×××の正しい使い方

わこ

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9.カタい話って苦手なんだ

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次の日の朝。ベッドの上で目覚めても、俺達はすぐに起きださなかった。
本音を言えば、どうすればいいのかが不明。有り得ない流れで有り得ない事をして、隣にいるユキに声を掛けることもままならない。
ヤルだけヤリ切ってから懺悔みたいに頭を抱えたところでもう遅い。名前も定かでないどっかのネエちゃんと、若気の至りでワンナイトしちゃったってのとは訳が違う。

相手はユキ。ダンス仲間で、ライバルで、ダチ。
第一そもそも何を差し置いてでも念頭に来なきゃなんないのが。

俺は男で、こいつも男だ。








よそよそしい俺に対して、その朝のユキはビックリする程さっぱりしていた。顔色一つ変えず、何事も無かったかのように。
だけど一緒に部屋を出てから別れる時に、さり気無く言われた一言で目が覚めた。

悪かった、と。
小さく呟いたユキとは、そういえば一度も視線がぶつかっていない。
デコを床に擦り付けて俺が土下座するならまだしも、謝ってきたのはなぜかユキ。俺の前から去って行こうとするユキの腕を咄嗟に掴んだけど、今度は掴み返してはくれなかった。



俺達の関係が抉れたとすれば、それはきっとその日が境。暗黙の了解というやつで、あの夜のことはお互いの記憶から抹殺されていた。
同じスタジオにいるからほぼ毎日顔を合わせる。なにかと話をする機会も多い。
でもそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

変わらずユキは淡白で、俺も変わらずバカをやる。変わったのは俺達の間に隔たりができたこと。
薄っぺらいのに強力かつ頑丈な透明色の壁は、ガラスメーカー泣かせの驚異的シロモノだ。
見えてんのに届かない。そんな感じ。そんな感じがしばらく続いた。




時間が経つのが早いなんて、ジジくさい事を思ったのは確かあの時。ユキがニューヨークに行くと決まった辺りだっだ。
結局それは間違いじゃなかった。時間が経つのはやっぱり、悲しくなるほど早い。


数年前までリープでワイワイやっていた仲間は、今は皆それぞれ忙しい。プロとしてやっていく奴とか講師として独立を目指す奴とか、自分の将来像に合わせて色々。
ユキはと言えば、今から少し前にリープを辞めた。つっても、ダンスはやめていない。
イントラの資格を取ったあいつが、総合フィットネスクラブに就職が決まっていたという話を知ったのは辞める直前だった。
フィットネスと言ってもなかなかの大手らしいから、初心者から結構ハードなレベルまでのダンスコースも馬鹿にはできない。

ユキは今、そこの講師として教える側に立っている。それがユキの答えだった。
怪我を負った形跡も分からないくらいに踊れるし、テクニックだって相変わらずヤバいくせに、コンマゼロ単位の欠陥でさえあいつは許さなかった。

きっともう、ユキが表に出ていくことはない。もったいないって誰もが思ったけど、それがユキの決めたことだ。

言うか言わないかで一ヶ月くらい迷っていた。けどやっぱり、言わない方がいいだろう。
ユキがイントラ勤めを頑張っている間に、なにも俺だって遊んでいたわけじゃない。リープの人間として活動しながら、何かに没頭していたくてひたすらダンスで小金を稼いだ。
表現悪いけど割とマジメな話。

俺は明後日には日本にいない。行先は、ニューヨーク。
因縁的なものを感じずにはいられない国を、俺も敢えて目指してみることにした。

このことはユキには言っていない。最後に会ってからどれくらい経っただろう。
出ていく準備は一通り済ませて、残りの細かいことは明日でいいかと試合放棄。まだ夜の十二時前だけど、床に倒れこんでいつでも寝られる態勢に入った。

……んだけど。寒さに負けてムクッと起き上がり、復活祭を敢行してみる。
一人でこんなことやっててもムナシイ。

どうにも落ち着かなかった。まだ自分の中に迷いがあるのが分かる。
ぼーっと顔を上げた先、目に入ったスマホを捉えた。何とはなしに取り上げて眺めてみるも、掛けたい相手に掛ける勇気が湧かなければ無意味だ。
女々しいヘタレになり下がった自分に落ち込みながら、力なくケータイを床に置いた。

