貢がせて、ハニー!

わこ

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243.おつかいできない男Ⅱ

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 夫への不満を奥さん方に嘆かせて喜んでいる下世話なテレビは、トドメの一撃みたいな質問をその人たちに投げかけていた。

『それでも離婚はしないんですか?』

 テレビの連中ってなんでこうも揃いも揃って無礼なんだろう。

 クソみたいな質問にも喜々として回答する人はいて、金のためとか老後のためとか子供が成人するまでは耐えようと思っているとか、辛辣で血も涙もないような答えの数々も返ってきたし、性格悪そうな取材スタッフはそんな返答を期待していたのだろう。
 しかしテレビを喜ばせる人たちがいるその一方、それらとは少々毛色の違う反応も結構あった。呆れつつもどこかおかし気に、笑っている女性は多い。

 苦手なりに家事を頑張っているのは分かる。ちょっとドンくさいけどいつも優しい。どんなに仕事で疲れていても子供とは常に全力で遊ぶ。不得手なことはお互いにあるのだから相手のことだけ一方的に責めているようじゃ夫婦は成り立ちません。
 眩しくて前向きな答えに加えて、ド正論で打ち返す人もいた。それがテレビ側の意図に沿っていたのかはたまた反していたのかは視聴者の知るところじゃないが、一緒にいるのは理由があった。
 世の中にいるのは男を無能扱いする女ばかりではないし女を見下す男ばかりでもない。

『ウチは結婚して十六年になるんですけど、この人いまだに私のことカワイイって言うんですよ』

 夫がいる横で夫への不満インタビューを受けていた明るい四十代の女性は、困ったような顔をしながらもにこやかにそう付け足した。包み隠さないその様子にやや圧された女性インタビュアーは、めげずに隣の男性へとマイクを向けて奥さんの発言の裏を取る。

『そうなんですかご主人?』
『ええ、まあ、ヘヘヘヘっ……そうですねえ、ふはは。いやだって、ねえ? 僕の奥さん、見ての通りカワイイじゃないですか。ふヘヘヘッ」

 これは本当に言っていそうだ。物凄くデレデレしていた。子供の目から見てもそれは分かった。
 ちなみにこのデレデレの男性は、大根三本キュウリ五本の人だ。大量に持って帰った大根とキュウリは男性の好きな漬物になったらしい。

 幸せそうなご夫婦から切り替わり、お次はずいぶんと若い女性へのインタビュー映像。十代で予定外に身籠り、その相手も自分と同い年だった。
 捨てられるのも覚悟のうえで妊娠を打ち明けたところ、返ってきたのは思わぬリアクション。マジかオレ父ちゃんになんのかよじゃあまずは結婚だよな。嬉しそうに受け止めた、現夫元彼氏のパートナーについて穏やかに話したその女性は現在二児のお母さん。お腹の中にはもう一人いるそう。

 お使いヘタクソだし色々不満はあるけどそこも含めてまあ好きですよ。だから夫婦やってるんで。それは向こうも同じだと思う。

『ていうかこういう話いつも思うんですけど、それくらいのことで離婚するってことはそれ自体がもう答えじゃないですか? 買い物が上手いとか下手とかはそんなに関係ないんじゃないかなって。今か後かの違いだけでどの道必ず別れると思うんですよ。別れなくても仮面夫婦やってるっていうか。私の周り大体そうなので、アハハッ』

 これから三児のお母さんになる年若いその女性はカラリと笑いながら核心を突いた。しかしこのテレビスタッフは若ママになんとしても食い下がる。

『ご主人とは大丈夫そうですか?』
『はい、たぶん、今のとこは』
『仲良しご夫婦で?』
『アハハッ、そうですね。ケンカはしょっちゅうしてるんですが』
『そういう中でこれはもう本当にムリッ! みたいなご不満などは……?』
『あー、でもこの先もし裏切られたり向こうがなんかやらかしたりしちゃっても後悔だけはしないんじゃないかな。そう思えるくらいの男に惚れたと確信してるんで』
『あ……おぉ、ははは、あーそれは……すごいですね』
『ほんと優しいんですよ、アホだけど』

