14 / 302
14. 白いアヒルの罠Ⅰ
しおりを挟む
時間が合うときは外で待ち合わせ場所を決めるようになった。落ち合ったあとは二人で買い出しをしてから家に帰ってくる。
箱で食材が届くことはもうない。あれからもまたさらに一度やられたが、どうかもうやめてくれとげんなりしつつ懇願した。あの食材は俺には荷が重い。スーパーでは見かけないような珍しい野菜よりも馴染み深く庶民的なニンジンの方が気も楽だ。
スーパーから出てきた後の手荷物は結構な重さになる。俺一人であれば絶対にこうはならない。程々の分量しか買い入れないのが常だ。
明らかに余分な買い込み方をしてしまうのは、隣にいるこの男が原因。
「買いすぎですってば」
「余ったら明日に回せばいい」
「懐に余裕のある大人な男のそういう所が嫌いです」
「お前はしっかり者の主婦みてえだな」
睨んでも効果はない。片手にぶら下げていた買い物袋は横からサッと掠め取られた。
「持てますよ」
「重いだろ」
「大丈夫です。か弱い女の子とは違うので」
「たまには俺にもポイントくらい稼がせろ」
俺はポイント制のサービスじゃない。
「……俺相手にそんなもん稼いでも使い道はないですよ」
「積もり積もっていずれは落とす。覚悟しとけ」
「すっごい自信ですね」
「こうでも言っておかねえとな」
自己暗示みたいなものだ。瀬名さんは静かに付け足した。自信満々とそうでないのとを行き来する男は難解だ。
徒歩圏内にあるスーパーからの道を二人でゆっくりと歩いて、あれこれと言い合いながら時間をかけて帰ってきた。目指したのは俺の部屋。ではなくて、その隣の部屋に二人で入った。瀬名さんの部屋にお邪魔するのは今日で二回目になる。一回目は三日前。
一人暮らしの男の部屋にしては妙にきっちりとしたこの違和感。女の影とかではない。部屋を散らかすだけの物がなかった。
「前に入った時も思いましたけどかなり殺風景な部屋ですよね。ウチと同じはずなのにすげえ広く見える」
「これといった趣味もねえからな。必要最低限の物があれば生活できる」
「どうなんですかそれ。帰ってからはいつも何してるんです?」
「仕事」
「うわ……」
なんとなく予想はしていたが。本当にその通りの答えが返ってくるとは。
飄々としているように見せかけて真面目が過ぎるこの男は、ライフワークバランスを保つどころか完全に仕事一直線だ。
「ちゃんと人生楽しめてますか」
「失礼なこと言われたのは分かった」
「だって昼間仕事して夜もまた仕事するとか異常でしかないですよ」
「言いすぎだ」
そんな事はない。バイトしかしたことのない俺の目から見てもワーカホリックだ完全に。
「たまにはちゃんと息抜きもしないと」
「お前と話してる」
「それは息抜きって言いません」
「言う。充分。俺にはこれが一番いい」
もしかすると瀬名さんは仕事ばっかりしていたせいで頭がおかしくなったんじゃないだろうか。それならまだ納得できるが、残念ながらこの人が取る基本的な行動はもっぱらまともだ。
今も買いこんできた食材をテキパキとテーブルの上に出している。要冷蔵の物はサクサクと冷蔵庫の中にしまい込まれた。
「なんならデートくらいしてくれてもいいぞ」
パタンと冷蔵庫の扉を閉めて、振り向きざまにそんな事を。
冗談やめろ。何がデートだ。
「嫌ですけど」
「そう言うだろうとは思ったが傷つく。息抜きさせたいのか塞ぎ込ませたいのかどっちかにしとけよ」
「息抜きは勝手にしてください。俺を巻き込むなら塞ぎ込ませます」
「今どきのガキはだいぶ冷めてる」
口ではそんな事を言いつつも瀬名さんの顔は楽しそう。そしてやっぱり行動は迅速。俺が何を言わずとも野菜の袋をガサゴソと開けて自ら雑用を買って出ている。
使われている形跡があまりなさそうなここのキッチンはピカピカだ。先日来た時にはもっと少なかったはずの調理器具が今日は申し分なく揃っている。なんもねえなと俺がボソッと文句を垂れたからだろう。この人は三日で買い揃えてきた。
「ところで何を作るんだ」
「いま聞くんですかそれ。分かんねえのに勝手にどんどん袋開けないでくださいよ」
「分かりはしねえがとりあえず開けてみた」
「瀬名さんは頭いいようで結構バカですよね」
開封したところで腐る訳ではなくても中身がバラけてしまって邪魔だ。ゴロゴロ転がるジャガイモを見下ろし、何を作るか考える。
スーパーでは瀬名さんがポンポンと食材をカゴに入れていくから考えている暇がなかった。食材がありすぎてもメニューに困るが、この男はそれが分かっていない。