すると途端にブーブー言い出す、床。じゃなくてスマホ。
話し相手ができたと思って即刻食らいついたけど、発信元を見て俺は止まった。

「…………」

出た方がいい?
いや、出なきゃダメだろ。

電話掛けてきてんだから、出なかったら居留守だよ。

スマホを前に悩まされた経験は初だ。その相手はユキ。
最後に顔を合わせた時もいつもと変わりなかったんだからと自分に言い聞かせ、どうにか励まして耳に当てた。
 
『よお。死んでたか?』
「…………」

なんだそりゃ。久しぶりに話す相手に、死んでたかはナイでしょ。
悩んで損したかも。通話に応じるや否や、飛んできた小ボケにはガックリだ。スマホ越しにユキは笑っている。

「ユキちゃん、いつからそんなコになったの? せめて三段で来てよ。二拍置いてからのボケじゃないとビックリしちゃうじゃん」
『俺に変な技術求めるな』
「自分から言ったくせにー」

意外と普通に、ギクシャクしないでまともに話せる。でも内容がまともじゃない。

「何かあった? 仕事の疲れなら俺が癒すよ? 歌でも歌っとく? ハッチかハイジかキャンディーくらいなら即イケる」
『要らねえよ。選曲イミ分かんねえし』
「メルヘンな俺にぴったりだね」
『可哀想になってきた』

こういうやり取り、懐かしい。知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。
聞こえてくるユキの声は穏やかで、毎日言い合っていた日が自然と甦ってくる。だけど俺達が過ごしているのはどうしたって今だから、楽しいことだけ求めている事もできない。
ダラダラ続くバカっぽい話に微かな途切れ目ができた時、本当はしたくないけど、本題に入ろうとしないユキに代わって切り出した。

「……なあ、ホントにどしたの? いま家?」
『あー、うん……。着いた』
「え、家に? こんな時間まで仕事してんの?」
『いや……』

珍しく歯切れが悪い。なんだろうかと首を傾げたその直後、躊躇ったようなユキの声が続いた。

『……お前んちの前にいる』
「え?」

俺……?
なんか。あったな。こういう怖い感じの話。今あなたのオウチの前にいるのってヤツ。
ウザい事ばっかしてたから、ユキの怒りが怨霊化?

とかなんとかフザケている場合じゃなくて。スマホを耳に当てたまますぐさま立ち上がり、突っ込む勢いで玄関のドアをガっと開けた。
目の前には、スマホを下げるユキの姿。

「…………」
「……悪い。急に」
「いや、全然……」

急にぎこちなくなった。電話の力って偉大だ。現代社会の会話手段に感心しつつ、ドアを一杯まで開けてユキを中に招いた。
だけどそれには首を横に振られる。

中に入れたところで何もないし強要したって仕方無いから、俺も上り口から降りて一段下へ。
ドアを押さえながら、一歩外に出ているユキと近くで目を合わせた。

「……圭吾から聞いた」
「ん?」

第一声はそれ。前触れもなく圭吾の名前が出てきた。

「行くんだろ? ニューヨーク」
「……あー……」

そういう事ね。人が悩んでる間に、ペラペラ話したんだなあのヤロウ。

悪いことを告げ口された子供みたいな心地だ。悪いことなんてしていないけど、結果的に隠してた感じになっちゃったのは事実。
今度は俺の歯切れが悪くなって素直にうんと頷けずにいると、ユキの手がスッと伸びてきた。

掴まれたのは胸倉。続けて引っ張られたせいで、俺はちょっと前屈み。
そんな俺に、ユキは面と向かって言ってくる。
 
「シャキっとしてろ、みっともねえから。口数減ったらお前の特徴消えるだろ」
「そこまで影薄いかな……」
「口が立ってようやく存在してるようだな」

夜遅くに突如現れた人に、開けっ広げな悪口言われてる。
俺はそこまで特徴に欠いた人間じゃないよ。なにも四六時中喋ってなんか……

「……そうかも」

いるな。暇さえあれば喋ってるな。
小学校でしばしば耳にした「ドントスピーク!」は、そのほとんどが俺に向けられたものだったような気がする。
この年になって深めた自己認識。俺の胸倉から手を離したユキは、くすくすと笑い声を零した。

