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大怪獣タケノコドン
黎明の咆哮
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七夕から数日経ったとある明け方。蝉が命の合唱を再開しだした頃、カエル園の子供達は男女別に襖で隔てた蛸部屋の布団で未だ夢の中。夏休み前の今日もまた、学校へ通い放課後は遊ぶいつもと同じ日常が始まる……そう思っていた筈だった。
…………ズ……ズズズ……ズズズズズ
微かに響く地鳴りと振動が背中に伝わり、この時点で敏感な者はすぐ目を覚ました。それは瞬く間に膨れ上がり家を揺らし大騒音を奏で始めた。全員パッと飛び、女子の悲鳴と困惑の声が響き渡る。
ズッゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「きゃああああっ‼︎」
「地震⁉︎」
「慌てないで! 落ち着いて!」
「長いぞ……外に出た方がいい」
「そうね。みんな~焦らずに走らないで避難して!」
那由子の指示に従い避難を始める子供達だったが、唯一人ダイだけは起き上がりかけた姿勢のまま何か探る様に微動だにしなかった。それを見たシンが促す様に声を掛けるが。
「ダイちゃん何してんの⁉︎ 逃げなきゃ」
「……いや……こいつぁ地震じゃねえ」
「ちょっ、ダイちゃん⁉︎」
野生の勘か持ち前の鋭さからか、この異変の原因を直感したダイは出口とは真逆の窓の方へと駆け勢いよく開け放つ。その視界に飛び込んだのは、見慣れた裏山が濛々と土煙を湧き上がらせる異様な光景だった。
「山崩れだ……でも、何か……」
そう、何かがおかしかった。ただの土砂崩れにしては土煙が立ち過ぎている。そしてその中に屹立する巨大な影……岩ではない。山の中から転がり出たにしては大き過ぎるその塊は、先端が尖り、砂埃の下から赤茶けた繊維質な表面が覗き、ゆっくりとだが確かにズズズと平行に移動していた。が、急にそれが動きをピタリと止めると、それまで響き続けていた地鳴りと振動も止み静寂が広がった――かと思った次の瞬間、けたたましい爆音が耳を劈いた。
ギィォアアアアアア‼︎‼︎
反射的に両手で耳を塞ぐも身体の芯ごと鼓膜を叩く。その衝撃波により煙が搔き飛び、巨塊の表面を覆っていた土砂が払われ全体像が露わになった。その姿は万人が総じて直感するだろう。それは……巨大なタケノコであると。複数の表皮が重なり、やや歪曲しながらも円錐状のそれは嫌でも筍を連想させた。だが決定的に違うのは家を超すその巨体と、下部に横並びするガラス球の様な眼らしき器官、そしてバックリ割れた巨大な口だった。
「か、怪獣だっ‼︎」
呆然とし言葉を失っていたダイに代わって逸早く玄関から出ていたクマが声を張り上げた。それで我に帰ったダイは皆と合流する為に踵を返し扉へと走る。続々と玄関から駆け出す子供達と養母はそのあまりに現実味の無い光景に言葉も出ず固まっていた。すぐにでも誰かが叫び出しそうな空気を察し、必死に冷静を保った那由子がそっと宥めつかせる。
「みんな騒いじゃダメ。落ち着いて、動かずじっとするの」
全幅の信頼を置く彼女の言葉を信じ、子供達は身を寄せ合って恐怖と困惑に耐えつつすぐ目の前に在る脅威の動向を窺った。やがて巨体は再び地鳴りを響かせ、ゆっくりと前に向かって進み始めた。怪獣が背を向け遠ざかっていくのを認め漸く張り詰めていた緊張が緩みだすと、遠く微かな蝉の声が耳に届き、やっとこの非常識な世界の中に現実感を取り戻した。
「えっと……どうしよう。逃げた方がいいのよね?」
