俺の幼馴染

わこ

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村越呉葉と木立焔香の場合

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俺の幼馴染はアホだ。

「おっし、今日も俺イケメン! 朝の美顔もキまったことだし行くか」
「てめえ人のこと三十分も待たせといて他に言うことねえのか」
「お待たせ! 美しい俺サマ参上!!」
「一度でいいから死ね」

どうせ病院に行っても治らない。こいつはバカという不治の病に侵されている。

クレハの病的なナルシズムは今に始まった事ではない。ふざけてやっているだけならまだ救いようもあるが、残念ながらこの男は素のままでやっている。
世界で一番美しい。罪作りな俺の美貌。イケメンすぎて目が眩む。
放っておけば一日中、鏡を前にしてこんな事をずっと言い続けている。変人にしか思えない。

とにかく自分の顔が大好きだ。目立ちたがり屋で、もてはやされるのがこの上ない快感で、誰でもいいから周りからカッコイイと言ってもらえることが何よりの生き甲斐。
ただし若干程度入っているクセっ毛は唯一のコンプレックスらしく、毎朝髪をセットするだけで小一時間は掛かる。今だってそうだ。こいつの理解できないこだわりのせいで俺の三十分が無駄になった。

大学が休みの日曜だというのに、本来だったらバイトに勤しみたい稼ぎ時に入ったのはこいつの妨害。クレハから連絡がきたのは一週間前だ。久々に一緒に出掛けようと言う誘いを突如してきて、俺の回答を得るまで待つこともなく予定を取り付けられた。

俺とクレハは同じ大学に通う同じ大学寮の寮生だけど、日中の生活パターンはほとんど被らない。学部は別だし、俺もクレハも空いている時間は大抵バイトに費やしている。
だからまあ、たまにはいいかと思ってしぶしぶ今日と言う日を迎えたが。なかなか部屋から出てこないクレハを不審に思い、部屋に押し入ってみれば鏡の前で一人苦闘していた。

髪型がキまらない、と。女子か。

「さっさと行くぞ。遅いんだよお前、トロトロ用意してんじゃねえ」
「俺がトロいんじゃなくてホノカが雑すぎるんだよ。カッコイイ俺の隣歩くんだからもう少し気合い入れて来いって」

こいつ。

ピクピクと動く口角を意識の外に追いやり、不毛な争いによるさらなるタイムロスを回避する。これ以上クレハと張り合っていても俺の損害にしかならない。
だがこいつは何を勘違いしたのだか。苛立ちと共に先に足を踏み出した俺の腕を後ろからパシッと掴んだ。
振り向かされて、収まるのはこいつの腕の中。気づけばぎゅうっとしっかり抱きしめられている。

「かーわいいなあ、ホノカはー。そんなに急がなくたって今日一日俺はお前だけのも、っぐは」
「勘違いすんなバカ」

鳩尾一発。愉快な頭もここまで来ると鬱陶しい。
急所を押さえて悶え苦しむ俺様アホ野郎を残し、俺は一人で先を行った。

「ほ……ホノカさん……。ちょ、マジ今の入っ……」
「先行くからな。駅で三分待って来なければ帰る」

それだけ言い残してドアを閉める間際、死にそうな声でクレハが何か言っていたが受け付けてなどやるものか。身悶えるクレハを置いて部屋を出ると、さっさと寮を後にした。

朝からどうしてこうも疲れなければならない。一人で駅に着き、しっかりと時計を確認してから用もないコンビニに入った。
仕方ないから少しくらいは待ってやる。あのアホが三分で鳩尾のダメージから立ち直れるとは思えないが。腹を押さえて文句を付けながらやって来るだろうから、俺も何分の遅刻かきっちり計ってイヤミ満載で言い返そう。

適当に足を踏み入れた駅のコンビニの、さして興味もない雑誌コーナー前で佇む。時間を潰すのは得意な方じゃない。予定通りに動かなければ気が済まないと言う訳ではないにしても、クレハ程のハチャメチャ野郎に捕まると一日のスケジュールは狂いっぱなしだ。
それでも決して時間管理の出来ない奴ではないはず。髪のセットに一時間かかるなら、その分一時間早めに目覚めてしっかり家を出て行く。
大学の講義には遅れる事もなく出席する。同じバイトも長い事順調に続けている。
本来ならむしろ俺より時間に対しては厳しいくらいだ。あんなにアホなのに周りからの信用が失墜しないのは、意外にも性格が真面目だからだろう。

クレハの事は良く知っている。二十年近く一緒にいる幼馴染ともなれば当たり前。相手の事はお互いの親以上に知り尽くしていると思う。
なのにどうして、あいつは俺の前にいるとああもだらしないんだ。

「ぁ……」

暇潰しになりそうな物はないかと、手前の雑誌を避けた時にふと目に留まった男性ファッション誌。その表紙を飾っていたのは見慣れた顔だった。
思わず手に取って眺め落とす。良く知っているはずの顔だけど、その表情は少しだけ別人のように見える。大人びていると言うか、色気づいたその目元。
口を開いてつらつらと喋る事さえなければ。黙ってさえいれば、本当にカッコイイのに。

うっかり手に取ってしまったがために、表紙のそいつからはなかなか目が離せなくなってきた。
完璧に整えられた茶色の髪。少し威嚇を含んだような強い眼差し。ついつい息を呑みそうになる、形のいい綺麗な唇。どれをとっても、非の打ち所がないその姿。
なんとも勿体ない。

「なーに見てんのっ?」
「ッ……」

その時突如、肩に腕を回されて心臓が跳ね上がった。
背後からこっそりと迫ってきたそいつ。ハッとして振り返ると、ニコニコと満面の笑みを浮かべているクレハがいた。

「おまえ……っ」
「いやいや見惚れちゃうよなー分かるよそりゃそうだよ仕方ねえよ。だって俺、超イケメンだもん。欲しけりゃ買ってやろうかソレ」
「いらねえよ!」

びっくりした。
クレハの腕を振り払い、持っていた雑誌を即刻棚に戻してコンビニの自動ドアを駆け抜ける。不覚だ。後ろにいたのに全く気付かなかった。こんなに早く立ち直って追いかけてくるなんて。

「ホノカー、待てって。そんな照れることないじゃん」
「照れてねえよ」
「素直に欲しいって言えばいくらでもくれてやるのにさあ。バックナンバー持ってくる?」
「うざい」

顔を見合わせて喋る事なんてできず、急いで切符を買って慌ただしく改札を抜けた。にこやかに付いてくるクレハはこの上なく満足そうで心から不愉快だ。
俺がさっき手に取ったのは、洋服好きな奴なら誰でも知っているメンズ雑誌。そしてその表紙を我が物顔で陣取っていたのが、俺の隣にいるこのアホだ。
クレハのバイトはいわゆる読モ。高校時代、ダチがほんの冗談でクレハの写真を雑誌社に送ったのが全ての始まりだった。
たまたま募集を掛けていた男性読者モデルに勝手に応募したクラスメイト数人。まさか採用されるとは誰一人として思っていなかったらしいが、イケメンを自称するクレハの外見は実際本当に良質だったようで見事に通ってしまった。

友達に乗せられて、クレハも最初は遊び半分だった。高校生なんてそこまで時間を自由には使えない。
男子高校生の読モ募集だったらしいから、少しすればクレハも飽きてすぐに辞めるだろうと思っていた。その時は周りからチヤホヤされるのが嬉しくて、キャーキャー言われたいだけでやっているのだろうなと。
ところが俺の予想は外れ、今やこいつは結構な売れっ子。真面目に大学に通う一方、空いている時間のほとんどはバイトに注ぎ込んでいる。

いっそ本気でモデル業に就けばいい。ずいぶん熱心にやっているから本人にもそう言ってみたことがあったが、しかしそこまでの意志はないようだった。
これ以上俺の体が空かなくなったらホノカが寂しがるからな!
たぶん本心で言われて蹴り飛ばしたのは、一年くらい前の話だ。

「ホノカー。こっち向けって。折角一緒にいるんだから俺の美しさ目に焼き付けとけよ。お前にならタダでくれてやるから」
「…………」

病気だ。冗談抜きで末期だ。俺にカッコつけたって仕方ないだろ。
手を差し出され、駅のホームでそれを取れるはずもなく、少し離れて一歩前を歩く。多少は察したのかクレハもそれ以上距離を詰めては来ない。
同じ歩調でホームを歩き、人が疎らになっている場所まで足を進めた。

「今日どこ行くんだよ」

周りに誰もいない適当な位置に二人並んだところで、電車を待ちながら顔は向けずに呼びかけた。向かいのホームにセキレイが降り立ち、テトトトと歩いているせいでやけに平和な気分だ。
なんとはなしにぼうっとセキレイを眺めていると、隣から自然と肩に伸びてきた腕。回した手で引き寄せられて髪に触れられても、面倒で言い返す気も起こらない。

こんな事を堂々としていていいのだか。肩書のない素人の読者モデルと言えども一応は売れっ子。だが万一何かに載ったとしても、こいつの仕事が減るだけだからどうでもいいか。
公共の場で怒鳴り散らすのは気が引ける。必要以上に密接して髪を梳かれてはいるが、後でキレる事にして今は放っておこう。

