愉悦令嬢は誰も彼もを弄ぶ

火ノ鷹

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愉悦令嬢は誰も彼もを弄ぶ

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「ティル、俺と婚約を破棄してくれ。ライラと婚約を進めたい」

知っていた、とは言えない。あの男爵令嬢に殿下が惹かれていることなど。私は侯爵家の令嬢、ティル・バーロックなのだから。

「一応、理由を聞いても?」
「ああ、お前の取り巻きの令嬢がライラに嫌がらせをしていた。その令嬢はお前が唆したということも既に白状済みだ」

唆した…?。ああ、いつだったか忘れてしまったけれど、編入できるという実力を褒めたときのことでしょう。

「唆した覚えはありませんが」
「白々しいぞ。音を記録する魔術で庭園でそういった話を行われていたのは分かっている」
「切り取りですか、厄介ですね」
「認めないか。仕方ないな」

認めない私の前に次期将軍候補と呼ばれているハーエル、宰相候補と呼ばれるベルガー、それにその補佐とも言われるワージが現れる。いつも殿下と一緒にいる4人のうちの3人だ。

「?。あなた方は…」
「まさか侯爵家が敵になるとは思いませんでしたが」
「乱暴な真似はしたくないんだが」
「侯爵家の土地没収はちょっと手続きしたくないですよ?」

既に実務にも入り込んでいるという話を聞いたことがあったけれど、私が事を起こしていたら確かに侯爵家は被害を受けるのは間違いない。

「イタキ・ルガディンはいないのかしら?」
「あいつは何かに怯えて部屋から出てこなくなったよ。何に怯えているのだか」

イタキは次期将軍候補でも魔術職の将軍候補。勘がいいとも言われるけれど、臆病者とさえ言われることもある。
…私の魔術や魔力はイタキを超えているけれど、それを察して屈したのだろうか?。

「それで、三人を呼んで私をどうするつもりかしら?」
「這いつくばってライラに謝罪しろ。それで許してやろう」

這いつくばれ、その言葉に表情が抑えきれず、慌てて扇を広げて口を隠す。

「ふふふ…」

ダメだ。笑いが止められない。

「何を笑って…!?」
「アハハハハハハハハ!!。笑いが止まらないとはまさにこのこと!。誰が這いつくばって誰に謝罪しろと!?」

誰が、誰に口を出しているのか教えてあげる。



■ 一年前

「はぁー…暇ね。こうもやることが少ないと」

アルディア王国、バーロック侯爵家の長女ティルはベッドの上で足をバタバタさせて暇だと示す。模範的な淑女として一番に挙げられる程の女性にあるまじき行為だった。

「お嬢様。誰かに見られるかもしれません。そのような行為はなさらぬ方がよいかと」
「黙りなさいオラク。私がそうしていいと判断しているの。ダメと言うなら貴族として処罰でもしましょうか?」

執事オラクは口を閉ざす。
ティルは侯爵家のお嬢様だ。その身分と、何よりもその余りにも行き過ぎた力のために誰も口を出すことができない。

「私のことを監視しているのくらい知っているわ。それも十数人。護衛としての監視もあるのでしょうけれど、無駄よ」

手を伸ばし、パチンと指を鳴らす。ティルにはそれだけで十分だった。
すぐ近くは屋敷の中から、遠くでは1km程先の木の上からボトボトと人が落ちる。彼らは全員が気絶し、落ちた時の衝撃で絶命したものさえいた。

「これは助かりました。回収致します」
「はぁ……退屈。魔術は極め終わったようなものだし、もっと面白いものがないものかしらね?」

去り際にオラクが一言告げた。それが愉悦令嬢と呼ばれる始まりだった。

「もうじきアルディア王国高次の学園が始まります。そこでなら楽しみもあるのではないでしょうか?」


■ 学園前期

それから数日後、高次の学園に入ったティルは暇を持て余していた。全てで満点を出し、教師を困らせるような質問すら投げかける。教えることさえ既に予習済みであり、教師は爵位的に強く言える立場ではなかった。
結果として、テストの時以外は好きな時間に好きに行動していい、と黙認されることになった。