「どうすっかな……逆に何食いたいです?」
「なんでもいい」
「それが一番困りますね」
女心の分からない男が毎日家事に忙しい奥さんを激怒させるための模範回答だ。
いいからさっさとリクエストを寄越せと視線で訴えかけてみると、瀬名さんは数秒黙り込んだ後にその口を開いて一言。
「ならオムライス」
オムライス。チビッ子たちからはだいたい人気を獲得する黄色いアレ。
「……予想外です」
「可愛いだろ」
「何アピールですか」
そう来るとは思わなかった。オーソドックスなメニューではあるが瀬名さんに出したことはない。だってなんか似合わねえし。
作るのは簡単だ。なんら難しいことはない。実は得意な料理でもある。卵も鶏肉もちょうど良く揃っている。この人がポンポンとカゴに入れていった食材のうちの一つだ。
しかしながら、瀬名さんとオムライス。オムライスを食う瀬名さん。こんなにしっくりこない組み合わせも珍しい。
「え、ホントにオムライスでいいんですか?」
「なんでもいい」
「だからあ」
これ以上聞いたところで無駄だろう。どうせお前のメシならなんでも美味いとか言うに決まっている。自惚れじゃなくて。
もういいや。オムライス作ろう。庶民的なオムライスを食わせてやる。瀬名さんがむやみに開封してくれたジャガイモと人参とピーマンはスープにでもぶち込んでしまえばいい。
「オムライスにケチャップでバカって書いてやりますからね」
「それなら俺はお前の分に愛してるって書いてやる」
「やめろ」
重い。
箱で食材が届くことはもうない。あれからもまたさらに一度やられたが、どうかもうやめてくれとげんなりしつつ懇願した。あの食材は俺には荷が重い。スーパーでは見かけないような珍しい野菜よりも馴染み深く庶民的なニンジンの方が気も楽だ。
スーパーから出てきた後の手荷物は結構な重さになる。俺一人であれば絶対にこうはならない。程々の分量しか買い入れないのが常だ。
明らかに余分な買い込み方をしてしまうのは、隣にいるこの男が原因。
「買いすぎですってば」
「余ったら明日に回せばいい」
「懐に余裕のある大人な男のそういう所が嫌いです」
「お前はしっかり者の主婦みてえだな」
睨んでも効果はない。片手にぶら下げていた買い物袋は横からサッと掠め取られた。
「持てますよ」
「重いだろ」
「大丈夫です。か弱い女の子とは違うので」
「たまには俺にもポイントくらい稼がせろ」
俺はポイント制のサービスじゃない。
「……俺相手にそんなもん稼いでも使い道はないですよ」
「積もり積もっていずれは落とす。覚悟しとけ」
「すっごい自信ですね」
「こうでも言っておかねえとな」
自己暗示みたいなものだ。瀬名さんは静かに付け足した。自信満々とそうでないのとを行き来する男は難解だ。
徒歩圏内にあるスーパーからの道を二人でゆっくりと歩いて、あれこれと言い合いながら時間をかけて帰ってきた。目指したのは俺の部屋。ではなくて、その隣の部屋に二人で入った。瀬名さんの部屋にお邪魔するのは今日で二回目になる。一回目は三日前。
一人暮らしの男の部屋にしては妙にきっちりとしたこの違和感。女の影とかではない。部屋を散らかすだけの物がなかった。
「前に入った時も思いましたけどかなり殺風景な部屋ですよね。ウチと同じはずなのにすげえ広く見える」
「これといった趣味もねえからな。必要最低限の物があれば生活できる」
「どうなんですかそれ。帰ってからはいつも何してるんです?」
「仕事」
「うわ……」
なんとなく予想はしていたが。本当にその通りの答えが返ってくるとは。
飄々としているように見せかけて真面目が過ぎるこの男は、ライフワークバランスを保つどころか完全に仕事一直線だ。
「ちゃんと人生楽しめてますか」
「失礼なこと言われたのは分かった」
「だって昼間仕事して夜もまた仕事するとか異常でしかないですよ」
「言いすぎだ」
そんな事はない。バイトしかしたことのない俺の目から見てもワーカホリックだ完全に。
「たまにはちゃんと息抜きもしないと」
「お前と話してる」
「それは息抜きって言いません」
「言う。充分。俺にはこれが一番いい」
もしかすると瀬名さんは仕事ばっかりしていたせいで頭がおかしくなったんじゃないだろうか。それならまだ納得できるが、残念ながらこの人が取る基本的な行動はもっぱらまともだ。
今も買いこんできた食材をテキパキとテーブルの上に出している。要冷蔵の物はサクサクと冷蔵庫の中にしまい込まれた。