「変なトコだけ素直に納得するなよ」

なんだか知らないけど楽しそう。俺をどうしたいんだろうね、ユキちゃんは。
人が大人しくなった途端、笑い者に仕立て上げてさ。呆然としている俺に向かって、再びユキの手が動いた。
また胸倉を掴み上げられでもすんのかと思って突っ立っていたけど、見れば手の形はグー。

……その拳は何。殴られんの?
ちょっとそれは勘弁。

「エ……っ」

いきなりの強行を止めようとして口を開いたけど、それよりも早くに拳が胸板に届いた。
ポスっと、小突くように。殴られるのとは程遠い感覚。目の前のユキをまじまじと見つめ倒す俺を、反対にユキも見返してきた。

笑っている。あの時とは違って、ホンモノの笑顔で。
口から生まれたはずの俺が、一発で黙らされる表情だ。

「陸がダンスやってるトコ見んの、すげえ好き」
「……え」
「それだけ言いに来た」

悪戯っぽく小突いて、めちゃくちゃ可愛く笑顔を晒して、挙句の果てにはそんな殺し文句。
俺が信じられない思いでポカンとしているというのに、自分の用件を済ませたユキは早速玄関前から身を引いた。

「じゃあな」
「え……ちょっ……」

イミ分かんないのどっちだよ。
さっさと暗がりの中に入っていこうとするユキに続いて、俺も玄関から飛び出した。アパートの前の通りに出る一歩手前で、パシッと取ったユキの腕。

「待てって!」

辺りにはささやかな外灯があるだけ。その下で振り向かせたユキと顔を合わせ、何も考えずに口走った。

「俺……っホントはいつもユキの事ばっか見てた! ユキのことだけで頭埋まってたッ!」

……ん?

って、ヘタクソか!
ダメだろこの言い方っ。ストーカーだよこれじゃ……!

思わず不気味な告白しちゃって相当キモい。深夜帯に突入の時刻で、あなたのことを見てましたはキツイだろう。

「あ……っと、なんつーか……そうじゃなくて……」

だったらなんだよってツッコミ入れられたら終わりだ。あたふたとユキから手を離した俺は、紛れもなく不審者だった。
さぞかし気味悪がられているだろうと思ったけど、訂正するのは難しそう。ところが恐る恐るその顔色を窺うと、俺が言い訳をするよりも先にユキがポツリと呟いた。

「知ってた」
「うん、……ん?」

知ってた……?
聞き返してみれば、暗い中でユキと視線が絡む。

「陸が何を見ててどう思ってるかくらい、だいたい分かる。俺も同じだから」
「同じって……」
「言ったろ。陸のことは適当に見てきた訳じゃない」

それはどっちの意味?
何をどう分かってんの?

ユキの中では俺がどんな感じに理解されているかは定かでない。だけどそう言って俺を見上げた時の顔は、またしてもゆったりした笑顔だった。
クラっとくる。短時間に何度も見せられると、瀕死状態に陥る最強兵器。
暗くなかったらお陀仏だったな。

「行ってこい」
「……ユキ」
「帰ってくんの待ってる」

最後にフッと口元に弧を描き、そう言い残してから俺に背を向けた。
呆けたまま立ち尽くす俺は、ユキが消えていくのをただただ眺めて、どうとも言えない不思議な感覚に覆われていた。









***










一睡もできず、迎えたこの日。空港行きのバス停の前で並んでいる今も、俺の中にはモヤモヤしたものが漂う。
行ってこいって言われた。待ってるって言われた。俺が踊ってるトコ、好きだって言ってくれた。
だけどなんで、俺はここにいるんだろう。

何のために生きているんだろう的な途方もない疑問を抱え始めたところで、時計を確認してみればバスが来るまであと数分だ。
バスに乗って、空港に行って、ユキが行くはずだった国に飛んで、本場で練習とか実績とか重ねて、できれば成長した状態で戻ってきて。

……で?

