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大怪獣タケノコドン
七夕の夜に
しおりを挟む「あっ、流れ星だ! 富士山のてっぺんに登れますよーに」
「何やっとん? 流れ星は見えてる間に3回言わなきゃ叶わないんだぜ」
「いいでしょぉ別に。気持ちの問題なんだから」
「てかお前、同じお願い書いてなかった?」
「沢山の所にお願いしとけば叶いやすくなるかもしれないじゃん」
「下手なテッポもってか。つか、同じ“星に願い事”でどっちのが御利益あんのかな? シンちゃん知ってる?」
「ん~~知らない。織姫や彦星は神様なのかな……今度調べてみるよ」
「ダイ君~シン君~ミーちゃ~ん、早くしないと夕飯に遅れちゃうわよ~」
「「ハーーイ」」
頃は2022年7月7日の黄昏時。ここは東北地方の自然に囲まれたとある静かな町、井戸端町。その郊外に、身寄りの無い子供達を預かるカエル園という小さな孤児院が在った。小学生から高校生まで男女6人とそれを預かる養母1人、一つ屋根の下で共同生活を送りながら騒がしくも楽しい日々を過ごしていた。
今宵は七夕。初夏の暑さと蝉の声がけたたましく響く中、そんなもの屁の河童と言わんばかりに薄暗くなった山道をずんずん登っていく少年少女。園の恒例行事として、敷地のすぐ裏手にある山の竹林に子供達だけで短冊を吊るしに向かうのだ。引率するのは最年長の高校3年生、那由子。お淑やかながらもワンパクな男子達にも負けない逞しさがあり、自慢の竹馬作りとその乗りこなしで近所一帯の児童達から羨望の眼差しを受け慕われている。が、そんな彼女をしても御しきれないのが、小学グループのリーダー格であるダイ少年。小学6年生にして井戸端町のガキ大将に君臨しており、腕っ節ではなくそのズバ抜けた感性と破天荒ながらも人当たりの良さで大人からも一目置かれる少年だ。
「早く早く。今夜は豚丼よ」
「おー肉! じゃ俺だくおね」
「だくおね? 何ソレ?」
「ツユダクでお願いの略~」
「ダイちゃんそれツユダクでよくない?」
「でも語呂良くね?」
「じゃ僕もだくおねで」
「わたしも、だくおね!」「だくおね」「だくおね」
「はいはい、短冊括ってからね」
山を少し登った所に有る竹林は普段から子供達が遊び場としている場所。例年その中から背の低い1本を選び、各々が枝に自分の願いを書いた短冊を吊るしていく。今年は拓けた場所に手頃な竹を見付けた。陽は既に山の向こうに落ち、雄大な星空が頭上に煌めいている。その夜空を逸早く短冊を吊るし終えたシンと美衣子が並んで眺めている。
「月が綺麗ね」
「えっ? あ、うん……そうだね」
「七夕と言ったら天の川だけど、私はやっぱり月が一番好き」
ウットリと天を見詰める彼女の傍らでシンは空を仰ぎ見ることなく、密かに想いを寄せる彼女の横顔をチラチラと見ては下を向いて言葉を詰まらせていた。その様子を遠巻きに皆が見守る。そう、シンの恋心は既に皆が知る所なのである。しかしあまりの焦れったさに堪え切れなくなったダイが背後から2人の間に割って入ってしまった。
「いつも月、月って。そんな好きなら、なんで富士山じゃなく月に行きたいって書かなかったんよ?」
「別に行きたいわけじゃないし。遠く綺麗に輝いて見えるから好きなの。富士山に行きたいのは単に高くて空気が澄んでるから、より月が近くて綺麗に見える気がするってだけ。それに知ってる? 月の噺で有名なかぐや姫でも富士山は縁がある場所なのよ。ね、シンちゃん」
「う、うん」
「そう言うアンタは何て書いたのよ?」
「俺か? 怪獣が見たいって書いた」
「ハア? お子ちゃまね~。なんでそんな有り得ないお願いなんて書いたのよ」
「自分の力で叶えられる願いなんか書く意味ないし、勿体ないじゃん。だったら自分じゃ出来ない様ななんかスゲェ奇跡みたいなの期待した方がよくね?」
「アンタ……子供らしいんだか、らしくないんだか」
「んな事よりそろそろ腹減ったし帰らねえ? 豚丼食いたい」
そのダイの言葉を切っ掛けに、子供達は自然に男女グループに分かれ男子を先頭に数メートル後ろから女子が追い掛ける形で帰路に就く。なだらかな山道を下りながら女子らが和やかに談笑するのを背に、男子は先程のシンの醜態に対しヒソヒソと反省会を始める。
「おま、さっきのアレはないだろ~。月が綺麗ねって来たら、君の方が綺麗とか何とか返すのがお決まりのパターンだろ!」
「そんな歯の浮くような台詞みんなが居るとこで言えるわけないよぉダイちゃん~。クマ兄じゃないんだから」
クマ兄とは、現在懐中電灯を手に先頭を歩くカエル園男子グループの長兄である。本名――森乃熊三、高校2年生。勉強も運動も、また容姿も特段優れている訳ではないのだが……やたらモテる。無闇矢鱈にモテる。と言っても向けられるその感情の大半は恋心ではなく彼の人柄からくる人望であり、有り体に言えば人垂らし。学生だけでなく校外の人間からもよく相談を持ち掛けられ、まだ齢14、5の生涯ながら嘘の様なエピソードを数多く持っている。進路相談の席では教師から割と本気で宗教家の道を勧められ、同伴した寮母共々大いに困惑させられたという。実は将来を誓い合った恋人がおり、恋愛の先達としてシンに助言する事も多いのだが……