「待ってハルカ先生。向こうから遠ざかってくれてるんだ。下手に動くより奴の動向を見ながら逃げ道を決めた方がいい」
「そうね。逃げるなら逆方向だけど……」
パニック寸前で思考が止まった養母より、冷静な那由子とクマの2人の方が絶対的に頼もしかった。
「取り敢えず、すぐUターンして引き返してくる可能性は低いと思うわ。今のうちに必要最低限の物持ち出して中学校へ行きましょう」
「あっちの方向で避難所に設定されるならそこだね。先生?」
「え、ええ。みんな! リュックに入るだけの着替えと貴重品だけ持ってすぐ出ますよ。今は着替えなくていいですからね。ゲームや玩具は置いていきなさい」
部屋に駆け戻り、各々のリュックに雑に衣類を詰め込んでいく。しかしそこはやはり子供。駄目だと言われたのに、お菓子やゲームを余った隙間に滑り込ませるダイとシン。そうしてパンパンに詰まったリュックを背負い再び外へと走ろうとした時、ふと美衣子が黒い塊を抱き抱えているのが目に入った。
「おい、ソレ持ってくのかよ? 先生に怒られっぞ」
「ダイちゃんダイちゃん、僕らも他人の事言えないよ」
「でもよ~流石にぬいぐるみはバレんだろ」
「ヤダ! ねこまじん持って行く!」
『ねこまじん』――一昔前に流行った黒猫をモチーフにしたキャラクターである。彼女はそのぬいぐるみを大層大事にしており、部屋に居るうちは常に傍に置いている。その執着の理由とは。
「ダイ。それはミーちゃんの両親が買ってくれた形見なんだ。先生も許してくれるよ」
「……そうだったよ。悪い」
「皆揃ってるわね。それじゃ出発するわよ」
カエル園の皆が避難を開始したその頃――怪獣は何かに導かれる様に一直線に町を縦断していた。速度は自転車程度のものだったが、その巨体が通った跡は凡ゆる物が原型を留めておらず、道路のアスファルトは薄氷の如く粉砕され家屋は無残に倒壊し瓦礫に成り果てる。所々から黒煙が上がり警報が鳴り響き、パニックに陥った人々が逃げ惑う早朝の井戸端町はさながら戦場と化していた。
『現在、巨大不明物体はこんこく通りを南下中。住民の方々は、巨大不明物体の進行方向を避け、指定の避難所に避難して下さい。繰り返します――』
…………ズ……ズズズ……ズズズズズ
微かに響く地鳴りと振動が背中に伝わり、この時点で敏感な者はすぐ目を覚ました。それは瞬く間に膨れ上がり家を揺らし大騒音を奏で始めた。全員パッと飛び、女子の悲鳴と困惑の声が響き渡る。
ズッゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「きゃああああっ‼︎」
「地震⁉︎」
「慌てないで! 落ち着いて!」
「長いぞ……外に出た方がいい」
「そうね。みんな~焦らずに走らないで避難して!」
那由子の指示に従い避難を始める子供達だったが、唯一人ダイだけは起き上がりかけた姿勢のまま何か探る様に微動だにしなかった。それを見たシンが促す様に声を掛けるが。
「ダイちゃん何してんの⁉︎ 逃げなきゃ」
「……いや……こいつぁ地震じゃねえ」
「ちょっ、ダイちゃん⁉︎」
野生の勘か持ち前の鋭さからか、この異変の原因を直感したダイは出口とは真逆の窓の方へと駆け勢いよく開け放つ。その視界に飛び込んだのは、見慣れた裏山が濛々と土煙を湧き上がらせる異様な光景だった。
「山崩れだ……でも、何か……」
そう、何かがおかしかった。ただの土砂崩れにしては土煙が立ち過ぎている。そしてその中に屹立する巨大な影……岩ではない。山の中から転がり出たにしては大き過ぎるその塊は、先端が尖り、砂埃の下から赤茶けた繊維質な表面が覗き、ゆっくりとだが確かにズズズと平行に移動していた。が、急にそれが動きをピタリと止めると、それまで響き続けていた地鳴りと振動も止み静寂が広がった――かと思った次の瞬間、けたたましい爆音が耳を劈いた。