第一中期テストが終わり、休みの時間に庭園で紅茶を嗜む。これだけは奥深いのだから嫌いな時間ではない。

「悪くないわ」
「さすがティル様ですわ」
「ええ、高次ですらも全て満点を出せるものは歴代でも初めてという話ですわ」

付き纏う他の家の令嬢も増えた。受けてきた貴族教養では、他の家とのパイプ繋ぎに使えるから可能な限り付き合いはよくしておくように、とのことらしい。
だが私個人としては正直なところ、何の面白みもない人物を横に置くのは苦痛ですらある。婚約者である第一王子でさえ面白みが全くない人間だ。もっと感情に振り回されてもいいとすら考えることもある。

「当然の結果よ、誇るものでもないわ。…あと、そろそろかしら」
「これは失礼しましたわ。それでは」
「ええ。失礼いたしますわ」

時間をほのめかして周囲の取り巻きを遠ざける。私がこういう風に言う時は婚約者が近くにきているからだ。
すぐ近くにきている。なら私にも声をかけることでしょう。

「ティル!。いたのか!」
「ダ―ム殿下」

金色の髪に碧色の瞳。人によっては最も見た目がよいと言う者もいる外見。そしてキリっとしていれば確かに次代の王と呼ぶにふさわしいかもしれない人物だ。

「聞いたかい?。来期から編入する学生がいるらしい」

編入生?。職員の話を盗み聞きするのは簡単だが、面倒だからやっていないがために聞いていないことだ。
だが編入生というだけあるのだからそれなりの学力があると認められた者だろう。興味はないが、私と対等になるのなら目をかけてもいいかもしれない。

扇を開き、口が見えないように隠す。それを見て殿下は苦笑を浮かべていた。

「それは楽しみです。能力があるのなら口利きしてもいいでしょう」
「能力…ティルと同じくらいってことかい?。それは無茶もいいところだ。それとも…そこ以外のところかな?」
「さてさて…、編入生に期待といったところでしょう」

ふふふと含み笑いを込めて笑う。
これでも魔術を極めた者なのだ。国に存在するどの魔術師よりも遥か頂点に君臨する私なら、未来すら分かるものがある。もっとも未来視という魔術は不確定要素が大きいが、おおよその方向性は分かる程度のものだが。
さてさて…殿下が編入生に慕われ、私を裏切るなどという未来をどうやって遊んであげましょうかね?。

それから二月ほどが流れ、学園は後期のシーズンに入る。

■ 学園後期

「編入生のライラ・エーディアです。よろしくお願いします」

まさか編入生が私と同じクラスとは思わなかった。いい加減に職員の話を盗み聞きする必要があるのかもしれない。
キョロキョロとクラスを見渡し、ダ―ム殿下を見ると笑顔になり、私を見ると睨んできたところを見るとは何とも分かりやすい。
殿下もニコニコと笑っている。入ってきたばかりの編入生ならそんなものだろうか?。

後期最初のテストでライラ嬢が私と同じ満点をとったのは少しだけ驚いた。ふわふわとした感じからそこまで能力が高いとは考えていなかった。
魔力素養も十分に高い。土に水がしみ込むようにスッと入っていくのが見て分かる。王子すら入学する学園に編入してきたという実力は確かなものだったようだ。

「ただそれだけの能力があると…妬まれるのは当然よね」
「随分と直接的な言葉ですわね」
「ティル様も公認ということですわ」

そうは言っていないのだが、この取り巻きたちは理解する力というのがひどく低いらしい。こんなのでも伯爵令嬢というのだから恐れ入る。

「そうは言っていないわ。ただそうね…、男爵かしら?」
「マナーがなっていないということですわね」
「下の階級が目立ちすぎるのはよくないということですわ」

なるほど。彼女らがライラ嬢を追い詰める役割を担うらしい。これからライラ嬢をいじめる首謀者が彼女らだということはちょうど今視えた。

「そろそろ、かしら」
「それでは失礼しますわ」
「では私も」

取り巻きのもの達が一人一人離れていく。今回は王子が近くにいるという訳ではく、単純に彼女たちが面倒になってきたからだ。

「はぁ……っ!?」

ヒラヒラとハンカチが飛んでくる。それは空を見上げ無防備になっていた私の顔に舞い落ちた。
姿勢を戻し、ハンカチを手に取る。随分と年季が入っているものだが…これは、ライラ嬢の持ち物。

