貢がせて、ハニー!

わこ

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216.女友達Ⅱ

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「いい女じゃねえか」
「時代的にそういう言い方はどうかと思いますよ」

 誉め言葉ですら一瞬で燃え上がる時代だ。いくらイケメンでも迂闊な事は言えない。いや、言えるか。このレベルのいい男は許されるのか。人間社会と書いて不公平と読む。

 元々はチョコが入っていた紙袋を開けた瀬名さん。そこから漫画を取り出して、何かに気づいたようでもう一度袋に手を突っ込んだ。
 一緒に入れられていたのは一枚のカード。俺もこの時まで気づかなかったので、何気なく横から覗き見たそれ。名刺サイズのメッセージカードに綺麗な文字でシンプルに書き添えてある。
 面白かったです。ありがとうございました。

「おぉ。律儀。しかも達筆なんだよなミキちゃん」
「お前のダチはなんだかんだちゃんとしてる」

 読経でもはじめんのかなって思うような分厚い本を借りるような子だ。憧れの人物を聞かれれば流行りのモデルでも世界的な人気アイドルでも口の上手いインフルエンサーでもなく、迷わずエレノア・ルーズベルトと答えるような子でもある。それでちゃんとしていなかったら普通にただのヤバい人だ。
 ミキちゃんはただのヤバい人ではなく幸いにもちゃんとしている人なので、連休前に貸した単行本もきっちり丁寧に返って来た。それの最初のページをさっそくパラッと見開かせ、当然のように読みはじめるリーマン。

「……それにもハマったの?」
「お前も読むか」
「いえ、もういいです。一回読んだし」
「何度読んでも楽しいだろうが」
「巨大な敵と戦う歴史哲学マンガみたいにとんでもねえ真実が隠されてる訳でも過酷な選択を迫られる訳でもないのに?」
「情緒のねえお前にはどうせ分からない。結末について語り合うからミキちゃんと今度会わせろ」
「俺の友達といちいち話し合いたがるのなんなの」

 それの主人公は女子高生だが男より男前で元気がいい。ストーリーは全体的にパワー系で涙よりも圧倒的にコメディ。
 俺が思っていた少女漫画とは違った。むしろ少年漫画の主人公みたいなキャラだ。守られるよりも守るタイプで美形の彼氏に危機が迫るといち早く駆けつける。

「ちょっと前まではミキちゃんのこと敵視してたくせに」
「あれはちょっと前までの話だ。それにミキちゃんはまだ俺の中でいまいち人物像が定まってない。から定めたい」
「いいよ別に定めなくて。アンタなんの関係もないんだから」
「関係なくても気になるだろ。自分をフッた野郎をわざわざ訪ねて抱き着くようなタイプにはどうしても思えねえ」
「それそろそろやめてあげてください。本人も黒歴史だって言ってます」

 当時ハマっていた御曹司ものの韓国ドラマに触発されての行動だったのは前にも聞いたが、あれからさらにもう少々具体的な原因を知った。
 ヒロインが悲し気に立ち去ると冷たい御曹司が追いかけてきてギュッと抱きしめ返される。王道ドラマのワンシーンにはそんな王道展開があったそうだ。ミキちゃんはそれをやりたかったらしい。

 俺にそう語った時の、ミキちゃんの言い分はこう。

「昔から顔にだけは自信があるの。可愛いって言われ続けて生きてきたからあの時も実は期待してたっていうか確実にそうなるって踏んでたのに、赤川くんは全然引っかからなった。あれはもう追いかけてくるどころじゃないよね。ドラマの御曹司より氷点下、っていうか私にまるで興味がない」

 ミキちゃん本人がにこやかにそう言っていたのは浩太と付き合い始めた後くらいだったか。ちなみに現在の浩太はなかなか流暢に韓国語を話せるのだが、原因は言うまでもなくミキちゃんだ。
 しかし当のミキちゃんはというとすっかり韓国ドラマには飽きている。最近はイタリア語に興味津々で家に帰ると配信ドラマにかじりついていると浩太が言っていた。