ギィォアアアアアア‼︎‼︎
反射的に両手で耳を塞ぐも身体の芯ごと鼓膜を叩く。その衝撃波により煙が搔き飛び、巨塊の表面を覆っていた土砂が払われ全体像が露わになった。その姿は万人が総じて直感するだろう。それは……巨大なタケノコであると。複数の表皮が重なり、やや歪曲しながらも円錐状のそれは嫌でも筍を連想させた。だが決定的に違うのは家を超すその巨体と、下部に横並びするガラス球の様な眼らしき器官、そしてバックリ割れた巨大な口だった。
「か、怪獣だっ‼︎」
呆然とし言葉を失っていたダイに代わって逸早く玄関から出ていたクマが声を張り上げた。それで我に帰ったダイは皆と合流する為に踵を返し扉へと走る。続々と玄関から駆け出す子供達と養母はそのあまりに現実味の無い光景に言葉も出ず固まっていた。すぐにでも誰かが叫び出しそうな空気を察し、必死に冷静を保った那由子がそっと宥めつかせる。
「みんな騒いじゃダメ。落ち着いて、動かずじっとするの」
全幅の信頼を置く彼女の言葉を信じ、子供達は身を寄せ合って恐怖と困惑に耐えつつすぐ目の前に在る脅威の動向を窺った。やがて巨体は再び地鳴りを響かせ、ゆっくりと前に向かって進み始めた。怪獣が背を向け遠ざかっていくのを認め漸く張り詰めていた緊張が緩みだすと、遠く微かな蝉の声が耳に届き、やっとこの非常識な世界の中に現実感を取り戻した。
「えっと……どうしよう。逃げた方がいいのよね?」
「待ってハルカ先生。向こうから遠ざかってくれてるんだ。下手に動くより奴の動向を見ながら逃げ道を決めた方がいい」
「そうね。逃げるなら逆方向だけど……」
パニック寸前で思考が止まった養母より、冷静な那由子とクマの2人の方が絶対的に頼もしかった。
「取り敢えず、すぐUターンして引き返してくる可能性は低いと思うわ。今のうちに必要最低限の物持ち出して中学校へ行きましょう」
「あっちの方向で避難所に設定されるならそこだね。先生?」
「え、ええ。みんな! リュックに入るだけの着替えと貴重品だけ持ってすぐ出ますよ。今は着替えなくていいですからね。ゲームや玩具は置いていきなさい」
部屋に駆け戻り、各々のリュックに雑に衣類を詰め込んでいく。しかしそこはやはり子供。駄目だと言われたのに、お菓子やゲームを余った隙間に滑り込ませるダイとシン。そうしてパンパンに詰まったリュックを背負い再び外へと走ろうとした時、ふと美衣子が黒い塊を抱き抱えているのが目に入った。
「おい、ソレ持ってくのかよ? 先生に怒られっぞ」
「ダイちゃんダイちゃん、僕らも他人の事言えないよ」
「でもよ~流石にぬいぐるみはバレんだろ」
「ヤダ! ねこまじん持って行く!」
『ねこまじん』――一昔前に流行った黒猫をモチーフにしたキャラクターである。彼女はそのぬいぐるみを大層大事にしており、部屋に居るうちは常に傍に置いている。その執着の理由とは。
「ダイ。それはミーちゃんの両親が買ってくれた形見なんだ。先生も許してくれるよ」
「……そうだったよ。悪い」
「皆揃ってるわね。それじゃ出発するわよ」
カエル園の皆が避難を開始したその頃――怪獣は何かに導かれる様に一直線に町を縦断していた。速度は自転車程度のものだったが、その巨体が通った跡は凡ゆる物が原型を留めておらず、道路のアスファルトは薄氷の如く粉砕され家屋は無残に倒壊し瓦礫に成り果てる。所々から黒煙が上がり警報が鳴り響き、パニックに陥った人々が逃げ惑う早朝の井戸端町はさながら戦場と化していた。
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