「はぁっ…はぁっ…」

近くにはライラ嬢、それにダ―ム殿下もいた。これは一体…?、殿下は少なくともこんなところにはいなかったはず。一瞬で移動した?、どうやって?。

「私のハンカチ…!」
「ああ、これはライラの物だったのね。随分と薄汚れた物だから燃やしてしまおうかと思ってしまったわ」

どういうこと?。声が、私の思うように出ない。

「申し訳ありません。それは男爵家のもの、許してもらえるのなら…」
「ふんっ、構わないわ。私のお茶の時間が台無しね」
「ティル…?」
「これは殿下。ライラ嬢の案内か何かを申し出たのでしょうか?」
「あ、ああ…」
「それは優しゅうございますね。それでは続けてくださいまし」
「そうか、分かった」

殿下がライラと共に庭園を出て行く。それを見送ったと同時に、私の意識がハッとなる。
手を開いたり握ったりして自分の意思通りに動くことを確認する。さっきの状態は一時的なものだったようだ。

「なるほど…厄介な娘。一時的な状況だけ完全支配する魔術ですか」

これは厄介だ。そして狙いはダ―ム殿下。大方私のろくでもないところを見せるような状況に落とし込み、殿下を惑わすといったところでしょう。

「いいでしょう、乗ってあげる。ただそれはそれとして…」

敵と認識した、ということを思い知らせてあげる。私ができる最もいやらしい方法で。

「彼女はエーディア男爵家だったわね。あと未来視で見た私の取り巻き関係、そして王子が推薦する将来の国を取りまとめる男性がた。みぃんなまとめて私が潰せるようにしてあげる」

ふふふ、あはは、アハハハと高笑いをあげるティル。その顔は悦に浸っているという言葉が何よりふさわしかった。




「これで契約内容は間違いないかしら?」
「……」

エーディア男爵家屋敷。ハンカチを落とされた翌日、そこにティルはいた。
エーディア男爵夫妻は地べたに這いずり、手と目、そして口をほんの少ししか動かすことができない。そう言う風に魔術をかけた。

「ねぇ。別に難しいことは言ってないの。ただあなたの娘がどうなろうとあなたは知ったことではないと、そういう契約なだけ。貴族なら分かるでしょう?」
「ライラは……」
「あなたより爵位が遥かに上の私に刃向かうのかしら?。ねぇ、それがどういう意味なのかあなた分かってるでしょう?」

ティルの顔はいつしか悦に浸っている時と同じものに変わっていた。それがまるで本性なのだと言わんばかりにティルは言葉を責め立てる。

「自分の子が大事?、いいえ違うでしょう。あの子は妾の子。あなたは妻を裏切っているわよね」
「自分の社会的地位が大事?。それも無理ね、あの子が王子に色目を向けた時点で堕ちるのは確実よ」
「自分の命が大事?、それなら私が助けてあげてもいいわよ。もちろん契約をすればだけれど」
「あ…あ…」

少しずつ瞳から力が無くなっていくのが分かる。愉しい、ああ…なんて愉しいのかしら。こんなことがあるなんて、退屈だったのが嘘のよう。

「ねぇ、契約するの?。しないの?。次があるの、さっさと決めなさい」

次、という言葉が決め手だったのか、死んだような瞳をしたエーディア男爵は契約書にサインをした。
契約書の内容は「ライラ・エーディアのあらゆる権利をティル・バーロックに譲渡する。これはライラ・エーディアの意思に関わらない。また、エーディア男爵家の総意とする」というものだ。

