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第二章 シアニン帝国~緑士ノ乱平定編~

闇の中の青龍②

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    俺は今、広間の壇上下にいた。大勢の貴族達に囲まれている。
    彼らはヒソヒソと何事かを呟き、奇異の目をこちらに向けていた。
    最初俺が見られているのかと思ったが、どうやら違うようだ。彼らの視線は、俺の先の1人と1匹に注がれていた。俺のことは、見えていないようだ。

    目の前には、青年姿のフサロと小さい青龍が並んで立っていた。青龍の隣には、先程の青い髪の少年が佇んでいる。
    その先の壇上に豪華な衣装に身を包んだ厳しい顔の紳士が、玉座に鎮座していた。何処と無くフサロに似ている。先代のシアニン帝国皇帝陛下なのだろう。

    ブルーフィールズ城で魂晶の儀が行われているようだ。
    少年は不安げに俯いていた。時折、フサロの表情を盗み見ている。フサロはと言うと、正面だけ見つめ、皇帝陛下に負けずおとらず、厳しい顔をしていた。

    儀式は粛々と進んで行った。それに伴い、少年はどんどん俯いていく。最終的に蹲ってしまった。儀式が無事終わり、会場が拍手で覆われる。
    それでも、少年は立ち上がらなかった。周囲はそのことに気づいていていない。というか、守護魔獣になど、気にも止めていないようだった。

    視界が揺らぎ始めた。溶けるようにただれ、また、深い闇に覆われていく。


◇◆◇


    今度は、林の中にいた。青龍と青い獅子が対峙していた。獅子は、青龍の倍近くあった。青龍にあの少年が姿が重なる。

    震えているようだった。当然だろう。あんなのに遭遇したら、俺だって失禁ものだ。

    暫しの睨み合いの後、獅子が飛び出した。青い鬣を風になびかせ、百獣の王は前足を伸ばして鋭いパンチを放った。
    青龍はそれをスルリと躱すと、側面から攻撃に転じた。2匹は揉み合いながら、地面を転げ回る。

    青龍は体格差を諸共せず、必死に応戦していた。しかし、体格と経験の差は大きく次第に獅子に押されていく。
    ついに、頭を押さえ付けられ動けなくなった。首に噛みつかれて、弱々しく鳴き声をあげた。

    近くで戦っていた青士がそれを見て、助けに行こうと動いた。

「手を出すなっ!  」

    フサロの怒号が辺りに響いた。少年の顔に絶望の色が浮かんだ。

「ギャオーン」

    青龍が咆哮をあげる。全て怒りが込めらているようだった。と同時に、凄まじい轟音と衝撃が林を襲った。獅子に雷が落ちたのだ。即死だった。

    少年の目にほんの少し、光が宿った。誇らしげにフサロを見あげている。

    獅子の死を見届けると、フサロは何事も無かったかのように踵を返し、部下の元へと去っていった。

    1人残された少年の目からは、完全に光が失われていた。


◇◆◇


    景色は変わりは、青士団と共に歩いていた。俺の前を、フサロを乗せた馬と青龍が並んで歩いている。

    凱旋パレードのようだ。道の左右を国民が埋めつくしていた。

    今回の戦いは圧勝だったようで、国民も青士団も皆笑顔だった。口々にフサロのことを称えている。

    ただ1人、少年だけは沈んでいた。祝福に混じって青龍を非難する声が聞こえてくる。

    フサロや青士団が圧勝だったのに、守護魔獣である青龍が苦戦したことが、避難されている原因らしかった。
    それだけに留まらず、先代の青龍と比較する声まで聞こえてきた。

    周りの祝福に相反して、少年はどんどん小さくなり、今にも消えてしまいそうだった。


◇◆◇


    また、景色がかわった。俺と青龍は、豪勢に飾られた扉の前にいる。

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……」

「お父上、大丈夫ですか」

    部屋の中から激しい咳き込みと、心配するフサロの声が聞こえてきた。

    ご寝所のようだ。先代皇帝陛下のご容態が芳しくないらしい。

「青龍は……、……」

「必要ありません」

    先代皇帝の提案に、フサロが力強く否定している。声がよく聞こえなかったので、定かではないが、青龍のことを相談しているようだ。

      ──必要ない。

     フサロのその言葉に、青龍が明らかに落胆していた。

    部屋の内部から、フサロが出てくる音がきこえる。青龍が、慌てて立ち去っていった。

    溝は大きくなり、闇は深まるばかりだった。


◇◆◇


    再び大広間にいた。貴族達が集まっている。また、魂晶の儀のようだ。

    ただし、今回は俺達は壇上にいた。フサロが玉座に座り、左右を衛兵が守っている。青龍は端から眺めていた。
    壇上下に、少年姿のジンク皇子と緑龍が並んで立っていた。2人は時折見つめ合って、微笑んでいる。

    青龍がそれを食い入るように見つめていた。最初は純粋に羨んでいたが、次第に視線に棘が混じり出した。儀式が終わる頃には、鋭く睨んでいた。

    また、景色が変わる。

    ジンク皇子と緑龍が城の中庭でじゃれ合っている。それを、青龍が城内から眺めていた。寂しそうな顔をしている。
    しばらくの間それを見つめていたが、諦めたように踵を返し廊下を歩き始めた。

    その先は、ひたすら暗闇だった。俺の視界も真っ暗になる。青龍について行こうとするが、どんなに走っても追いつけない。

    心が漆黒で覆われる。激しい怒りや嫉妬そして、寂しさが一気に流れ込んでくるのを感じた。

    誰の感情なんだ。

    そう、気になったのもほんの一瞬だった。抗うのが辛くなり、俺はその漆黒に身を委ねる。 深い深い暗闇が辺り一面を覆い尽くしていった。    
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