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245.何気ない午後
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待ち合わせの公園に到着した時、瀬名さんはすでにいた。ベンチに座っているのを遠目から発見。俺の長所は視力がいい事だ。
だから遠いけどよく見える。隣にはなぜか、三毛猫がいる。
俺のいる場所からはその光景が見えるのだが、三色模様の毛玉を見下ろしている瀬名さんはまだ俺に気づいていないだろう。
横からそっちにそれとなく近づいた。なんとなく、足音は極力消した。
「ニャア」
「そうなのか?」
「にゃっハー」
「ほう」
「にゃふんッ」
「五丁目の?」
「にゃにゃにゃっ」
「それは知らなかった」
「ォワァア」
「お前も毎日苦労してんだな」
「ンぐにゃーん。ンー」
「同意見だ」
「ナァーン、にゃ。ニャ。わあー」
「だよな。分かる」
「なぉー」
「世知辛ぇよ」
「ンニャふ。ッにゃ」
「マジか。ありがとう気を付ける」
こっそり近づいたらそんなやり取りが聞こえてきしまったもんだから困ってる。
今まさに恋人の異常行動を目の当たりにしちゃっているのだけれど俺は一体どうすれば。とりあえず話しかけるか。そうだな、それがいい。呼びかけよう。
「せなさーん」
呼びかけた。ネコと世間話していたヒト型の男はすぐにこっちを振り向いた。
「おう。おつかれ」
「すみませんお待たせしちゃって」
「いいや。俺も少し前に来たとこだ」
瀬名さんが俺の方に注意を向けると隣にいた三毛猫は何を思ってか、その膝に前足でトコッと見せつけるように乗り上げた。
ごめんな。別にお前との会話を邪魔しようとしたわけじゃないんだよ。わざわざ膝の上を陣取らなくても瀬名さんは用無しになった野生の猫をシッシと追い払ったりしないから大丈夫だ安心してくれ。ていうか俺にも撫でさせてくれ。
瀬名さんに懐き足りないらしいサクラ耳の可愛い毛むくじゃらを間に挟んで丁重にモフった。ミケはひたすら瀬名さんの足に頭をウリウリ撫でつけていた。いいなあと思って見ていると、仕方ねえなって感じの顔して俺の手にも頭をスリスリしてくれる。心優しい毛玉だった。
人間のオスに飽きたのだろうミケがヒョイッとベンチから軽快に飛び降りるまで、そうやってしばらく遊んでもらった。トコトコ歩いていくモフいケツを見守り、それから俺達もようやく腰を上げた。
昼時はやや過ぎたが今日はまだ昼飯を食っていない。ちょうどよく腹も減っている。そして行先も夕べから決まっている。
目的地を目指して歩きながら、やはり気になるのは彼氏の奇行。相変わらず横顔も素敵な男前をチラ見した。
「……瀬名さんって猫相手のコミュ力高いですよね」
「あ?」
「知らない猫と良く喋ってるから」
「何言ってんだ。猫と喋れる訳ねえだろ」
「…………」
マジで不思議そうな顔してくるんだけどなんなのこの人。これはもしや仕事できる人に限ってできないって言うのと同じ現象だろうか。違うだろ。
瀬名恭吾はただの変な人だ。ベンチに座って猫と喋るような不思議な人ではあるけれど、ゴハン食べる場所はハズさない。
「はぁぁ、うまー。これが食いたかった」
「お前が満足ならそれで構わねえがさすがに季節外れじゃねえか?」
「これは冬に食うのがウマいけど今日食ってもめっちゃウマいんです。あったかくてもこんなにウマいんだから寒い日に食ったら絶対ヤバイ」
「じゃあ冬になったらまた来よう」
「ヤッタ、約束ですよ」
昔ながらの洋食屋さんのグツグツしたエビグラタンが食いたいと夕べ一時間くらい騒いでいたら、瀬名さんが絶妙な店を見つけ出してくれた。俺のリクエストに完璧にマッチするこぢんまりしたこのレストラン。
昔ながらのお店だから昔ながらの優しい料理が多い。ふっくらとした厚みのあるスフレ系のパンケーキじゃない方のホットケーキも年季の入ったメニュー表の写真にて発見したので、一緒に注文。キツネ色のペラさが落ち着く。名前がホットケーキなのも非常に落ち着く。
この店の近辺はレトロな雰囲気漂う居心地抜群の快適エリアだ。隅々まで綺麗に整備された現代的な環境もいいけど、やっぱりこういう場所はホッとする。