これにより、ティルはライラを奴隷にしようが殺そうが、家族にしようが物以下の扱いをしようが自由になった。

「アハハハ!。所詮はその程度よね!。じゃあ助けてあげる。この屋敷にいれば私が殺すことはないわ。もちろん噂の被害も逸らしてあげる」
「……分かっ…た」

ティルは契約書を懐にしまい、エーディア男爵家屋敷から一歩だけ外へ出る。魔術を行使し、あらゆる障害をすり抜けて瞬間移動を行って、だが。
これによって一歩歩いた先はバーロック侯爵家の屋敷の自室につく。

「あの屋敷から出れば時間式の毒、居ても不運が続く魔術をかけたからいずれ不慮の事故で死ぬでしょうね」

魔術を悪用するのは貴族として越権行為だが、ティルからすればそんなものどうでもいい。何せそれは悪用されたと気づけば、の話だからだ。
ならば、規格外と言っていいほどの魔術を使うティルを誰が止めることができるというのだ。

「次は~…取り巻きの伯爵家ね。ふふふ、愉しくなってきたわ!」

非常に上機嫌なティルを扉の隙間から執事オラクは確認する。オラクもまた満足そうな顔をして自室へと戻っていった。


ティルが学園に行く頻度は週に一回ほどだろうか。本来なら行く必要もほぼない。期の初めと中期、そして期の終わりのテストさえこなせば学園は修められる。そしてまだ期は始まって中期にも至っていない。

だがティルは向かう。その理由はたった一つ。

「ダ―ム殿下、お願いがあるのです」
「どうしたんだい?、ライラ。今日の授業で分かりづらいところでもあったかな?」
「あら、ライラはあの程度のことさえ分からないのかしら?。随分と惨めな頭をしているのね」
「っ。その…二つ目の授業のやつで…」
「ティル。機嫌が悪いのは分かる。だが言い方というものがあるだろう」
「おや、これは失礼いたしました、殿下。つい気になってしまったもので」

これである。ライラの状況を支配する魔術はこの私にすら作用するらしい。抵抗する方が面倒なので私に魔術をかけさせて、解析をかけていつかはね返してあげる。そのためにあえてライラの術中に嵌っている。

ただ気になるのは殿下の様子だ。どこか向ける目の色が変わってきているようにも見えた。それが色恋沙汰なら王族としての誇りではね返してほしいものだが。
…流石に王様相手に契約を迫るのは面倒だから、頑張ってほしいところだ。


「取り巻きの家は全部屈した。次は王子の推薦する面子だけれど…。宰相候補のベルガー・フィレドに将軍候補のハーエル・ロガード、それに魔術系の将軍候補のイタキ・ルガディン、そして実務候補のワージ・バリーガ。篭絡されてなければ特に何かする気はないけれど…」

遠視の魔術で様子を見てみることにする。…が、一瞬で分かった。

「どいつもこいつも色恋沙汰が好きなことで。発情期がある猿とさして変わらないわね」

文字通り目の色が違った。魅了を受けているらしい。魅了が完全にかかりきると眼の色が特定の人物を見ている時にピンク色に変わるのだが、それが綺麗に見えた。
というかライラは魅了系の魔術も使えるのか。常に攻撃系の魔術ははね返す私は認識しようとしなければ分からないから気づかなかった。

「仕方ない。…4家にも契約を迫らないと」

二週間後、彼らの首輪はティルの手元に送られた。

■ 学園後期 中期


「あの魔術どうなってるのよ!?」

屋敷のベッドで叫ぶ。今日も学園に行ったが、再びあの状況操作魔術に完敗したのだ。

ずっと解析を行っているが全然理解できない。まるで世界がそうあれと言わんばかりの状況操作能力。アカシックレコードでも理解できるのなら理解できるのかもしれないけれど、私にはそこまでの力はない。
私はただ突出し過ぎた学習能力があるだけだ。1を聞いて10を理解し100を行える程度の。
それで現存する魔術を極め、自らのオリジナルを数えきれないほど作った。理解できる人がいないから私だけしか使えないけど、楽しかったから問題はなかった。

