私達、婚約破棄しましょう

アリス

文字の大きさ
14 / 35

リナリアside

しおりを挟む

嬉しかった。

その噂を初めて耳にしたときは、周囲からも私と彼が恋人同士に見えている、ということが。

リナリアは令嬢たちにその噂について遠回しに聞かれたことが何度かあったが、その度に曖昧に微笑み否定しなかった。

そうすれば、噂が彼女たちの中で真実に変わると思ったから。

イフェイオンが否定すればそれまでだが彼がそういった噂に興味がなく、絶対に耳に入らないと確信していたからできた。

でも、それでも不安は拭えなかった。

決定的な確証が欲しかった。

だから、一世一代の大勝負に出ることにした。

イフェイオンの気持ちを知るために。

自分と同じ気持ちなのかを知りたくて。



この国では毎年武術大会が行われる。

イフェイオンも十三歳の時から参加していた。

初参加から優勝し、次の年も優勝した。

今年も優勝するだろうと誰もが信じて疑わなかった。

去年までイフェイオンは優勝に贈られる栄光の冠を妹に渡していた。

栄光の冠は優勝者が愛する女性に贈ることで永遠の愛を証明する、という言い伝えがあり、毎年優勝者は愛する者に贈っていた。

まだ、そんな人物がいない者は家族にあげたり誰にも渡さなかったりした。

でも、今年優勝したら、栄光の冠を私に渡して欲しい、と頼んでイフェイオンがくれたなら……

愛の告白よりこっちの方が断然ロマンチックでいい、とその光景を想像しただけで幸せで心が満たされた。

でも同時に、断られたらどうしよう、と不安だった。

イフェイオンを好きになってからちょっとしたことで喜んだり、幸せになったり、悲しくなったり、傷ついたりした。

でも、イフェイオンを誰にも取られたくない気持ちの方が大きかった。

先に言ってくれるのを待っていたときもあったが、イフェイオンは何も言ってこなかった。

だからか、リナリアは自分から動かないと私たちの関係は一生このままだと知った。



武術大会が一週間後に迫っても栄光の冠が欲しいとイフェイオンになかなか言えずにいた。

家で練習したときは簡単に言えたのに、いざ言おうとすると断られたときのことを考えて怖くなってなかなか言えずにいた。

エリカに会いにきて、イフェイオンにも会うのが当たり前だった。

今日言わなかったら武術大会当日まで会うことができない。

ルーデンドルフ家は大会前の数日は仕えている者たちを除いた他家の者を屋敷内の敷地に入ることを禁じていた。

早く言わない、と今日が最後なんだから、と思っても怖くて何も言えずにいるとエリカが助け舟を出してくれた。

稽古の休憩時間にエリカと共にイフェイオンに会いにきていた。

イフェイオンは稽古でかいた汗をタオルで拭きながら妹の話しを聞いていた。

そのとき、エリカがイフェイオンに唐突に尋ねた。

「ねぇ、今年もあれ私にくれるの?あげたいと思う子はいないの?」

エリカは兄が大勢の子から好意を寄せられていることに気づいていた。

この時期になると令嬢たちの話題が栄光の冠を誰が受け取るかで盛り上がる。

兄は噂に興味がないため知らないだろうが、妹なのに敵意を向けられることがたまにある。

だからか、ふと気になったのだ。

兄が好きになる子はどんな子なのか、と。

そして、嫌な子だったら絶対にどんな手を使ってでも阻止しようと。

だが、その心配は杞憂だったみたいだ。

「ああ。いない」

兄は興味なさそうに言った。

汗を拭き終わったのか、水分をとっていた。

(でしょうね。うん、まぁ、わかっていたことだけど……)

「他の人にあげてよ」

つい迷惑そうに呟いてしまった。

愛する人から栄光の花をもらえたら嬉しいが、実の兄から何度も貰ってもあまり嬉しくはない。

今年も令嬢たちの羨望、敵意の目を向けられるのかと思うと憂鬱だった。

どうにもできないこの気持ちをどうしたものかと悩んでいると、隣で「じゃあ、今年は栄光の冠……私にちょうだい!」とリナリアが言った。

リナリアの目は不安と期待に満ちた目をしていた。

そのときエリカは気づいた。

リナリアが兄を好きなことに。

「……勝手にしろ」

イフェイオンはエリカを見た後にそう言った。

「本当!?約束ね!今年は絶対私にちょうだいね!」

パァッと花が咲いたかのように満面の笑みをリナリアは浮かべた。

ちょうど太陽が雲から出て光が三人に注いだ。

そのせいもあってか、リナリアの瞳は余計にキラキラと輝いた。

約束通り、イフェイオンは大会で優勝すると栄光の冠をリナリアに贈った。

その行動は周囲に「私が愛しているのは彼女」だと宣言したも同然だった。

リナリアはこの日の出来事を一生忘れられないと思った。

愛する人と結ばれて、ずっと一緒にいられると思えたから。

でも、違った。

それは勘違いだった。

リナリアは気づいてしまった。

イフェイオンの目に映る自分は醜い女性で、彼自身も私をそう思っていることに。

そして、自分を好きだったことが一度もないことにも気づいた。

しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜

h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」 二人は再び手を取り合うことができるのか……。 全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

婚約解消の理由はあなた

彩柚月
恋愛
王女のレセプタントのオリヴィア。結婚の約束をしていた相手から解消の申し出を受けた理由は、王弟の息子に気に入られているから。 私の人生を壊したのはあなた。 許されると思わないでください。 全18話です。 最後まで書き終わって投稿予約済みです。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...