貢がせて、ハニー!

わこ

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49.結婚式Ⅰ

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「じゃあ戻りは明日な。午前中には帰る」
「同じことすでに二十八回聞かされたので分かってます」
「念のための確認だ。スマホの電源は切らないようにしておく。サイレントだから困ったらいつでも連絡してくれて構わない」
「それは二十九回目。困ったことも起きません」
「こんな物騒な世の中じゃ何が起こるか分からねえ。もしも緊急事態が発生して即刻助けが必要なときには非常に癪だが隆仁呼べ。今日の事はしっかり話してある。気兼ねしねえで頼っていい」
「それも今ので三十二回目です」

 耳にタコとはこの事だろう。そしてこの男は人様まで巻き込んだ。瀬名さんが二条さんにしょうもないことをお願いというか要求したせいで二条さんに笑われたのはこの俺だ。
 一晩家を空けてる間にハルくんに危険が迫るかもしれないって深刻そうに過激な妄想膨らませながら嘆いてたんだけどあいつ情緒不安定なの?
 二条さんからそんな事を面白おかしく言われた時の俺の心境は至ってシンプル。愕然だ。同時に怒りだ。その次にとんでもねえ羞恥。電話越しにペコペコ頭を下げつつ恥までかかなければならない理由が俺にはさっぱり分からなかった。

「……もう出た方がいいんじゃないですか。タラタラしてると遅れますよ」
「最後の一瞬まで大事な恋人の顔を目に焼き付けておきたい」
「はいはい。どうぞお気を付けて」
「お前も夜腹出して寝るんじゃねえぞ」
「俺はわんぱく小僧じゃありません」

 良く晴れた三月の今日。土曜だと言うのに俺の恋人はスーツを着てお出かけだ。
 頭はいつも通りおかしいけれど見栄えだけは最上級。ストレートチップのフォーマルな革靴。ピシッとしたブラックスーツに、上品な白いブロードシャツ。そしてネクタイはシルバーグレー。大学時代の同級生の結婚式に出席するそうだ。

 挙式は午後からだと聞いている。披露宴の後は二次会にも参加のご予定。その開始時間は十九時だ。
 新郎側のゲストには瀬名さんの友人も少なくないらしく、状況を見て三次会もやれたらやろうと声がかかっているらしい。久々に集まる顔ぶれ的にも多分やるだろうと瀬名さんは言っていた。
 式場までは車をレンタルして行くけれど、せっかくの祝いの席だしどうせ酒も入るだろうからと個人的にホテルを予約していた。場所は都内で遠くはないものの、そういう訳で帰宅は明日。なので今夜は瀬名さんがいない。クマ雄とウソ子と俺はお留守番。

「戸締りには気を付けろ。窓の施錠も忘れんなよ。三階だからって気を抜くな」
「分かりましたよ。大丈夫だから」
「何かあったときのためにスマホは常に手の届く範囲に置いておけ」
「はいはい」
「火の元にも注意しろ。水漏れとかにも気を付けろ。万が一不審者が侵入してきたときは慌てず速やかに警察を呼べ」
「はいはいはい」
「……本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だってば」
「心配になってきた……」
「そろそろ行かないと遅れますよ」

 ひと晩家を空けるだけでこれだ。心配症も度を超すとただの迷惑でしかない。
 このままじゃやっぱり行かないとでも言いだしかねなくなってきたので、瀬名さんが友人の結婚式をすっぽかしてしまう前に俺が代わりにドアを開けた。

「はい、出て。向こう向いて。一歩踏み出して。行ってらっしゃい」
「電話する」
「しなくていいから楽しんできて」

 一歩も踏み出そうとしない大人を無理やりに近い形で押し出した。それでもまだああだこうだ言ってくる。
 緊急時のためにスマホの充電を忘れんじゃねえとか、ヤバそうな奴が来たら火事だと叫べとか、グラスやベルトやボールペンはいざというときの武器になるとか。この人は何を心配しているのだろう。
 玄関の前でありとあらゆる危機対策をペラペラ聞かされ、どうにかこうにか出発させたのはそこから更に十分後だった。

「……ったく……」

 疲れた。一人で玄関の内側に戻ってドアのカギをガチャリと閉める。か弱い訳でも病弱でもない身長百七十五センチの男をどうすればあそこまで心配できるんだ。

 俺がここに越してきてから瀬名さんがこの部屋を空けたのは海外出張の時だけだった。あの人がまだ単なるしつこいお隣さんだった時。お互いの生活には干渉し合っていなかった頃。
 出会う前がどうだったのかは知らないが、瀬名さんは仕事で遅くなることはあっても毎晩家に帰ってくる。帰省するような様子もない。たまには帰って来なと言われつつなんだかんだで俺もこの一年間一度も実家へ帰らずにいて、ダチの家に泊まる機会もなかったから夜までにはこのマンションに戻る。

 瀬名さんとはいつも一緒だ。邪魔な間仕切りがあった少し前の頃も、同じベッドに入っている今も。
 現在はほとんど同居中だから毎晩最後に見るのはあの顔。腹立たしいほどの超絶イケメン。必然的に一日の最初に見るのもどうしたってあのイケメンだ。いつだって隣には瀬名さんがいる。一日の最初と最後は必ず一緒に過ごしている。

 異常なまでのあの心配性もウザいだけと言い放ちたいけど、それを言ったら大嘘になる。あの人は俺のことばっかり考える。近くに住んでいる中学からのダチに妙な依頼をしてしまうほど俺の身の安全が第一だ。
 行きすぎな感じは否めなくても純粋に俺をおもってくれる。毎晩同じベッドにいるのに急に離れることになるのだから、あんなに色々心配するのも仕方ないと言えば、仕方ないのかも。

「…………いや、駄目だろ」

 クマとカワウソと見つめ合いながら顔をしかめて呟いた。つぶらな瞳でこっちを見てくる二匹の視線がなんだか痛い。
 今のは、良くない傾向だ。徐々に感化されてきている。一晩顔を合わせない程度であの騒ぎようは普通じゃない。
 危うく洗脳されるところだった。ギリギリのところで我に返った。舌打ちついでにベッドを蹴ってもどうせ自分の足にダメージを負って余計にイライラするだけだからベッドに当たるのは思いとどまる。無意味な行動はどうにか控えておとなしく自分の支度を始めた。

 この後は浩太たちとメシだ。一日中行列の絶えない人気店は本当に並ぶ価値があるのか検証しに行く暇人の遊びを暇人同士集まってやるらしい。俺もすごく暇人なので食べ歩きに参加することにした。仲間内のイベントでもなければ通常は自発的に行列なんか並ばない。
 俺の目当ては食感があり得ないほどフワフワもっちりの奇跡の食パン。伝説とまで謳われている食パン専門店のパンだ。美味しいパン屋さんにも並ぶよ、と浩太から聞かされていなかったとすれば普通にバイトを入れていたはず。
 あらゆる炭水化物の中でも主食にもおやつにもデザートにもなるパンという素敵な食べ物は人類が誇るべき食の文化だ。フワフワもっちりの食パンなんて聞かされたら興味もそりゃ湧いてくる。

 炭水化物は力の源だ。人体に必須のエネルギーだ。
 何がなんでも食パン入手して瀬名さんにも明日食わせてやろう。
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