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リナリアside
しおりを挟む嬉しかった。
その噂を初めて耳にしたときは、周囲からも私と彼が恋人同士に見えている、ということが。
リナリアは令嬢たちにその噂について遠回しに聞かれたことが何度かあったが、その度に曖昧に微笑み否定しなかった。
そうすれば、噂が彼女たちの中で真実に変わると思ったから。
イフェイオンが否定すればそれまでだが彼がそういった噂に興味がなく、絶対に耳に入らないと確信していたからできた。
でも、それでも不安は拭えなかった。
決定的な確証が欲しかった。
だから、一世一代の大勝負に出ることにした。
イフェイオンの気持ちを知るために。
自分と同じ気持ちなのかを知りたくて。
この国では毎年武術大会が行われる。
イフェイオンも十三歳の時から参加していた。
初参加から優勝し、次の年も優勝した。
今年も優勝するだろうと誰もが信じて疑わなかった。
去年までイフェイオンは優勝に贈られる栄光の冠を妹に渡していた。
栄光の冠は優勝者が愛する女性に贈ることで永遠の愛を証明する、という言い伝えがあり、毎年優勝者は愛する者に贈っていた。
まだ、そんな人物がいない者は家族にあげたり誰にも渡さなかったりした。
でも、今年優勝したら、栄光の冠を私に渡して欲しい、と頼んでイフェイオンがくれたなら……
愛の告白よりこっちの方が断然ロマンチックでいい、とその光景を想像しただけで幸せで心が満たされた。
でも同時に、断られたらどうしよう、と不安だった。
イフェイオンを好きになってからちょっとしたことで喜んだり、幸せになったり、悲しくなったり、傷ついたりした。
でも、イフェイオンを誰にも取られたくない気持ちの方が大きかった。
先に言ってくれるのを待っていたときもあったが、イフェイオンは何も言ってこなかった。
だからか、リナリアは自分から動かないと私たちの関係は一生このままだと知った。
武術大会が一週間後に迫っても栄光の冠が欲しいとイフェイオンになかなか言えずにいた。
家で練習したときは簡単に言えたのに、いざ言おうとすると断られたときのことを考えて怖くなってなかなか言えずにいた。
エリカに会いにきて、イフェイオンにも会うのが当たり前だった。
今日言わなかったら武術大会当日まで会うことができない。
ルーデンドルフ家は大会前の数日は仕えている者たちを除いた他家の者を屋敷内の敷地に入ることを禁じていた。
早く言わない、と今日が最後なんだから、と思っても怖くて何も言えずにいるとエリカが助け舟を出してくれた。
稽古の休憩時間にエリカと共にイフェイオンに会いにきていた。
イフェイオンは稽古でかいた汗をタオルで拭きながら妹の話しを聞いていた。
そのとき、エリカがイフェイオンに唐突に尋ねた。
「ねぇ、今年もあれ私にくれるの?あげたいと思う子はいないの?」
エリカは兄が大勢の子から好意を寄せられていることに気づいていた。
この時期になると令嬢たちの話題が栄光の冠を誰が受け取るかで盛り上がる。
兄は噂に興味がないため知らないだろうが、妹なのに敵意を向けられることがたまにある。
だからか、ふと気になったのだ。
兄が好きになる子はどんな子なのか、と。
そして、嫌な子だったら絶対にどんな手を使ってでも阻止しようと。
だが、その心配は杞憂だったみたいだ。
「ああ。いない」
兄は興味なさそうに言った。
汗を拭き終わったのか、水分をとっていた。
(でしょうね。うん、まぁ、わかっていたことだけど……)
「他の人にあげてよ」
つい迷惑そうに呟いてしまった。
愛する人から栄光の花をもらえたら嬉しいが、実の兄から何度も貰ってもあまり嬉しくはない。
今年も令嬢たちの羨望、敵意の目を向けられるのかと思うと憂鬱だった。
どうにもできないこの気持ちをどうしたものかと悩んでいると、隣で「じゃあ、今年は栄光の冠……私にちょうだい!」とリナリアが言った。
リナリアの目は不安と期待に満ちた目をしていた。
そのときエリカは気づいた。
リナリアが兄を好きなことに。
「……勝手にしろ」
イフェイオンはエリカを見た後にそう言った。
「本当!?約束ね!今年は絶対私にちょうだいね!」
パァッと花が咲いたかのように満面の笑みをリナリアは浮かべた。
ちょうど太陽が雲から出て光が三人に注いだ。
そのせいもあってか、リナリアの瞳は余計にキラキラと輝いた。
約束通り、イフェイオンは大会で優勝すると栄光の冠をリナリアに贈った。
その行動は周囲に「私が愛しているのは彼女」だと宣言したも同然だった。
リナリアはこの日の出来事を一生忘れられないと思った。
愛する人と結ばれて、ずっと一緒にいられると思えたから。
でも、違った。
それは勘違いだった。
リナリアは気づいてしまった。
イフェイオンの目に映る自分は醜い女性で、彼自身も私をそう思っていることに。
そして、自分を好きだったことが一度もないことにも気づいた。
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