しかしここからほんの少々視線を先の方へと投げるだけで、景色が変わる。ガラリと一瞬で。イマドキっぽい風景がそこに。
あちらにそびえたっているのは、天国をも突き破りそうな高層ビル群。
「どうした?」
「あ、いえ。あっちの金持ちゾーン見てると近未来みてえだなって」
「金持ちゾーン?」
「お金たくさん持ってる人達が住んでいるのだろうタワマンエリア」
「あぁ……」
瀬名さんもそっちの方を見た。その視線はつまらなそうにすぐさまフイッと皿の上へと落ちたが、途端にハッとしたような顔をして、今度は俺の方を凝視してくる。
「ああいうとこ住みたいのか?」
「え?」
「…………なんとか。いける」
「いや全然違うんでいかないで」
「一瞬迷っちまってごめんな。遥希の頼みならどんな事だろうと計算しないで即答すべきだった」
「そこはもっとシビアに計算しなよ」
俺は一国の王とかではない。この人のこれ完全に悪化してるな。
耐熱皿からハミ出しているチーズたっぷりのマカロニを頬張る。プリプリのエビもふんわりしているマカロニもこっくりしたホワイトソースも最高。高い場所からゴミのような民衆を高笑いしながら見下すよりも、俺は地上で昔ながらのグラタンをほのぼの食う方が楽しい。
「俺は都会に劣等感あるんでああいうのむしろ苦手ですよ」
「タワマンが?」
「タワマンがっていうか、鼻につくあの雰囲気が」
「そいのハッキリ言うんだよな」
「だってタワマンには全身にゴールドをジャラジャラ着けて高級赤ワイン片手に持ちながら豪遊するような人が住んでるんでしょう?」
「なんつー安っぽい想像してんだお前」
昔ながらのナポリタンをフォークで器用にクルクルしながら瀬名さんは憐れむような顔をした。俺がナポリタンをチラチラ見ているのに気付くとすぐさま皿を寄せて分けてくれる。
「バカみてえに毎晩パーティーしてる連中は一部だ。派手な生活してる奴らは声高に金品見せびらかすからそういうのばっかりが目立ってるだけだろ」
「殺人事件とか横領事件とかでニュースに出てくるタワマン暮らしの人達は羽振り良さそうな生活してますよ」
「タワマンで慎ましく生きてるご家庭とタワマンでデカいツラして闊歩してる奴とならニュースになるようなトラブルに巻き込まれる確率はどっちのが高いと思う」
なるほど。
「富裕層に限らずマンション買って将来も見据えた資産として備えて生活費は最小限に抑えながら暮らしてる一般層も中にはいる。逆に標準ラインの居住費のわりに生活の中身を紐解いてみるとタワマン暮らしよりもよっぽど出費が多いなんて家庭は多い」
「たしかに細々したものって結局トータルで高くつくんだよな」
「食ってないのに全然痩せないとかホザいてんのと全く同じだ」
これが人の世の常だ。贅肉は自分じゃ気づかない。
「そう見るとどっちが堅実かは微妙ですね」
「一概に言い切れるもんじゃねえよな。長期的な計画の範囲で身の丈に合った買い物をリスク考慮しながらしている限りは」
「身の丈……」
「つっても資産の価値がいつ上がっていつ暴落するかなんて事は誰に分かるもんでもねえ。程々に生きてても詰むときは詰む」
「なんか生きるの絶望してきました」
「それが世の中の仕組みってやつだ。たとえ何がどれだけ高騰しようと本当にいい思いができるのは機関と一握りの富裕層と鼻の利く不動産屋くらいだろ。俺らみてえな下々の者がどんなに工夫して頑張ったところで食い物にされるのは目に見えてる」
「絶望に追い打ちかけんのやめてよ」
「俺もできるならこの性格やめたい」
根暗な男二人が集まっても楽しい話はなかなかできない。
明るい日の下で喉に詰まりそうな薄っぺらいホットケーキは、紅茶でゴクンと流しこんだ。
昔ながらのエビグラタンと優しさでできているおやつを頬張りながら人生に挫けかけたので、気を取り直してレトロな雰囲気漂う落ち着いたこの街を散策することにした。
下町には古っぽくて気安い店が多い。駄菓子屋さん発見。きな粉棒買ってもらった。ちょっと行ったら金物屋さんとか。伝統がエグそうな織物屋さんらしき店があるなんかカッコイイすげえ。
小さい弁当屋さんの前を通ったら、ふんわりといい匂いがした。店先に並んでいるのはこれまた昔ながらの手作り弁当。唐揚げ焼肉ハンバーグ。透明な蓋越しに中身の分かるそれらを、瀬名さんは不思議そうに見ている。