 最初の頃は苦手な子でしかなかったが、今ではもう女心の相談とかだってできちゃう相手だ。
 顔には自信あるとか俺を引っ掛けられると踏んでいたとかいう話をしていたまさにその時その隣には浩太も座っていた。彼女の口からこんな話を聞かされて平気でいられる神経を疑う。
 女子の気持ちなんか簡単に踏みつけるだの彼女さんのことしか考えてねえだの二人から口々に罵られて散々イライラさせられたけれど、頭おかしいカップルだから仕方ない。

「そういえばミキちゃんのおばあさんは書道の先生だそうですよ」
「ああ、だからああいう字なのか」
「なんかそのおばあさんもスゴそうな感じでして」
「ミキちゃんのばあさんならそりゃそうだろ」
「あなたにミキちゃんの何が分かるって言うんですか」

 ミキちゃんは瀬名さんが想像しているよりも三倍は斜め上を行く。あの見た目は完全な騙し討ちで、中身はとてもしたたかな女性だ。



 ある日の大学のカフェテリアにて、浩太とミキちゃんが明日の休みにもんじゃに行こうと話していた事があった。たまたまその時その場にいた俺も当然のようにおいでと誘われ、デートに参加するのは躊躇ったけれどもんじゃ食いたかったから行った。

 当日の待ち合わせ場所に行くと、どうやら浩太はまだいなかった。しかしそこにミキちゃんはいた。
 一人ではない。そこにはミキちゃん含めて三人。ミキちゃんが壁際に追い詰められている。ように見える。落ち合う予定のビルの前で明らかにナンパされていた。
 やばい。ダチの彼女が絡まれている。

「ごめん、お待たせ!」

 発見するなりスゲエ声出た。慌てて駆けつけて割って入ってチャラ男二人を威嚇する。
 俺のダチの彼女に何してくれんだ。スッと無言で睨みつけてみたら案外あっさりウッと怯んでくれた。食って掛かってくる気配はないので、二人の目の前でミキちゃんの手を取った。

「行こっか」
「うん」

 待てコラとかなんだテメエみたいな昔のヤンキー漫画なセリフが後ろから投げつけられる事もなかった。
 よかった。怖かった。助かった。弾みで睨みつけたはいいけど殴り合いになったらどうしようかと思った。

 チャラそうなだけでヤバそうな人達じゃなかった二人組から離れて安堵しつつも、道の角を適当に曲がったところでミキちゃんの手をパッと離した。

「ごめんね」
「ううん。ありがとう」
「大丈夫?」
「うん、平気。慣れてるから」
「慣れてるって……こういうのよくあるの?」
「あるに決まってるでしょ私だよ」
「…………」

 この子もな。なんていうかな。こうも潔い顔をして宣言されるとむしろ小気味いい。

「浩太も苦労してそうだな……」
「浩太ああいうのかわすの上手いよ」
「だろうね」

 あいつならどんな相手でも穏便に事を収めるだろう。そうやって付き合う前からセキュリティ係をしていたに違いない。

「で……その浩太は何やってんだ彼女放って。一緒に来るんじゃなかったの?」
「さっきまではそこにいたよ。年配のご夫婦に道聞かれて途中まで案内しに行ってる」
「ミキちゃん一人で残して?」
「赤川くんなら時間通り来るだろうからここで待ってるよって私が」
「俺のせいじゃんゴメン」

 時間ピッタリじゃなくて五分前くらいに来ればよかった。
 ひとまずは目立つポイントに移動しておこう。俺は浩太みたいに器用じゃないからミキちゃんを守り切る役割は荷が重い。

 人通りのある方を目指しながら並んで歩き、隣をチラッと見下ろしてみればそこには華奢な女の子の姿。
 この性格を知ってしまうと脳内で何かと補正されるけど、ミキちゃんは小さくてふんわりとした可愛い女子なのだと急に思い出す。

「可愛いは可愛いで苦労するんだね」
「赤川くんって私のこと可愛いって見えてたんだ」
「ミキちゃんが可愛いに見えない男は世の中にそんないないと思うよ」
「その割には鬱陶しそうにされた記憶しかないんだけど」
「最初は苦手だったから。自分が可愛いのちゃんと分かってそうな感じとか」

