解けない。

相沢。

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#1 看護師 最終改訂版

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白石という人間が、病院の個室に居た。
そこには女性看護師が1人。


白石は、精神的な病を持っていた。

しかし本人はどうして病院に入ることになったのか、
それだけでなく、自分のことでさえあまり記憶に残っていない。

微かにしか、白石自分たらしめるものは残っていない。

__________

「どうせ暇でしょ、これでもしときなさい」

天候なのか、あるいは白石自身の問題か。
病室は鬱々とした空気が流れていた。

看護師は彼の専属であり、
彼が頭が良い事をカルテにより知っている。

俗に言う「優しいイメージ」の看護師とは違い、
この看護師は突っ慳貪つっけんどんであった。



白石は、あまり疑問を持たない人間であった。

他人など、自分に干渉する者であろうと
どうでもいいのだという。


看護師はパソコンを起動させる。

文章を数字に置き換える難解な暗号ゲームを暇つぶしがてら、白石にさせていた。

白石は、社交辞令を返す。
「面白いですね。」


__________


看護師が個室に戻ってくると
光る電光を指差して白石は言う。


「次の問題が
解けないんです」


看護師はさも怠そうに
大きくため息をついた。

「こんな問題も解けないなら、
賢いって名乗っちゃダメよ」


一言多い看護師は、
そう言ってコンピューターを覗き込んだ。

__________

それから看護師は黙り込んだ。
幾秒幾分経てど看護師はなにも言わなかった。


「あの…答えを教えてもらっても」

白石の純朴な眼に、看護師は冷や汗をかいた。

「なんだか…心に危ないわ、

別にアンタが解けなかったんだから、
問題ないわよ」

取ってつけたような心に危ないという言葉に、白石は少し目を細める。

問題は、数字の羅列であった。


<6513428513210451235143441293>



__________

看護師は少し正気ではなかった。
「包丁が無くなっている」


焦る頭で、なんとか数列を文に置き換える。



看護師は咄嗟に上を見た。

花瓶の中から見えるはずの、
とあるもちてを探すために。



__________


あの羅列は何だったのか
なにか因果があったのか
白石あいつは、
何か、知っているのか?


看護師は白石が眠りに着いたあと、


飾ってある花瓶の中を見た。



ない。


どこにもない。

隠してあった、
我が旦那を手にかけた、
もちてが黒く、
手形が跡になって拭い取れない

血のついた包丁が無い。



荒くなる息を殺し、
目を皿のようにして部屋から無くなった
刃物を探す看護師。

__________

「看護師さん、
僕まだ解けない問題がありました」

白石は看護師に問う。

自らの体全てが少し跳ねたのを
看護師は感じた。

「お、起きてたの…」
咄嗟の白石の声に、
冷静を装う看護師の努力も虚しかった。

「どうして犯人は数ヶ所も刺さず、
一ヶ所だけ刺したんでしょう。

そんなに嫌いならめった刺しにすればいいのに。」


__________


「…は…?何の話…?」
看護師は白石に動揺を隠せずにいた。


「どうして花瓶を見たんですか?」
「花が…歪んでたから…」
「でもそれ造花ですよね」
「風が吹いたのよ」
「ここ、窓無いですよね。」

白石の斬り込みは、
看護師を黙らせる。



「あの、
旦那さんもこういった数列を
よく解いていらしたみたいですね。」

「は…?」




「ログイン名が同じ苗字だったんで、
勝手に旦那さんだと推測したのですが、

このサイトの履歴を見てしまいました。

沢山の量の暗号を駆使した問題が出て来て、

思い出を上書きするのも申し訳ないので、
そっと閉じました。」

堰を切ったように話し出す白石に、
看護師は目を充血させ、
話している相手がさも患者だということを
忘るる程の剣幕をきる。

「あの問題は…
アンタがわからないなんて言った問題は
どこから拾って来たのよ!

あの人旦那が使ってもいなかった、
見た事のないサイトの見たことのない問題は!