話が逸れた。この状況操作は私は敵わないものと見るほかない。

「ただ王子の眼が…かなりピンクに近づいてた」

ティルは今日の様子を思い返す。

いつも通りの庭園だった。いつも通り、休み時間に紅茶を嗜む予定だったのだ。
だが先客がいた。殿下とライラだ。私がいつも嗜んでいるように、紅茶を嗜んでいた。二人っきりで。

「これは失礼しました。先客でしたか」
「ああ、ティルか。一緒に…と言いたいが、ライラがいるからなぁ」
「申し訳ありません」
「全く…なぜこのような男爵令嬢に目をかけるのか理解に苦しみますわ」
「またか。ライラのことなら気にするなと言っているだろう」
「男爵令嬢ですよ?。慕う気持ちに応えるなとは言いませんが、共に隣を歩くことはできません。それは分かっておいででしょう?」
「…ああ」
「あの!。私は…殿下の隣にいたいです…」

二人は目を合わせ、微笑みあう。そこで気づけた、殿下の眼の色に。

「随分とマナーのなっていない子ね。爵位が上の者に声をかけるな、…正確には声をかけても意見を告げるのは許可を得てから。それすら知らないのかしら?」
「ティル、…言い過ぎだ」
「これ以上言葉にしても私の時間が無駄になるだけでしょうし、別の場所に行くことにしましょう。殿下、色恋沙汰はほどほどにしておいてくださいまし」
「分かっている!」

マナーを注意するなど私はしない。そんなことをするような令嬢に興味はないのだから。そんなことをするくらいなら別のことをやった方が有意義だ。

またしても状況操作魔術にしてやられた。だがここまで術中に嵌ったことで分かったことがある。
あの魔術はライラが魅了していた4人と王子の誰かといる時だけ使えること、魅了魔術をかけやすくする作用があること、そして私に4人及ぼ王子と敵対させるような意識を植え付けること。
そして…回数に制限があること。徐々に強制する力が弱まってきているのは分かっている。100の力が99.9になったようなものだけれど、抵抗できるときは来ることが分かったのが十分な報酬だ。

そして最後の影響だけは無効化出来た。私自身への魅了みたいなものなのだ、効くわけがない。

「けれどこれが進んだ先の結末って…一番最悪なものとして、魅了であの小娘馬鹿になった殿下による婚約破棄?」

それなりの才覚を持つ殿下が小娘馬鹿になるというのは信じられないが、それを可能にするのが魅了の魔術だ。あり得ない話ではない。

仮に成功したら、国家に揺るがすダメージはかなりのものになるだろう。

「仕方ない…王様と契約をしなければならないわね」





王城の王の部屋に直接瞬間移動する。さらに入った瞬間い音を遮断し周囲に音は流させなくする。
以前殿下に入らせてもらったのが助けになったとは皮肉もいいところだろう。

「…誰ぞ」

王は執務の部屋にいた。大量の書類が責任とはこういうものだと示すかのようだ。

「これは失礼。ティル・バーロックにございます。申し訳ありませんが、少し這いつくばってもらいます」
「バーロック家の令嬢か。謀反でもする気か」
「いいえ、そのようなものではございません」

パチンと指を鳴らす。それだけでアルディア王国の王は書いていた書類に突っ伏した。

「これ…は…。麻痺の…魔術…」
「ええ。私特別のものです。私がやりたいことは契約、私の婚約者に首輪をくださいな」
「ふ…ふ…ふ…。魔術を…解け。暴れる…気は…ない…」

