備した輩は、王子様達が帰城予定の時刻が遅れても問題はないとみたのか。未成年のライムフォードと帝国ご一行様は夜会に不参加と決定している。問題は公爵達だ。不参加では示しがつかない。
・・・一人だけいないんだよねぇ。
「狙いは時間稼ぎといったところか」
「軟禁状態ですね」
睡眠薬盛った件とこの時間を錯覚させる幻術は、関連性がありそう。邸の管理人や使用人、睡眠薬入りのお茶を飲んだと思われる騎士団員と御者の姿が消えた件・・・ライオネルやミリアの報告で邸内に生体反応が感じられない、但し、ミリアは結界や隠匿術を行使されていれば音が拾えない。ライオネルだと範囲外が生じるため限定的となる・・・中庭にいる者だけという事実が重く圧し掛かる。
「襲撃と同一犯なのでしょうか?」
王子様が不安そうな顔で問うが、皆、表現し難い表情で言葉を詰まらせる。情報が圧倒的に足りてない状況で憶測ばかり交わしても思考を固執するだけだと、これ以上の詮索はやることやった後でとなった。
お空が青い現象は幻術に違いないのだが、魔道具や魔法陣の場所が不明なので取り合えずそのままに。時間経過を狂わす事象を放置したのは、万が一、中庭のご一行様方が覚醒しても誤魔化しが利くためだ。恐らく王子様も知らないこの青い空現象は、そのつもりだったのだろう。
・・・睡眠薬といい、その空といい、ここって、マジで籠の鳥なんだよねェ。
得体の知れなさに不快感が募る。
さて、義兄の悪巧みの結果だが、それはまあ、まんまと・・・もとい、優秀なダルに軍配が上がった。一瞬、え?マジ?って顔を見せたが、直ぐに取り繕ったのはエライ。下心を知る俺はドキッとしたものだ。
・・・うわぁ。マジだったかー。
ダルの驚きはそれがブラフでなはなく本物の精神干渉の残滓を見つけたからで、義兄の狙いがドンピシャだったのも大きい。さもありなんって顔の義兄に俺が驚いたわ。
王子様が、はったりでなくマジもんの被害者だったことに誰もが(義兄を除き)唖然としたのだ。
「殿下、ご気分は?」
解術後、体調を窺う親父。ちょっと心配顔なのは仕方がないか。俺達は一度ダルの手際を見ていたことと下心を知っているせいで、まったく心配していない。逆に騙される王子様を心配しちゃったよ。違ったけれど。
「ああ、公爵。少し、ボウっとしますが、大事ないでしょう。しかし、よくわかりましたね。流石は公爵の・・・ああ、ファーレン家の家臣でしたね。貴重な能力を持つ者をレティエル嬢に付けるとは、大事なのでしょう」
・・・それ、勘違いな。
周囲は誰も正さず曖昧に微笑むだけだ。親父も義兄もそうですよぉの顔でやり過ごす。下心を隠し神妙な顔するダルも相当だ。
・・・わー、大人ってキタナイねー。
すっかり毒気を抜かれた?王子様は、俺達に感謝している。それ、たまたまだよって言いたい。下手すりゃ王子様、騙されてたよって言いたい。言わんよ。言わないけれどお口がムズムズしちゃう。
初め、ダルの申し出を疑い、まあ、初対面な相手から魔力を向けられれば警戒するのが普通の反応だ。それを、義兄の言葉で改めた王子様って、よくわからん。頭大丈夫かよと俺は不安に思ったのだが、何故か義兄の株が上った。解せぬ。
親父も言われてみればと納得顔だ。
長年、次期国王はクリスフォードと目され、ライムフォードは長期留学で存在感が薄かった。その態度が王座を狙わない意思表示だと思われていたという。ライムフォードも弁えていたのだけれどねと意味深だ。
・・・うえぇ、こっち見んなよ。
王座に無関心だったライムフォードが帰国後、固執しだしたのが少しらしくないと感じたのが義兄で、クリスフォードの一件で王族たる自覚が芽生えたのかと好意的に見たのが親父だ。一人の人物に対して印象の違い。その差は何かと思い義兄に聞いてみたら、何のことはない。研究馬鹿同士、シンパシーを感じたわけだ。おまけに収監時、城内のスパイ活動で疑念が湧いたそうで、でも、行動を起こす前にあの暗殺事件。義兄は君子危うきに近寄らずと手を引いたと言う。
・・・うわあ、王城って怖っ。
「きっと、母上と祖父でしょう。早々に臣下に降ると決めた私が、歯痒かったのだと思います」
「それは、次期国王を目指さないことに対して、でしょうか」
「はい、公爵。異母兄の失脚で機会が巡ってきたというのに、煮え切らない私に痺れを切らした、ではないでしょうか。このままでは、もう一人の継承権を持つ、ええ、異母弟です。後ろ盾を含め、総合的に見て、彼よりも私が王になるのが一番良いとわかっていても、ふふ、悩みました。国王を支える予定で学んでいたのです。それなのに、あの時は、異母兄を恨みましたよ。幾らでもやりようがあったのにとね」
俺のせいだとは言わなかったことは誉めてやろう。まあ、この面子を前にそんな失言すればヤバいことぐらいわかるか。
ライムフォードも自分の境遇を良く理解している。王位継承権を持つ以上、抗えない人生だとわかっているのだ。なのに、迷いを見せただけでその仕打ちは酷い。急激な変化に戸惑うのは誰だってある。そんな王子様の心中を慮ってくれる人が、彼の周りにはいなかったのだろうか。降って湧いた幸運に色めき立つ大人と温度差があったのがわかる。帰国後、側近の顔ぶれが代わったことも彼の心理的負担だったと思う。
人生を狂わされたと思うかもだけれど、世の中、絶対はない。将来の事だって、描いた通りになる 保証はないからね。腐らず頑張るしかないんだよ、お互いにね。そう言葉を掛けたかったがやめた。
この件は、ライムフォードの望みでなかった事に。親父も彼の王位継承権第一位は揺るがないからなとこれを了承した。下手に突けば禄でもない事態になるのは明らか。義兄もそれがいいと俺を見て言う。
・・・うむ、何故そこで、俺を見るかな?
こうして、大体の事が有耶無耶にされた。
皆、思う事はあるだろうが、それを口に出すことは許されていない。これは、ライムフォードの問題で俺達は無関係。ただの通りすがりだよ。
後味の悪い思いで、王子様の側近達を起こすことにした。
罠邸の偵察にもってこいな人選だろうと義兄が嗤う。怖っ!
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