 アハハッと可笑し気にカラリと笑った。聞かされたのは軽快な声。果たして今のは笑うところだろうか。
 浩太にも場所を変えたと連絡を入れると、何があったか察したのだろう。秒で行く。と、秒で返って来た。

「浩太秒で来るって」
「じゃああと五分くらいかな。駅の方まで案内しに行ったと思うから」

 軽薄なクズに見えて普通に親切なあの野郎は年配のご夫婦にも親切だ。

 目印として指定した変なオブジェのすぐそばにはベンチがある。とりあえずそこに座ってみれば、どうにも今さら気が抜けてきた。

「なんかさ……」
「なあに?」
「……俺ナンパされてる人って生まれて初めて見たかも」

 東京って本当にこういうのあるんだな。地元にも田舎くさいヤンキーならいるが手慣れたナンパ野郎は見たことがなかった。
 しみじみ思って呟いた俺に、ミキちゃんは嫌味なくフフッと笑った。

「これもせいぜいあと十年くらいまでだろうけどね」
「うん?」
「男の人の大半はいくつになっても若い子が好きなんでしょう?」

 何か聞かれた。思わず詰まった。この場合はどう答えるのが正解なんだ。

 うちの親父は母さんを大事にする人だしじいちゃんもばあちゃん一筋だったし、瀬名さんのお父さんはマユちゃんさんしか目に入っていないと思うし、俺の周りはそういう様子の男ばかりなのもあってついつい忘れてしまいがちだが、基本的に人間の男というのも結局のところは動物だ。動物のオスは本能的に健康な若いメスを求める。
 女性陣のほとんどは、これだから男はって言うだろう。しかしミキちゃんはニコニコしている。ただの事実とでも言いたげな雰囲気だ。

「これ私のおばあちゃんが良く言ってたんだけどね」
「あ……そうなんだ……」

 またなんとも核心をついてくるおばあちゃんがいたものだ。

「おばあちゃんは若い頃すっごく美人で、写真見たこともあるんだけど本当に女優さんみたいだったの」
「へえ……」
「そのおばあちゃんにね、まだ小さいころ言われたんだ」
「なんて?」

 ミキちゃんは相変わらずニコニコしながら続けた。

「若さは武器です。美しさも武器。ただしこれらには利用期限もあります。生まれ持った武器があるうちに知識を蓄え技巧を磨き上げなさい。いつまででも使える武器を、今度は自分の力で集めていくの」
「…………」
「子供の頃はよく分からなかったけど、その意味もだんだん理解できるようになってきた」

 俺もガキの頃なら意味が分からなかっただろう。でも今なら大体わかる。
 カワイイは利用しろって話を、幼い孫娘に説いてみるばあちゃん。

「おばあちゃんの職業は戦う姫とか……?」
「ううん、近所の子に書道教えてるよ。今も」
「そうなんだ……」

 ミキちゃんの性格がサッパリしているのはおばあちゃんの教えがあるからかもしれない。

 綺麗な子はそれによって降ってかかる不利益も多いだろう。さっきみたいな怖い目にだって遭いやすいかもしれないし、そのくせ周りからは一方的に妬まれる。しかし反面で実際のところは不満や鬱憤もあるはずだけれど、同じくらいに得する事もある。
 嘆くだけなら簡単だ。だが逆手に取る手段も選べる。その手段をある人はズルイと言うかもしれない。卑怯だと感じる人もいるに違いない。しかし生まれ持った何かがいくらあっても活かせるかどうかは人による。物事のやり方なんて、幾通りだってあるのだから。

 ミキちゃんはやっぱり自覚している子だった。自覚しているし肝も据わっている。
 使い勝手のいいその外見を、卑屈にも高慢にもならずに使いこなすだけの心づもりがある。

「赤川くんには効かなかったけどね」
「俺それいつまで言われるんだろう」

 ふんわり笑う可愛い顔の下には、いつだって賢い女性が身を潜めている。
 嫌味にならないのはこの子だからだ。エレノア・ルーズベルトに憧れているミキちゃんは目指すところも一貫してブレない。俺のダチは思った以上にとんでもなかった。