ティルはもう一度パチンと指を鳴らす。麻痺の魔術は解け、王は突っ伏していた顔を上げる。

「確認もせずに魔術を解くか。傑物どころではないな。男で我が子なら継がせたところだろう」
「そんなものいりません。私は愉しく過ごせればそれで充分です」
「さらに格を上げるか。それで婚約者…ダ―ムか。色恋沙汰にかまけてお主の機嫌でも損ねたか?」
「まぁ、そんなものですね。犬になるなら首輪が必要でしょう?」
「ははは!。ダ―ムを犬呼ばわりするのはお主くらいのものだろう。ここに来れるだけの力を持つ物と戦う気はない。条件を呑もう」
「流石王です。話が早くて助かります」

以前にエーディア男爵家で契約した内容とほぼ同等のものを王に渡す。その内容を見た国王はふふふと笑った。

「これでダ―ムを縛るならお主が国王にもなれるのではないか?」
「いりませんと言ったはずです」
「国よりも自分自身のやりたいことをとるか。ますます逃すのが惜しい。だがお主がいる限り国は安泰とも言えよう。…これで良かろう?」

国王はサインをし、魔力が流れていることも確認した。これで私に刃向かう者の全てに首輪をつけたことになる。

「もしダ―ムを切り捨てるなら私も見てみたいものだ」
「さぁ?。それは私の知らないことです」

いつも通りに契約書を懐に入れ、部屋から出ようとする。だがそこで一つだけ思い出す。

「ああ、でも、その未来はそんなに遠くないみたいですよ?」
「未来?。ふふふ!、ははははは……!」

国王の笑い声を背に、屋敷の自室へと移動する。予想以上にすんなりいったことに満足だ。ただ気になることは―

「―王様のあの笑い声は何だったのかしら?壊れた?」

未来すら視られる者が国に常駐している、という安堵の笑いだとティルが考えつかないのは国からしても不幸中の幸いだった。

■ 学園後期 終了寸前

それから時間は少しだけ経ち、期の終わりのテストも終わり、殿下に呼び出しを貰った。場所は学園の広間、何かを言いたいらし…いえ、やりたいことは分かっている。
ああ、でも顔が悦に浸りかけていて表情筋を引き締めるのが辛い。

「ティル、俺と婚約を破棄してくれ。ライラと婚約を進めたい」

知っていた、とは言えない。この場にも状況操作の魔術がかけられている。

「一応、理由を聞いても?」
「ああ、お前の取り巻きの令嬢がライラに嫌がらせをしていた。その令嬢はお前が唆したということも既に白状済みだ」

唆した…?。ああ、あれのことか。
少しずつ顔がにやりと笑いつつあるのが分かる。どうやら状況操作魔術がようやく効き目がなくなってきているらしい。あれだけ大規模なのだから当然だろう。むしろここまで持ったのが奇跡じみたものだ。

「唆した覚えはありませんが」
「白々しいぞ。音を記録する魔術で庭園でそういった話を行われていたのは分かっている」
「切り取りですか、厄介ですね」
「認めないか。仕方ないな」

認めない私の前にハーエル、ベルガー、ワージが現れる。いつも殿下と一緒にいる4人のうちの3人だ。

「?。あなた方は…」
「まさか侯爵家が敵になるとは思いませんでしたが」
「乱暴な真似はしたくないんだが」
「侯爵家の土地没収はちょっと手続きしたくないですよ?」

…あれ?。三人だけ?。

「イタキ・ルガディンはいないのかしら?」
「あいつは何かに怯えて部屋から出てこなくなったよ。何に怯えているのだか」

魔術職の将軍、というだけはあるらしい。実力差がどこかのタイミングで理解できてしまったようだ。運がいいのか悪いのか…。

「それで、三人を呼んで私をどうするつもりかしら?」
「這いつくばってライラに謝罪しろ。それで許してやろう」

ふふふ、ふふふふふふふ!。

「ふふふ…」

ダメだ。笑いが止められない。3人が出てきたことでこちらの使える時間が増えた。おかげで状況操作魔術も無効化どころか支配下におくことにさえ成功した。ならばここからは私の状況に従ってもらいましょう。