「ホノカはどこ行きたい? 何するかまだ決めてないんだ。とりあえず一緒にいたいかな」
「……なら家でよかったんじゃないか?」
「色気ねえなお前。デートっていう括りがあるからいいんだろ」

デート。ほう。デートか。そんなつもりは一ミリもなかった。

「いま心外なコト思わなかった?」
「なんの事だ」

こういう時ばかり勘がいい。知らん顔で言い返すと肩を竦めて薄く笑われた。

「ホノカさんよお、お前ちゃんと分かってる? こんなカッコイイ俺と並んで歩けるんだぞ? 普通のコなら泣いて喜ぶところを、お前は贅沢にも一人占めしてんだからな」
「そこらの女と一緒にするな。俺にはお前のファンの気が知れねえよ」
「妬くなって。安心しろよ、ホノカは俺の特別だから」

うざいんだけど。何この勘違い。
鬱陶しさに顔を背けようとしたけれど、クレハが自分の方に押し付けるようにして俺の頭を撫でているから自由に動かせない。
いい加減放せよ。男二人でやる事じゃねえだろ。特別なんて言われて俺が喜ぶとでも思ったか。

「カオ赤いけど? どした?」
「…………」
「かわいい」
「……うるさい」

ムカツク。






***






今日一日していた事は、見るだけの買い物だったり合間の食事だったりふらっと立ち寄った映画だったり。
特にどうと言ったものではない。ただ終始飽きもせずクレハのナルシスト発言は聞かされ続けた。

折角の日曜は、ただ疲れに行っただけのような気がする。いつも思ってその度に二度としないと考える事だが、クレハと服屋に入るのは自殺行為だ。
一着一着合わせては、どう?とかカッコイイ?とか何がしかの感想を求め、そして最後は必ず自讃する。
シカトすればしつこく纏わりつくし、適当に褒めたら褒めたで浮かれ上がるし。周りの目にさらされて恥ずかしいのは、俺サイコー!なんて絶賛している本人ではなくてその隣にいる俺だし。
 
俺の役回りはどう足掻いても損が大きい。しかし本当の地獄はそろそろ帰るかという頃に訪れた。
寮として使っているアパートの最寄駅に戻ってきたのは、大分暗くなっていた頃。俺は当然そのまま帰ろうとしたがクレハの手がそれを止めた。そして引き込まれた夜の街。の、ホテル街。

ふざけろコイツ、マジ死ね。

「おい!!」
「いいからいいから」
「良くねえよ!? ヤんねえからなッ!」

この体勢で言うには無理のある拒否。俺が暴れるせいで軋むベッドの上、どんどん服は剥ぎ取られて腕も押さえつけられた。と言うか、縛られた。
イロイロあって怖い、このホテル。

「なんでこうなるんだよ! つーか縄解け!!」
「おとなしく俺の美しさに酔っとけよ。だいたい駅のホームでセキレイなんか見てんのが悪い」
「キモイしイミわかんねえっ!」

セキレイを見ていたからなんだと言うんだ。確かに駅で眺めていた気はするが。セキレイに目をやっていた事を犯される理由にされたら堪ったものじゃない。

「セキレイって別名が恋教え鳥って言うだろ?」
「知らねえよッ。いきなりなんの話だ!」
「じゃあ今知っとけ。日本神話の初代夫婦、イザナギとイザナミは夜の営みってヤツを知らなかったって話だ。そいつらにセックスの仕方を教えたのがセキレイなんだってさ。しっぽパタパタさせるアレ。鳥に教わったせいで最初は人間も後背位ばっかだったらしいよ。で、そんなセキレイをガン見してるホノカちゃんは間違いなく俺の事誘って…」
「んな訳あるかぁあ!」

初めて聞いたぞ、そんな中学生みたいな言い伝え。

「まあそう照れるな。ちゃんと優しくしてやるから怖がるなよ」
「人のこと拘束しといて言うセリフじゃねえな!」

自分至上主義なナルシストと言うだけでも手に負えないのに、こいつはその上さらにガチの変態でもある。アホが変態をやっていると大概はロクなことにならない。
どんな時でも自分が絶対。意に沿わない人の意見なんて聞きやしねえ。
完全に剥かれた上半身に手が伸びてきて、脇腹をなぞって肋骨の線を這い上がってくる。

「っ……」
「セキレイに倣って俺達もバックでやる?」
「アホ!」

俺は数時間後、腰が立たなくなっていることだろう。


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