貢がせて、ハニー!

わこ

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86.彼氏の実家Ⅴ

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 キャットルームでキャッツに遊んでもらい、二匹がまたそれぞれ自由に一人遊びを始めたところで部屋を出てきた。
 一階の客間に戻って押し入れから出された二組の布団。瀬名さんには部屋がないから帰ってくるといつもここで寝ているらしい。綺麗にされているふかふかの布団を畳の上に敷こうとすると、もう一組を見下ろしながら瀬名さんが呟いた。

「一組でもよくねえか」
「俺は二組がいいと思います」
「どのみち同じ布団で寝るんだぞ」
「寝ません。なんでそんな話になるの」
「遠慮しなくていい」
「してないです。ここをどこだと思ってるんですか」
「俺の実家だ」
「部屋ないくせに」

 野良猫よりも居住権がない。

 リビングは広くこの客間も広くて庭は広大。広々とした一軒家。人んちを探検したわけじゃないから定かではないものの、家の外観から推定する限り居室もたぶん多いと思う。
 しかし瀬名さんの部屋は潰された。お父さんは書斎を作ってもらえなかった。このお宅には現在二匹の猫と、瀬名さんのご両親が住んでいる。他にもあると思われる部屋は何に使っているのだろう。

「妹さんも部屋ないんですか?」
「二階にある」
「あるんだ」
「あいつの方が滅多に帰って来ねえのにこれだよ」
「そんなもんですって、男の地位って」

 俺ももう部屋ない気がしてきた。

「二階にもう一つドアありましたよね?」
「あれは妹の衣裳部屋だ」
「いないのに?」
「いないのに。そういうもんだろ」

 そういうものだ。

「下にはおふくろのリラクゼーションルームと読書部屋とドレスルームも別にある」
「おぉ……」
「うちではとにかく女が強い。特におふくろの発言権が強い。親父が甘やかすから余計に」
「お父さんどんな人?」
「妻一筋」

 お父さんどんな人って聞いてその一言だけ返ってくるのも珍しいが瀬名家だしな。その息子であるこの人がこれだからあり得ないとは言いきれない。むしろ大いに納得できる。

「風呂場のリフォームもそうだった。ココがうちに来て半年くらいした頃だ。猫を眺めながらゆっくり風呂に入りたいとか急に言い出して……」
「それをお父さんが叶えちゃったんだ」
「いいや。あの親父に任せておくとおふくろにせがまれるまま家丸ごと建て替えかねねえ。そうなる前に話聞いてすぐ俺が手配した」
「え……あれ瀬名さん?」
「あれこれ好き勝手に注文付けただけで頑張ってくれたのは業者だけどな」

 五年前のお風呂リフォーム。洗練されたあの空間。
 オーダーメイドだというのは聞いていた。そのオーダーをこの人が出した。アロママッサージにしてもオムレツの作り方にしても、やるとなったらとことん突き詰める男があの開放的なお風呂を注文した。

「……瀬名さんは住宅業界にも転職できそうですね」
「それは住宅業界に転職して俺たちの愛の巣を作れという遠回しな要望か」
「違います」
「分かった。叶える」
「違います、やめて」

 ちゃんと止めないと本当にやりかねない。

 住宅業界に転職するしないで噛み合わないお喋りを繰り広げながら、きちんと手入れされているのが分かる布団を二組敷き終えた。
 寛いで座り込んだらそこでニャアッと鳴く声を聞き、二人してドアの方を見る。開けてあるドアの隙間からこっちを覗き込んでいる茶色いシマシマ。猫部屋で遊んでいたはずのココがいつの間にかそこにいた。

「ココ」

 瀬名さんに呼んでもらうと迷わずトトトッと駆け寄ってくる。瀬名さんの足にモフッと頭突きするのはココにとってお気に入りの遊びなのだろう。抱き上げられると両前足でヒシッと首にしがみつき、うにゃうにゃと甘えだすのがこの上なく微笑ましい。

