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第十章 クリスフォード・ラックスファル侯爵領
その後‥‥【別視点】
しおりを挟む「若様、お嬢様はお休みです。不寝番はミリアに任せました」
「人選が心許なく感じますが致し方ありません。ハイデ、男を起こしなさい」
「はい」
ハイデは調合薬を新たに眠っている男に与え、眠りから覚めるのを待つ。
男はギルガの一門で間違いない。よい人材が手に入ったのだ、未だ黙秘を貫くギルガに対し交渉の切り札に使いたい。だがその前に隷属の契約を解術できれば、後々の仕事が楽になるのに、と儘ならぬ現状にランバードの溜息が零れた。
「若、お疲れですね。尋問は俺が引き受けますから休んでください」
「ふっ、申し出は有難いですが、そうも言ってられません。契約書の作製も残っていますし面倒事に巻き込んだこの男に多少の八つ当たりをしても許されるでしょう。私の楽しみを奪わないように」
「‥‥畏まりました。どうぞご存分に」
ランバードは薄ら寒い笑みを顔に貼り付け今後の算段を練る。
「忌々しい輩に、嫌がらせしましょうか。ククク」
この場に居る者には聞こえない小声で呟く。幾ら忌々しくとも身内となった者に手を出すと自分の首を絞める、自殺行為に他ならないのだ。直接は無理でも何らかの苦汁を吞ませたい。さてどうしたものかと思考を巡らす。
「‥‥若、生き残った者を使いますか?」
ランバードの胸中を読んだジェフリーが声を掛ける。普段は主君の思考を邪魔しない男が、である。彼も少々苛ついていた。
「そうですね‥‥情報は引き出せていないのでしたね?」
「はい、二人には守秘契約が。一人目の自白は失敗。薬の無駄でした。残った男は大人しくなったと聞いております」
『使いますか?』声に出さず目で語る。その目の奥に輝く狂気に気付く者は主君唯一人。ランバードは即答はせず、ハイデの処置をじっと眺めて思案を続ける。ジェフリーは訪れた静けさにもどかしさを感じ、気が落ち着かない。許可が下りれば即行動するのに、と要らぬ焦燥に駆られているのだが、己の心情を悟らせない気遣いがこの男には備わっていた(ただし主君限定で)
ジェフリーは主君の姿を目に映しながら、胸の内で溜息を吐く。若の苛つきの原因は他にもあるなと、解術の様子を思い出していた。
(あの魔法陣が希少な契約魔法陣だったら、若は苛つかないのに‥‥)
既知な魔法陣を見た若はさぞやガッカリしたであろう、言わば肩透かし。お嬢様の手前態度に出されはしなかったが期待が大きいだけに落胆も‥‥。
その気持ちはよくわかる。例え誰もわからなくても自分だけはわかるのだと自負するジェフリー。ちょっと気持ちの悪い男であった。
ジェフリーはそっと二度目の溜息を吐く。
(若に害が被らない相手に憂さ晴らし‥‥この男では物足りない)
主君の精神的喜びを真剣に考えるジェフリー。この男も大概である。
「邸内の捜索は終えていませんね?」
「はい。若様。目視可能な範囲は終わってますが証拠品は今だ見つかっていません。恐らく隠匿術かと」
「ああ、そうでしたね。わかりました。私に考えがあります」
「若? 魔道具作ります?」
ニヤリと口角を上げたランバード、然も当たりだと言わんばかりの笑みである。
ジェフリーも若の考えに沿うた言葉を発せて、今後を予想する。主君の意に沿う行動は忠臣なら当たり前。若ならどうするのかと真剣に考え始めた。
「若様、目を覚ましました」
ハイデの声に反応した二人は男に視線を向けた。どうやら見ず知らずの者達が自分を見下ろす異常さに驚愕したようだ。三人の表情に仄かな喜びが見て取れた。
これからしっかり話を聞かねばならないのだ、三人の圧が膨れ上がる。
「今夜は徹夜になりそうですね」
静寂を破る、恐怖に満ちた男の悲鳴が室内に響く。
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