 リポーターはそれ以上何も言えなくなった。この前向きな女性から夫に対するネガティブな回答を引き出すことはできないだろう。
 両隣にいた小さい男の子たちがハンバーグ食べたいと言い出したところで、小気味よいその女性へのインタビューは幕を閉じた。






***






 アマランサスご飯を瀬名さんに代わってひとまず俺がリトライしてみた。茶碗に盛ったホカホカご飯を眺め落とす瀬名さんの顔つきは微妙。

「さっきは本当にすまなかった」
「いいですよもう。分量トチると炊飯器が生死を彷徨うって知識をおかげで得られましたから」
「申し訳ない……」

 瀬名さんのショックがまだ抜けてないな。心なしかしょんぼりしながらそっと茶碗を手に持った。

 ウチは代々食を大事にしてきた家系だが特別な何かをした記憶はない。元々が健康な人間であるならスーパーフードなんかなくても、毎日普通に食って普通に寝て普通に活動しておけばそれでいい。
 SNSで健康食材探し出すよりSNSやめた方が健康的だろう。どれだけ模範的な生活を送っていようと所詮はリスクの問題であるから病気は無差別に襲い掛かってくる。謎の健康情報はそこかしこに溢れているが、これをすりゃ安心なんて魔法はないし、結局のところはバランスが大事だ。

 あとは好みと発見の問題。一人でいるとどうしても偏る。俺は元々自ら進んで冒険をするタイプではない。
 だから色々見つけてくる人とこうして一緒に暮らしていると、思わぬお気に入りに出会うこともしばしば。

「瀬名さん」

 顔を上げた瀬名さんはやっぱりまだどこかぎこちない。そんな男に見せつけるように、ふすま粉をまぶしてカラリと仕上げた唐揚げを小皿に取った。
 謎フードもなかなかいい仕事をする。揚げ物にはしばらくこれを使おう。

「俺クコの実とカボチャの種とそばの実は結構好きですよ。雑穀ミックスとかも」

 深緑色のカボチャの種は実家でもよく食っていた。硬い種の白っぽい外側を一個ずつ剥いで中身を炒ると香ばしいおやつになるのでガーくんも大好物だ。
 そのため食卓にカボチャが出た次の日にはほぼ確実に地道なお手伝いを強いられる。美味しいおやつは欲しいけれども地味なお手伝いは面倒くさいなの狭間で長年葛藤してきたもんだから、わざわざ自力で剥く手間を取り払われた市販品を見た時は少し驚いた。

 クコの実が杏仁豆腐以外に使える事も、ソバの実のスープが美味しい事も、瀬名さんがいなければ気づかなかった。雑穀ご飯は腹持ちもいいし、これが家の中にあると非常食としてなんとなく心強いし。

 自分じゃ絶対に手に取ることなどなかった塩麹なんかも今じゃお気に入り。白身魚を焼く時の強い味方だ。みそ汁に入れても美味い。
 スキムミルクと純粋はちみつを部屋にコソッと置いておけば、深夜に急にココア飲みたくなってもヘルシーな夜食に有り付ける。夜のおやつは我慢しなさいってお母さんモードの瀬名さんに言われてもスキムミルクだもんで押し通せる。

「またなんか見っけてきてください。使い道ちゃんと考えるんで」
「…………」
「アマランサスごはん美味しい?」
「……うまい」
「ですよね。俺もこれ好きです」

 ショックを拭えずにいた瀬名さんは、なぜなのかとうとう打ちのめされた。アマランサスごはんを盛ってある茶碗と箸を持ったまま微動だにせず、変な顔で俺を凝視すること数秒。

「……俺はいつの間に天使と結婚したんだ」
「俺は天使じゃないし俺達は結婚してません」

 どうやら復活したっぽい。




 お使いできるかどうかなんてそう大した話じゃなかった。何ができて何ができなくても気に食わない相手のする事だったらなんだろうと疎ましい。けれどもそれが大事な相手なら、なんだろうと思う。まあいっか、って。
 まあいっかって思える人と、一緒に暮らして一緒にメシを食ってる。この先いろいろ思うところはあっても後悔だけはしないだろう。俺はそう確信している。
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