 ココが瀬名家にやって来たのが五年と半年くらい前。春のとある休日、帰省した瀬名さんはまだ子猫だった茶トラと対面し、すぐに家族認定されたらしく最初からこの感じだったそうだ。
 一緒にいた時間はトータルでもそこまで長くはないはずなのに、ココは瀬名さんがハチャメチャに大好き。暇さえあれば甘えたがる。そんなココをこの人もベッタベタに甘やかすから、俺の隣はさっそくイチャイチャモードだ。ピンク色のハートが飛び交っている。

 俺もココをモフりたいけど邪魔するのはどうにも気が引けて、なんとはなしにドアに目をやれば黒白のモッフリがいるのに気づいた。上品にお座りしたままキキがこっちを眺めている。
 パタリと黒いしっぽが揺れた。後輩の茶トラを追ってきたのだろうか。入ってきたがっているように見える。

「キキもおいで」

 膝をパンパンしながら呼ぶとキキもトコトコやって来た。ピョンと乗っかってきたキキを膝の上で後ろ抱きにして、くたっと身を預けてくれたから白いお腹をもふもふ撫でた。
 動物がこうやってお腹を見せてくれるのは嬉しい。俺を背もたれにしておとなしくしている。腹をモフったり顔を撫でたり、肉球をぷにぷにしても全然嫌がらずにゴロゴロと。あごの下をモフモフしていたら、お返しみたいにザラザラした舌で俺の手をペロペロ舐め始めた。

 俺たちの様子を見て瀬名さんは優しく笑った。片手でココとイチャイチャしながら、もう片方の手をキキに伸ばして両手に花を謳歌するこの人。なかなか帰ってこないと機嫌を悪くさせるほどキキだって瀬名さんが大好きだから、俺の手を舐めて瀬名さんの指を舐めてと行ったり来たりして忙しくなる。
 これが愛されている猫の姿だ。人間に愛されて育った猫は、人間のことを愛してくれる。

「布団の中に猫入れていい?」
「猫のいる家でそれをやらねえ奴がいるのか」

 居住権のないこの家の長男からお許しを頂いた。
 キキを抱っこしたまま上掛けを引っぺがして仰向けにゆっくり転がる。人の家の整った客間でも緊張感は全くのゼロ。
 腹の上でもそっと動いたキキが胸元まできて寝そべると、細いひげが首にしょこしょこ当たってこそばゆい。思わず笑いが漏れた。こんなに可愛い猫を抱きしめずにいられるか。
 胸元でおとなしく寝そべる猫をぽふぽふしていると、隣の布団から当然のように瀬名さんが枕を寄せてきた。一人用の布団に二つ乗った枕。

「何してんですか」
「ココがこうしろって言った」
「ココのせいにしないでください」

 呼ばれたと勘違いしたのかココがうにゃっと見つめてくる。かわいい。
 彼氏の実家の整った客間で同衾はさすがにはばかられるけど猫がいるなら話は別だ。キキと一緒に少し端っこへ避けた。枕を二つくっ付けた瀬名さんは、自分の罪をなすり付けたココをやんわりと抱っこしながら俺と同じように仰向けに転がる。

 せっかく二組敷いた布団は結局のところ無駄になる。俺が引っぺがした布団は瀬名さんがパサッと被せた。
 同じ布団にくるまって、胸元にはキキのあたたかい重み。瀬名さんに抱かれていたココは、布団の下でモゾモゾ動いてピョコッと顔だけを出して見せた。俺と瀬名さんの顔の間でスリスリと頭をこすり付けてくる。

「だから一組でいいって言ったろ?」

 下心しかなかった男が得意げに胸を張った。手元はモフモフで首元もモフモフだから今日のところはキキココに免じて許す。
 一組の布団に二人と二匹で、ぎゅうぎゅう詰めになって遊んだ。
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