「弁当屋の弁当はなんで大体みんな茶色いんだ」
「茶色い弁当はウマいからですよ」
「遥希の弁当は彩り豊かだが毎回必ず最高に美味い」
「弁当箱の中身を茶色一色に染めたらあなたがそういう顔するからですよ」
「……いつもありがとう」
「どういたしまして」
瀬名さんの疑問が一個解消された。残さず食ってもらえて何よりです。
穏やかな街で夜まで過ごし、目的のエビグラタンが食えたから俺の土曜日はハッピーに終わった。途中で閉店間際のパン屋さんでパンを貢いでもらったのでなおさらルンルンしながら帰路につく。
メロンパンはこの後のおやつにしよう。クロワッサンは明日の朝に食べよう。と思ったけどやっぱり帰ったら食おう。この世にパンがあって嬉しい。
膨らんだ小麦粉で頭をいっぱいにしつつ、ちょうど我が家に帰宅したところで瀬名さんのスマホが鳴った。
ブーブー言うそいつを手に取ったこの人。鍵をテーブルの上に置きながら、表示を見てクッと顔をしかめた。分かりやすく鬱陶しそうにしているけれど電話にはすぐ出る。
「うるせえかけてくんな邪魔だ切るぞ」
こりゃ二条さんだな。いつもの瀬名さんならここで本当に一回ぶった切る。しかし今日はそうならなかった。
「…………あ?」
サッと、途端に、声色も顔色も。変わった。パンの袋を置きながら思わず振り向き、俺もそれを見た。
「……いつ……状態は。大丈夫なのか?……そうか…………おい落ち着け、お前がそんなんでどうすんだよ」
宥めるようなその口調。ただ事でないのは察した。
瀬名さんは無意識にだろう、テーブルに置いた鍵を手に取った。そしてまた元のように置いた。置いたそれを握りしめ、また手を離す。難しい顔をして。
「今どこにいるんだ……いま?……ならそばにいてやれ……ああ。分かった。必要ならいつでも呼べ」
そこから少し言葉を交わし、しばらくして通話を切った。だがその面持ちは神妙なままだ。
「……二条さん?」
「ああ……」
「何かあったんですか……?」
「…………」
鍵の横にそっと置かれたスマホ。どこか不安そうに、暗い画面の方を、瀬名さんは見下ろしていた。
「……陽子さんが事故った」
「え?」
だから遠いけどよく見える。隣にはなぜか、三毛猫がいる。
俺のいる場所からはその光景が見えるのだが、三色模様の毛玉を見下ろしている瀬名さんはまだ俺に気づいていないだろう。
横からそっちにそれとなく近づいた。なんとなく、足音は極力消した。
「ニャア」
「そうなのか?」
「にゃっハー」
「ほう」
「にゃふんッ」
「五丁目の?」
「にゃにゃにゃっ」
「それは知らなかった」
「ォワァア」
「お前も毎日苦労してんだな」
「ンぐにゃーん。ンー」
「同意見だ」
「ナァーン、にゃ。ニャ。わあー」
「だよな。分かる」
「なぉー」
「世知辛ぇよ」
「ンニャふ。ッにゃ」
「マジか。ありがとう気を付ける」
こっそり近づいたらそんなやり取りが聞こえてきしまったもんだから困ってる。
今まさに恋人の異常行動を目の当たりにしちゃっているのだけれど俺は一体どうすれば。とりあえず話しかけるか。そうだな、それがいい。呼びかけよう。
「せなさーん」
呼びかけた。ネコと世間話していたヒト型の男はすぐにこっちを振り向いた。
「おう。おつかれ」
「すみませんお待たせしちゃって」
「いいや。俺も少し前に来たとこだ」
瀬名さんが俺の方に注意を向けると隣にいた三毛猫は何を思ってか、その膝に前足でトコッと見せつけるように乗り上げた。
ごめんな。別にお前との会話を邪魔しようとしたわけじゃないんだよ。わざわざ膝の上を陣取らなくても瀬名さんは用無しになった野生の猫をシッシと追い払ったりしないから大丈夫だ安心してくれ。ていうか俺にも撫でさせてくれ。
瀬名さんに懐き足りないらしいサクラ耳の可愛い毛むくじゃらを間に挟んで丁重にモフった。ミケはひたすら瀬名さんの足に頭をウリウリ撫でつけていた。いいなあと思って見ていると、仕方ねえなって感じの顔して俺の手にも頭をスリスリしてくれる。心優しい毛玉だった。