「恥ずかしがることなんてないさ。純真な想いを笑う奴なんてうちには1人もいないよ」
「で、でも……気持ち悪いとか、嫌われたらどうしようって……」
「そうだねえ、怖いのはよく分かる。どんな結果であれ、今後もずっと顔を合わせてくんだから尚更だ。でも踏み出さなきゃ前には進めないからね。それに万が一断られたって、ミーちゃんが人の良い君を嫌いになるなんて絶対に無いさ。その点は保証するよ」
「そうだぞシンちゃん。つまりクマ兄が言うには……早く告って付き合いだしたら自分らと同じ様に毎日ラブラブ、しかも園でもイチャイチャ。1秒でも無駄にしてるテメェなんぞ大馬鹿野郎だって事だな」
「ぅぅ……ひどいよクマ兄」
「いやいやいや! 言ってないから。完全に捏造だから‼︎ でもまあ恋人が居ると景色の色が変わるから、早い方が良いのは事実だけど」
「ホラ、俺が行間読むまでもなくナチュラルにマウントとってくる。やらしいね~」
「そ、そんなつもりは! それでっ、シンは短冊にどんな願いを書いたんだ? 流石に恋愛関係じゃないんだろうけど」
「学校が休みにならないかな~って。学校は嫌いじゃないんだけど……ミーちゃんとクラスが別だし、他の子と遊んでる事が殆どだから。休みの日は園の皆で一緒に居られる時間が多いんで」
「そうか、偶には良いかもな」
「そう言うクマ兄はなんて書いたん?」
「環境問題解決」
「それ政治家のスローガンじゃん。兄だけ願い事のベクトルが違うんよ。そういうとこやぞ? 聖人とか生き仏とか言われんの」
「ハハ……生き仏は勘弁して欲しいな。因みに他の皆のは知ってるのかい?」
「あーー確かよしえは『見たこともない素敵な花が見れますように』だったかな? あとついでに素敵なお婿さん見つかるようにとか言ってたな」
「将来の夢はお花屋さんで、自分が育てた花を店に並べたいってよく言ってるよね。農家の入婿か……そりゃ神頼みしたくなるかも」
「那由姉のは知らないなあ。知ってる?」
「那由子ちゃんはね……『みんなの願いが叶いますように』だってさ。短冊結んでからそう言って手を合わせてたよ」
「那由姉らしいや」
談笑もそこそこに無事カエル園へと辿り着いた子供達。温かい夕食に腹を満たし順番に風呂を出た後は、ある者は窓から再び満天の夜空を鑑賞し、ある者は読書やゲームに興じ、各々思い思いの時間を過ごした後安らかな眠りに就いた。何気ないありふれた日常。この穏やかな夜が後に大事件に繋がっている事など、この時は誰一人知る由も無かったのだった。
――その夜――
草木も眠る丑三つ時。茹だる暑さもすっかりと冷え山の中は肌寒く、昼間の喧しかった蝉も何か察したかの様に黙り込み、静まり返った暗闇は季節柄不気味な雰囲気に包まれていた。そんな竹林の中を、ヘッドライトの灯りだけを頼りに全身黒尽くめの男2人が布に包まれた何か重そうな荷物を共に抱えて運んでいる。と、男の1人が視界に鮮やかな色を捉えた。
「……ん? あれ」
「あぁ、近くに施設がある。そこのガキ共だろ」
「ここは奴らの縄張りの内か。なら奥にしといて正解だったぜ」
「それもあるがな。万が一、筍に突き上げられて仏が土から出て来られちゃマズいからよ」
仏……つまりは察しの通り、男達が運んでいるのは人間の遺体。この2人、裏の世界では名の知れた殺し屋兼死体処理代行屋である。今迄処理した遺体は数知れず、この山もまた数ある死体遺棄場の1つでしかないのだ。
山の更に奥深く、竹林を抜けた先の雑木林で藪の中に隠してあったシャベルを手に深い穴を掘り上げ布に包んだまま遺体を蹴落とし綺麗に埋め戻した。この間ほぼ口を交わす事も無く、この状況に常人ならば恐怖に震えそうな空気をも意に介さない。ただ手慣れた作業を熟す姿勢にその経験数が計り知れる。再びシャベルを藪に潜ませると、男2人は霧が立ち込め始めたその現場を後にした。――異変が起きたのはそう間も無くの事だった。
闇が白く染まりそうな程に霧が濃く深くなる。今し方掘り起こされた地面から、音も無く、白く虚ろな人影が立ち上がった。眼腔は奈落の底の様に黒く染まり、その視界もまた闇の中の如く何も映さない。靄がかかった様に朧げな思考にたった1つ在る確かな感情――『憎い』
ほんの数日前までの記憶も己が何者かさえ忘れ、ただただ自分を殺した者に対する怨み憎しみに支配された亡霊は地面から僅かに浮いたまま、ゆるりと滑る様に彷徨い始める。その心の中で絶え間無く繰り返される怨嗟の声――『憎い 怨めしい 赦さない 殺してやる』――それに呼応するかの様に、何処からともなく妖しく蠢く黒い靄が集まり亡霊に重なる様に溶けていく。
その身に纏う重い靄を引き摺る様に、暗闇の中当ても無く彷徨い続ける憐れな亡者。見えぬ眼で見る純黒の闇の中、ふと彼方に一筋の光を捉えた。彼は無意識にもその光を追い始める。その細くも暖かく眩い輝きは、まるでこの暗闇の世界から脱する扉の隙間から漏れ出ているかの様に迷い人を誘う。かくして憐れな亡者は眼前の光にその手を伸ばした。
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