「何を笑って…!?」
「アハハハハハハハハ!!。笑いが止まらないとはまさにこのこと!。誰が這いつくばって誰に謝罪しろと!?」

豹変した私に恐れをなしたのか、周囲にいた人たち全員が後ずさる。
気分の高揚に反応して魔力も少し放出している、それが原因であることも分かっていた。

「あなた方はみな私の下僕であることすら知らないで、よくもまぁそんなことを言えたわね」
「誰が下僕だと!?」

ハーエルが飛びかかってくるも、一言口にするだけで十分。

「這いつくばりなさい」
「なぁっ!?」

まるで途轍もなく強い重力が突然かかったかのようにバタンと倒れ込むハーエル。そこには起き上がる様子もない。

「言ったでしょう?、私の下僕だと。…皆さん動かないでもらえます?」

逃げようとしていた者、ジッと見つめていた者、他にも反応は多様だったが、彼らはみなピタリと動きを止めた。
王子とライラも当然動けなくなる。

「これは……契約魔術?。一体どこで…」
「私も…いったい…?。こんなのなかったはず…!?」

「あなた方の親はみな私に従ってくれましたよ。国王様も含めて、ね」

「なっ!?」
「嘘っ!?。あり得ない!」

信じられないだろう。どこに大事にしていた子供の命を無造作に捨てる親がいるというのか。

「どういうことよ!?。私が主人公だっていうのに!」

主人公?。…ああ、あの魔術は演劇か何かが基にあったのね。魔術の概念から逸脱していたから理解が難しかったけれど、ようやく理解できた。

「あなたが主人公だというなら私が悪役?。笑いが止まりませんわね、演劇にはよくない終わり方もあることも知らないのかしら?」

原典ではハッピーエンドになるものの方が少ない。…もしかして全く違う世界のお話でしょうか?。それなら分かりませんが。

「…どこで間違えたのよ!?」

いい加減話を進めましょう。この方は見ていて不快になる。惨たらしい結末を準備しますから、せいぜい後ろで吼えていてくださいな。

「皆さん安心してください。危害を加えるつもりはないです。ただ…私の愉しみに付き合ってもらうだけですよ」

ああ、愉しみが楽しみ過ぎてたまらない。悦に浸っているというのがよく分かるわぁ。

「楽しみ、だと?」
「もっとも、こんな真似をしでかしたのですからまずはその対処からですか」

まずは罪には罰を。それが罪であるか決めるのは私ですから偏りしかないわけですけどねぇ。

「首謀者は全員、一年程私の屋敷で働いてもらいましょうか。学園を離れますが一年程度なら余裕で取り返せるはずです」

大丈夫、だいじょぉうぶ。私はそこまで酷いことはしません。ただただ反省してもらうだけです。

「私の嘘を吐いた伯爵令嬢とそこの小娘の三人は二年間にします。そのままずっと住み込みになっても構いませんよ?。それ以外の見物人は何も無しです。ここで見たことをなかったことにするだけですね」

流石に騙された人と騙そうとした人は区別します。三人には恐ろしく長い二年間をプレゼントしてさしあげましょう。

「それならいつでも戻ってこれる。問題ないな」

あら、どうやら勘違いしている様子。いつでも戻ってこれるとしたら私くらいでしょうに。

「?。私、いつこの国の屋敷だと言いましたか?」
「なっ!?」
「もちろん国の外ですよ。別荘がいくつもあるので、そこになります。ああ大丈夫です、魔物に殺されるようなことはないから安心してください。結界魔術を張っていますので」