「なんならデートくらいしてくれてもいいぞ」
パタンと冷蔵庫の扉を閉めて、振り向きざまにそんな事を。
冗談やめろ。何がデートだ。
「嫌ですけど」
「そう言うだろうとは思ったが傷つく。息抜きさせたいのか塞ぎ込ませたいのかどっちかにしとけよ」
「息抜きは勝手にしてください。俺を巻き込むなら塞ぎ込ませます」
「今どきのガキはだいぶ冷めてる」
口ではそんな事を言いつつも瀬名さんの顔は楽しそう。そしてやっぱり行動は迅速。俺が何を言わずとも野菜の袋をガサゴソと開けて自ら雑用を買って出ている。
使われている形跡があまりなさそうなここのキッチンはピカピカだ。先日来た時にはもっと少なかったはずの調理器具が今日は申し分なく揃っている。なんもねえなと俺がボソッと文句を垂れたからだろう。この人は三日で買い揃えてきた。
「ところで何を作るんだ」
「いま聞くんですかそれ。分かんねえのに勝手にどんどん袋開けないでくださいよ」
「分かりはしねえがとりあえず開けてみた」
「瀬名さんは頭いいようで結構バカですよね」
開封したところで腐る訳ではなくても中身がバラけてしまって邪魔だ。ゴロゴロ転がるジャガイモを見下ろし、何を作るか考える。
スーパーでは瀬名さんがポンポンと食材をカゴに入れていくから考えている暇がなかった。食材がありすぎてもメニューに困るが、この男はそれが分かっていない。
「どうすっかな……逆に何食いたいです?」
「なんでもいい」
「それが一番困りますね」
女心の分からない男が毎日家事に忙しい奥さんを激怒させるための模範回答だ。
いいからさっさとリクエストを寄越せと視線で訴えかけてみると、瀬名さんは数秒黙り込んだ後にその口を開いて一言。
「ならオムライス」
オムライス。チビッ子たちからはだいたい人気を獲得する黄色いアレ。
「……予想外です」
「可愛いだろ」
「何アピールですか」
そう来るとは思わなかった。オーソドックスなメニューではあるが瀬名さんに出したことはない。だってなんか似合わねえし。
作るのは簡単だ。なんら難しいことはない。実は得意な料理でもある。卵も鶏肉もちょうど良く揃っている。この人がポンポンとカゴに入れていった食材のうちの一つだ。
しかしながら、瀬名さんとオムライス。オムライスを食う瀬名さん。こんなにしっくりこない組み合わせも珍しい。
「え、ホントにオムライスでいいんですか?」
「なんでもいい」
「だからあ」
これ以上聞いたところで無駄だろう。どうせお前のメシならなんでも美味いとか言うに決まっている。自惚れじゃなくて。
もういいや。オムライス作ろう。庶民的なオムライスを食わせてやる。瀬名さんがむやみに開封してくれたジャガイモと人参とピーマンはスープにでもぶち込んでしまえばいい。
「オムライスにケチャップでバカって書いてやりますからね」
「それなら俺はお前の分に愛してるって書いてやる」
「やめろ」
重い。
100
あなたにおすすめの小説
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
悪魔はかわいい先生を娶りたい
ユーリ
BL
天界にて子供達の教師を勤める天使のスミレは、一人だけ毎日お弁当を持ってこない悪魔のシエルという生徒を心配していた。ちゃんと養育されているのだろうかと気になって突撃家庭訪問をすると…??
「スミレ先生、俺の奥さんになってくれ」一人きりの養育者×天使な教師「いくらでも助けるとは言いましたけど…」ふたりの中を取り持つのは、小さなかわいい悪魔!
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い
たけむら
BL
「いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い」
真面目な幼馴染・三輪 遥と『そそっかしすぎる鉄砲玉』という何とも不名誉な称号を持つ倉田 湊は、保育園の頃からの友達だった。高校生になっても変わらず、ずっと友達として付き合い続けていたが、最近遥が『友達』と言い聞かせるように呟くことがなぜか心に引っ掛かる。そんなときに、高校でできたふたりの悪友・戸田と新見がとんでもないことを言い始めて…?
*本編:7話、番外編:4話でお届けします。
*別タイトルでpixivにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる