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68.吹っ切れたクソガキⅠ
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もうすぐ夏休み。その前には定期テストが待ち構えていた。そんな地獄のような一週間をどうにかこうにか切り抜けて、テストもようやく最終日。
先日の夕食時にはシフトの相談を比内さんにしたのだが、非常に冷たい目を向けられた。
「最終日は昼までなので学校終わったら俺も事務所行きます」
「ああ?」
テスト前とテスト中の期間はバイト禁止。その言い付けは守ってきた。でも比内さんは眉間を寄せた。
「高校生の分際で抜かしてんじゃねえ。テストの最終日くらいハメ外して遊んで来るもんだろうがバカなのかテメエは」
「あ……どうも。ありがとうございます」
「貶されて礼を言うんじゃねえバカが」
雇い主の理不尽なお心遣いに甘えて午後は遊んでくることにした。
ちょうど晃もバイトのシフトに入っていないようだったから、二人で映画館に行った。
公開されてまだ間もない映画だからか、その館内で一番大きなスクリーンだ。中央と左右と前後のエリアにそれぞれ分かれていて座席数も多い。俺達は後方スペースの最前列。その中央付近のチケットを買った。
一番の目当ては言うまでもなく鑑賞作品の内容だけれど、映画館とはその雰囲気全体が贅沢な非日常体験であると大袈裟なまでに思っている派だ。始まる前に暗転するあの瞬間は何度浴びても背筋がピンとする。全身に入り込んでくるようなビリビリする音響も好き。
せっかく劇場に来たなら予告編の最初から隈なく没頭したい。興味があろうとなかろうともそう。晃は別にどっちでもいい派だが、俺の好みに付き合ってくれる。だから今回も開場と同時にすぐさま入った。
最初の方はいつも通り平和にわくわくした気分で本編を待った。ところがその気分には終わりもあった。
俺達がいる客席の目の前は横通路になっていて、その通路の向こう側。中央エリアの最後列に六人組がやって来た。制服を着ている。高校生の男子集団だ。そいつらがだるそうな様子でゾロゾロ歩いて来たことによって、極上体験に亀裂が走った。
通路を挟んで俺達の前の列。一番左端から六座席。そこだけがどうにも、騒がしい。
劇場での映画鑑賞をどこから楽しみたいかは人による。俺みたいに予告見たい派もいるし、見たくない派もいるだろうし、どちらにしても個人の好みを他人がとやかく言う事ではない。
劇場側が認めている時間内であるならどのタイミングで入場するかも自由だ。周りの迷惑にならない限りは。見たくないなら見なきゃいいけど見たい人間の邪魔はしちゃいけない。しかし不幸にも俺達の前の列にいる六人の男子高校生は、そういう類では全くなかった。
六席のうちの左から三番目。そこに座っていた男子生徒が、思い立ったようにその場で腰を上げた。何をするのかと思いきや、ゲフゥッッ、と。映画館のど真ん中にて突如盛大なげっぷを披露。ギャハハハと囃し立てる他の五人。意味も目的も理解できない奇行をなし遂げ、仲間たちと喜んでいる。
「…………」
チラリと晃の方を見た。晃も同じように俺を見た。
あの制服はここの近くの私立高の生徒だ。この辺の人なら多分みんな知っているだろう。電車なんかでもしょっちゅう騒いでいるからどこにいてもだいたい目立つ。
それでもまあ本編が始まれば大人しくなるだろう。そう思いつつ、暗転する少し前。そいつらがいるその列に今度は二人組がやって来た。その人たちも制服姿。女子高生だ。ダラダラ入ってきた六人組とは異なり微妙に腰を屈めながら、男子生徒達のすぐ右横に二人の女子は腰を下ろした。
すると途端にソワソワと、妙にチラチラしだした奴がいる。六人組の一番左にいた男子。天井の薄暗いオレンジ色のライトと、スクリーンから流れる予告編の白い明かりに照らされながら、そいつはフラッと立ち上がった。
予告を見たいのに勝手に目が行く。なぜならばさっきからずっと物凄く目立っているから。
左端の男子は右横の友達五人を押しのけながら、前の座席の背もたれとの間を狭苦しくモゾモゾ移動した。そうして向かったのは女子高生のいる座席。その二人の方に身を乗り出して、
「あのぉ、インスタ交換しませんか?」
マジか。思わず晃と顔を見合わせた。
声量を落とすこともなく、ハッキリと聞こえてきた。能天気なその声に加え、周囲の視線などお構いなしに思いっきり立っているからヘラッとした表情まで分かる。
頭がほぼ隠れるくらいの高さがあるのがシネコンの座席の仕様だ。だから普通なら他所の列の人の顔など分からない。しかし立ち上がってフラフラしているそいつは後方の座席エリアに堂々と顔面を晒し、さらにここと前列の間には幅の広い横通路を挟んでいるから、角度的にそこで起きている状況も手に取るように分かってしまう。不審そうにしている女子高生二人組の様子は、こちらにまで伝わってきた。
「や、全然全然ナンパとかじゃないんスよホント。友達になりたいんで交換したいなあって」
すごくキモがられていた。脈ナシなのがなんで分かんないのか不思議だ。
明らかウザそうな女子高生二人は迷惑極まりない男子高校生にも冷静に対処していた。対処というか、ほぼシカトしている。目の前でそんな事が繰り広げられているから予告編なんか頭に入ってこない。
秒で玉砕してニヤニヤしながら左端に戻っていくその男子。騒がしい仲間連中にギャハハハと笑われている。うるさい。笑われながらウェーッイと雄叫びを上げた。うるせえ。
ただただ騒がしい中で予告編はいつの間にか終わっていた。劇場が一度暗くなり、少しして始まった本編。しかし六人組は約二時間、ずっと騒がしくじゃれ合っていた。
「失敗したな」
「失敗したね」
上映終了後に近場のカフェへと入った。アイスティのストローを咥えながら、晃に言われて俺もうなずく。本当ならば迷惑集団の感想じゃなくて映画の感想を言い合いたかった。
あいつらの右隣にいた女子高生二人組は俺たち以上にキツかったようで、三十分もしないで席を立ったのが見えた。公害と言っても過言ではなさそうな異様にうるさい六人組が、何組の観客を途中退出へと追いやったかは正確には分からない。あいつらの前列にいた人達はほぼいなくなっていた。あの六人はなんのために映画館に行ったのだろう。
「俺らも途中で出ちゃえばよかったかもな」
「んー、でも両隣の人たち意地でも動かない感じだったし。前通るのもなんか悪いじゃん」
「陽向はそいの気にするからね」
「俺にも若干の意地があったんだよ」
あんな奴らに負けてたまるか。そう思って映画に集中しようとすればするほど、野生動物のような落ち着きのなさに嫌でも視覚聴覚を刺激された。
とにかくもう忘れよう。腹立たしい連中をいつまでも引きずっていても得はない。存在を記憶から消し去るに限る。あいつらはいなかった、あいつらはいなかった、あいつらはいなかった、あいつらはいなかった。
しかし注文したカツサンドがテーブルに運ばれてきたとき、出入り口の方が急に騒々しくなったのが聞こえてきた。
雰囲気につられて顔を向ける。今日これで三度目になるが、思わず晃と無言で目配せ。
「…………」
「…………」
入店してきたのはさっきの六人組だ。
「……なあ陽向」
「……うん」
「早食い得意?」
「得意ではないけど胸ヤケ起こす前にさっさと食いきろうって今思った」
「だな」
何かしら喚きながらテーブル席にガヤガヤと腰を下ろしたのが見えた。
ここでもまた周りの客などお構いなしに騒ぎ散らかしている。明るくて元気がいいね、で片づけていいような様子ではない。席に着くまでもうるさかったし注文する時もなんでかうるさいし待っている間もひたすらうるさい。頼んだ品が運ばれてきてもやはりと言うべきか全く静かにならない。位置が少々離れていても、ここまでバカ騒ぎが聞こえてくる。
「じゃあ次オレー! コーラとココアとオレンジジュースを混ぜてぇええッ」
「「「「「ウェーイッッ」」」」」
「ここにホットドッグをブチコミまーす!!」
「「「「「おおぉぉぉおおおお!!!!」」」」」
「それを食いまーす!!!!!!」
「「「「「ウィイイイイ!!!!!!!」」」」」
「ゥオェエエエエ゛ッ!」
「「「「「ギャハハハハハハ!!!!!!!」」」」」
地獄なのかな。テレビで見るホストクラブの飲んでコールはお上品なイベントだったのだと気づいた。
記憶の中から存在を消し去りたかった連中が今まさに好き放題やらかしている。どうすればあれだけ騒げるのだろう。逆にどういうときなら静かになるのか。
カツサンドを片手にそっちをうんざりと横目で見ている晃がとうとう、そこでうんざりと溜め息をついた。
「何あれ」
「動物園じゃない?」
「動物園のオサルのがよっぽど大人しいだろ」
「きっとあいつらより賢いよ。ブドウの貰い方とか知ってるもん」
「ああいうのがいるから高校生ってだけで俺らまで周りの大人達からウザそうな目で見られんだよな」
「仕方ないって。大人から見たら制服着てる未成年なんてどれも同じだ」
現にいま店内の大人たちは六人組を冷ややかに見ている。俺たち以外に学生っぽい人も多いが、皆こぞって迷惑そうな顔をしていた。見かねた若い女性スタッフさんが注意しに行ったようだが、終始おちょくるような態度でバカ騒ぎが悪化しただけだった。
人の目を気にしないのがカッコイイとでも思っているのか知らないが、あいつらも一人きりでいたらあんなバカ騒ぎはできないはずだ。一人でこの視線に耐えられるわけがない。けれど今は六人もいる。心境だけは無敵だろう。
六人いれば敵無しのあいつらに誰が何を言おうと無駄でしかない。警察官の制服を着た人か強面のお兄さんでもいたら話は別だが。先生かお母さんでも効果はありそう。
警察官が来る気配はないしお母さんもやって来ないだろうから、さっさと食ってさっさと出よう。四切れあるから二人で一皿頼んだカツサンドのうち一つにまた手を伸ばした。ひと切れ目の時も思ったがそこそこ美味しい。そこそこウマいのに環境公害がそこにいるのがもったいない。
「あんま見ないようにしよう。野生のサルは目が合うと挑発されたと思い込んで襲い掛かってくるんだって」
見た目よりも歯ごたえのあるカツサンドに食らいつく。無心でモグモグする俺を見て、晃は一拍だけ置いた。
「……なあお前さ、最近どした?」
「え?」
「なんかいいよな。さっきからヤな感じで」
「ヤな感じ?」
「ようやく陽向も素を出してきたっていうか」
「それは……褒めてる?」
「褒めてるよ。他に何があるんだ」
「ヤな感じって思いっきり言ったよね?」
「面白いじゃん」
「晃どうなってんの」
晃によると俺はヤな感じらしい。
映画館でサカれるようなオス猿集団があのカフェで結局どうなったのか。その結末は分からない。男性のスタッフさんが出てきた辺りで俺達は早々に席を立った。
街中で擦れ違う人達の中におかしな人なんてそうはいない。多くはマナーに則り良識的だ。だから自分もその中に溶け込む。変な人には遭遇したくないし、自分も変な奴にはなりたくない。規律の根幹とはここにあるのだろう。それが常に正しく作用するとは限らないけれど。
畑を踏み荒らす野生のサルが滅多に出没しない店と言えば。本屋さんだ。本屋さんにも不思議な人はいるけどあの六人組のタイプはなかなか見ない。
静かな店内を二人で適当にウロつき、たまたま気になった本を俺は買って、晃も参考書をレジに持っていき、そこを出たところで別れた。夕食は何を作ろう。冷蔵庫にはピーマンが残っている。
「…………」
そういえば、本当かどうか知らないけれど。猿はピーマンが嫌い。畑を荒らしてもピーマンだけはごっそり残す。
そんな話を聞いた事があるような、ないような。
「……ピーマンの肉詰め」
俺は性格が悪いらしいので、今日の晩ご飯はすぐに決まった。
先日の夕食時にはシフトの相談を比内さんにしたのだが、非常に冷たい目を向けられた。
「最終日は昼までなので学校終わったら俺も事務所行きます」
「ああ?」
テスト前とテスト中の期間はバイト禁止。その言い付けは守ってきた。でも比内さんは眉間を寄せた。
「高校生の分際で抜かしてんじゃねえ。テストの最終日くらいハメ外して遊んで来るもんだろうがバカなのかテメエは」
「あ……どうも。ありがとうございます」
「貶されて礼を言うんじゃねえバカが」
雇い主の理不尽なお心遣いに甘えて午後は遊んでくることにした。
ちょうど晃もバイトのシフトに入っていないようだったから、二人で映画館に行った。
公開されてまだ間もない映画だからか、その館内で一番大きなスクリーンだ。中央と左右と前後のエリアにそれぞれ分かれていて座席数も多い。俺達は後方スペースの最前列。その中央付近のチケットを買った。
一番の目当ては言うまでもなく鑑賞作品の内容だけれど、映画館とはその雰囲気全体が贅沢な非日常体験であると大袈裟なまでに思っている派だ。始まる前に暗転するあの瞬間は何度浴びても背筋がピンとする。全身に入り込んでくるようなビリビリする音響も好き。
せっかく劇場に来たなら予告編の最初から隈なく没頭したい。興味があろうとなかろうともそう。晃は別にどっちでもいい派だが、俺の好みに付き合ってくれる。だから今回も開場と同時にすぐさま入った。
最初の方はいつも通り平和にわくわくした気分で本編を待った。ところがその気分には終わりもあった。
俺達がいる客席の目の前は横通路になっていて、その通路の向こう側。中央エリアの最後列に六人組がやって来た。制服を着ている。高校生の男子集団だ。そいつらがだるそうな様子でゾロゾロ歩いて来たことによって、極上体験に亀裂が走った。
通路を挟んで俺達の前の列。一番左端から六座席。そこだけがどうにも、騒がしい。
劇場での映画鑑賞をどこから楽しみたいかは人による。俺みたいに予告見たい派もいるし、見たくない派もいるだろうし、どちらにしても個人の好みを他人がとやかく言う事ではない。
劇場側が認めている時間内であるならどのタイミングで入場するかも自由だ。周りの迷惑にならない限りは。見たくないなら見なきゃいいけど見たい人間の邪魔はしちゃいけない。しかし不幸にも俺達の前の列にいる六人の男子高校生は、そういう類では全くなかった。
六席のうちの左から三番目。そこに座っていた男子生徒が、思い立ったようにその場で腰を上げた。何をするのかと思いきや、ゲフゥッッ、と。映画館のど真ん中にて突如盛大なげっぷを披露。ギャハハハと囃し立てる他の五人。意味も目的も理解できない奇行をなし遂げ、仲間たちと喜んでいる。
「…………」
チラリと晃の方を見た。晃も同じように俺を見た。
あの制服はここの近くの私立高の生徒だ。この辺の人なら多分みんな知っているだろう。電車なんかでもしょっちゅう騒いでいるからどこにいてもだいたい目立つ。
それでもまあ本編が始まれば大人しくなるだろう。そう思いつつ、暗転する少し前。そいつらがいるその列に今度は二人組がやって来た。その人たちも制服姿。女子高生だ。ダラダラ入ってきた六人組とは異なり微妙に腰を屈めながら、男子生徒達のすぐ右横に二人の女子は腰を下ろした。
すると途端にソワソワと、妙にチラチラしだした奴がいる。六人組の一番左にいた男子。天井の薄暗いオレンジ色のライトと、スクリーンから流れる予告編の白い明かりに照らされながら、そいつはフラッと立ち上がった。
予告を見たいのに勝手に目が行く。なぜならばさっきからずっと物凄く目立っているから。
左端の男子は右横の友達五人を押しのけながら、前の座席の背もたれとの間を狭苦しくモゾモゾ移動した。そうして向かったのは女子高生のいる座席。その二人の方に身を乗り出して、
「あのぉ、インスタ交換しませんか?」
マジか。思わず晃と顔を見合わせた。
声量を落とすこともなく、ハッキリと聞こえてきた。能天気なその声に加え、周囲の視線などお構いなしに思いっきり立っているからヘラッとした表情まで分かる。
頭がほぼ隠れるくらいの高さがあるのがシネコンの座席の仕様だ。だから普通なら他所の列の人の顔など分からない。しかし立ち上がってフラフラしているそいつは後方の座席エリアに堂々と顔面を晒し、さらにここと前列の間には幅の広い横通路を挟んでいるから、角度的にそこで起きている状況も手に取るように分かってしまう。不審そうにしている女子高生二人組の様子は、こちらにまで伝わってきた。
「や、全然全然ナンパとかじゃないんスよホント。友達になりたいんで交換したいなあって」
すごくキモがられていた。脈ナシなのがなんで分かんないのか不思議だ。
明らかウザそうな女子高生二人は迷惑極まりない男子高校生にも冷静に対処していた。対処というか、ほぼシカトしている。目の前でそんな事が繰り広げられているから予告編なんか頭に入ってこない。
秒で玉砕してニヤニヤしながら左端に戻っていくその男子。騒がしい仲間連中にギャハハハと笑われている。うるさい。笑われながらウェーッイと雄叫びを上げた。うるせえ。
ただただ騒がしい中で予告編はいつの間にか終わっていた。劇場が一度暗くなり、少しして始まった本編。しかし六人組は約二時間、ずっと騒がしくじゃれ合っていた。
「失敗したな」
「失敗したね」
上映終了後に近場のカフェへと入った。アイスティのストローを咥えながら、晃に言われて俺もうなずく。本当ならば迷惑集団の感想じゃなくて映画の感想を言い合いたかった。
あいつらの右隣にいた女子高生二人組は俺たち以上にキツかったようで、三十分もしないで席を立ったのが見えた。公害と言っても過言ではなさそうな異様にうるさい六人組が、何組の観客を途中退出へと追いやったかは正確には分からない。あいつらの前列にいた人達はほぼいなくなっていた。あの六人はなんのために映画館に行ったのだろう。
「俺らも途中で出ちゃえばよかったかもな」
「んー、でも両隣の人たち意地でも動かない感じだったし。前通るのもなんか悪いじゃん」
「陽向はそいの気にするからね」
「俺にも若干の意地があったんだよ」
あんな奴らに負けてたまるか。そう思って映画に集中しようとすればするほど、野生動物のような落ち着きのなさに嫌でも視覚聴覚を刺激された。
とにかくもう忘れよう。腹立たしい連中をいつまでも引きずっていても得はない。存在を記憶から消し去るに限る。あいつらはいなかった、あいつらはいなかった、あいつらはいなかった、あいつらはいなかった。
しかし注文したカツサンドがテーブルに運ばれてきたとき、出入り口の方が急に騒々しくなったのが聞こえてきた。
雰囲気につられて顔を向ける。今日これで三度目になるが、思わず晃と無言で目配せ。
「…………」
「…………」
入店してきたのはさっきの六人組だ。
「……なあ陽向」
「……うん」
「早食い得意?」
「得意ではないけど胸ヤケ起こす前にさっさと食いきろうって今思った」
「だな」
何かしら喚きながらテーブル席にガヤガヤと腰を下ろしたのが見えた。
ここでもまた周りの客などお構いなしに騒ぎ散らかしている。明るくて元気がいいね、で片づけていいような様子ではない。席に着くまでもうるさかったし注文する時もなんでかうるさいし待っている間もひたすらうるさい。頼んだ品が運ばれてきてもやはりと言うべきか全く静かにならない。位置が少々離れていても、ここまでバカ騒ぎが聞こえてくる。
「じゃあ次オレー! コーラとココアとオレンジジュースを混ぜてぇええッ」
「「「「「ウェーイッッ」」」」」
「ここにホットドッグをブチコミまーす!!」
「「「「「おおぉぉぉおおおお!!!!」」」」」
「それを食いまーす!!!!!!」
「「「「「ウィイイイイ!!!!!!!」」」」」
「ゥオェエエエエ゛ッ!」
「「「「「ギャハハハハハハ!!!!!!!」」」」」
地獄なのかな。テレビで見るホストクラブの飲んでコールはお上品なイベントだったのだと気づいた。
記憶の中から存在を消し去りたかった連中が今まさに好き放題やらかしている。どうすればあれだけ騒げるのだろう。逆にどういうときなら静かになるのか。
カツサンドを片手にそっちをうんざりと横目で見ている晃がとうとう、そこでうんざりと溜め息をついた。
「何あれ」
「動物園じゃない?」
「動物園のオサルのがよっぽど大人しいだろ」
「きっとあいつらより賢いよ。ブドウの貰い方とか知ってるもん」
「ああいうのがいるから高校生ってだけで俺らまで周りの大人達からウザそうな目で見られんだよな」
「仕方ないって。大人から見たら制服着てる未成年なんてどれも同じだ」
現にいま店内の大人たちは六人組を冷ややかに見ている。俺たち以外に学生っぽい人も多いが、皆こぞって迷惑そうな顔をしていた。見かねた若い女性スタッフさんが注意しに行ったようだが、終始おちょくるような態度でバカ騒ぎが悪化しただけだった。
人の目を気にしないのがカッコイイとでも思っているのか知らないが、あいつらも一人きりでいたらあんなバカ騒ぎはできないはずだ。一人でこの視線に耐えられるわけがない。けれど今は六人もいる。心境だけは無敵だろう。
六人いれば敵無しのあいつらに誰が何を言おうと無駄でしかない。警察官の制服を着た人か強面のお兄さんでもいたら話は別だが。先生かお母さんでも効果はありそう。
警察官が来る気配はないしお母さんもやって来ないだろうから、さっさと食ってさっさと出よう。四切れあるから二人で一皿頼んだカツサンドのうち一つにまた手を伸ばした。ひと切れ目の時も思ったがそこそこ美味しい。そこそこウマいのに環境公害がそこにいるのがもったいない。
「あんま見ないようにしよう。野生のサルは目が合うと挑発されたと思い込んで襲い掛かってくるんだって」
見た目よりも歯ごたえのあるカツサンドに食らいつく。無心でモグモグする俺を見て、晃は一拍だけ置いた。
「……なあお前さ、最近どした?」
「え?」
「なんかいいよな。さっきからヤな感じで」
「ヤな感じ?」
「ようやく陽向も素を出してきたっていうか」
「それは……褒めてる?」
「褒めてるよ。他に何があるんだ」
「ヤな感じって思いっきり言ったよね?」
「面白いじゃん」
「晃どうなってんの」
晃によると俺はヤな感じらしい。
映画館でサカれるようなオス猿集団があのカフェで結局どうなったのか。その結末は分からない。男性のスタッフさんが出てきた辺りで俺達は早々に席を立った。
街中で擦れ違う人達の中におかしな人なんてそうはいない。多くはマナーに則り良識的だ。だから自分もその中に溶け込む。変な人には遭遇したくないし、自分も変な奴にはなりたくない。規律の根幹とはここにあるのだろう。それが常に正しく作用するとは限らないけれど。
畑を踏み荒らす野生のサルが滅多に出没しない店と言えば。本屋さんだ。本屋さんにも不思議な人はいるけどあの六人組のタイプはなかなか見ない。
静かな店内を二人で適当にウロつき、たまたま気になった本を俺は買って、晃も参考書をレジに持っていき、そこを出たところで別れた。夕食は何を作ろう。冷蔵庫にはピーマンが残っている。
「…………」
そういえば、本当かどうか知らないけれど。猿はピーマンが嫌い。畑を荒らしてもピーマンだけはごっそり残す。
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