あーんしん、ですよー。私特性の結界魔術は国の精鋭が百年攻撃しても壊れません。出入りも自由自在です。

「だが…」

ああ、なんかもういい加減にイラついてきた。こんなに優しくしているのに随分とつけ上がる。

「私に口答えをできる立場とお思いで?」

イラつきが表面に出た私の言葉に、動けないだけの彼らは身体どころか表情すらも変えられなくなる。
恐怖で言葉すら出ないほどになっていた。

その彼らを見て、何も面白みを感じなくなってしまった私は、パチンと指を鳴らし契約による拘束を解く。そして倒れ込む彼らを背に、広間から外へ歩いて行った。



「…誰も、傷つけないとは言ってないのですけれどね」

悦に浸り切った表情を隠そうともしないままに。

■婚約破棄から一月後

それから一月ほどが経ち、正式に彼ら4人は国外の私の別荘へ、三人は私が所有する屋敷に送られた。
彼らの親は涙ぐむこともなく、ただただ冷たい目をして彼らを見送った。

そして彼らは道中で皆魔物に襲撃された、別荘に着く寸前で。
中々愉しかったですね。魔物を操作して彼らを襲う、というのは。魔物の視点なんて滅多にできない上、分かりやすい標的なんてこんなところには来ませんからねぇ。

その日は傷を癒すだけにして、欠損はそのままに放置しました。数度だけ同じ目に遭ってもらう呪いのような魔術をかけて立ち去ります。

そして数日が立てばあら不思議。歩くどころか立つことすらできない彼らの完成です。

「助けて…くれ…」
「あらあら、随分と酷い身体になりましたね。四肢切断に、…言えないようなものまで。私としてはそこまで堕ちるところを見るのが、…それはとてもとても愉しかったのでもう解放してもいいのですが」

もちろん解放する気などない。愉しみはここからが本番です。

「頼…む…」
「一年という約束ですからねぇ。約束も守れない男では、一体何を守れるというのでしょうか?」

罪悪感からでしょうか?。口を閉ざしてしまいました。ああ、もしかして他の方が気になるのでしょうか?。

「ああ、安心していいですよ。他の3人も似たような目にあいました。令嬢三人は…まぁこれからどうなることやら。少なくとも生きていると言うには酷なものになるでしょうけれど」
「…悪魔め」

悪魔?。私にそんな言葉は似合わないわ。もっと別の名前にしてほしいところでしょう。

「さよなら、殿下。次は…ああ、もう寝てしまいましたか。残念です」

動けないのはかわいそうだから魔物の四肢でも括り付けてあげようと思ったのに。優しい私に会えないのは無念極まりないでしょう。


ティルは愉悦に浸る。ただただ貪るように浸り続ける。



これはいつしかその事実が広まり、愉悦令嬢と呼ばれる令嬢の…その始まりのお話。

「ああ、まだまだ愉しみ足りないわ」



■ 後日

「あらあら、令嬢たちはまた壊れてしまったのかしら?。ただ産める子供の種類を増やしてあげただけだというのに」

愉悦令嬢の前には瞳に光を失い倒れる令嬢が三人。彼女らのお腹が四角く膨れ上がっているのが人間という生物として歪だと告げている。

「あ………あ……」
「…ぁ…」
「…」

「元気もなくなってしまいましたか。それなら精神を回復させてさしあげましょう」

「「「がぁっ!?」」」

獣のような声を上げて身体を跳ねる令嬢三人。精神が完全に壊れた人を治すとこんな感じになるんですねー。これは愉しみに使えそうです。

「殺してよぉ!。今すぐ!。嫌!嫌なのぉ!!」
「何で…また…?。あれが…来るの…?。ハハハハハハハハハハッ!!!!」
「……え…あ……」

あれ?もう壊れそうになってる。
たかだか数回無機物や虫といった物をお腹から吐き出させて、それを目の前で壊させるように身体を動かしてあげたくらいなだけなのに。身体も精神も毎回直しているのに…摩耗でもしてるのでしょうか?

「だとしたら大変です。摩耗する精神を回復する魔術を考えないと」

魔術を開発するのは愉しみであり楽しみだ。昔はただの楽しみだったけれど今は愉しみでもある。精神作用があるものも今は自由に使っていい対象があるから。

「別にこんな真似だけが愉しみってわけではないのですけど…まぁ今は一番愉しいってことで」

アハハハと愉悦令嬢は笑う。その顔は愉悦に染まり続けていた。

誰も、彼女を止められる者はいなかった。それからも、ずっと…。
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