分かんなくなった。何がしたいんだか分かんない。
俺がやりたいことってなんなんだろう。

ダンスしたいって思ったのは気紛れだったし、続けてきたのもなんとなく自分に合ってるような気がしただけだったし。
ある日突然楽しければいいってだけじゃ満足できなくなったのは、目の前にユキっていうデッカイ存在が現れたから。
追いつきたくて、認めてほしくて、そのためには努力ってものが必要なんだと知ったから。

けど、追いつきたかったのも認めてほしかったのも、俺には縁遠い努力をしてみようと思ったのも……。
それだって全部、元はと言えばユキの隣にいたかったからだ。

それを思った瞬間、ふと。ひんやりした何かが体の中に流れてきて、そのままスッと満ちた。

超いまさら。すげえ遅い。ここにきてようやく分かった。

しばらくしてやってきたバスを眺め、ゾロゾロと乗り込んでいく人の姿を目に映した。俺はと言うとその場から一歩下がり、発車するまでを立ち尽くしたまま眺めているだけ。
俺が知っているユキは、なんでも一人で決めていた。何をどうするか自分で考えて、自分のやりたいことが正しい道だと信じていた。
俺だってもう、年齢だけはいいオトナだ。いつまでもなんとなくだけで生きてくってのもムリ。

だからこれでいい。乗るはずだったバスは見送った。
俺が行きたいのはソッチじゃない。やりたいのはそんな事じゃない。

誰が何と言おうと、これが俺の信じたことだ。そう思うと行動は早く、急かされたように走り出した。





向かったのはユキのいる場所。ここまで戻ってくる間にすっかり日は落ちた。
今の仕事を始めてから、ユキはまたもや引っ越しをしたらしい。聞き知っていた住所を訪ねてみたけど、あいにくその部屋は留守。
ユキのスマホを鳴らしてみるものの、応じる気配がないからきっとまだ仕事中だ。

気が急いて仕方ない俺は居ても立ってもいられない。だからそこで待つことを選ばず、近くにある駅を目指した。

着いてからは結構待った。だいぶ待った。気持ち的には立派な忠犬。
降りてくる人もまばらな中間駅で外をウロウロしながら、電車が止まる度に顔を上げて待ち構えた。

次こそは。今度こそはと。
そしてかなりの回数それを繰り返した後。

ようやくその時が訪れた。



「……っユキ!」

改札を出てすぐのユキを見つけた。呼びかけるのと同時に、待ち切れずに駆けて行く。
だけどもちろんユキは俺がここにいるなんて思っていないから、最初の数秒間は唖然とした顔。お互いの距離を縮めたところで、目を見開きながら言ったユキの声が聞こえた。

「……お前、なんで……」

パチクリしてる。その様子があんまりにも可愛くて、事情説明云々よりも感情が先走った。
気づいた時には掴んでいたユキの腕。驚いているのも構わずに、グイッと引っ張り顔を見合わせた。

「一緒にスタジオやろ!!」
「…………はっ?」
「スタジオ!!」

顔が弛んじゃって、どうしても笑っちゃう。かなり真剣に言ってるつもりなんだけど、言われているユキは依然として呆気に取られたままだ。
駅の真ん前でユキの腕をしっかり掴んで離さず、押せるだけ押しまくろうと思って詰め寄った。

「頷いてくれるまで放さない。やろうよ、一緒に。俺とユキならきっと上手くいく」
「何言って……だってお前、ニューヨーク……」
「行かない。もう決めた。俺はユキの近くでユキがダンスやってるとこ見てたい」

もう、必死。カッコイイ感じにカッコいいコト言えるのが理想だけど、切り捨てられないように縋り付いている俺には無縁のアクションだ。むしろダダっ子か。
今すぐいいよって言ってほしくて迫っているのに、ユキはどうにも困り顔だった。