 それから浩太はミキちゃんの予測通り五分後くらいに全力で走って来たし、三人で囲んだもんじゃもウマかった。ミキちゃんは意外にも土手職人だった。
 しかし俺にとってあの日のあれはかなりのインパクトがあったので、変なオブジェのそばのベンチに座りながら聞いた話は忘れられない。

 したたかなおばあちゃんの教えを、ミキちゃんはしたたかに受け継いでいる。






「ていう事も前にありまして」
「ありましてじゃねえ。白昼堂々なに少女漫画やってんだ」
「だってナンパされちゃってたんだもん。俺だってビックリしましたよ」
「どんな相手かも分からねえ野郎どもに一人で挑むな危ないだろうが」
「ダチの彼女にヤカラが絡んでたら助けないわけいかないでしょ」
「お前の男気には惚れ直したが俺のいないとこで危ない事はできるだけしないでくれ」

 これだよもう過保護なんだから。

「けどこれで分かったでしょう? ミキちゃんっていう人は一筋縄じゃいきません」
「会ったこともねえ俺ごときが人物像を定められるはずがなかった」
「しょっちゅう顔合わせてる俺もいまだに定められてないですよ。あの時だって自分の可愛いの利用価値を聞かされるとは思ってませんでした」
「ますますいい女じゃねえか」
「だから、それ。コンプラ」
「ならこれだったら現代的になるか。興味深い」
「あなたもミキちゃんも同類でしょうからね」

 生まれつきの武器は多い。自分の力で集めた武器も多そう。そしてそれらを使いこなしている。
 嫌味じゃないミキちゃんとは違って嫌味じゃないのが逆にイヤミな男は、俺の話を聞いている間にとっくに読むのをやめていた少女漫画を袋の中にカサッと戻した。

「ところでお前もんじゃ好きなのか」
「気になったのそこなの?」
「二人とはいつ行った」
「え? えっと、だいぶ前です。土曜だかに瀬名さんの仕事が入ってた日」
「……クソ」
「え、何が」

 なぜ拗ねる。

「好きなら好きとなんでもっと早く言わねえんだ」
「逆に嫌いだと思ってたんですか?」
「好きか嫌いかを考えた事がなかった」
「お好み焼きとかタコ焼きとか屋台見つけたら普通に食ってんじゃん俺。ああいうの好きな奴はもんじゃも好きなんですよ」
「……言えよ」
「だからなにが」
「俺は遥希と鉄板焼きなんか行った事ねえ」
「連れてってくれたじゃないですか。なんかスゴそうな肉とか海老とか目の前で焼いてくれるとこ」
「もんじゃはない」
「もんじゃにそんなこだわります?」
「粉モン系の鉄板焼きに行きたいと言われた記憶すらない」
「や、だって瀬名さんああいうの嫌いそうかなって」
「お前が好きなものなら俺も好きになる」
「どうなんすかそれも」

 俺がカマドウマ大好きな人だったらどうする気だ。

「瀬名さんはもんじゃに興味ないでしょう?」
「そんなことない」
「……小さいヘラなんか持った事あんの? もんじゃは自分で土手とか作るんですよ」
「どて……?」
「知らないんじゃん。小さいヘラ使いこなせないよ」
「バカにするな。俺のヘラ捌きを見せてやる」
「そんな意気込んで食うようなもんでもねえけど」
「それじゃ店に対して失礼だろうが」
「お店に敬意を払う心がけは見習いたいと思うんですけどもんじゃ焼き屋がどんなとこかちゃんと分って言ってます?」
「わかってる」
「それたぶん現世のもんじゃじゃないです。あなたもしかして異世界で育ったんじゃないですか」
「同じ世界線で触れ合ってるからもんじゃ職人にも無礼のないようにちょっと今からヘラ買ってくる」
「はい?」
「特訓だ」
「やっぱ持った事ねえんじゃん」

 せっかく今日までコツコツ片付けてきたのに物を増やすのはご遠慮願いたいので、別次元のサラリーマンがもんじゃセット買いに行こうとするのは止めた。
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