人間のオスに飽きたのだろうミケがヒョイッとベンチから軽快に飛び降りるまで、そうやってしばらく遊んでもらった。トコトコ歩いていくモフいケツを見守り、それから俺達もようやく腰を上げた。
昼時はやや過ぎたが今日はまだ昼飯を食っていない。ちょうどよく腹も減っている。そして行先も夕べから決まっている。
目的地を目指して歩きながら、やはり気になるのは彼氏の奇行。相変わらず横顔も素敵な男前をチラ見した。
「……瀬名さんって猫相手のコミュ力高いですよね」
「あ?」
「知らない猫と良く喋ってるから」
「何言ってんだ。猫と喋れる訳ねえだろ」
「…………」
マジで不思議そうな顔してくるんだけどなんなのこの人。これはもしや仕事できる人に限ってできないって言うのと同じ現象だろうか。違うだろ。
瀬名恭吾はただの変な人だ。ベンチに座って猫と喋るような不思議な人ではあるけれど、ゴハン食べる場所はハズさない。
「はぁぁ、うまー。これが食いたかった」
「お前が満足ならそれで構わねえがさすがに季節外れじゃねえか?」
「これは冬に食うのがウマいけど今日食ってもめっちゃウマいんです。あったかくてもこんなにウマいんだから寒い日に食ったら絶対ヤバイ」
「じゃあ冬になったらまた来よう」
「ヤッタ、約束ですよ」
昔ながらの洋食屋さんのグツグツしたエビグラタンが食いたいと夕べ一時間くらい騒いでいたら、瀬名さんが絶妙な店を見つけ出してくれた。俺のリクエストに完璧にマッチするこぢんまりしたこのレストラン。
昔ながらのお店だから昔ながらの優しい料理が多い。ふっくらとした厚みのあるスフレ系のパンケーキじゃない方のホットケーキも年季の入ったメニュー表の写真にて発見したので、一緒に注文。キツネ色のペラさが落ち着く。名前がホットケーキなのも非常に落ち着く。
この店の近辺はレトロな雰囲気漂う居心地抜群の快適エリアだ。隅々まで綺麗に整備された現代的な環境もいいけど、やっぱりこういう場所はホッとする。
しかしここからほんの少々視線を先の方へと投げるだけで、景色が変わる。ガラリと一瞬で。イマドキっぽい風景がそこに。
あちらにそびえたっているのは、天国をも突き破りそうな高層ビル群。
「どうした?」
「あ、いえ。あっちの金持ちゾーン見てると近未来みてえだなって」
「金持ちゾーン?」
「お金たくさん持ってる人達が住んでいるのだろうタワマンエリア」
「あぁ……」
瀬名さんもそっちの方を見た。その視線はつまらなそうにすぐさまフイッと皿の上へと落ちたが、途端にハッとしたような顔をして、今度は俺の方を凝視してくる。
「ああいうとこ住みたいのか?」
「え?」
「…………なんとか。いける」
「いや全然違うんでいかないで」
「一瞬迷っちまってごめんな。遥希の頼みならどんな事だろうと計算しないで即答すべきだった」
「そこはもっとシビアに計算しなよ」
俺は一国の王とかではない。この人のこれ完全に悪化してるな。
耐熱皿からハミ出しているチーズたっぷりのマカロニを頬張る。プリプリのエビもふんわりしているマカロニもこっくりしたホワイトソースも最高。高い場所からゴミのような民衆を高笑いしながら見下すよりも、俺は地上で昔ながらのグラタンをほのぼの食う方が楽しい。
「俺は都会に劣等感あるんでああいうのむしろ苦手ですよ」
「タワマンが?」
「タワマンがっていうか、鼻につくあの雰囲気が」
「そいのハッキリ言うんだよな」
「だってタワマンには全身にゴールドをジャラジャラ着けて高級赤ワイン片手に持ちながら豪遊するような人が住んでるんでしょう?」
「なんつー安っぽい想像してんだお前」
昔ながらのナポリタンをフォークで器用にクルクルしながら瀬名さんは憐れむような顔をした。俺がナポリタンをチラチラ見ているのに気付くとすぐさま皿を寄せて分けてくれる。
「バカみてえに毎晩パーティーしてる連中は一部だ。派手な生活してる奴らは声高に金品見せびらかすからそういうのばっかりが目立ってるだけだろ」
「殺人事件とか横領事件とかでニュースに出てくるタワマン暮らしの人達は羽振り良さそうな生活してますよ」
「タワマンで慎ましく生きてるご家庭とタワマンでデカいツラして闊歩してる奴とならニュースになるようなトラブルに巻き込まれる確率はどっちのが高いと思う」
なるほど。