どこから拾ったものなのよ!」


耳が痛むような声が止んで、
白石はやっと、看護師と目を合わせる。


「すみません、

あれ…
サイトも問題も、僕が作ったんです。
何せ時間がたくさんあったので。」


看護師は息を呑んだ。

「何をどのくらい知っているの…
アンタは…」

続けて何かを言おうとした看護師の、
がなるような憤りを遮り、白石は問う。


「最後にまだ、解けない問題があるんです。


、包丁無いですよね。」


看護師は咄嗟にパソコンを見る。

パソコンの裏側に、
また一本目とは別に、
包丁を置いていたのだ。

のちに白石を殺す為のものだった。

パソコンの画面には、数字と英字の羅列。
<3r5y2458cmjgd>



何か書いている…
また何かを見越して、

「私の過ちを見越して」

看護師は吸い寄せられるように
パソコンに打たれた羅列を読むが、

解読は出来なかった。


白石が適当に打ち込んだ時間稼ぎのための

だから、

解読は、もちろん看護師には出来なかった。


__________

1時間ほど前。




「すみません、
血のついた包丁を見つけました…
事件…ですかね。はい。
何と無く目星は付いてます。
とは言えど、素人目なので
確証はありませんが」

パソコンから繋がる連絡網に繋ぎ、
事態を伝え、警察を呼んでおいた白石。


看護師に、もう逃げ場は残されてはいない。

__________



「僕、寝巻きなんですが…すいません」
白石は、毛布の中に隠していた、
包帯で刃を包んだ包丁を警察に渡した。

人を2人殺すための、二丁分。


看護師は、ゆっくり白石に啖呵を切り、
警官に連れられて行った。

__________



後日、白石は聴取に訪れる。


「気のせいですが、なんとなく熱いと思ったんです。
パソコンの裏が。

カタカタ言い出して、
オーバーヒートしているのかとも思ったんだけど、そんな音でも無いし。
ただの熱伝導でした。

大きな包丁だったんで。」


警官は目を見開く。

「流石ですね…、
ですが、熱伝導くらいでは音はしません。
聴覚がとっても敏感なのですね…。

でもメディアが一切無く、
情報を一切得られない部屋で、
どうして殺人事件が起きたと分かったんですか?」


__________


警官の問いかけに、白石は平然と応える。

「僕が寝ていた個室で殺されたんですよ、
旦那さん。」




「…え?」


「旦那さんの履歴の
1番最後の問題だけ、解いたんです。


<5 6 4 10 9 0>とありました。
最後までスクロールすると、
答えがちゃんと載せてありました。

<殺してくれ>と。

なんとも分かり易いポケベルで使われていた、文字の読みを数字に当てただけのとても簡単なテンプレートです。

看護師さんは、ただの殺人ではなく、
嘱託殺人しょくたくさつじんだったのですね。」


ことの事態についていけない警官は、
いつぞやか、聴取の一線を越えるように、
白石の推理に頼っていた。


「容疑者は貴方に何故一ヶ所しか刺さなかったのか、と尋ねられたと言いました。

なぜそんなことがわかったのですか?」


白石は困ったように口を開く。


「いやぁ…
あれは僕の中の疑問を確信に変える為の、
鎌掛けだったんです。」

そういって、白石はにこやかに笑った。


「主治医に聞けって話なんですが、
僕なんでここに居るか、わからないんです。

ただ、ずっと居る訳じゃないこと位は分かってて、
おそらく僕は本当に最近来たんだろうな、って。

その部屋の、僕の前の居住者さんは、
急にいなくなったってことでしょうか。

前にこの部屋に入っていた人は、
どうやってここを出たのかを
院長さんに聞きました。


僕の前の居住者さんは、
言うまでもなく看護師さんの旦那さんで、

旦那さんは殺されたはずなのに
退が出ていたんです。



__________

ここからは推理です。

もし、もう1人、
共犯者が居たとしたら。

殺された人に「退院届」を出せる人。

旦那さんが妻である看護師さんに宛てた、
(ころしてくれ)


もしこれが、旦那さんが書いたのではなく、
奥さんである、看護師さんが偽造として書きこんだものならば?