「ユキ、頼むから……うんって言ってよ。俺と一緒にスタジオやろう。そりゃ、今すぐって訳にはいかないけどさ。一から全部二人で始めんのだって楽しいよ、絶対」

世間知らず丸出しの心構え。雇われて金稼ぐのだって楽じゃない世の中で、経営側に立ったりしたら本気で首が回らなくなる。
でも今の俺にはそんな事どうでも良かった。ただ、一緒にいられればそれでいい。

「ユキ……」
「ビザは?」
「え?」
「ビザ。あれ結構メンドーだったろ、手続き」

なんの話。
無様な誘い文句はざっくり聞き流された。キョトンとする俺からスッと腕を引いて、静かに見据えてくる。

「向こう行くのにどっかエージェント経由した?」
「え……あ、いや……。自分でテキトーに」
「あの部屋は?」
「……解約」
「飛行機は?」
「……雲の上、かな」

なんだこれ。急な質問攻めにはタジタジ。
怒っているのとも違うと思うけど、ユキの表情からは何も読み取れない。俺の手から逃れるや早速歩き出し、置いて行かれそうになったから慌てて付いて行った。

「ユキ……怒ってる?」

隣を陣取って顔色を窺う。ユキはチラッとこっちを見たけど、それでもすぐにまた前を向いた。
俺には言い訳をさせる気もないようで、続けざま口を開くまでには一呼吸すら置きやしない。

「ビザの申請意味無くなって、飛行機キャンセルして、くそ狭い部屋も解約したから今は寝床もない。バカじゃねえの?一人で何やってんだよ。お前がここにいるってことは、今までしてきた全部が時間と金の無駄になったってことだ。泣き見る前に、今からでも遅くないからチケット取り直して明日にでも飛べ」

わー、正論。正しくて厳しいことしか言われてない。
淡々と並べたてられた言い分に圧倒されて、思わず足が止まりかける。だけどどうにか食いついて、俺は再びユキの腕を取った。

鬱陶しそうな横顔が、睨みつける勢いでこっちを見上げている。でも俺だって一応は、自分の中で決着はつけてきた。
ユキの近くにいたくて、ずっと傍で見ていたくて、甘いって言われようがなんだろうがこれが一番正しいと信じた。
ユキがいない場所に行って一人で血の滲むような努力なんかしても、俺にとってはそれこそ無意味だ。

「いいよ」
「あ?」
「それでいい」
「…………」

短い言葉をキッパリ呟いたところで、ユキの足がゆっくり止まった。それに合わせて俺も腕を放したけど、ユキがこっちを向いたから視線は絡む。

こういうとき、ちょっとでもいいからカッコいいことを言えたらいいんだろうなって。ホントにそう思う。
でもやっぱ俺はこんな感じだから。正義のヒーローみたいなキメの一言なんて知らない。

「ほら……なんつーかさ。ダメなんだよね俺は、しっかり者が隣にいないと。怒ってくれる奴が見張ってくれてなかったら、すーぐダラけちゃうっていうか。放っといたら溶けちゃうかも! 夏なんか恐怖だよねっ」
「…………」

無言。困った。

「……えー、っと……」

もう少し真面目に生きる方法を学んでおくんだった。誤魔化し誤魔化し過ごしてきたから、おふざけ無効の重要な場面では粉々に砕け散ることになる。
思い出すのは、初めて話した時のシチュエーション。俺はへらへら自己紹介なんかしてて、ユキは無表情のまま何も言わなくて。

あの時はどうやって話が進んだっけ。一見するととっつきにくい雰囲気に、尻込みしそうになっていたあの時。
どーしよーかなあって感じに軽ーく悩んでいた俺に、ぼそっと自分の名前を呟いたのはユキの方だったと思う。

由紀人。と、たった一言。すごく鬱陶しそうな様子で。
でも今はそうしてくれなかった。あの時みたいに、ユキから突破口を作ってはくれない。俺を通り過ぎて一人で歩きだし、無言でどんどん遠ざかっていく。

