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76.今日のバンゴハン
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「ちょっと。なんですか」
「皿の用意が終わった」
「ああそう。じゃああっち行っててください」
「他にやることは」
「せめて邪魔しないで」
後ろから抱きついてくるサラリーマンを肘で押しやったところで一秒と経たずにまたくっついてくる。簡単なサラダを仕上げるだけでも背後でそんなことをされていると当然ながら作業しづらい。
「どいて」
「塩使うか?」
「もう使い終わりました」
「砂糖は?」
「いらない」
「この缶詰は?」
「それも使いません」
「俺とかどうだ?」
「一番いらないです」
お手伝いをしたがっていると見せかけて邪魔してくる。一つの質問に一つ答える度にぎゅうぎゅうと締め付けられた。腹の前に回った腕はガッチリと離れそうにない。
瀬名さんの帰宅後三十分ほど放置していたらこうなった。やたら構ってくる。物理的に。目に入る調味料を一個一個いるかと聞いてくるのも鬱陶しい。使うのであれば自分で手を伸ばす。
「おとなしくしててくださいよ、もうすぐできるから。座ってて」
「俺がいた方がはかどるだろ」
「はかどらねえよ。邪魔なんだってば」
「大丈夫だ。俺がついてる」
「もしかして俺の声聞こえてませんか?」
次元違うのかな。
見事なスルーをかましているから俺に何を言われようと気にしない。髪の上から頭にキスされたのでソフトな肘打ちで対処した。それくらいで動じる人でないのは嫌というほど知っている。
「明日の夜のデザートは何がいい?」
「今日の晩メシ作ってるのに明日のデザートの話するの?」
「真夏でも全く食欲の落ちないお前を見てると元気出てくる」
「あなたは放っといても無駄に元気だから大丈夫ですよ」
大多数の真夏のリーマンたちは普通もっと元気がないはず。元気満タンな瀬名さんは俺をしっかりホールドしながら肩に顎を乗っけてきた。
座って待っている気はゼロの模様。大量のレタスの上にちょうどいい柔らかさのアボカドを乗っけている俺の手元をこの人は覗き込んでくる。
「こんなに美味そうなサラダは見たことがない」
「葉っぱさえちぎれりゃ誰が作ってもだいたいこうなります」
「愛情は調味料になるって知ってたか?」
「知りません」
最高の調味料は空腹だろうが。なんて事を思ったその時。
「……あのさあ、キミたち。仲がいいのは結構なんだけど俺がここにいるってことちゃんと覚えてる?」
すぐ横から声がかかった。ここはキッチンで、調理台の前。俺の隣には、二条さんがいる。
忘れていたわけでは決してない。真横にその姿があるのもちゃんと見えている。そして把握している。俺が今取り掛かっているサラダはちぎったり切ったりするだけであって手間といった手間も大してかからず、しかしこのあとこれの上にかけるドレッシングは二条さんの手作りだから一味違うのは間違いないわけで。
「……すみません」
「構うな遥希。万年尻敷かれ野郎の言う事なんてまともに受け合わなくていい」
瀬名さんの暴言はともかく、つい。これが日常なものだからうっかり。
一瞬で羞恥心を取り戻しながらもう一度クイッと肘を後ろに押し付けた。まっとうな指摘を受けてもなお瀬名さんは離れようとしなかった。二条さんは半笑い気味で薄切りの鯛を皿に並べている。
「暇さえあればイチャイチャイチャイチャと」
「見てんじゃねえよテメエ金取るぞコラ」
「俺だって昔からのダチのそんな姿は見たくなかったさ」
「なら帰れ。二度と来るな」
「ハルくんねえ、いいのこんな奴で?」
それは俺が一番気になっている。
「まったく、情けないったらないよ。いい年こいてデレデレしちゃって」
「大事な恋人に愛情表現して何が悪い」
「来客中くらいは弁えたらどうだい」