ここの病院は精神科ですから
病院に置かれたパソコンも、
院長さんなら、見ることが出来ます。


僕は先ほど、看護師さんは嘱託殺人だった、
と言いました。

しかし僕の推理がもし正しければ、
看護師さんは、ただのです。




僕がのか、
分かりますか?」

__________



後日、面会で看護師は話す。


「私だってしたくてした訳じゃないのよ…!!
旦那が…旦那が不治の病になって…
それで私…!!!」

看護師だった者が、叫ぶように話す。


「……僕としては、

旦那さんがどう思いながら生きようと、
どんな思いで看護師さんが
旦那さんに手をかけようと、
看護のお世話になった人だろうが、


僕にはもう、
あなたはただの罪を犯した、

殺人犯としか目に映りません。」


それだけを伝えると、
白石は一礼し、立ち去ろうとした。



看護師は、立ち上がる。
「密室よ、密室殺人なのに!
疑問を抱かないの…!?」


白石は呆れ返った顔で言う。


「密室じゃないですよ、
なんというか、全体的に詰めが甘いなぁ。

確かに窓も無いですが、
床の下、鍵を使えば開きますよね。
災害用避難出口で、地下の通路に繋がる。


昔、ここで災害が起き、後から構築されたと
警察の方に聞きました。

そこに旦那さんがいらっしゃるんでしょう。
ちょっと考えたくないけど。


あとは、消毒液の匂いが強かったなぁ、と。
鼻が曲がりそうでした。


毛布に包まっていても寒かったし、
まぁ、僕に暴かれるのも時間の問題だと
分かっていたから、

包丁を2丁分用意してたんでしょ。


おそらく僕は最近ここに来たから、

1週間以内には
僕のことも殺すつもりだったんでしょうかね。

でも僕は、そこまで鈍感ではないんです。
甘く観られたものだなぁ、とは思っていました。

僕を殺したあと、看護師の仕事を辞め、
犯した罪から目を背向けようとしていた。

繰り返しにはなりますが、
そんな" 上手くいく "と思っているのが、
なんともおめでたい頭ですがね。


サイトにあった最後の問題なのですが、

更にあとから打ち込んで上書きしたような文章が、スクロールした先に見当たりました。


あなたが書いたんですよね。
<14106>(愛してる)って。」


看護師は涙を流す。

しかし、白石は冷ややかな目で
を見通せんとばかりに

看護師を見つめていた。


「あの、

この「愛してる」は、
誰の何に対する、
「愛してる」なんですか?
院長さんですか?」


白石の純粋で曇りのないその目。
その目に看護師は驚きを隠せないまま
唇を振るわせ、黙ってうつむいた。

「………うるさい。」

「本当は、全部建前で、
要は院長さんと一緒になるのに、
ただ旦那さんが邪魔だったんですよね。


院長さんと繋がって居れば、
逃げられますもんね。
犯した罪からも、
汚れた職からも。

消毒液の強い匂いとか、
パソコンを自由に使わせてしまうとか、
そう言った、違和感。

余裕がないのが見え隠れしてしまっても、
自分の後ろには院長さんが居るって
安心しきっていたから、

こんなふわっとした人殺しと、
人殺し未遂ができたんじゃないでしょうか。

退院届さえも、偽造してしまうほど、
もう善悪の区別もつかないのなら、
相当の陶酔ですね。


あと、
サイトの暗号と似通わせたような

ポケベル暗号がとても簡単で
分かりやすかったのは、

院長さんが暗号ゲームについて、
そこまで理解が深くないからですか?
あなた方ご夫婦と違って。


<ころしてくれ>だって、
もし院長さんのための偽造だったなら、
なんて考えたら、

やけに筋が通っちゃって気持ち悪いです。

でも、本当に嘱託殺人かなんて、
僕ほんとにどうでもいいんです。

ただ、死んだ人が報われない世界を創る人は、僕はただただ赦せないんです。

僕が秩序を握れるなら

真っ先にあなたのような人を
この手で殺します。



__________

帰路に着いた白石はひとり呟いた。


「お腹減ったなぁ。」

白石はもう、
今日の晩ご飯の事しか頭に無かった。

看護師が人を殺していたのに、
殺人犯にあれだけの問いかけをしたのに、
愛の意義を問うたのに、


どうでもいいのだ、
今日のご飯が美味しく食べられたら
あとはなんだっていいのだ。
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