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第三章 チタニア教帝領~教帝聖下救出編~

スラリー調査団の帰還

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「うっ、ううっ」

  可愛い制服を来た女子高生が蹲って泣いている。鮮やかな赤い長髪は綺麗に纏められていた。左右に分けた前髪が白く輝いている。

「どうしたの」

  横を歩いていた俺は、気になり声をかけた。

「私ずっと待ってたのに、全然気づいてくれないじゃない」

「へっ!? 」

「合図を送ったらすぐ来てくれるって、約束したのに」

  女の子がスクっと立ち上がって、睨みつけてきた。目が大きく、それだけで迫力がある。

「なんのことだ」

  俺の返答に、彼女の平手が飛んできた。

  ペチャッ!

  ビンタ……じゃねぇぇぇぇえ!

  顔を覆うヌメっとした不快感が、俺を現実へと呼び覚ました。目を開けると、つぶらな瞳がゼロ距離で覗き込んでいた。

「おいっ、スラリー、何やってんだ」

  顔から引き剥がして、問いただした。挑発するように、ふるふるふるっと体をゆらす。
  白スラリーもそれに呼応するように揺れた。
まるで、俺達のやり取りを、笑っているかのようだ。

  瞼に合図を送っても来ない俺を、迎えにきたようだ。にしても、もっとマシな起こし方あるだろ。どうやら、スライムはただ可愛いだけではないようだ。

  スラリー達は、無事、教帝聖下に出会えたらしい。博士が持たせたサピグメントも渡したようだ。
  その確認だけ行うと、俺は腹立ち紛れに隣でスヤスヤ寝ているラヴォア博士を叩き起した。

「いたいなぁ、もっとマシな起こし方があるだろう」

「スラリーの顔ペチャで起こされるよりはマシでしょ」

  博士が目を大きく見開いた。俺のべちゃべちゃ具合を確認すると、眠気は一瞬で吹き飛んだようだ。

「スライムは目的のために、寝ている人を起こせる程高度な知能を有するのか」

  感動したように、呟いた。

「問題はそこじゃ、なーーーーい!! 」

  俺の大絶叫がテントを超えて、辺りに響き渡った。




  朝食をとりながら、必死に謝ってくる博士に、事の顛末を聞かせてやる。

「スライムは、他者の思考に介入できるのか。うーむ、色素ピグメントを介せば可能……なのか」

「無性生殖する色素魔獣ピグモンが性に目覚めただとっ!   ピロル君に対する強い愛情から、夢の中で自らを女性に擬態させたのだな。実に、面白いっ!  」

  ブツブツと呟きながら、必死にペンを走らせている。相変わらず、目が爛々と怪しげに輝いていた。
  ダメだこりゃ。全く反省してねーや。俺が早々に諦めて、席を立ったのにすら気づかない。

「あっ、あぁ! ピロル君、待ってくれ!  」

  背後から聞こえる声を、堂々と無視してやった。




「ヴェルナー、お邪魔するよ。例のサンプルを頂きに伺った」

  口髭をオシャレに整えた、恰幅のいい白衣姿の男性がこちらを向いた。

「ああ、ラヴォアか。作ってきたぞ」

  ヴェルナー博士はそう言うと、白い粒を手渡してきた。

「急なお願いにもかかわらず、ご対応頂き感謝する」

「教帝聖下のお命のためとあらば、なんて事はない」

  ヴェルナー博士が静かに言った。

  俺と博士は、エロー学術都市の部隊が集まっている簡易テント群を訪問していた。ラヴォア博士は躊躇なく、手前のテントに入っていった。そこに、ヴェルナー博士がいたのだ。

  教帝聖下救出のために俺が提案したものは、博士の研究室にある試薬だけでは作れなかった。そこで博士が昔の伝を使って、準備してくれたのだ。

「君が、噂のピロル君かい。」

  ヴェルナー博士が俺の方を向く。舐めるような視線に、何処と無く不快感を感じた。適当に愛想笑いをしてやり過ごす。

  ラヴォア博士の研究欲のお陰で、エロー学術都市では、俺がちょっとした有名人…有名魔獣になっているようだった。
  博士の笑顔が、少し引きつっている様な気がした。
  この事は、後々大きなトラブル事に発展するのだが、まだそんなことは知る由もなかった。


  ヴェルナー博士の元を後にした俺達は、教帝聖下救出作戦に着手した。空には雲ひとつない青空が広がっていた。
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