「お前は客じゃねえ。ただの背景だ」
ただの背景だったら美味しいラザニアは作ってくれない。大きな長方形の耐熱皿の中身はオーブンの中でグツグツしているところだ。あともう少しで焼き上がる。
「いい加減放してあげたら? ていうか悲しくなんないの? あからさまに邪険にされてんじゃん」
「分かってねえなド素人が。これは遥希の愛情表現だ」
「いや分かんねえよ。分かりたくもないよ。ハルくんすっごい顔してるけど」
「人のもんをジロジロ見るな」
「人間同士の会話ってこんなに難しかったっけ?」
瀬名恭吾との言葉のキャッチボールはイリオモテヤマネコと意思疎通を図るよりもたぶん難しいと思う。
綺麗に並べた鯛の上からブラックペッパーをオシャレに振りかけつつ二条さんは俺に目を向けた。
「いつもながら大変そうだね」
「ええまあ」
「こいつとちゃんとコミュニケーションとれてる?」
「相互理解という意味では全然」
「だろうね」
会話がまともに成り立たないんだから理解もクソもあったもんじゃない。
それから少しして晩ご飯が出来上がった。プロ仕様のあつあつラザニアと、鯛のカルパッチョとオニオンスープと、アボカドを丸ごと使ったサラダ。デザートは陽子さんが焼いてくれたクッキー。それと瀬名さんが帰りがけに買ってきてくれたデカい桃。気の利く二条さんが大きなバゲッドも持ってきてくれたから完璧だ。びっくりするほど俺なんもしてない。
素敵なレストランみたいなことになった食卓を三人で囲う。陽子さんにいいよって言われたらしいから今夜は二条さんも一緒にごはんだ。
寝室から適当なスツールを運び込んできた瀬名さんは、本格ラザニアを見下ろしながらフンッと偉そうにふんぞり返った。
「遥希の特製ミートグラタンには到底敵わない」
「やめて、プロの前でそういうこと言うの」
素直に美味そうって言えよ。やれやれと肩をすくめた二条さんはツッコミも面倒なのかノーコメントだった。
ちなみに俺のは特製なんじゃなく、特売マカロニと特売ひき肉と特売チーズを使っているだけだ。
「皿の用意が終わった」
「ああそう。じゃああっち行っててください」
「他にやることは」
「せめて邪魔しないで」
後ろから抱きついてくるサラリーマンを肘で押しやったところで一秒と経たずにまたくっついてくる。簡単なサラダを仕上げるだけでも背後でそんなことをされていると当然ながら作業しづらい。
「どいて」
「塩使うか?」
「もう使い終わりました」
「砂糖は?」
「いらない」
「この缶詰は?」
「それも使いません」
「俺とかどうだ?」
「一番いらないです」
お手伝いをしたがっていると見せかけて邪魔してくる。一つの質問に一つ答える度にぎゅうぎゅうと締め付けられた。腹の前に回った腕はガッチリと離れそうにない。
瀬名さんの帰宅後三十分ほど放置していたらこうなった。やたら構ってくる。物理的に。目に入る調味料を一個一個いるかと聞いてくるのも鬱陶しい。使うのであれば自分で手を伸ばす。
「おとなしくしててくださいよ、もうすぐできるから。座ってて」
「俺がいた方がはかどるだろ」
「はかどらねえよ。邪魔なんだってば」
「大丈夫だ。俺がついてる」
「もしかして俺の声聞こえてませんか?」
次元違うのかな。
見事なスルーをかましているから俺に何を言われようと気にしない。髪の上から頭にキスされたのでソフトな肘打ちで対処した。それくらいで動じる人でないのは嫌というほど知っている。
「明日の夜のデザートは何がいい?」
「今日の晩メシ作ってるのに明日のデザートの話するの?」
「真夏でも全く食欲の落ちないお前を見てると元気出てくる」
「あなたは放っといても無駄に元気だから大丈夫ですよ」
大多数の真夏のリーマンたちは普通もっと元気がないはず。元気満タンな瀬名さんは俺をしっかりホールドしながら肩に顎を乗っけてきた。
座って待っている気はゼロの模様。大量のレタスの上にちょうどいい柔らかさのアボカドを乗っけている俺の手元をこの人は覗き込んでくる。