「富裕層に限らずマンション買って将来も見据えた資産として備えて生活費は最小限に抑えながら暮らしてる一般層も中にはいる。逆に標準ラインの居住費のわりに生活の中身を紐解いてみるとタワマン暮らしよりもよっぽど出費が多いなんて家庭は多い」
「たしかに細々したものって結局トータルで高くつくんだよな」
「食ってないのに全然痩せないとかホザいてんのと全く同じだ」
これが人の世の常だ。贅肉は自分じゃ気づかない。
「そう見るとどっちが堅実かは微妙ですね」
「一概に言い切れるもんじゃねえよな。長期的な計画の範囲で身の丈に合った買い物をリスク考慮しながらしている限りは」
「身の丈……」
「つっても資産の価値がいつ上がっていつ暴落するかなんて事は誰に分かるもんでもねえ。程々に生きてても詰むときは詰む」
「なんか生きるの絶望してきました」
「それが世の中の仕組みってやつだ。たとえ何がどれだけ高騰しようと本当にいい思いができるのは機関と一握りの富裕層と鼻の利く不動産屋くらいだろ。俺らみてえな下々の者がどんなに工夫して頑張ったところで食い物にされるのは目に見えてる」
「絶望に追い打ちかけんのやめてよ」
「俺もできるならこの性格やめたい」
根暗な男二人が集まっても楽しい話はなかなかできない。
明るい日の下で喉に詰まりそうな薄っぺらいホットケーキは、紅茶でゴクンと流しこんだ。
昔ながらのエビグラタンと優しさでできているおやつを頬張りながら人生に挫けかけたので、気を取り直してレトロな雰囲気漂う落ち着いたこの街を散策することにした。
下町には古っぽくて気安い店が多い。駄菓子屋さん発見。きな粉棒買ってもらった。ちょっと行ったら金物屋さんとか。伝統がエグそうな織物屋さんらしき店があるなんかカッコイイすげえ。
小さい弁当屋さんの前を通ったら、ふんわりといい匂いがした。店先に並んでいるのはこれまた昔ながらの手作り弁当。唐揚げ焼肉ハンバーグ。透明な蓋越しに中身の分かるそれらを、瀬名さんは不思議そうに見ている。
「弁当屋の弁当はなんで大体みんな茶色いんだ」
「茶色い弁当はウマいからですよ」
「遥希の弁当は彩り豊かだが毎回必ず最高に美味い」
「弁当箱の中身を茶色一色に染めたらあなたがそういう顔するからですよ」
「……いつもありがとう」
「どういたしまして」
瀬名さんの疑問が一個解消された。残さず食ってもらえて何よりです。
穏やかな街で夜まで過ごし、目的のエビグラタンが食えたから俺の土曜日はハッピーに終わった。途中で閉店間際のパン屋さんでパンを貢いでもらったのでなおさらルンルンしながら帰路につく。
メロンパンはこの後のおやつにしよう。クロワッサンは明日の朝に食べよう。と思ったけどやっぱり帰ったら食おう。この世にパンがあって嬉しい。
膨らんだ小麦粉で頭をいっぱいにしつつ、ちょうど我が家に帰宅したところで瀬名さんのスマホが鳴った。
ブーブー言うそいつを手に取ったこの人。鍵をテーブルの上に置きながら、表示を見てクッと顔をしかめた。分かりやすく鬱陶しそうにしているけれど電話にはすぐ出る。
「うるせえかけてくんな邪魔だ切るぞ」
こりゃ二条さんだな。いつもの瀬名さんならここで本当に一回ぶった切る。しかし今日はそうならなかった。
「…………あ?」
サッと、途端に、声色も顔色も。変わった。パンの袋を置きながら思わず振り向き、俺もそれを見た。
「……いつ……状態は。大丈夫なのか?……そうか…………おい落ち着け、お前がそんなんでどうすんだよ」
宥めるようなその口調。ただ事でないのは察した。
瀬名さんは無意識にだろう、テーブルに置いた鍵を手に取った。そしてまた元のように置いた。置いたそれを握りしめ、また手を離す。難しい顔をして。
「今どこにいるんだ……いま?……ならそばにいてやれ……ああ。分かった。必要ならいつでも呼べ」
そこから少し言葉を交わし、しばらくして通話を切った。だがその面持ちは神妙なままだ。
「……二条さん?」
「ああ……」
「何かあったんですか……?」
「…………」
鍵の横にそっと置かれたスマホ。どこか不安そうに、暗い画面の方を、瀬名さんは見下ろしていた。
「……陽子さんが事故った」
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