貢がせて、ハニー!

わこ

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213.忘却の彼方のその先Ⅱ

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「良ければウチに来ませんか。すぐそこなので」

 ピリピリしたままカフェを後にしてすぐ、ショウくんはそんな提案をした。
 瀬名さんは表面的には素直に、しかし儀礼的にそれを受け入れた。

「ご迷惑でないのでしたら」

 息が詰まる。パンケーキ出てきちゃいそうだ。
 二人とも言動は丁寧なのにどうしてここまで険悪なのだろう。




 ショウくんちに来るのは俺も初めてだがすっきりとして片付いている。実家の部屋はエロ本が隠してあるような散らかった空間だったはずなのに、通された広いリビングは隅々まできちんとしていた。
 意外だな。観察しつつ、思い直す。そうか彼女さんが来るからか。あんなドぎついエロ本が散乱していたら過酷な追及は免れないだろう。
 壁際のソファーはふかふかのアイボリー。このオシャレな感じからするに彼女さんの助言が大いに入っていそうだ。

 俺達も引っ越し先のリビングには横長のソファーを置く事にしている。家具のいくつかは今の部屋から持ち出す予定だがいくつかは買い替えるので、内見時には瀬名さんがメジャーを持参してあちこち隈なく測りに測った。
 俺一人なら各部屋の寸法やドアの幅や目立ったポイントだけでちゃちゃっと簡単に済ませたと思う。ところが業者かってくらいに厳重だったのが瀬名さんだ。動線も考慮しながらの測定には驚くほど隙がない。写真や動画撮影も可能と聞くと余念なく室内を見極めていた。

 あれこれテキパキ指示を受けて俺もそこら中ワタワタすることに。そのおかげで新しく買い替える家具家電類は余計な迷いもなく選べた。引っ越し当日もスムーズにいきそうだし引っ越し後のこんなはずじゃなかったもなさそう。
 準備に抜かりない瀬名さんは引っ越しコンサルにも転職できる。



 ソファー前のテーブルに出されたコーヒー。ついでにクッキーも用意してくれた。
 遠慮なしにさっそく手を伸ばしてサクサクのおやつを一枚頬張った時、しかしハッとしてモゴッと止まる。隣の瀬名さんをチラリと窺えば、どうにも不満そうな目を。
 それを知ってか知らずか、いや確実に分かっているはずのショウくんは、何食わぬ顔をしたまま俺におやつだけ与えてから言った。

「ちょっとそれ食ってろ」
「あ、うん……」
「瀬名さんもよろしければ」
「どうぞお構いなく」

 怖い。

 非常に居心地悪くなったままクッキーをこっそりモグモグしていると、ドアの向こうに消えていったショウくんが茶封筒を持って戻ってきた。
 やや厚みのあるそれは俺に渡される。サイズ的にエロ本ではない。

「……何?」
「中見てみろ」

 言われて素直に封筒の口を覗いた。写真、だろうか。指先を突っ込んでそれらを半分くらいまで引っ張り出してみる。
 思った通り、写真だった。思わずクッと、眉間には力が。

「…………」

 見覚えはない。俺の記憶にはないのだが、それが何かはすぐに分かった。
 アルバムにも何にも入っていない。雑に封筒に突っ込んであるそれらは。

「…………なにこれ」
「思い出」
「そうじゃなくて。なんでこんなの持ってんの」
「正月に実家行った時持って帰ってきたんだよ。遥希の彼氏に会ったら見せようと思って」
「なんでだよ。つーか俺こんな写真覚えてねえんだけど」
「まだ小さかったからなお前」

 俺のチビッ子時代のアナログ写真だ。上半分を出したままペラペラと数枚を確認してみるが、たぶん全部に俺が写っている。
 ショウくんは俺の手から茶封筒ごと写真を引っ手繰っていった。そこから中身だけを取り出して、瀬名さんに差し出そうとするものだからギョッとして掴みかかったその腕。

「ちょ、見せんなッ」
「いいだろ折角だし。瀬名さんも見たいですよね?」
「ええ、ぜひ」

 言いつつ瀬名さんはすかさず俺を制した。その一瞬で写真の束がこの人の手に渡っている。なんで急に結託するんだよ、さっきまですげえ仲悪かったろ。

 一番上にあったその写真。壊れかけのバケツを持って泥んこまみれになっているクソガキの姿を眺め落とした瀬名さん。
 その冷静な視線は見比べるように、ハタチの俺に移された。

「…………」
「…………」
「……ハッ」
「笑うな」

 自分で見ても無様な状態だ。





 これを生き地獄以外のなんと表現すればいい。結構な量のある写真の束は、そこから数分かけて瀬名さんにじっくり見られた。
 さっきまでは威嚇中のタスマニアデビルみたいな顔をしていた男だったが、つまらない写真を見せてくれやがったショウくんにすっかり心を開いたようだ。
 ついでに俺が地元にいた頃の話も執拗に聞きたがった。ショウくんも聞かれるままに答えた。

 ある日じいちゃんに教わったヤマダノカカシという童謡らしき歌を気に入った俺が一晩中熱唱し続けて翌日声が出なくなった話とか。こいのぼりの歌のこいのぼりを長らくやねのぼりと言い間違えていた話とか。メダカの学校を信じた結果、そこら中の用水路を巡って小さい学校を探索しまくった話とか。見つからなくて落ち込んだ話とか。
 瀬名さんは童謡シリーズが気に入ったようだ。単なる昔話と見せかけてこの大人達は年下を貶して遊んでいる。

「ウサギは追いかけるもんじゃなくて美味しいもんだと思い込んでましたよ」
「ありがちですね」
「異人さんはいい爺さんですしどんぶりこはドングリコです」
「なるほど。どこまでもお約束なガキだったと」
「いかにも」

 悪口にはおおよそ花が咲きやすいものだから瀬名さんとショウくんは急激に仲良くなった。人のクソガキ時代の間抜け話で打ち解けた二人の横で、悪口に思いっきり晒される俺はヤケクソ気味にバリバリとクッキーを頬張る。

 ドングリコで何が悪い。どうせかごめかごめはカモメの歌だと思っていたよ。アルペン踊りは仔ヤギの上で踊るんだと思っていたさ。
 ウサギは美味しいけど赤とんぼは追ってくる。なんと茶壷まで追いかけてくる。俺はなんかヤベェ国に生まれた。

 ヤマダノカカシを歌い明かして喉を潰した元クソガキでも、ここで口を挟んだところで墓穴堀りになるだけなのは嫌というほど理解している。
 性格の悪い大人達をどんなにジトジト睨みつけようと、一瞬で親友になった二人は気にせず和やかに語り合っていた。クッキーはもらった分だけ食い尽くしてやった。
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