「こんなに美味そうなサラダは見たことがない」
「葉っぱさえちぎれりゃ誰が作ってもだいたいこうなります」
「愛情は調味料になるって知ってたか?」
「知りません」
最高の調味料は空腹だろうが。なんて事を思ったその時。
「……あのさあ、キミたち。仲がいいのは結構なんだけど俺がここにいるってことちゃんと覚えてる?」
すぐ横から声がかかった。ここはキッチンで、調理台の前。俺の隣には、二条さんがいる。
忘れていたわけでは決してない。真横にその姿があるのもちゃんと見えている。そして把握している。俺が今取り掛かっているサラダはちぎったり切ったりするだけであって手間といった手間も大してかからず、しかしこのあとこれの上にかけるドレッシングは二条さんの手作りだから一味違うのは間違いないわけで。
「……すみません」
「構うな遥希。万年尻敷かれ野郎の言う事なんてまともに受け合わなくていい」
瀬名さんの暴言はともかく、つい。これが日常なものだからうっかり。
一瞬で羞恥心を取り戻しながらもう一度クイッと肘を後ろに押し付けた。まっとうな指摘を受けてもなお瀬名さんは離れようとしなかった。二条さんは半笑い気味で薄切りの鯛を皿に並べている。
「暇さえあればイチャイチャイチャイチャと」
「見てんじゃねえよテメエ金取るぞコラ」
「俺だって昔からのダチのそんな姿は見たくなかったさ」
「なら帰れ。二度と来るな」
「ハルくんねえ、いいのこんな奴で?」
それは俺が一番気になっている。
「まったく、情けないったらないよ。いい年こいてデレデレしちゃって」
「大事な恋人に愛情表現して何が悪い」
「来客中くらいは弁えたらどうだい」
「お前は客じゃねえ。ただの背景だ」
ただの背景だったら美味しいラザニアは作ってくれない。大きな長方形の耐熱皿の中身はオーブンの中でグツグツしているところだ。あともう少しで焼き上がる。
「いい加減放してあげたら? ていうか悲しくなんないの? あからさまに邪険にされてんじゃん」
「分かってねえなド素人が。これは遥希の愛情表現だ」
「いや分かんねえよ。分かりたくもないよ。ハルくんすっごい顔してるけど」
「人のもんをジロジロ見るな」
「人間同士の会話ってこんなに難しかったっけ?」
瀬名恭吾との言葉のキャッチボールはイリオモテヤマネコと意思疎通を図るよりもたぶん難しいと思う。
綺麗に並べた鯛の上からブラックペッパーをオシャレに振りかけつつ二条さんは俺に目を向けた。
「いつもながら大変そうだね」
「ええまあ」
「こいつとちゃんとコミュニケーションとれてる?」
「相互理解という意味では全然」
「だろうね」
会話がまともに成り立たないんだから理解もクソもあったもんじゃない。
それから少しして晩ご飯が出来上がった。プロ仕様のあつあつラザニアと、鯛のカルパッチョとオニオンスープと、アボカドを丸ごと使ったサラダ。デザートは陽子さんが焼いてくれたクッキー。それと瀬名さんが帰りがけに買ってきてくれたデカい桃。気の利く二条さんが大きなバゲッドも持ってきてくれたから完璧だ。びっくりするほど俺なんもしてない。
素敵なレストランみたいなことになった食卓を三人で囲う。陽子さんにいいよって言われたらしいから今夜は二条さんも一緒にごはんだ。
寝室から適当なスツールを運び込んできた瀬名さんは、本格ラザニアを見下ろしながらフンッと偉そうにふんぞり返った。
「遥希の特製ミートグラタンには到底敵わない」
「やめて、プロの前でそういうこと言うの」
素直に美味そうって言えよ。やれやれと肩をすくめた二条さんはツッコミも面倒なのかノーコメントだった。
ちなみに俺のは特製なんじゃなく、特売マカロニと特売ひき肉と特売チーズを使っているだけだ。
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