貢がせて、ハニー!

わこ

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14. 白いアヒルの罠Ⅰ

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 時間が合うときは外で待ち合わせ場所を決めるようになった。落ち合ったあとは二人で買い出しをしてから家に帰ってくる。
 箱で食材が届くことはもうない。あれからもまたさらに一度やられたが、どうかもうやめてくれとげんなりしつつ懇願した。あの食材は俺には荷が重い。スーパーでは見かけないような珍しい野菜よりも馴染み深く庶民的なニンジンの方が気も楽だ。

 スーパーから出てきた後の手荷物は結構な重さになる。俺一人であれば絶対にこうはならない。程々の分量しか買い入れないのが常だ。
 明らかに余分な買い込み方をしてしまうのは、隣にいるこの男が原因。

「買いすぎですってば」
「余ったら明日に回せばいい」
「懐に余裕のある大人な男のそういう所が嫌いです」
「お前はしっかり者の主婦みてえだな」

 睨んでも効果はない。片手にぶら下げていた買い物袋は横からサッと掠め取られた。

「持てますよ」
「重いだろ」
「大丈夫です。か弱い女の子とは違うので」
「たまには俺にもポイントくらい稼がせろ」

 俺はポイント制のサービスじゃない。

「……俺相手にそんなもん稼いでも使い道はないですよ」
「積もり積もっていずれは落とす。覚悟しとけ」
「すっごい自信ですね」
「こうでも言っておかねえとな」

 自己暗示みたいなものだ。瀬名さんは静かに付け足した。自信満々とそうでないのとを行き来する男は難解だ。



 徒歩圏内にあるスーパーからの道を二人でゆっくりと歩いて、あれこれと言い合いながら時間をかけて帰ってきた。目指したのは俺の部屋。ではなくて、その隣の部屋に二人で入った。瀬名さんの部屋にお邪魔するのは今日で二回目になる。一回目は三日前。
 一人暮らしの男の部屋にしては妙にきっちりとしたこの違和感。女の影とかではない。部屋を散らかすだけの物がなかった。

「前に入った時も思いましたけどかなり殺風景な部屋ですよね。ウチと同じはずなのにすげえ広く見える」
「これといった趣味もねえからな。必要最低限の物があれば生活できる」
「どうなんですかそれ。帰ってからはいつも何してるんです?」
「仕事」
「うわ……」

 なんとなく予想はしていたが。本当にその通りの答えが返ってくるとは。
 飄々としているように見せかけて真面目が過ぎるこの男は、ライフワークバランスを保つどころか完全に仕事一直線だ。

「ちゃんと人生楽しめてますか」
「失礼なこと言われたのは分かった」
「だって昼間仕事して夜もまた仕事するとか異常でしかないですよ」
「言いすぎだ」

 そんな事はない。バイトしかしたことのない俺の目から見てもワーカホリックだ完全に。

「たまにはちゃんと息抜きもしないと」
「お前と話してる」
「それは息抜きって言いません」
「言う。充分。俺にはこれが一番いい」

 もしかすると瀬名さんは仕事ばっかりしていたせいで頭がおかしくなったんじゃないだろうか。それならまだ納得できるが、残念ながらこの人が取る基本的な行動はもっぱらまともだ。
 今も買いこんできた食材をテキパキとテーブルの上に出している。要冷蔵の物はサクサクと冷蔵庫の中にしまい込まれた。

「なんならデートくらいしてくれてもいいぞ」

 パタンと冷蔵庫の扉を閉めて、振り向きざまにそんな事を。
 冗談やめろ。何がデートだ。

「嫌ですけど」
「そう言うだろうとは思ったが傷つく。息抜きさせたいのか塞ぎ込ませたいのかどっちかにしとけよ」
「息抜きは勝手にしてください。俺を巻き込むなら塞ぎ込ませます」
「今どきのガキはだいぶ冷めてる」

 口ではそんな事を言いつつも瀬名さんの顔は楽しそう。そしてやっぱり行動は迅速。俺が何を言わずとも野菜の袋をガサゴソと開けて自ら雑用を買って出ている。
 使われている形跡があまりなさそうなここのキッチンはピカピカだ。先日来た時にはもっと少なかったはずの調理器具が今日は申し分なく揃っている。なんもねえなと俺がボソッと文句を垂れたからだろう。この人は三日で買い揃えてきた。

「ところで何を作るんだ」
「いま聞くんですかそれ。分かんねえのに勝手にどんどん袋開けないでくださいよ」
「分かりはしねえがとりあえず開けてみた」
「瀬名さんは頭いいようで結構バカですよね」

 開封したところで腐る訳ではなくても中身がバラけてしまって邪魔だ。ゴロゴロ転がるジャガイモを見下ろし、何を作るか考える。
 スーパーでは瀬名さんがポンポンと食材をカゴに入れていくから考えている暇がなかった。食材がありすぎてもメニューに困るが、この男はそれが分かっていない。

「どうすっかな……逆に何食いたいです?」
「なんでもいい」
「それが一番困りますね」

 女心の分からない男が毎日家事に忙しい奥さんを激怒させるための模範回答だ。
 いいからさっさとリクエストを寄越せと視線で訴えかけてみると、瀬名さんは数秒黙り込んだ後にその口を開いて一言。

「ならオムライス」

 オムライス。チビッ子たちからはだいたい人気を獲得する黄色いアレ。

「……予想外です」
「可愛いだろ」
「何アピールですか」

 そう来るとは思わなかった。オーソドックスなメニューではあるが瀬名さんに出したことはない。だってなんか似合わねえし。
 作るのは簡単だ。なんら難しいことはない。実は得意な料理でもある。卵も鶏肉もちょうど良く揃っている。この人がポンポンとカゴに入れていった食材のうちの一つだ。
 しかしながら、瀬名さんとオムライス。オムライスを食う瀬名さん。こんなにしっくりこない組み合わせも珍しい。

「え、ホントにオムライスでいいんですか?」
「なんでもいい」
「だからあ」

 これ以上聞いたところで無駄だろう。どうせお前のメシならなんでも美味いとか言うに決まっている。自惚れじゃなくて。
 もういいや。オムライス作ろう。庶民的なオムライスを食わせてやる。瀬名さんがむやみに開封してくれたジャガイモと人参とピーマンはスープにでもぶち込んでしまえばいい。

「オムライスにケチャップでバカって書いてやりますからね」
「それなら俺はお前の分に愛してるって書いてやる」
「やめろ」

 重い。
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