またヤル気ないって思われたのかな。不真面目で適当なヤツなんか、ユキは相手にしない。
一生分の悩みをここで使い切ったと言っても過言ではないほど、俺はここ数カ月、悶々としっ放しだった。
だけどそれは俺の中での話。昨日の夜、久しぶりに顔を合わせたばかりのユキに、俺がどれだけ悩んでいたか分かってもらおうって思う方が間違っている。

スタスタと歩みを進めていくユキの背中を目で追って、沈んでいく内心が浮き彫りになった。さっきまで忠犬だった気分は、いまや捨てられた子イヌだ。
見放されるってものがどういう感じなのか、生まれて初めて理解した。

ところが、ピタッと。目線の先で止まったユキの足。
俯きかけていた顔をそこで上げると、こっちを振り返ったユキがその場で声を張った。

「おい。どうした、置いてくぞ」
「……え」
「いつまでもボサッと突っ立ってんじゃねえよ」

言って、それでも俺が動かずにいるから、反対にユキが戻ってきた。行動の意図が掴めず、俺は相変わらずのキョトン。
馬鹿みたいに呆けているのが気に食わないのか、ユキはいささか眉間を寄せて俺に詰め寄った。

「一緒に来い。泊めてやるから」
「泊め……てくれんの……?」

本気?

「そう言ってんだろ、一度で分かれよ。いいから行くぞ」

どっからそういう話になったの?
ちょっとどうしよう、訳分かんない。

引き摺られて歩いていたけど、有耶無耶になる前に思い切ってユキを止めた。見上げてくるユキにめげそうになるのを堪えて、どうにかこうにか口を開く。

「あのさ……さっきの、答え……」

あー、情けない。カッコ悪い。ニワトリの方がまだ威厳がある。
そんなしょうもない小物を目の前に、ユキはふっと腕を振り上げた。形作られた拳は、そのまま俺の胸の上部へ。

「え……」

コツっと。夕べと同じ、軽めの小突き。
反応の仕様に困って突っ立っていると、ユキはいたずらっぽくクスッと笑った。

「バーカ」
「…………」

腕を引かれて、再び一緒に歩き出す。
理解しがたいこの流れは、俺が余りにも馬鹿すぎて、ユキが異常に小悪魔気質だったことによる結果だ。

俺達がスタジオを構えたのは、これから一年先の話。










***










「そーして陸くんとユキちゃんはー、末ながーく幸せに暮らしましたとさあ。めでたしー」
「俺はユキトが憐れでかなわん……」



オシャレ女子なら昼間にカフェだけど、堕落男子は夜に居酒屋だ。
半個室のテーブル席について、ユキと俺との馴れ初めを語りまくったこと三十分ちょい。長ったらしい話に飽き飽きしている目の前のこいつは、チェストの元メンバーだ。
いつだっけかのコンテストで、初めて見たユキのテクニックに一発でオトされた奴。こいつとはいろんな大会で張り合ってきた。ライバルでもあり旧友でもある、ミッくんこと幹也。

ユキ絡みで常々危険因子のような気もしていたから、この辺で俺達の関係を大暴露してみた。所のこの反応。懸念は空想に過ぎず、ミッくんは俺とは違ったようだった。
同性に対する憧れは、憧れのまま恋愛感情になんか発展しない。普通そうだよね。

「楽しかったー? 俺とユキちゃんの感動大作。アカデミー賞間違いなしー。あ、でもこれユキには言うなよ? この前生徒のコにバラして怒られたばっかだから」
「いっそ沈められろ」

うんざりって感じ。
もっと突っ込んで聞いてよ。二回目の時のユキが、やたら可愛くて死にそうだったって話もしたい。

「……陸、お前……顔すげえことになってるぞ」
「あー、うん。思い出が止まらない。その日ユキのトコに泊めてもらった時にさー……へへっ」
「……怖ぇよ」

だらしなく思い出に浸る俺に対して、聞かされるミッくんはげっそり。
酒に手を伸ばして俺の話をシャットアウトし、それ以上深入りしないように方向をずらした。
ジョッキを下ろすと同時に言われたのは、いかにも真っ当な内容。

「でも、もう戻ってるよな。ユキの足」

少しトーンが低め。大会で知り合って以来、こいつもユキとはすぐに仲良くなった。
ミッくんがいたチェストは関西のスタジオだから頻繁に会うことはなかったけど、ユキが怪我をした時には見舞いにも飛んできていたし、選んだ道を知った時には黙ってショックを受けていた。

人のことにとやかく口を出すような奴じゃないから何も言わないだけで、ほんとは勿体無いって思っているはずだ。
ユキのことを知っている、他のみんなと同じように。

「表上がったらダメなんかな……」

どことなく残念そうな顔。一度でいいからユキと一緒にステージ立ってみたいって、随分前に零していたのを聞いたことがあった。
ミッくんのその気持ちは、俺にだって理解はできる。

「んー、ダメってここは絶対ないよ。あれだけやれるんだし。でもねえ……」
「完璧主義?」
「徹底してるよねー?」

ユキが決めたことだ。そこには迷いも後悔もない。
だから俺も、その隣で一緒にいる。

「俺のユキちゃん、すごくカッコイイからさあ」
「勝手にお前のもんにしてんな」
「だってもうモノにしちゃったし」
「オヤジか」

下手なボケに返される、切れ味粗悪なツッコミ。関西人のくせに。
だけどそういえば、年々西の持ち味薄れていってるような。ミッくんがこっち来てから長いしな。

「……なー、ミッくんさあ。コテッコテの関西弁どこ行ったの?」
「うっさいアホ。かぶれとんねん、東京にッ。これで満足か」
「かなりビミョー」

東が西を馬鹿にするといいことがない。難癖をつけたら、手近の伝票で投撃された。
それは何?払えって?
自分のがよっぽど稼いでんじゃん。

ミッくんは東京に出てきてからダンスユニットを組んで活動している。ちょいちょい色んな所で見るし、仕事としての目立ち加減も上々。
ギリギリ経営で苦心する俺達とは天と地の差だ。苦心しているのはだいたいユキだけど。
伝票を元の位置に戻してグダグダ文句をつけていると、それを逐一聞き流していたミッくんがふと顔を上げた。俺の後ろに向かって、笑いかけるときのこの爽やかさと言ったら。
 
「よお。久し振り」
「おう。お前らも忙しそうだな」
 
やってきたのはユキだった。そしてその隣にいるのが圭吾。
ミッくんのユニット仲間は、俺にはちょっと手厳しい圭吾だったりする。
久々にみんなで集まるかーって話になったのが先々週で、やっとこ今日になって実現した。

ていうかそんなことより、ユキに向かってそこまで爽やかさ強調する必要ある?ミッくん、やっぱ危険。
 
「陸はなに、相変わらずバカみたいな顔してるな。なんで幹也のこと睨んでんの?」
「圭吾も変わんないね……」
 
人の顔を目にして、すかさず圭吾が扱き下ろしてくる。俺達だって久し振りに会ったって言うのにこれだよ。
ジトッとなる俺を余所に、ミッくんは二人を席に手招いた。

「二人、一緒に来たの?」
「ああ、さっきそこで会った。ユキは毎日、リクにイライラしてるってよ」

圭吾の答えでミッくん納得。そこ、頷かないでよ。
ところがそんなことを思っていたら、俺を奥に押しやってスペースを陣取ったユキも応戦してきた。

「欲しけりゃやるよ、コイツ。使えないだけならまだいいけど、金食い虫ですげージャマ」
「あー悪い。俺、陸とは付き合い長いからさあ。どんだけウザいか分かっちゃってるし」
「俺もさっき変な話聞いたばっかで……」

ちょっと待ってよ。
 
「みんなして何? 俺ってそんな邪魔?」
「邪魔」
「邪魔だろ」
「邪魔だよなあ」
「…………」

順に、ユキ、圭吾、ミッくんだ。人間嫌いになりそう。
隣に座るユキに縋りつくような眼差しを送ると、あからさまに口角が引き攣ったのが分かった。

「うぜえ」
「…………」

ガックリと落ち込む俺を見て、満足そうに笑い声を上げた圭吾とミッくん。
薄情さが身に染みるよ。

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