転生先は小説の‥…。

kei

文字の大きさ
325 / 365
第十三章

カリス・ヴァンダイグフ

しおりを挟む

カリス・ヴァンダイグフはまだ天に見捨てられていないと喜んだ。

捨て駒のように殺された王妃、第一王子の立場から転落した孫。相次ぐ失態に我が主君に顔向けできないと憤り、計画が破綻したと一時期絶望していた。

カリスは神を信じぬ。王国民は根強い守護神信仰を持つが彼は元々他国の生まれ。長らく不遇の身に晒された彼に終ぞ信仰心は芽生えなかった。だがそんな彼も、この時ばかりは神に感謝した。
死んだと思っていたエリックが生きていた。しかも仇敵の邸で育てられていたのだ。

カリスはこれを天意だと信じた。母国を見捨てた王国に一矢報いるチャンスが巡ってきたと感じた。積年の恨みを晴らすときである。

「母国は滅んだが血は失われていない。お前の子がいずれこの国の頂点に立つ。はは、無駄死にではなかったな。我が主君もお喜びだ」

手にしたグラスをゆらりと傾け、テーブルに置いてあるグラスに当てる。軽く乾杯の仕草だ。室内には一人しかいない。もういない‥‥死んだ次女への手向けで注いだ酒、今宵の晩酌の相手である。


「お前には三度失望させられた‥‥‥一度目はカルディス陛下と恋仲になりながら正妻の立場を得れなかった。二度目は単なるお手付きで好色王に捨てられた。三度目は無駄死をしたことだ」

果実から作った蒸留酒の香りを存分に楽しみ、コクリと口に含み味を楽しむ。頗る上機嫌であった。

「いや、お前の死を理由に姉を王妃に就けることができたのだから無駄ではなかったな」

だが、と険しい目つきになるのは次女の死を無駄に終わらせた長女の失態を思い出してだ。途中まで思惑通りに進んでいたにも関わらず、足を引っ張った。そうカリスは思い込んでいた。

「俺はもう駄目かと思ったよ、フハハ、まさか仇敵が俺のエリックを育てていたとはな!」

手の内で育てた男に裏切られるとはと、何たる皮肉か。滑稽で嗤えると養育者を馬鹿にした。
だがカリスの心は晴れないまま。それもそのはず、エリックを使って公爵家を破滅させようと企てたのが失敗したのだから面白くない。とはいえ急ごしらえの計画で粗もあったと自覚している。急いた事情があったのだがそれを理由にしたくないカリスの心情は複雑だ。

一口酒を吞む。嫌な気持ちを酒と一緒に飲み込みたくなった。


「俺も年を取った‥‥、本来ならもっと前に着手できたのを‥‥まだ幼いアレ第一王子の横にあの娘レティエルを置くとはなあ…‥。あれは誤算だった。お陰でカルディスを生かすしかなかった」

カリスはカルディスを亡き者にし、若いクリスフォードを擁立させ裏で操る目論見がレティエルとの婚約で、頓挫した。カリスの悪意は誰にも悟らせず、そして成功もしなかった。


家臣達の目には王妃が息子の後ろ盾欲しさに公爵令嬢と婚約したと映っていたので、先代公爵と王妃の取り交わしとは誰も気付いていない。カリス自身気付かずにいた。

それを知ったのはただの偶然。事実を聞いた時は怒りで我を忘れそうになった。
娘と距離を取るようになったのもこれが切っ掛けだったかとカリスは思い出す。疎まれ始めた理由わけも時期もよくわかっていないのだが、所詮今のカリスには終わった話だ。

「クリスフォードは傀儡としても不出来であったな」

我儘で甘えたがりな上に怠惰、おまけに卑屈で恨みがましい王子に育ったのは周囲の悪意に晒されただけではない、生まれ持った気質もだろうと思う。甘言と悪意の中で生きてきた孫に同情の気持ちはない。駒としてしか見ていなかったのだから。

「当てが外れた‥‥‥」

レティエルとの婚約を相手有責で破談させなければと、機会を伺い姑息な方法を考えていた。だが、カリスが手を下す前にクリスフォードが暴走してしまい手が付けられなかった。傀儡どころではない。コントロールできなかったのだ。

愛に盲目なのは陛下にそっくりだと毒を吐く。
後ろ盾のない女、しかも犯罪紛いを生業にした身内のいる家の娘と添い遂げるとトチ狂った。

「アレは血筋か…‥」

先代国王から受け継いだ、血は争えぬとはこのことかと唾棄した。

狭い学園内の出来事とはいえ、外部にクリスフォードの醜態は中々漏れなかった。カリスはそれを政戦の縮図だったかと考察していた。未来の国王と王妃と目された二人の動向を誰もが注視し、そして自分に都合の好い様に情報操作に明け暮れる。
クリスフォードとその恋人を擁護する者もレティエルを擁護する者も情報戦を上手くやってのけていた。
だがそれでもとカリスは思索を止めない。

「思い返すも忌々しい。あれは妨害されていた…‥」

恐らく公爵。
気付いた時は孫が破滅の道を進んでいた。
カルディスも知っていて放置していたのだろう。自分の子ではないという悪質な噂が、子を遠ざけたのだとカリスは今も思う。

娘の恋人としてのカルディスは、情に厚く正義感に溢れていた。父親を反面教師としたせいで愛する人は一人だと頑なに拒む強情さを見せたのは、こちらにとって好都合だった。面白いようにカリスの思惑に嵌っていった。
それが‥‥

「陛下が変わられたのは、愛した者を守れず死なせたからか」

どこで見初められたか、何故興味を持たれたか、先代国王に目を付けられた娘は、好色王の毒牙に。伯爵家の娘を側妃にも愛妾にもせず、ただの慰み者として扱ったあの男を心底憎んだ。それはカルディスも同じだったと思う。娘の死後、恋人だった男カルディスは甘さが抜け冷酷な者へと変貌を遂げた。恋人を実父に奪われたのが原因で、まるで人が変わった。

「本当に甘い男だった。国王となる男が周囲の思惑も自分の置かれた立場も図り間違ったのだからな。気付くのが遅すぎだ」

愛されたお前は、悔しかろうとグラスを軽く合わす。
孫の不満がすっかりカルディスへの不満に変わっていた。

「死ねば終わりだ」

冷めた声色で吐き捨てた言葉は二人の娘へと捧げられた。今のカリスが使える駒は二人の孫。一人は使い捨てても良いと考え、もう一人には表舞台に立ってもらわねばと期待する。積年の恨みは愛すべき存在を忘れさせるに充分だった。犠牲にしてでも己の目的を叶えたかった。




カリスの目的。

「主君の望みのままに」

そのためにはこの身、この命、捨てても構わない―――

心の底から切に願う。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

婚約破棄されて森に捨てられた悪役令嬢を救ったら〜〜名もなき平民の世直し戦記〜〜

naturalsoft
ファンタジー
アヴァロン王国は現国王が病に倒れて、第一王子が摂政に就いてから変わってしまった。度重なる重税と徴収に国民は我慢の限界にきていた。国を守るはずの騎士達が民衆から略奪するような徴収に、とある街の若者が立ち上がった。さらに森で捨てられた悪役令嬢を拾ったことで物語は進展する。 ※一部有料のイラスト素材を利用しています。【無断転載禁止】です。 素材利用 ・森の奥の隠里様 ・みにくる様

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...