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第三章 チタニア教帝領~教帝聖下救出編~

チタニア神殿

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 朝食後、俺達は神殿に向かうことにした。
 ハクも大人しく従ってくれた。

 神殿に近ずくにつれ、益々道は荒れた。
 それに伴い、ハクがどんどん暗くなる。
 朝の無邪気さが思い出され、胸がキュッとなった。
 もしかしたら、気を使って明るく振舞っていたのかもしれない。

 森を抜けると、土砂や流木で道が完全に塞がれていた。馬車でいくことを断念し、徒歩で神殿に向かう。

 足場の悪い道を暫く進むと、やっと集落がみえてきた。家々は破壊され瓦礫の山と化している。

 ハクが走り出した。俺もあとに続く。
 家々が見渡せる位置までくると、立ち止まった。
 呆然と立ち尽くしている。

 ふらふらと歩きだし、瓦礫の山を縫う様に進んだ。
 暫く行くと立ち止まり、今度は一心不乱に何かを探しだした。
 どうやら、ここがハクの元の家のようだ。

 何かを探しあてたのか、動きが止まった。
 立ち上がった手には、泥だらけの棒が握られている。再びしゃがみ込み、探そうとして、また、手を止めた。
 ハクの目に、見る見るうちに涙か溜まり、頬を伝う。暫く見つめた後、そっと、地面に戻した。

 ハクが涙を拭いながら、駆け出す。

「ハクっ!!  」

 俺の呼びかけに、振り向きもしない。

「1人にしてやれ」

 いつの間にか隣にいるピロロが、俺を静止した。

「危なくないのか」

「森には近付くなとハクに伝えてある。総主教らが早々に、結界石の修復に取り掛かっているらしいから大丈夫だろう」

「簪だな」

 ハクが置いていった棒を、ひろい上げ泥を拭いながら、ピロロが言った。

 水晶を黄金の龍がだき抱えたデザインのオシャレな簪だった。瓦礫に揉まれたせいだろうか。真ん中あたりから折れていた。
 ピロロが当たりを探し始めた。俺も手伝う。
 暫く探したが、結局先端は見つけられなかった。

「そろそろ、調査を開始せねば、日が暮れてしまう。神殿に向かうぞ」

 ピロロはそう言うと、歩き出した。

 神殿は、マゼンタ王国のソレとは似て非なるものだった。
 造りは同じなのだが、規模と華やかさが格段に違う。いや、違ったのだろう。
 例の嵐により、今では見るも無残な姿になっていた。

 入口側の柱や壁は、大きく抉られていた。
 神殿内部にまで水が入ったらしく、流木や土砂で埋め尽くされている。
 天井は、一部が崩落し青空が見えていた。
 上部まで水が達したのであろう。
 鮮やかな宗教画は所々剥げ、ドロが付着していた。

 内部を観察していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「これはこれは、ピロロピロール様とピロル君ではありませんか」

 ジンク皇子が笑顔でやってきて、優雅におじぎをした。

「ご丁寧なご挨拶、ありがとうこざいます。ジンク殿も、調査に来られたのですか」

 ピロロがサラッと受け流しながら聞いた。

 シアニン帝国でも俺達が帰ったあと、神殿から不吉なご宣託への調査以来が舞い込んだらしい。そして、ジンク皇子が派遣され、昨日、神殿に着いたのだという。

 ジンク皇子の話では、三総主教(マゼンタ王国アナターゼ総主教、シアニン帝国ルチル総主教、エロー学術都市ブルッカイト総主教のことらしい)が集落を覆う結界石の補修に取り掛かっているそうだ。

 これからシアニン戦士達は神殿と集落の瓦礫撤去を行うらしい。情報交換のため、俺達の作戦も伝える。

「そんなこと、できるのですか。でも、ピロル君なら、やりかねないか」

 ジンク皇子が顎をさすりながら、1人納得したように言った。

「教帝聖下の救出が最優先事項です。何かお手伝い出来ることがあれば、遠慮なくお申し付けください」

「ありがとうございます」

 ジンク皇子の申し出に、ピロロが礼を言う。

「君たち、早すぎるよっ!  」

 ラヴォア博士が叫んでる。
 俺達はジンク皇子と別れ、そっちへ向かった。
 数人のマゼンタ兵が樽を運びながら、後ろをついてきている。
 ハクが駆け出したことで、置いてきてしまったようだ。

 樽の中を覗くと、振動が怖いのか、スラリーが底で小さくなったいた。

「樽から出して、運べばいいのでは」

「それが、全然樽から出てきてくれないのだよ」

 俺の提案に、博士が困ったように言った。

「おいでよ」

 俺が声掛けても、スラリーは出てこようとしない。ピロロが、水に手を差し入れた。吸い寄せられるように、スラリーが上がっきた。

 ピロロが持ち上げると、どこからとも無くやってきたマゼンタ兵が、どこからともなく取り出した布で水分を拭き取った。
 流石はピロロの尖鋭である。

 スラリーがピロロの胸に収まった。
 コイツ、人を選びやがったな。
 横目で見ると、気持ちよさそうにデローンと伸びている。

 そのまま、集落の外れにある川へと移動した。
 とても大きな川で、数百メートル先が河口になり、海へと注いでいた。
 水嵩は少し増していそうだが、濁りは落ち着いている。

 ピロロがスラリーを川へと入れた。

「!?  」

 途端にスラリーが萎みだした。
 慌てて俺が引きあげる。

「「浸透圧っ!!  」」

 俺と博士が同時にさけんだ。
 スラリーが困ったように、首をかしげる。

「水が塩っぱいから、水だけじゃなくて塩も一緒に体内に取り込め」

 スラリーが目をパチクリとした。
 理解できた……のかな。

 再度水に付けると少しだけ萎んだのち、じわじわと広がり出した。俺の考察はあっているようだ。

 んっ!?
 ということは、こいつは半透膜では無くて、何幕なんだ。
 博士をチラリとみると、目がランランと輝いていた。
 俺の出る膜では、なさそうだ。
 考えるのをやめよう。

「スラリー、教帝聖下を探してきてくれ。無理はするな」

「スラリー君、これで君の分身を作れないかな」

 博士はそう言うと、サンプル瓶から白いスライムを取り出した。

 スラリーが透明な手で受け取るとじわっと取り込み、そっと切り離した。
 中心の白が徐々に馴染んでいき、じわじわと大きさを増して行く。ある程度大きくなったところで、目がパチクリッと出現した。
 どうやら、白スラリーの無性生殖に成功したようだ。

「教帝聖下を見つけたら、これを渡してくれ。少しずつ分ければ皆に行き渡るだろう」

 ラヴォア博士が、白いサピングメントを100粒ほど白スラリーに渡した。
 白スラリーはじわりと、取り込む。

「帰ってきたら、俺の瞼に合図しろ。危なくなったら、何時でも帰ってくるんだぞ。よろしく、頼む!  」

 スラリー調査団はコクリと揺れると、水の中に潜っていった。

「彼らは気付かれずに逃げるのが、どの種族よりも上手いから大丈夫だよ。殊、水中では」

 俺の顔を見ながら、博士が前世の俺では知りえない知識を教えてくれた。

 どうやら、不安が表情に出てしまっているらしい。この作戦を考えた時から分かっていたことだし、スラリーを信じるしかないか。

 きっと、教帝聖下は海底まで流されていると思う。
 それを探すためには、この方法しかないのだ。
 皆の無事を、色素女神ピグマリア様に祈った。
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